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第十話
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その後も何度かミールの襲撃を受けながら三人は北を目指した。
北へ向かって一ヶ月もすると季節が追いついてきた。
「あそこに村があるわね。行ってみましょう」
ティアが言った。
「あの村に行ったことは?」
ケイが聞いた。
「あるわよ。このラインの村は一通り回ってるから」
ティアはそう言うと、村に向かって歩き出した。
ティアはここでも歓迎され、働かせてほしいというと村人達は喜んだ。
この歓迎ぶりは三倍体の植物を二倍体にするためだけではなさそうだった。
ティア一人いるだけで何がそんなに違うのだろうか。
ケイは首を傾げた。
働くとなるとやるべき事は沢山ある。
畑を耕し、種をまき、雑草を取る。他にも色々あった。
特にその村は畑の面積を広げている途中だとかで、樹を切り、切り株を掘り起こし、邪魔になりそうな岩をどかしたりしていた。
力仕事が多かったので男手は喜ばれた。
大きな岩をどかすのにはかなり手間取った。
埋まっている部分がかなり多かったので、まず周りを掘る。
最下部が出てくると岩に縄をつけて村人総出で引っ張った。
一度縄が切れてしまい、二度目はもっと頑丈な縄を作って再度引っ張った。
この大岩があったから今まで畑を拡張できなかったらしい。
「岩を壊せれば楽なんだけどなぁ」
村人の一人が言った。
その言葉にケイとラウルは視線をかわした。
一応ケイもラウルも小型の爆弾は持っている。
しかし、万が一使っているところを偵察中のミールに見つかれば村人は全員殺される。
大変でも人力でなんとかするしかないのだ。
ケイは村で暮らせるなら力仕事は全く苦にならなかった。
ラウルも同じらしい。
ティアは種に合わせて堆肥などを使って土の配合を変え、水も土の状態を見ながら量を調節している。
雨は降らないから毎日井戸から水を汲んできてやらなければならない。
井戸と畑の間を重い水の桶を持って往復するのはかなりの重労働である。
「もう少し水の多いところならお米が作れるんだけど」
ほとんどの村が水の供給を井戸に頼っているため水田が作れるところは少ない。
だから米は高値で売買される。
米が食べられるのは金持ちの結婚式など祝い事があるときくらいだ。
もちろん、そのパーティに招待されていれば、の話だが。
ティアはアドバイスと言っても口で指図するのではなく、自ら手本として働いていた。
作物に虫が付くと、畑の隅にティアが植えていた草を採って、それをすりつぶし水に溶いてまいていた。
その薬をまくと虫が寄ってこなくなるらしく作物を作る時の一番の悩みである虫害がほとんどなかった。
種まきが終わった日の夕方、ラウルは他の村人と隣の村へ手伝いに出かけていった。
「ティア様、例のあれは……」
長老がおずおずと言った。
「あ、覚えててくれたんですね」
ティアが嬉しそうに言った。
例のあれ……?
ケイが見ていると、村人達は手作りと思われる楽器を持って出てきた。
村人達が楽器を弾き出すとティアが歌い始める。
一面に咲く桜草
ピンク色の花畑
寝ころんで空を見上げた
どこまでも青い空
風が緑の匂いを運んでくる
ティアにあわせて他の村人達も歌っていた。
「毎年こうして豊作を祈って歌ってるんです」
「村での数少ない娯楽なんですよ」
「ご両親に連れられてきた、幼いティア様が歌っていたのが始まりだそうです」
村人達が教えてくれた。
ティアはきれいな声をしていた。
これなら歌手としてもやっていけるかもしれない……。
ティアにそう言うと照れながら、
「私なんか大したことないわよ」
と言ってケイの背中を叩いた。
恥ずかしがることじゃないだろうに……。
そう思いながらケイは村の出口に向かった。
「どこに行くの?」
ティアが声を掛けてきた。
「偵察に行ってくる」
ケイが答えると、
「一緒に行っていい?」
ティアが言った。
今まで偵察に来たがったことないのに……。
意外だった。
ケイはちょっと考えてから、
「ああ」
と答えた。
よほどの大部隊でもやってこない限りケイ一人でもティアを守ることはできるだろう。
村から離れるとティアはまた歌い出した。
胡蝶が見る夢の中
百花に先駆けて咲く梅の花
見ることがかなわないその花を夢見て胡蝶は眠る
紅い梅 雪の降りしきる中で咲いている
白い梅 優しい香りを漂わせている
雪って言うと……凍った雨か……。
雨同様、雪も審判後は降らなくなった。
ケイは――もちろん、ティアやラウルも雨も雪も知らない。
「それ、審判前の歌か?」
ケイが訊ねた。
「ええ、お母さんがよく歌ってくれたの。今日歌ってたら歌いたくなっちゃって」
ティアが言った。
「だったらさっき歌えば良かったじゃないか」
何も偵察についてくることないだろうに。
「年配の人の中には、審判前の歌を嫌がる人がいるのよ」
「ふぅん」
雨や雪を思い出させるのが嫌なのだろうか。
それとも審判前のことを思い出すのが嫌なのだろうか。
審判後に産まれたケイには、どちらなのか見当がつかなかった。
ケイは、ティアが好きなだけ歌えるように遠回りをして帰った。
「えーっ! 僕がいない間にそんなことがあったの?」
戻ってきたラウルはケイを恨めしそうに見た。
「どうせ今夜もやるだろ」
ケイの予想通り、歌は毎晩続いた。
他に娯楽らしい娯楽もないのだから当然かもしれないが。
ティアは度々偵察についてくるようになった。
しかし、よく考えたら歌を歌っていたのでは敵に気付かれる。
それでは偵察にならないような気もしたからケイとラウルは別々に偵察に出ることにした。
一人で行く方が先行して、敵がいないことを確認することにする。
ティアが好きなだけ歌えるように偵察は遠くまで行くようになった。
ケイとラウルは交代でティアに付き添った。
北へ向かって一ヶ月もすると季節が追いついてきた。
「あそこに村があるわね。行ってみましょう」
ティアが言った。
「あの村に行ったことは?」
ケイが聞いた。
「あるわよ。このラインの村は一通り回ってるから」
ティアはそう言うと、村に向かって歩き出した。
ティアはここでも歓迎され、働かせてほしいというと村人達は喜んだ。
この歓迎ぶりは三倍体の植物を二倍体にするためだけではなさそうだった。
ティア一人いるだけで何がそんなに違うのだろうか。
ケイは首を傾げた。
働くとなるとやるべき事は沢山ある。
畑を耕し、種をまき、雑草を取る。他にも色々あった。
特にその村は畑の面積を広げている途中だとかで、樹を切り、切り株を掘り起こし、邪魔になりそうな岩をどかしたりしていた。
力仕事が多かったので男手は喜ばれた。
大きな岩をどかすのにはかなり手間取った。
埋まっている部分がかなり多かったので、まず周りを掘る。
最下部が出てくると岩に縄をつけて村人総出で引っ張った。
一度縄が切れてしまい、二度目はもっと頑丈な縄を作って再度引っ張った。
この大岩があったから今まで畑を拡張できなかったらしい。
「岩を壊せれば楽なんだけどなぁ」
村人の一人が言った。
その言葉にケイとラウルは視線をかわした。
一応ケイもラウルも小型の爆弾は持っている。
しかし、万が一使っているところを偵察中のミールに見つかれば村人は全員殺される。
大変でも人力でなんとかするしかないのだ。
ケイは村で暮らせるなら力仕事は全く苦にならなかった。
ラウルも同じらしい。
ティアは種に合わせて堆肥などを使って土の配合を変え、水も土の状態を見ながら量を調節している。
雨は降らないから毎日井戸から水を汲んできてやらなければならない。
井戸と畑の間を重い水の桶を持って往復するのはかなりの重労働である。
「もう少し水の多いところならお米が作れるんだけど」
ほとんどの村が水の供給を井戸に頼っているため水田が作れるところは少ない。
だから米は高値で売買される。
米が食べられるのは金持ちの結婚式など祝い事があるときくらいだ。
もちろん、そのパーティに招待されていれば、の話だが。
ティアはアドバイスと言っても口で指図するのではなく、自ら手本として働いていた。
作物に虫が付くと、畑の隅にティアが植えていた草を採って、それをすりつぶし水に溶いてまいていた。
その薬をまくと虫が寄ってこなくなるらしく作物を作る時の一番の悩みである虫害がほとんどなかった。
種まきが終わった日の夕方、ラウルは他の村人と隣の村へ手伝いに出かけていった。
「ティア様、例のあれは……」
長老がおずおずと言った。
「あ、覚えててくれたんですね」
ティアが嬉しそうに言った。
例のあれ……?
ケイが見ていると、村人達は手作りと思われる楽器を持って出てきた。
村人達が楽器を弾き出すとティアが歌い始める。
一面に咲く桜草
ピンク色の花畑
寝ころんで空を見上げた
どこまでも青い空
風が緑の匂いを運んでくる
ティアにあわせて他の村人達も歌っていた。
「毎年こうして豊作を祈って歌ってるんです」
「村での数少ない娯楽なんですよ」
「ご両親に連れられてきた、幼いティア様が歌っていたのが始まりだそうです」
村人達が教えてくれた。
ティアはきれいな声をしていた。
これなら歌手としてもやっていけるかもしれない……。
ティアにそう言うと照れながら、
「私なんか大したことないわよ」
と言ってケイの背中を叩いた。
恥ずかしがることじゃないだろうに……。
そう思いながらケイは村の出口に向かった。
「どこに行くの?」
ティアが声を掛けてきた。
「偵察に行ってくる」
ケイが答えると、
「一緒に行っていい?」
ティアが言った。
今まで偵察に来たがったことないのに……。
意外だった。
ケイはちょっと考えてから、
「ああ」
と答えた。
よほどの大部隊でもやってこない限りケイ一人でもティアを守ることはできるだろう。
村から離れるとティアはまた歌い出した。
胡蝶が見る夢の中
百花に先駆けて咲く梅の花
見ることがかなわないその花を夢見て胡蝶は眠る
紅い梅 雪の降りしきる中で咲いている
白い梅 優しい香りを漂わせている
雪って言うと……凍った雨か……。
雨同様、雪も審判後は降らなくなった。
ケイは――もちろん、ティアやラウルも雨も雪も知らない。
「それ、審判前の歌か?」
ケイが訊ねた。
「ええ、お母さんがよく歌ってくれたの。今日歌ってたら歌いたくなっちゃって」
ティアが言った。
「だったらさっき歌えば良かったじゃないか」
何も偵察についてくることないだろうに。
「年配の人の中には、審判前の歌を嫌がる人がいるのよ」
「ふぅん」
雨や雪を思い出させるのが嫌なのだろうか。
それとも審判前のことを思い出すのが嫌なのだろうか。
審判後に産まれたケイには、どちらなのか見当がつかなかった。
ケイは、ティアが好きなだけ歌えるように遠回りをして帰った。
「えーっ! 僕がいない間にそんなことがあったの?」
戻ってきたラウルはケイを恨めしそうに見た。
「どうせ今夜もやるだろ」
ケイの予想通り、歌は毎晩続いた。
他に娯楽らしい娯楽もないのだから当然かもしれないが。
ティアは度々偵察についてくるようになった。
しかし、よく考えたら歌を歌っていたのでは敵に気付かれる。
それでは偵察にならないような気もしたからケイとラウルは別々に偵察に出ることにした。
一人で行く方が先行して、敵がいないことを確認することにする。
ティアが好きなだけ歌えるように偵察は遠くまで行くようになった。
ケイとラウルは交代でティアに付き添った。
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