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第三十三話

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 地下鉄の入り口に近づいたとき、不意に風を切るような音がしたかと思うとラウルが肩を押さえて倒れた。
 右肩に矢が刺さっている。

「ラウル!」
 ケイはティアを押し倒した。
「ラウル!」
 ティアが再び言った。

「ティアは伏せてろ」
 幸い最初の矢以外は当たっていない。
 ケイは這ってラウルの隣に行った。

「大丈夫か?」
 ケイはそう言って矢を引き抜いた。
「痛っ! 毒が塗ってないように祈っててよ」
 ラウルが痛みに顔をしかめながらも冗談めかして言った。

「毒が塗ってあったらティアに薬草もらえ」
「だから盗賊は見逃しちゃいけないんだよ」
 ラウルが責めるように言った。

「この前の奴らの残党だと思うのか?」
 ケイが訊ねた。
「さぁね。でも、離れた場所の木陰から狙ってるって事は拳銃のこと知ってるって事じゃないの?」
 ラウルが答える。

「すぐに分かる」
「矢を射ってるのは一人だけだね」
 ラウルがそう言っている間に木立の間から盗賊達がすぐそばまでやってきた。

「おい、お前ら、持っているものを全部……」
 盗賊の一人が言い終える前にケイは遠くで弓を構えている男を撃った。
 遠かったので眉間には当たらなかったが無力化することは出来た。

 同時にラウルは右手を左手で支えて近くの男を撃った。
 男達が慌てて逃げ出すのをケイとラウルは冷静に一人ずつ撃ち殺していった。
 今度はケイも迷わなかった。

 どうやら今のは、この前の盗賊とは違ったようだ。
 だが一人でも生き残っていれば仕返しにやってくるだろう。

 ただでさえミールやウィリディスという敵がいるのだ。
 これ以上敵を増やすことはない。
 盗賊が全滅するとケイはラウルに手を貸して立ち上がった。

「ラウル、大丈夫?」
 ティアが駆け寄ってきた。
「傷、見せて」
「ここは危険だ。あそこに入ろう」
 ケイはそう言うとラウルに肩を貸して地下鉄の入り口を目指した。

「真っ暗」
 地下鉄の構内に入ったティアが言った。

 その言葉にケイは携帯ランプをつけた。

「さ、ラウル、上着脱いで」
 ティアはてきばきとラウルの傷の手当てをした。

「しばらくは痛むだろうけど……」
「この程度の傷、どうってことないよ」
 ラウルはそう言ってティアを安心させるように微笑んだ。

「これ、なんの穴?」
 ティアが辺りを見ながら言った。

「地下鉄だ」
 ケイが答える。
「ちかてつ?」
 ティアが不思議そうに言った。

「この穴を細長い車が走って沢山の人を遠くに運んでいたんだ」
 ケイが答える。

「それ、今でも動いてる?」
 審判のとき天井が崩れてきて床を土砂が埋めていた。

「床がこれじゃあ、無理だな」

 途中で生き埋め、なんて事にならなければいいが……。

 地下鉄が動かせればクィエス研究所まで数時間なのだが。
 天井が崩れていると言うことは照明も壊れていると言うことでもある。
 三人はランプ一つの心許ない明かりを頼りに進んでいた。

 ケイはヘッドライトを持ってこなかったことを悔やんだ。
 ヘッドライトを使うなら帽子をかぶらなければならないのだが。

 三人は土砂の山を乗り越えながら先へ進んだ。
 平坦ではないところを進むのは意外と重労働だった。

 ケイとラウルはティアの体力にあわせてこまめに休息をとった。
 分岐点に来るとケイは地図を確認して道を選んだ。

「ね、目的地に着くまで外に出られないの?」
 ティアの声にケイは振り返った。

「出ようと思えば出られるが……出ても荒野だぞ」
「それでもいい。ずっと穴の中にいると、なんだか息苦しくなってきちゃって……」
 ティアの言葉にケイ達は次の駅に着くと地上へ出て休んだ。

 外は夜だった。

「今夜はここで寝ましょ。ね、いいでしょ」
「分かった」
 確かに外に出ると地下がどれほど息が詰まるか実感する。

「ティア、ちゃんと毛布かけた方がいいよ」
 ラウルが言った。
「ここだって雨は降らないんでしょ」
「でも冷えるよ」
 ラウルがそう言うとティアは素直に毛布を出して掛けた。

 ケイがランプを消すと三日月の明かりだけになった。
 夜空の方が月と星の光でよほど明るかった。

 和実の記憶では地上の夜は明るく夜空は地上の明かりでぼんやりしていた。
 もちろん電力がない今そんな明かりはどこにも存在しない。
 他人の記憶があるというのは変な気分だった。

「ケイ、起きてる?」
 ティアが小声で聞いてきた。
「ああ」
「ラウルは?」

「寝てるようだな」
 ケイが隣を窺うとラウルはぐっすり眠っていた。

「ちょっと話でもしない?」
「それはかまわないが……」
「じゃ、ラウルを起こすと悪いから向こうへ行きましょ」
 三日月の明かりは頼りなかったが三人が寝ている場所にはランプが灯してあるので迷子になる心配はない。

「どうかしたのか?」
「うん……」
 ティアはしばらく迷っているように黙っていた。

「あのね、私、ずっと友達が欲しかったの」
 ティアはそう言っていったん言葉を切った。

「ケイやラウルと一緒に旅をするようになって、友達ってきっと二人みたいな感じなんだろうなって……」
 自分は友達だと思われていたのかと思うと、なまじ好かれていると思っていただけに落ち込んだ。

「ラウルは確かに友達。だけど、ケイは違うみたい」
 ティアはそう言うとケイに身体を寄せてきた。
「ケイのことは友達とは違うように思うの」
「……ティア……」
 ケイはティアを抱きしめた。

 ティアはそのまま身体をもたれかけてきた。
 そっとティアの頬に触れた。
 ティアは振り払おうとはしなかった。

 ティアに顔を寄せかけたとき、ラウルのことが頭によぎった。
 ケイは体を離した。

「もう戻ろう。明日もきつい行軍だ」
「……うん」
 二人は元いた場所に戻るとそれぞれ毛布に潜り込んだ。
 ケイは今のことを考えていた。

 ティアの言ったこと。ティアの温もり。匂い。
 ずっとそばにいたい。

 ティアも同じ気持ちだったのが嬉しかった。
 これからどうなるんだろう。
 そんなことを考えながら、ぼんやりと夜空を眺めているうちに眠ってしまった。
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