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第三十九話

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「ティア、もし誰かが入ってきたらすぐ隠れろ」
 ケイは言った。

「ラウルは?」
「俺達はボディガードだ。危険が仕事なんだから放っておいていい。まず自分の身の安全を優先させろ」
 ティアは不服そうだったが何も言わなかった。

 ケイは出来れば偵察にティアを連れて行きたかった。
 今回は残していくより連れて行く方が安全だ。

 しかしティアは疲労している。
 休ませなければ先へ進めない。

 拳銃を渡そうかとも思ったが、やってきたのがミールだったりしたら、かえって危険だ。
 拳銃を持ってるのを見られただけで殺される。

「いいか、逃げるんだぞ」
 念を押すとティアを残してホームから降りた。

 線路――と言ってもリニア式だから何もない、ただの床だが――の上を歩いて隣の駅へ向かう。
 ここも天井が崩れて床の上に土が積もっていた。

 ケイは土の山を乗り越えながら先に進んだ。

 隣の駅まで何キロだ?

 確か地下鉄は時速百キロは出ていたはずだ。
 それで隣の駅まではどれくらいだったろうか。

 各駅停車で一分弱か。
 多分、隣の駅まで数キロと言ったところだろう。
 往復十キロ。

 落ちてきた瓦礫や土砂で埋まった通路を進となると徒歩だと一時間に五キロ進めればいい方だろう。
 戻るまでに三時間はかかる。
 そんなに長い時間、ティアを実質一人にするのは心配だった。

 ミールやウィリディスはこんなところに入ってこないだろうが、盗賊は?

 ケイはきびすを返して引き返した。

「お帰りなさい。早かったのね」
「少しは休めたか?」
「うん」
 ティアは農作業や植林などの重労働をしているのだ。
 少々の重労働なら一晩休めばなんとかなるだろう。

 ケイは再びラウルを背負うとティアを連れてホームを降りた。
 線路を歩く利点の一つは天井が高いからエビルプラントの根が垂れ下がっていても触らずに通れると言うことだ。

 ケイは、ティアを気遣って休み休み進んだ。

 ケイ一人ならラウルを背負っていても一時間で二キロくらいは進めるが、ティアが一緒となるとそうはいかない。
 それでなくてもティアは三人分の荷物を持っているのだ。
 隣の駅に着く頃には夜になっているだろう。

 そこが荒野の下ならいいんだが……。

「ここで昼飯にしよう」
 ケイはそう言うとラウルを下ろした。

 ティアは携帯食を出すとボトルの水に浸して柔らかくしてラウルに食べさせた。
 ラウルは食欲がなさそうだったがティアは水で流し込むようにして強引に喉の奥に流し込んだ。

 自分も寝込んだとき、あれをやられたんだろうか。
 だとしたら覚えてなくて幸いだった。

 ラウルがひどい熱を出しているのは背負っている背中が熱いことからも分かる。
 ここなら火をおこしても人に見られる心配はない。

 ここで薬をせんじさせるか?

 しかし、この狭い空間で火を熾したりしたら煙が充満するだろうし酸欠になる危険もある。
 このほこりっぽさから考えて空調が生きているとは思えない。
 そしてスプリンクラーが死んでいなければ火を点けた途端、辺りは水浸しになる。
 やはり、ここで火を焚くのは無理だと判断した。

 隣の駅に着いたときには夜になっていた。
 ティアを残して外に出てみると、そこは荒野だった。

 白い満月の明かりの下、辺りを見渡すと緑地帯からは大分離れているようだった。
 ここなら火を焚いても大丈夫だろう。

 ケイは下に戻るとラウルを背負って荒野に出た。
 ラウルは意識もなく、ぐったりしていた。

 動かさずにすめば、そしてあの場で火を焚くことが出来れば、ここまで悪くはならなかったかもしれない。
 ラウルには申し訳ないとは思ったが危険は犯せなかった。

 ラウルだけではなくティアの命にも関わることなのだ。
 火を熾すと、ティアは早速薬草を煎じ始めた。

 ひどい臭いが辺りに立ちこめた。

 地下鉄の中でやらせなくて良かった……。

 煎じられたどろどろの液体は恐ろしげで、とてもまともに見る勇気はなかった。

 夜で良かった……。

 自分が飲まされたのは、あれではなかったと信じたい。
 ティアは毒消しだと言っていたから、あれとは違うだろう。

 それでも、どんなものだったのか覚えてなくて良かったと思った。
 ラウルも自分が飲まされたものを見なくてすむのは不幸中の幸いだ。

 翌朝、ケイは強烈な日差しに叩き起こされた。
 既に起きていたティアはラウルの目にタオルを乗せて日差しが直接当たらないようにしていた。

 携帯食で簡単に朝食を済ませると、
「偵察に行ってくる」
 と言った。

「ミールとかがいないから荒野に来たんじゃないの?」
「備蓄庫を探してくる。内陸にもあるはずだ」
 ティアは分かったというように頷いた。

 辺りを見回してみると、やはりここは緑地帯からは大分離れている。
 ここにいれば見つかることはないだろう。

 荒野に人がいるなんて思わないから、わざわざ探そうともしないはずだ。
 ケイは備蓄庫を探して歩いた。

 最近行った備蓄庫の位置を頭に思い描いて、おおよその場所の見当をつけた。
 しばらくかかったものの荒野には標識を隠す草がないので簡単に見つかった。
 ケイはティア達の元へ戻るとラウルを連れて備蓄庫に向かった。

 備蓄庫の中は他と同じだった。
 ラウルを寝かせるとケイは置いてあるものをチェックした。
 それから風邪薬を見つけるとティアとラウルのところへ戻った。

「これが薬?」
 ティアは渡された箱を珍しそうに見ていた。
 ケイは箱を開けて中から錠剤のシートを出すと薬を一錠取りだした。
 それをラウルに飲ませる。

「薬草の方が効くのかもしれないが、ここでは採れないだろ」
 ケイはティアが気を悪くしなように言い訳した。

 しかし、あれを見せられるのは一度で十分だ。
 ある意味ミールより恐ろしい。

 ティアは特に気を悪くした様子はなかった。
 実際、薬草は夕辺一度煎じただけでなくなってしまっていたし、どちらにしろ備蓄庫の中では火は焚けないというのもあるからだろう。
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