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第五話
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それはほんの偶然だった。
研究所の敷地は広く、食堂も部署ごとに別れていたから他の部署の人間と知り合う機会などまずなかった。
女性が大荷物を地面にぶちまけてしまい慌てて拾っているのを見て、自分の足下に転がってきたものを拾って渡した。
それがきっかけだった。
ほんの偶然。
しかし、すごい偶然だった。
彼女――一花・ルツェルンは植物学者で、世界各地で農業アドバイザーもしていたから研究所に顔を出すことはほとんどなかったのだ。
その滅多にない機会に二人は出会った。
一花は拾ってくれたお礼にと、和実をお茶に誘った。
後になって、知らない人間をお茶に誘ったのは初めてだったと一花が打ち明けてくれた。
一花は美人だったこともあって和実はすぐに承諾した。
そのまま店が閉店するまで二人は話をした。
二人がうち解けるのに時間はかからなかった。
一花はいつも世界中を飛び回っていたが戻ってきたときは必ず和実と一緒に過ごした。
いつの間にか二人でいるのが当たり前になっていた。
和実はよく、「農作物なんてスペースコロニーの工場でいくらでも作れるのに、わざわざ地上に作るなんて物好きな」と言って一花をからかった。
和実自身、研究しているのは植物をより育てやすくするための土壌改良の研究だから、あくまで冗談だが。
一花はその度に「植物は地上で作るのが自然なのよ」と言って反論した。
和実が冗談で言ってるのが分かってるから一花も軽く受け流していた。
一花は植物を育てることに関しては一種の天才――それはほとんど神懸かり的だった。
彼女はどんなに不毛な地でも植物を育てることが出来た。
一花が指導した農場は必ず豊作になった。
何かタネがあるんじゃないかと勘ぐるものもいたが、秘密を暴いたという人間はいなかった。
彼女は〝緑の魔法使い〟と呼ばれていた。
* *
「ねぇ、空の瓶ない?」
ティアはどこから持ち出してきたのかいくつかの薬品の瓶を抱えていた。
「空の瓶? ケイ、見なかった?」
ラウルがケイに声を掛けた。
「さぁな。そんなものがあるかなんてチェックしなかったから」
ケイが肩を竦める。
「じゃあ、探してみよう」
ラウルはそう言うと立ち上がって探し始めた。
ティアももう一度棚の影に消えていった。
しばらくしてティアがバケツを持ってきた。
空の瓶は見つからなかったので、ケイとラウルで一リットル入りの水を半分ずつ飲んで一本分の空のボトルを作った。
ティアはバケツに薬品を入れて混ぜ始めた。
「何作ってるんだ? まさか物騒なものじゃないだろうな」
一瞬ティアは化学兵器のエキスパートでミールの標的は彼女の方だったんじゃないかと言う疑念がわいた。
「これはね、三倍体の植物から種を作れるようにするためのものよ」
ティアがケイの懸念に気付かないまま答える。
普通、動植物の染色体は二本で一対である。これを二倍体という(植物の中には四倍体――つまり染色体が四本で一組――のものもある)。
配偶子を作るとき減数分裂をし、二本の染色体が一本ずつに分かれる(四倍体は二本)。
それが配偶子、つまり植物の精子や卵子に当たるものである。
植物にある薬品を使うと染色体が三本のものが出来る。これが三倍体である。
三倍体の植物は実はなるが種が出来ない。
ティアが作っているのは三倍体を二倍体に戻す薬らしい。
「すごい。そんなことが出来るんだ」
ラウルが本気で驚いた表情を浮かべる。
「ウィリディスに狙われるわけだな」
表情には出さなかったがケイも驚いていた。
翌日の早朝、ケイは起き出すと周囲の偵察に出かけた。
ミールの姿は見えなかった。
やはりここはもうシーサイドベルトに入っているようだ。
シーサイドベルトは幅が広いから入ってしまえばそう簡単には見つからない。
備蓄庫に戻ってくるとケイは荷造りをした。
ラウルも荷造りをするとティアを手伝った。
大して重さのない非常食と二、三枚の着替え、それに予備の弾薬くらいしか荷物のないケイとラウルに対して、ティアは薬品も持たなければならない。
荷物は押さえたつもりだったようだが、それでもあれもこれもと色々持ったのだろう。重いらしくよろよろしていた。
見かねたラウルがティアの薬品を持つと申し出た。
しばらくのやりとりの後、結局ラウルが薬品を持つことで決着が付いた。
万が一、ミールに見つかって追いかけられたとき、ティアの荷物が重いと足手まといになる。
ティアはティアでウィリディスに狙われているのだからなおさらだ。
シーサイドベルトはあまり樹などなく、どこまでも草原が続いていた。
小川沿いは、シーサイドベルトでは数少ない、樹の生い茂っているところである。
樹々の間を歩いているとき、背後に気配がした。
とっさにティアを押し倒す。
銃声と共に、頭のすぐ上を銃弾がかすめた。
ケイは腰に差していた拳銃を抜くと背後に向けて狙いをつけずに撃った。
とりあえず相手を牽制してから敵に向き直ると今度は狙って撃つ。
敵が樹に隠れた。
ケイとラウルも樹に隠れて撃ち始める。
樹の幹が銃弾を受けて樹屑が飛び散った。
ケイはティアが伏せているのを目の隅で確認した。
前方の樹に隠れてる敵を撃っていると、ラウルが後ろを向いて撃った。回り込まれたらしい。
幸い前夜、備蓄庫に止まったことで銃弾の予備は十分あった。
ケイは、樹の影から敵が出てくるのを狙って撃った。
一人、二人と敵が倒れていく。
研究所の敷地は広く、食堂も部署ごとに別れていたから他の部署の人間と知り合う機会などまずなかった。
女性が大荷物を地面にぶちまけてしまい慌てて拾っているのを見て、自分の足下に転がってきたものを拾って渡した。
それがきっかけだった。
ほんの偶然。
しかし、すごい偶然だった。
彼女――一花・ルツェルンは植物学者で、世界各地で農業アドバイザーもしていたから研究所に顔を出すことはほとんどなかったのだ。
その滅多にない機会に二人は出会った。
一花は拾ってくれたお礼にと、和実をお茶に誘った。
後になって、知らない人間をお茶に誘ったのは初めてだったと一花が打ち明けてくれた。
一花は美人だったこともあって和実はすぐに承諾した。
そのまま店が閉店するまで二人は話をした。
二人がうち解けるのに時間はかからなかった。
一花はいつも世界中を飛び回っていたが戻ってきたときは必ず和実と一緒に過ごした。
いつの間にか二人でいるのが当たり前になっていた。
和実はよく、「農作物なんてスペースコロニーの工場でいくらでも作れるのに、わざわざ地上に作るなんて物好きな」と言って一花をからかった。
和実自身、研究しているのは植物をより育てやすくするための土壌改良の研究だから、あくまで冗談だが。
一花はその度に「植物は地上で作るのが自然なのよ」と言って反論した。
和実が冗談で言ってるのが分かってるから一花も軽く受け流していた。
一花は植物を育てることに関しては一種の天才――それはほとんど神懸かり的だった。
彼女はどんなに不毛な地でも植物を育てることが出来た。
一花が指導した農場は必ず豊作になった。
何かタネがあるんじゃないかと勘ぐるものもいたが、秘密を暴いたという人間はいなかった。
彼女は〝緑の魔法使い〟と呼ばれていた。
* *
「ねぇ、空の瓶ない?」
ティアはどこから持ち出してきたのかいくつかの薬品の瓶を抱えていた。
「空の瓶? ケイ、見なかった?」
ラウルがケイに声を掛けた。
「さぁな。そんなものがあるかなんてチェックしなかったから」
ケイが肩を竦める。
「じゃあ、探してみよう」
ラウルはそう言うと立ち上がって探し始めた。
ティアももう一度棚の影に消えていった。
しばらくしてティアがバケツを持ってきた。
空の瓶は見つからなかったので、ケイとラウルで一リットル入りの水を半分ずつ飲んで一本分の空のボトルを作った。
ティアはバケツに薬品を入れて混ぜ始めた。
「何作ってるんだ? まさか物騒なものじゃないだろうな」
一瞬ティアは化学兵器のエキスパートでミールの標的は彼女の方だったんじゃないかと言う疑念がわいた。
「これはね、三倍体の植物から種を作れるようにするためのものよ」
ティアがケイの懸念に気付かないまま答える。
普通、動植物の染色体は二本で一対である。これを二倍体という(植物の中には四倍体――つまり染色体が四本で一組――のものもある)。
配偶子を作るとき減数分裂をし、二本の染色体が一本ずつに分かれる(四倍体は二本)。
それが配偶子、つまり植物の精子や卵子に当たるものである。
植物にある薬品を使うと染色体が三本のものが出来る。これが三倍体である。
三倍体の植物は実はなるが種が出来ない。
ティアが作っているのは三倍体を二倍体に戻す薬らしい。
「すごい。そんなことが出来るんだ」
ラウルが本気で驚いた表情を浮かべる。
「ウィリディスに狙われるわけだな」
表情には出さなかったがケイも驚いていた。
翌日の早朝、ケイは起き出すと周囲の偵察に出かけた。
ミールの姿は見えなかった。
やはりここはもうシーサイドベルトに入っているようだ。
シーサイドベルトは幅が広いから入ってしまえばそう簡単には見つからない。
備蓄庫に戻ってくるとケイは荷造りをした。
ラウルも荷造りをするとティアを手伝った。
大して重さのない非常食と二、三枚の着替え、それに予備の弾薬くらいしか荷物のないケイとラウルに対して、ティアは薬品も持たなければならない。
荷物は押さえたつもりだったようだが、それでもあれもこれもと色々持ったのだろう。重いらしくよろよろしていた。
見かねたラウルがティアの薬品を持つと申し出た。
しばらくのやりとりの後、結局ラウルが薬品を持つことで決着が付いた。
万が一、ミールに見つかって追いかけられたとき、ティアの荷物が重いと足手まといになる。
ティアはティアでウィリディスに狙われているのだからなおさらだ。
シーサイドベルトはあまり樹などなく、どこまでも草原が続いていた。
小川沿いは、シーサイドベルトでは数少ない、樹の生い茂っているところである。
樹々の間を歩いているとき、背後に気配がした。
とっさにティアを押し倒す。
銃声と共に、頭のすぐ上を銃弾がかすめた。
ケイは腰に差していた拳銃を抜くと背後に向けて狙いをつけずに撃った。
とりあえず相手を牽制してから敵に向き直ると今度は狙って撃つ。
敵が樹に隠れた。
ケイとラウルも樹に隠れて撃ち始める。
樹の幹が銃弾を受けて樹屑が飛び散った。
ケイはティアが伏せているのを目の隅で確認した。
前方の樹に隠れてる敵を撃っていると、ラウルが後ろを向いて撃った。回り込まれたらしい。
幸い前夜、備蓄庫に止まったことで銃弾の予備は十分あった。
ケイは、樹の影から敵が出てくるのを狙って撃った。
一人、二人と敵が倒れていく。
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