上 下
1 / 46

第一話

しおりを挟む
「昔、生き物は空から降ってきたんだよ」

 月明かりの中、おじいちゃんは空中からコインを取り出してみせた。

「星のかけらが生き物になるんだ」
 おじいちゃんの手の中で、コインが消えたり増えたりする。

「人間は宇宙に住んでいたこともあったんだ」
 何も持ってなかったはずの手のひらの中からスカーフが出てきた。
 スカーフの色が変わり、花やネズミのぬいぐるみが出てくる。
「あったってどういうこと?」

「わしが生まれた頃にはもう住んでなかったのさ。宇宙に住むような物好きは一部の科学者と技術者くらいだったからな」
 ネズミはぬいぐるみなのに、祖父の手の中にいるときだけは生きて動きまわっていた。
「どうして?」

「生物のいない惑星だって人が住めるように改造出来る技術があったんだ」

 祖父の視線の先には、一際明るく輝く星があった。
 隣の惑星だ。人は住んでいない。

「人が多くなって惑星上に住む場所がなくなったら他の惑星に住めばいい。地上に住めるのに、好き好んで宇宙に住みたがるヤツがいるかね」

 月の出から遅れること数時間、空が澄んでいるときに視力のいい人間が見て、ようやく分かる程度の微かな瞬き。
 ラグランジュポイントに浮かぶスペースコロニーの群れである。

「じゃあ、あれは? ただの廃虚?」
 スペースコロニーを指して聞いてみた。
 コロニーや人工衛星を廃虚と言うのが正しいのかどうかは分からなかったが。

「工場だよ。無人には変わりないがな。野菜や果物、それに食用の家畜を育てる牧場や魚の養殖場なんかだ。後は無重力空間でしか合成できない物質の生産工場とかな」
「宇宙で作ってどうするの?」

「昔は地上に運ばれてきていたんだ」
「今は?」
「さぁ、どうなっているんだろうな……」

 毎夜、おじいちゃんが見せてくれる手品が楽しみだった。
 ホントのことを言えば話の方には興味なかった。ただ、手品見たさに聞いていただけだ。

「おじいちゃんって魔法使いだよね」
 そう訊ねると祖父は嬉しそうな顔をしながらも、
「わしはホントの魔法使いじゃないよ」
 と答えていた。

「じゃあ、ホントの魔法使いっているの? 僕もなれる?」
 祖父は優しく頭を撫でてくれた。
 そして――

〝緑の魔法使いを捜すんだ〟

 と言った。

「緑の魔法使い? その人に会えば魔法使いになれるの?」
「……緑の魔法使いがお前のするべきことを教えてくれる」
 祖父はそう言って夜空を見上げた。

 肉眼では見えない、名前も役目も忘れ去られた人工の星々を見ようとするように。
 一番近くにある、人類自らが作り出した星どころか、隣の大陸にすら行く手段がなくなって二十年以上が経っていた。
                                                         
『最後の審判』

 そう呼ばれるものが起きた日、文明と名の付くものは地上から消えた。

   * * *

 森の樹々が風にざわめいていた。
 それは自分達の前で起きていることに対する抗議のようにも聞こえた。
 鳥達も加わっている。

 ケイは気配を殺して樹陰に身をひそめていた。
 目の前に樹々が途切れた狭い空き地がある。

 そこで少女が数人の男達に銃を突きつけられていた。

 男達は揃って迷彩色の上下にポケットの沢山ついた黒いベスト。ポケットには弾薬や小型爆弾などが入っているはずだ。

 少女の年の頃は十七歳くらいか。自分と大して違わないだろう。
 男達を昂然こうぜんと睨み付けている。気の強い子らしい。
 整った顔立ちに大きな緑色の瞳、淡い茶色のウェーブした髪、白い肌。これだけの美少女は滅多にいない。

 しかし、男達の目的は少女の身体ではない。

 少女の向こうには老齢の人間――ここからでは男か女かは判別できない――と夫婦らしい三十代くらいの男女、それに子供二人――多分夫婦の子供――の遺体が折り重なるようにして倒れている。五人共血まみれだ。
 硝煙と血の臭いがここまで漂ってくる。

 数秒後には少女も仲間入りするはずだ。

 男の数は全部で十人。

 たった六人の非戦闘員――しかもその内の三人は子供――を殺しに来るのにプロが十人も出向いてくるとはね……。
 ミールも大分暇になったらしい……。

 ケイは一瞬、天を仰いだ。
 助けてやらなければならない義理はない。見ず知らずの人間だ。

 だいたい、銃声を聞いて隠れるのではなく、飛び出してくること自体愚かな行為だ。

 もっとも、三十年前の『最後の審判』以来、銃をはじめとした火器や兵器を使っているのはミールだけだから、轟音がなんの音だったのか分からなかったのは仕方がないといえば仕方がない。

 それにしても影から様子を見てみるとか出来なかったのかね……。

 ケイはため息をいた。

 助けたら自分がここにいることを連中に教えることになる。
 出来れば面倒はさけたい。

「知識の封印を」
 男がいつもの台詞を言って引き金に指を掛けた。

 ケイは渋々持っていた拳銃を構えた。

 自分が殺されている人達と同じ運命を辿らされることが分かってるのだろう、少女が悔しそうに手を握りしめた。拳が微かに震えている。
 少女が唇を噛んで目を固く閉じた。淡い茶色の髪が風に揺れた。

 ケイは引き金を引いた。
 ミールの隊員の一人が倒れると、他の隊員達はすぐに敵を捜して辺りを見回し始める。

 ケイは次々と撃ち殺していった。
 ミールの隊員も撃ち返してくる。
 複数の銃声が周囲に轟いた。硝煙と血の臭いが更に強くなった。

 音が収まったとき、少女は無傷で立っていた。
 息絶えて地面に倒れていたのはミールの隊員達の方だった。

 鳥の声も樹々のざわめきも不気味に黙り込んでいた。

 少女が目を開けた。
 周りを取り囲む男達の死体に目を見張る。顔を上げた拍子に微かにウェーブした髪が胸の辺りで揺れた。

 ケイが樹の陰から出ていくと少女の緑色の瞳が睨み付けてきた。
 まるでケイが男達の責任者だとでも思っているような目つきだ。
 命の恩人に対して向ける視線ではない。

「ちょっと、これはどういうこと?」
 少女が言った。
「助けてやったんだ。文句を言われる筋合いはない」
 ケイがぶっきらぼうに答える。

「こいつらウィリディスじゃないんでしょ。この連中は誰なの? なんで私達が襲われなきゃなんないの?」
 少女の問いに、
「ウィリディスじゃない。ミールだ」
 ケイが答える。
「ミール? 何それ?」
 少女が首を傾げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

我らおっさん・サークル「異世界召喚予備軍」

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
青春
おっさんの、おっさんによる、おっさんのためのほろ苦い青春ストーリー サラリーマン・寺崎正・四〇歳。彼は何処にでもいるごく普通のおっさんだ。家族のために黙々と働き、家に帰って夕食を食べ、風呂に入って寝る。そんな真面目一辺倒の毎日を過ごす、無趣味な『つまらない人間』がある時見かけた奇妙なポスターにはこう書かれていた――サークル「異世界召喚予備軍」、メンバー募集!と。そこから始まるちょっと笑えて、ちょっと勇気を貰えて、ちょっと泣ける、おっさんたちのほろ苦い青春ストーリー。

歌のふる里

月夜野 すみれ
ライト文芸
風の中に歌が聴こえる。 いつも聴こえる美しい旋律の歌。 どこにいても聴こえるのに、どこを捜しても歌っている人間を見つけることが出来ない。 しかし、あるとき、霧生柊矢(きりゅうとうや)は歌っている少女霞乃小夜(かすみのさよ)と出会った。 柊矢は、内気そうな少女に話しかけることも出来ず、ただ歌を聴いているだけの日々が続いていた。 ある日、二人の前に白く半透明な巨木の森が出現した。 二人が見ている前で森はまた消えていった。 その夜、柊矢の所有しているアパートの近所で火事が起きたという知らせに現場へ行ってみると小夜がいた。 燃えていたのは小夜の家だった。 たった一人の肉親である祖父を亡くした小夜を、成り行きで柊矢が引き取った。 その後、柊矢と小夜はやはり、普通の人には聴こえない歌を歌う青年と知り合った。 その青年、椿矢(しゅんや)から普通の人に聴こえない歌が聴こえるのはムーシコスという人種だと教えられる。 そして、柊矢の前に、昔、白い森へ入っていって消えた元恋人霍田沙陽(つるたさよ)が現れた。沙陽もまたムーシコスだった。 柊矢は沙陽に、ムーシコスは大昔、あの白い森から来たから帰るのに協力してほしいと言われる。 しかし、沙陽は小夜の家の火事に関わっていた。 柊矢と小夜、柊矢の弟楸矢(しゅうや)は森への帰還を目指す帰還派との争いに巻き込まれる。 「歌のふる里」の最終話の次話から続編の「魂の還る惑星」が始まります。 小説家になろうとカクヨム、note、ノベマにも同じものを投稿しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

「メジャー・インフラトン」序章4/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節JUMP! JUMP! JUMP! No1)

あおっち
SF
 港に立ち上がる敵AXISの巨大ロボHARMOR。  遂に、AXIS本隊が北海道に攻めて来たのだ。  その第1次上陸先が苫小牧市だった。  これは、現実なのだ!  その発見者の苫小牧市民たちは、戦渦から脱出できるのか。  それを助ける千歳シーラスワンの御舩たち。  同時進行で圧力をかけるAXISの陽動作戦。  台湾金門県の侵略に対し、真向から立ち向かうシーラス・台湾、そしてきよしの師範のゾフィアとヴィクトリアの機動艦隊。  新たに戦いに加わった衛星シーラス2ボーチャン。  目の離せない戦略・戦術ストーリーなのだ。  昨年、椎葉きよしと共に戦かった女子高生グループ「エイモス5」からも目が離せない。  そして、遂に最強の敵「エキドナ」が目を覚ましたのだ……。  SF大河小説の前章譚、第4部作。  是非ご覧ください。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

サクラ・アンダーソンの不思議な体験

廣瀬純一
SF
女性のサクラ・アンダーソンが男性のコウイチ・アンダーソンに変わるまでの不思議な話

処理中です...