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第四十二話

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「生物兵器の研究施設から漏れだした伝染病で次々と人が倒れていった。家族や友が苦しんで死んでいくのをただ見てるだけだったんだ」
 男の言葉をティアは黙って聞いていた。

「化学兵器の研究所から流れ出した有害物質で水や土壌も汚染された。生き残った人々は安全な水を求めて殺し合いをした」
 男は話を続けた。

「警察は機能しなくなり、無法地帯になった街には犯罪が横行した。一欠片のチーズのために容赦なく人が殺された。全て『最後の審判』が起きたせいだ。あれ以来この世は絶望が支配する世界になった」
 男は感情が高ぶっている様子だった。

 それまで黙って聞いていたティアはケイの方を振り向いた。

「確かに、パンドラの箱が開かれて悪魔達が飛び出した」
 ティアがケイに向かって言った。

 これは……一花が言っていた……。

「でも出てきたのは悪魔だけじゃない」
 ティアが言う。
「何の話だ」
 男は訳が分からないと言う表情をしている。

「最後に希望が出てきた。私達がその希望よ」
 ティアがケイの目を見て言った。

「何を言って……」
 男に構わずティアが言葉を続ける。

「それが私達の役目だもの。人々の〝希望〟になることが」

 その瞬間、ケイの頭の中に和実の知識が流れ込んできた。

 和実の記憶ならとっくに戻ってたのに。

 いや、元からあったものが封印を解かれて溢れ出したのだ。
 和実の知識は二段階に分けて封印されていたのだ。

 一花が伝えようとしていたのはこれだ。
 最後のキーワード。

〝希望〟

 ケイは知識の奔流に思わずめまいを覚えて膝をついた。

「ケイ!」
 ティアがケイに駆け寄ろうとしたがミールに捕まっているために身動きできなかった。

「……研究所だ」
 ケイが言った。

「貴様、何を言って……」
「もう一度研究所に行く必要がある」
 ケイはミールの男に構わず繰り返した。

「ケイ、思い出したの!?」
 ラウルの問いに、
「ああ、やはり研究所にあった」
 ケイが答える。

「一体……」
 男はそう言いかけてから言葉を切り、
「研究所って言うのはクィエスとか言うところか」
 とケイに訊ねた。

「そうだ」
 ケイが返事をする。

「いいだろう。案内してもらおうか」
 男の言葉にケイは驚いて男を見た。

「どういうことだ?」
 ミールの隊員の一人が困惑した表情を浮かべる。

 それはそうだろう。

 ミールの隊員は命令に従うように訓練されている。
 勝手な行動は許されない。

「そこが全ての元凶なんだろう」
 男が言う。
「…………」
 ケイは黙っていた。

 確かにある意味ではそうだ。
 しかし和実は研究所を誇りに思っていた。
 そして一花と共にこの星の未来を託した場所だ。

 それを悪く言われるのは気分が悪かった。
 しかし今はティアが捕まっているのだ。

 気分がどうのと言っていられる場合ではなかった。
 だがミールの小隊を引き連れてクィエス研究所に行くわけにはいかない。

 なんとかしなければ。
 そのときティアの手が素早く動いて自分の首に回されている腕に何かを突き立てた。

「っ!」
 男が声を上げた。

 ティアがそれを引き抜くと腕から血が吹き出す。
 山菜を採るためにナイフを使っていたのを思い出した。

 ティアを捕まえていた力がゆるんだのか、彼女は身体を屈めて男の腕からすり抜けた。

 ケイは自分の持っていたナイフを、ティアを押さえていたミールの隊員に投げつけた。
 ナイフが隊員の喉に突き刺さる。
 隊員が倒れた。

 素早く銃を抜くとラウルに銃を突きつけている隊員を撃った。

 ミールから解放されると同時にラウルが銃を抜く。

 銃撃戦になった。
 ティアを見ると地下鉄の階段に隠れるように伏せていた。
 あそこなら銃撃に巻き込まれることもないだろう。

 ケイはその場を離れると隊員を一人ずつ撃ち殺していった。
 ラウルも樹の陰に隠れてミールの隊員を撃っている。

 ケイの耳を銃弾がかすめた。
 振り返って撃ち返す。
 ミールが倒れる。

 ティアが石を投げて隊員の注意を引いた。
 隊員がティアを撃つために樹の影から出てきたところを撃つ。

 すると別方向から撃ってきた。
 ケイは撃った隊員を目の隅でとらえると撃ち返した。

 静かな森に複数の銃声が響き渡った。
 ケイは移動しながら撃ってくる隊員に撃ち返していた。

 唐突に銃声がやんだ。
 ケイは倒れている隊員を一人ずつ確認して、まだ息があるものにはとどめを刺した。

 捕まったとき、人数を把握できなかったから全滅させることが出来たのか分からなかったがミールは最後の一人まで戦うように訓練されている。
 だから、ここに倒れているので全部のはずだ。

「急ごう」
 ケイはラウルと共に急いで地下鉄の中に入った。

 ティアは既に中で待っていた。
 たとえ生き残りがいたとしても中に入ってしまえば追ってくるのは難しいだろう。

 ケイ達はクィエス研究所に向かって歩き出した。

 地下鉄に入って三日がたっていた。
 ケイ達はティアの希望で夜は荒野で寝ていた。

 相変わらず容赦のない朝日に叩き起こされた三人は逃げるように地下鉄構内に入った。

「偵察に行ってくるよ」
 ラウルはそう言うとケイの返事を待たずに来た道を戻っていった。
 追っ手が心配なのかラウルは一日に何度も偵察に行っていた。

「あいつ、心配性だな」
「慎重なのよ」

 しかし、そのためこの前の時より進む速度が遅くなっているのも事実だった。

 地下鉄に入って七日がたっていた。
 ようやく次の駅がクィエス研究所と言うところまで来た。
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