5 / 46
第五話
しおりを挟む
それはほんの偶然だった。
研究所の敷地は広く、食堂も部署ごとに別れていたから他の部署の人間と知り合う機会などまずなかった。
女性が大荷物を地面にぶちまけてしまい慌てて拾っているのを見て、自分の足下に転がってきたものを拾って渡した。
それがきっかけだった。
ほんの偶然。
しかし、すごい偶然だった。
彼女――一花・ルツェルンは植物学者で、世界各地で農業アドバイザーもしていたから研究所に顔を出すことはほとんどなかったのだ。
その滅多にない機会に二人は出会った。
一花は拾ってくれたお礼にと、和実をお茶に誘った。
後になって、知らない人間をお茶に誘ったのは初めてだったと一花が打ち明けてくれた。
一花は美人だったこともあって和実はすぐに承諾した。
そのまま店が閉店するまで二人は話をした。
二人がうち解けるのに時間はかからなかった。
一花はいつも世界中を飛び回っていたが戻ってきたときは必ず和実と一緒に過ごした。
いつの間にか二人でいるのが当たり前になっていた。
和実はよく、「農作物なんてスペースコロニーの工場でいくらでも作れるのに、わざわざ地上に作るなんて物好きな」と言って一花をからかった。
和実自身、研究しているのは植物をより育てやすくするための土壌改良の研究だから、あくまで冗談だが。
一花はその度に「植物は地上で作るのが自然なのよ」と言って反論した。
和実が冗談で言ってるのが分かってるから一花も軽く受け流していた。
一花は植物を育てることに関しては一種の天才――それはほとんど神懸かり的だった。
彼女はどんなに不毛な地でも植物を育てることが出来た。
一花が指導した農場は必ず豊作になった。
何かタネがあるんじゃないかと勘ぐるものもいたが、秘密を暴いたという人間はいなかった。
彼女は〝緑の魔法使い〟と呼ばれていた。
* *
「ねぇ、空の瓶ない?」
ティアはどこから持ち出してきたのかいくつかの薬品の瓶を抱えていた。
「空の瓶? ケイ、見なかった?」
ラウルがケイに声を掛けた。
「さぁな。そんなものがあるかなんてチェックしなかったから」
ケイが肩を竦める。
「じゃあ、探してみよう」
ラウルはそう言うと立ち上がって探し始めた。
ティアももう一度棚の影に消えていった。
しばらくしてティアがバケツを持ってきた。
空の瓶は見つからなかったので、ケイとラウルで一リットル入りの水を半分ずつ飲んで一本分の空のボトルを作った。
ティアはバケツに薬品を入れて混ぜ始めた。
「何作ってるんだ? まさか物騒なものじゃないだろうな」
一瞬ティアは化学兵器のエキスパートでミールの標的は彼女の方だったんじゃないかと言う疑念がわいた。
「これはね、三倍体の植物から種を作れるようにするためのものよ」
ティアがケイの懸念に気付かないまま答える。
普通、動植物の染色体は二本で一対である。これを二倍体という(植物の中には四倍体――つまり染色体が四本で一組――のものもある)。
配偶子を作るとき減数分裂をし、二本の染色体が一本ずつに分かれる(四倍体は二本)。
それが配偶子、つまり植物の精子や卵子に当たるものである。
植物にある薬品を使うと染色体が三本のものが出来る。これが三倍体である。
三倍体の植物は実はなるが種が出来ない。
ティアが作っているのは三倍体を二倍体に戻す薬らしい。
「すごい。そんなことが出来るんだ」
ラウルが本気で驚いた表情を浮かべる。
「ウィリディスに狙われるわけだな」
表情には出さなかったがケイも驚いていた。
翌日の早朝、ケイは起き出すと周囲の偵察に出かけた。
ミールの姿は見えなかった。
やはりここはもうシーサイドベルトに入っているようだ。
シーサイドベルトは幅が広いから入ってしまえばそう簡単には見つからない。
備蓄庫に戻ってくるとケイは荷造りをした。
ラウルも荷造りをするとティアを手伝った。
大して重さのない非常食と二、三枚の着替え、それに予備の弾薬くらいしか荷物のないケイとラウルに対して、ティアは薬品も持たなければならない。
荷物は押さえたつもりだったようだが、それでもあれもこれもと色々持ったのだろう。重いらしくよろよろしていた。
見かねたラウルがティアの薬品を持つと申し出た。
しばらくのやりとりの後、結局ラウルが薬品を持つことで決着が付いた。
万が一、ミールに見つかって追いかけられたとき、ティアの荷物が重いと足手まといになる。
ティアはティアでウィリディスに狙われているのだからなおさらだ。
シーサイドベルトはあまり樹などなく、どこまでも草原が続いていた。
小川沿いは、シーサイドベルトでは数少ない、樹の生い茂っているところである。
樹々の間を歩いているとき、背後に気配がした。
とっさにティアを押し倒す。
銃声と共に、頭のすぐ上を銃弾がかすめた。
ケイは腰に差していた拳銃を抜くと背後に向けて狙いをつけずに撃った。
とりあえず相手を牽制してから敵に向き直ると今度は狙って撃つ。
敵が樹に隠れた。
ケイとラウルも樹に隠れて撃ち始める。
樹の幹が銃弾を受けて樹屑が飛び散った。
ケイはティアが伏せているのを目の隅で確認した。
前方の樹に隠れてる敵を撃っていると、ラウルが後ろを向いて撃った。回り込まれたらしい。
幸い前夜、備蓄庫に止まったことで銃弾の予備は十分あった。
ケイは、樹の影から敵が出てくるのを狙って撃った。
一人、二人と敵が倒れていく。
研究所の敷地は広く、食堂も部署ごとに別れていたから他の部署の人間と知り合う機会などまずなかった。
女性が大荷物を地面にぶちまけてしまい慌てて拾っているのを見て、自分の足下に転がってきたものを拾って渡した。
それがきっかけだった。
ほんの偶然。
しかし、すごい偶然だった。
彼女――一花・ルツェルンは植物学者で、世界各地で農業アドバイザーもしていたから研究所に顔を出すことはほとんどなかったのだ。
その滅多にない機会に二人は出会った。
一花は拾ってくれたお礼にと、和実をお茶に誘った。
後になって、知らない人間をお茶に誘ったのは初めてだったと一花が打ち明けてくれた。
一花は美人だったこともあって和実はすぐに承諾した。
そのまま店が閉店するまで二人は話をした。
二人がうち解けるのに時間はかからなかった。
一花はいつも世界中を飛び回っていたが戻ってきたときは必ず和実と一緒に過ごした。
いつの間にか二人でいるのが当たり前になっていた。
和実はよく、「農作物なんてスペースコロニーの工場でいくらでも作れるのに、わざわざ地上に作るなんて物好きな」と言って一花をからかった。
和実自身、研究しているのは植物をより育てやすくするための土壌改良の研究だから、あくまで冗談だが。
一花はその度に「植物は地上で作るのが自然なのよ」と言って反論した。
和実が冗談で言ってるのが分かってるから一花も軽く受け流していた。
一花は植物を育てることに関しては一種の天才――それはほとんど神懸かり的だった。
彼女はどんなに不毛な地でも植物を育てることが出来た。
一花が指導した農場は必ず豊作になった。
何かタネがあるんじゃないかと勘ぐるものもいたが、秘密を暴いたという人間はいなかった。
彼女は〝緑の魔法使い〟と呼ばれていた。
* *
「ねぇ、空の瓶ない?」
ティアはどこから持ち出してきたのかいくつかの薬品の瓶を抱えていた。
「空の瓶? ケイ、見なかった?」
ラウルがケイに声を掛けた。
「さぁな。そんなものがあるかなんてチェックしなかったから」
ケイが肩を竦める。
「じゃあ、探してみよう」
ラウルはそう言うと立ち上がって探し始めた。
ティアももう一度棚の影に消えていった。
しばらくしてティアがバケツを持ってきた。
空の瓶は見つからなかったので、ケイとラウルで一リットル入りの水を半分ずつ飲んで一本分の空のボトルを作った。
ティアはバケツに薬品を入れて混ぜ始めた。
「何作ってるんだ? まさか物騒なものじゃないだろうな」
一瞬ティアは化学兵器のエキスパートでミールの標的は彼女の方だったんじゃないかと言う疑念がわいた。
「これはね、三倍体の植物から種を作れるようにするためのものよ」
ティアがケイの懸念に気付かないまま答える。
普通、動植物の染色体は二本で一対である。これを二倍体という(植物の中には四倍体――つまり染色体が四本で一組――のものもある)。
配偶子を作るとき減数分裂をし、二本の染色体が一本ずつに分かれる(四倍体は二本)。
それが配偶子、つまり植物の精子や卵子に当たるものである。
植物にある薬品を使うと染色体が三本のものが出来る。これが三倍体である。
三倍体の植物は実はなるが種が出来ない。
ティアが作っているのは三倍体を二倍体に戻す薬らしい。
「すごい。そんなことが出来るんだ」
ラウルが本気で驚いた表情を浮かべる。
「ウィリディスに狙われるわけだな」
表情には出さなかったがケイも驚いていた。
翌日の早朝、ケイは起き出すと周囲の偵察に出かけた。
ミールの姿は見えなかった。
やはりここはもうシーサイドベルトに入っているようだ。
シーサイドベルトは幅が広いから入ってしまえばそう簡単には見つからない。
備蓄庫に戻ってくるとケイは荷造りをした。
ラウルも荷造りをするとティアを手伝った。
大して重さのない非常食と二、三枚の着替え、それに予備の弾薬くらいしか荷物のないケイとラウルに対して、ティアは薬品も持たなければならない。
荷物は押さえたつもりだったようだが、それでもあれもこれもと色々持ったのだろう。重いらしくよろよろしていた。
見かねたラウルがティアの薬品を持つと申し出た。
しばらくのやりとりの後、結局ラウルが薬品を持つことで決着が付いた。
万が一、ミールに見つかって追いかけられたとき、ティアの荷物が重いと足手まといになる。
ティアはティアでウィリディスに狙われているのだからなおさらだ。
シーサイドベルトはあまり樹などなく、どこまでも草原が続いていた。
小川沿いは、シーサイドベルトでは数少ない、樹の生い茂っているところである。
樹々の間を歩いているとき、背後に気配がした。
とっさにティアを押し倒す。
銃声と共に、頭のすぐ上を銃弾がかすめた。
ケイは腰に差していた拳銃を抜くと背後に向けて狙いをつけずに撃った。
とりあえず相手を牽制してから敵に向き直ると今度は狙って撃つ。
敵が樹に隠れた。
ケイとラウルも樹に隠れて撃ち始める。
樹の幹が銃弾を受けて樹屑が飛び散った。
ケイはティアが伏せているのを目の隅で確認した。
前方の樹に隠れてる敵を撃っていると、ラウルが後ろを向いて撃った。回り込まれたらしい。
幸い前夜、備蓄庫に止まったことで銃弾の予備は十分あった。
ケイは、樹の影から敵が出てくるのを狙って撃った。
一人、二人と敵が倒れていく。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~
山須ぶじん
SF
異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。
彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。
そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。
ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。
だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。
それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。
※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。
※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――
EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。
そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。
そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。
そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。
そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。
果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。
未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する――
注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。
注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。
注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。
注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
怪獣特殊処理班ミナモト
kamin0
SF
隕石の飛来とともに突如として現れた敵性巨大生物、『怪獣』の脅威と、加速する砂漠化によって、大きく生活圏が縮小された近未来の地球。日本では、地球防衛省を設立するなどして怪獣の駆除に尽力していた。そんな中、元自衛官の源王城(みなもとおうじ)はその才能を買われて、怪獣の事後処理を専門とする衛生環境省処理科、特殊処理班に配属される。なんとそこは、怪獣の力の源であるコアの除去だけを専門とした特殊部隊だった。源は特殊処理班の癖のある班員達と交流しながら、怪獣の正体とその本質、そして自分の過去と向き合っていく。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる