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第一章 桜と出会いと
第八話
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季武のスマホの画面に六花の顔が写った。
「どうしたの?」
六花が訊ねてきた。
背後にさっき見た六花の部屋の壁が写っている。
自室に居るようだ。
「遅くに済まん。聞きたい事が有るんだ」
「うん、何?」
「今そこにお前の猫、居るか?」
六花の家からは六花達の気配が感じられた。
カーテンが閉まっていたのでさっき気配を消してベランダに忍び込んだ。
やはり鬼避けになりそうな物は何も無かった。
六花の家に行った時、玄関からダイニングキッチンを通って六花の部屋に入った。
ダイニングキッチンはベランダに面していてテーブルはサッシの側に有った。
ダイニングのサッシの近くに立つと、中は見えなかったが三人の人間の気配がした。
六花は男性に「お父さん」と言っていたし女性の声は六花と六花の母親だった。
六花と話した時の様子では暗示が効かなくなる物を持たされている訳では無いようだった。
だとしたら六花は元から暗示に掛からないのだ。
見鬼の能力と同じく稀に暗示に掛からない人間が居る。
暗示が効かないなら別人を親だと思い込ませる事は出来ないから両親は本物だろう。
人間界の小動物の気配も有ったが念の為ミケではないか確認しておきたかった。
「シマ? いるよ」
六花が答えながら後ろを振り返った後、スマホをベッドに向けた。
ベッドの上に丸くなっているキジトラの猫が写った。
「見える?」
六花の声が聞こえてきた。
季武はスマホの画面に目を落とした。
流石に画面越しでは人間界の猫なのか異界の者が化けてるのかまでは判別出来ない。
だが動物の気配がしていて猫が写っているのだから恐らく人間界の猫だろう。
ミケは猫に化けているだけで実際はイエネコでは無い。
季武の知る限り人間界のどの動物にも当て嵌まらない姿をしていて牙がある獣みたいな外見としか言いようが無い。
常に隠形で姿を現す事は無い。
人間に見えない状態の事を〝隠形〟と言う。
異界の者は隠形が基本で敢えて姿を現さない限り人間には見えない。
ミケは江戸の町が出来た頃から猫に化けるようになった。
初めて化けたのが三毛猫の姿だったのでそれ以来「ミケ」と呼ばれるようになった(それまでは単に「彼奴」と呼ばれていた)。
隠形なのは相変わらずだったから異界の姿だろうが猫だろうが同じだと思うのだが、意思の疎通が図れないのでミケの考えは理解不能だった。
人間界に来る度に体毛の模様が変わるので見た目だけでは分からない。
「夜遅くに済まなかった」
季武はそう言うと通話を切った。
「用は済んだか?」
貞光の問いに季武は頷くと懐にスマホを仕舞った。
二人は中央公園に入っていった。
季武は道着に落ち着いた黄緑色(若苗色)の袴、貞光は濃い茶色(朱土生壁)の袴を穿いていた。
突如、背後に鬼の気配が湧いた。
咄嗟に左右に分かれて跳んだ。
振り下ろされた斧が空を切った。
二人が振り返ると大きな鬼が立っていた。三メートルは有る。
その背後に同じ様な大きさの鬼が更に何体も居る。
「数が多い! 綱! 金時!」
「今行く! 中央公園だな!」
懐に入れたスマホから綱の声がした。
街灯の上に飛び乗った季武が鬼達に矢を立て続けに放った。
鬼が次々に消えていく。
刀を振るっている貞光の死角を狙ってくる鬼を優先して射貫いて近付けないようにしながら絶え間なく矢を放つ。
不意に季武が立っていた街灯が揺れた。
なっ!
視線を下に向ける間にも街灯は倒れていく。
季武は街灯を蹴って近くの木の枝に飛び移った。
鬼に矢を放ちながら倒れた街灯の周囲に目を走らせたが何も居ない。
鬼達も街灯まで届くような武器は持ってない。
「うぉっ!」
貞光が声を上げて後ろへ跳んだ。
「どうした!」
「分からん! いきなり……くそ!」
貞光の足下から一瞬何かが飛び出してすぐに地中に消えた。
貞光が更に後ろへと跳ぶ。
鬼達からどんどん遠離っていく。
これだけの鬼を逃がす訳にはいかない。
季武は鬼の討伐を優先する事にして地面に飛び降りた。
季武は移動しながら鬼が射線上に重なる位置で矢を放った。
鬼を貫いた矢が更にその向こうに居る鬼を貫いていく。
二体、三体と同時に消える。
突然足下から何かが突き出た。
咄嗟に地面を蹴って上に跳んだ。
十メートルほどの高さから周囲に視線を走らせ鬼の数を確認した。
残り三体。
それから真下を見た。
地面だけだ。
気配も感じない。
それでも落下しながら地面目掛けて立て続けに矢を放った。
一瞬、何かの気配がして即座に消えた。
仕留めてはいないが手傷は負わせられたようだ。
東と南へ向かった鬼が両断されて消えた。
北へ向かった鬼も貞光が屠った。
「貞光! 季武! 無事か!」
綱と金時が駆け付けてきた。
「遅ぇよ!」
貞光が文句を言った。
「日比谷から来たんだぞ、仕方ないだろ」
金時が言い返した。
「貞光、袴の裾ぼろぼろじゃん」
綱の指摘に金時も目を落とした。
「季武も切れてるな」
「何かが地中から攻撃してきた」
貞光が綱達に説明した。
「ここ昔は浄水場だったよな。下に浄水場の施設が残ってるのか?」
金時が地面を見下ろした。
「良く見ろ。穴が空いて無いだろ」
季武の言葉に他の三人が辺りを見回した。
「人間界の武器じゃないって事か」
「地中からの攻撃だとしたら鬼じゃないな。何か居たか? 土の中から攻撃出来るヤツ」
「頼光様に報告しておこう。まずは……」
季武が新宿駅の方に顔を向けた。
「東口と……南口の方にも居るな」
「南に離れていってるな。代々木の方に向かうんじゃね?」
「北の方にも居るぞ」
「俺は西の方を見回る」
季武はそう言うと西側のビルの屋上に跳んだ。
そのまま西に向かう。
残りの三人もそれぞれ別の方向に散った。
「どうしたの?」
六花が訊ねてきた。
背後にさっき見た六花の部屋の壁が写っている。
自室に居るようだ。
「遅くに済まん。聞きたい事が有るんだ」
「うん、何?」
「今そこにお前の猫、居るか?」
六花の家からは六花達の気配が感じられた。
カーテンが閉まっていたのでさっき気配を消してベランダに忍び込んだ。
やはり鬼避けになりそうな物は何も無かった。
六花の家に行った時、玄関からダイニングキッチンを通って六花の部屋に入った。
ダイニングキッチンはベランダに面していてテーブルはサッシの側に有った。
ダイニングのサッシの近くに立つと、中は見えなかったが三人の人間の気配がした。
六花は男性に「お父さん」と言っていたし女性の声は六花と六花の母親だった。
六花と話した時の様子では暗示が効かなくなる物を持たされている訳では無いようだった。
だとしたら六花は元から暗示に掛からないのだ。
見鬼の能力と同じく稀に暗示に掛からない人間が居る。
暗示が効かないなら別人を親だと思い込ませる事は出来ないから両親は本物だろう。
人間界の小動物の気配も有ったが念の為ミケではないか確認しておきたかった。
「シマ? いるよ」
六花が答えながら後ろを振り返った後、スマホをベッドに向けた。
ベッドの上に丸くなっているキジトラの猫が写った。
「見える?」
六花の声が聞こえてきた。
季武はスマホの画面に目を落とした。
流石に画面越しでは人間界の猫なのか異界の者が化けてるのかまでは判別出来ない。
だが動物の気配がしていて猫が写っているのだから恐らく人間界の猫だろう。
ミケは猫に化けているだけで実際はイエネコでは無い。
季武の知る限り人間界のどの動物にも当て嵌まらない姿をしていて牙がある獣みたいな外見としか言いようが無い。
常に隠形で姿を現す事は無い。
人間に見えない状態の事を〝隠形〟と言う。
異界の者は隠形が基本で敢えて姿を現さない限り人間には見えない。
ミケは江戸の町が出来た頃から猫に化けるようになった。
初めて化けたのが三毛猫の姿だったのでそれ以来「ミケ」と呼ばれるようになった(それまでは単に「彼奴」と呼ばれていた)。
隠形なのは相変わらずだったから異界の姿だろうが猫だろうが同じだと思うのだが、意思の疎通が図れないのでミケの考えは理解不能だった。
人間界に来る度に体毛の模様が変わるので見た目だけでは分からない。
「夜遅くに済まなかった」
季武はそう言うと通話を切った。
「用は済んだか?」
貞光の問いに季武は頷くと懐にスマホを仕舞った。
二人は中央公園に入っていった。
季武は道着に落ち着いた黄緑色(若苗色)の袴、貞光は濃い茶色(朱土生壁)の袴を穿いていた。
突如、背後に鬼の気配が湧いた。
咄嗟に左右に分かれて跳んだ。
振り下ろされた斧が空を切った。
二人が振り返ると大きな鬼が立っていた。三メートルは有る。
その背後に同じ様な大きさの鬼が更に何体も居る。
「数が多い! 綱! 金時!」
「今行く! 中央公園だな!」
懐に入れたスマホから綱の声がした。
街灯の上に飛び乗った季武が鬼達に矢を立て続けに放った。
鬼が次々に消えていく。
刀を振るっている貞光の死角を狙ってくる鬼を優先して射貫いて近付けないようにしながら絶え間なく矢を放つ。
不意に季武が立っていた街灯が揺れた。
なっ!
視線を下に向ける間にも街灯は倒れていく。
季武は街灯を蹴って近くの木の枝に飛び移った。
鬼に矢を放ちながら倒れた街灯の周囲に目を走らせたが何も居ない。
鬼達も街灯まで届くような武器は持ってない。
「うぉっ!」
貞光が声を上げて後ろへ跳んだ。
「どうした!」
「分からん! いきなり……くそ!」
貞光の足下から一瞬何かが飛び出してすぐに地中に消えた。
貞光が更に後ろへと跳ぶ。
鬼達からどんどん遠離っていく。
これだけの鬼を逃がす訳にはいかない。
季武は鬼の討伐を優先する事にして地面に飛び降りた。
季武は移動しながら鬼が射線上に重なる位置で矢を放った。
鬼を貫いた矢が更にその向こうに居る鬼を貫いていく。
二体、三体と同時に消える。
突然足下から何かが突き出た。
咄嗟に地面を蹴って上に跳んだ。
十メートルほどの高さから周囲に視線を走らせ鬼の数を確認した。
残り三体。
それから真下を見た。
地面だけだ。
気配も感じない。
それでも落下しながら地面目掛けて立て続けに矢を放った。
一瞬、何かの気配がして即座に消えた。
仕留めてはいないが手傷は負わせられたようだ。
東と南へ向かった鬼が両断されて消えた。
北へ向かった鬼も貞光が屠った。
「貞光! 季武! 無事か!」
綱と金時が駆け付けてきた。
「遅ぇよ!」
貞光が文句を言った。
「日比谷から来たんだぞ、仕方ないだろ」
金時が言い返した。
「貞光、袴の裾ぼろぼろじゃん」
綱の指摘に金時も目を落とした。
「季武も切れてるな」
「何かが地中から攻撃してきた」
貞光が綱達に説明した。
「ここ昔は浄水場だったよな。下に浄水場の施設が残ってるのか?」
金時が地面を見下ろした。
「良く見ろ。穴が空いて無いだろ」
季武の言葉に他の三人が辺りを見回した。
「人間界の武器じゃないって事か」
「地中からの攻撃だとしたら鬼じゃないな。何か居たか? 土の中から攻撃出来るヤツ」
「頼光様に報告しておこう。まずは……」
季武が新宿駅の方に顔を向けた。
「東口と……南口の方にも居るな」
「南に離れていってるな。代々木の方に向かうんじゃね?」
「北の方にも居るぞ」
「俺は西の方を見回る」
季武はそう言うと西側のビルの屋上に跳んだ。
そのまま西に向かう。
残りの三人もそれぞれ別の方向に散った。
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