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月夜野 すみれ

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第3話

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 その晩、従姉から大学の文化祭に来るように圧力をかけられた清美は困って楸矢に電話した。
 従姉が通っているのは美大だ。
 はっきり言って芸術の類には興味が無い。
 しかし楸矢が一緒なら楽しめるだろう。
 楸矢は音大生だから美術も清美よりは理解出来るはずだ。

「文化祭? いいよ」
 楸矢があっさり承諾してくれて清美はホッとした。

 楸矢との約束を取り付けて肩の荷を降ろした清美はパソコンを立ち上げた。
 楸矢へのクリスマスプレゼントが思い付かないので探しているのだ。
 誕生日の時もかなり悩んだ。
 趣味を聞いたら、
「特に無いかなぁ。ずっとプロの音楽家にならなきゃいけないと思い込んでたからフルートの練習ばっかで余裕なかったんだよね」
 と言う答えが返ってきた。

 思い込んでいた、というのは柊矢も楸矢と同じ音大に通っていたのだが育ての親である祖父が亡くなったのが大学一年の時だった。
 それで柊矢は楸矢を育てるために大学を中退した。
 柊矢はかなり才能のあるヴァイオリニストだったにも関わらず、楸矢のために音大をやめプロの音楽家の道を諦めたので自分が代わりにプロにならなければならないと思っていたのだ。
 だが柊矢は楸矢にそんな事は望んでいなかったと知った。
 楸矢自身も柊矢の代わりにプロにならなければという義務感で目指していただけでなりたいと思っていた訳ではない。
 ただそれを知った時には既に音大への入学は決まっていたのでそのまま進学したが卒業したら普通の企業に就職するつもりらしい。

 音大生の彼氏というのは清美も想定していなかったので何を贈れば喜ばれるのか想像も付かなかった。
 しかも忙しくて趣味も無いとなると皆目かいもく見当けんとうが付かない。
 それで誕生日の時は小夜に頼んでパーティのケーキを作らせてもらった。
 と言っても小夜に付きっ切りで指示してもらってなんとか作れたのだが楸矢はすごく喜んでくれた。
 今時ケーキを作る母親はお菓子作りが趣味の人くらいだと思うが楸矢にとっては憧れていた事だから嬉しかったらしい。
 もっとも卒業パーティの時にも小夜がケーキを作っているのだが。
 とは言え毎回手作りケーキでは芸が無い。
 ネットを検索しているとアドベントカレンダーが目に止まった。

 アドベントカレンダーか……。

 アドベントというのは待降節の事でクリスマスまでの準備期間を言う。
 アドベントカレンダーというのは日付が書いてある引き出しの付いたカレンダーで、中に入っているのは基本的にはお菓子だが小物などの場合もある。
 要はクリスマスまでのカウントダウンをしながら、ちょっとしたプレゼントを楽しむものだ。
 日本で流行はやり始めたのは最近だが元々この手の外国の行事は流行はやすたりがあるから定番と言えるのはツリーとケーキくらいだろう。
 そのケーキにも流行りがある。
 普通のショートケーキからブッシュドノエルに移ったが、それも最近はすたれ始めているようだ。
 アドベントカレンダーを好むのは子供と若い女性が主だが、子供の頃に家でクリスマスを楽しんだ事が無いなら、クリスマスを待つ子供の気分を楽しめるものもいかもしれない。
 クリックしかけて指が止まった。

 高い……。

 しかも中身は別売りだ。
 他に無いか検索するとオーナメント形式のアドベントカレンダーが出てきた。
 紙製のシンプルな形ならそれほど高くない。
 当然、中身は別売りだが市販のお菓子なら安くませられる。
 問題はアドベントカレンダーは十二月一日から二十四日まで毎日開けるため二十四個ある。
 待降節は四週間だから本来は二十八個だが、そもそも日本人のほとんどはキリスト教徒では無いから切りの良い十二月一日から始まるものが多いのだ。
 二十四個だと霧生家のツリーが小さかったら飾りきれない可能性がある。
 十二月までまだ何日かあるし小夜に聞いてからにしよ。
 清美はクリスマスの料理を検索し始めた。


 清美と共に美大の文化祭に来た楸矢は一枚の絵の前で足を止めた。
 荒涼とした大地の上に白い大きな天体が浮かんでいた。

「珍しいですね、こんなに大きな月を書くなんて」
「……これ、月じゃないよ」
 楸矢が絵を見詰みつめたまま答えた。
「え?」

 絵画で実物より大きくくのは珍しくない。
 誇張しているわけではなくても注目しているものは脳内補正で大きく感じるからだ。
 だから写真に撮ると予想外に小さくて驚く事も珍しくない。
 だが、これは月ではない。

「これ、ムーシケーだよ」
 ムーシケーって確か楸矢さん達の祖先――ムーシコス――が住んでいた惑星ほしだっけ。
 四千年前、隕石が降りそそぐようになった為、地球へ避難してきたと言っていた。
「ここ」
 楸矢は絵の地平線の左端の白い半円形の小さな山を指した。
「これ、ドラマだよ」
「ドラマ?」
 清美は首をかしげた。

 テレビの話ではないのは明らかだがよく分からない。
 ムーシケーやムーシコスの説明は聞いたものの全く知らない言語の単語の上に長い。
 しかも似ている。
 同じ語源からの派生だかららしいが馴染みがない上に長くて似てるとなると混乱する。
 ただ『ドラマ』という言葉は聞いた事が無い。
 あれば今と同じ疑問を抱いただろうから覚えてるはずだ。

「ドラマって言うのはムーシケーとグラフェーの衛星」
 グラフェーはムーシケーの二重惑星の片割れで巨大隕石の衝突で壊滅かいめつしたと聞いた。
 それなら荒廃していてもおかしくない。
「えいせい……月って事ですか? これは山じゃないんですか?」
「そう、月。地平線から上り始めてるか沈み始めてるから山みたいに見えてるだけ」

 楸矢はそう説明しながら絵を見ていた。
 絵からとても強い想いが伝わってくる。
 だけど……。
 楸矢は考え込んだ。
 どう解釈すればいのか良く分からない。
 ムーシコスはグラフェーには行けないはずだからグラフェーからムーシケーを見る事は出来ない。
 どちらにしろムーシコスが想いを伝える手段はムーシカだから絵では伝わらない。
 となるといたのはグラフェーから来た人間と言う事になるが、ムーシコスにグラフェーの人間の想いは感知出来ないはずだ。
 だとしたらこれはグラフェーから来た人間の想いを感じ取っているのではなく、ムーシケーが何かを伝えてきているのだ。

「文化祭、今日までだよね?」
「はい」
 清美の返事を聞くと楸矢は辺りを見回した。
 楸矢は入口に立っているスタッフらしき女性に歩み寄った。
「すみません、あの絵いた人、いますか?」
 楸矢は絵のタイトルを告げて訊ねた。
「裕也君」
 女性が青年に声を掛けた。
「何?」
 裕也はすぐにやってきた。

 楸矢は女性に礼を言うと、
「あそこに展示してある絵なんだけど……」
 裕也に向き直って訊ねた。
「何か?」
「あの絵、見せたい人がいるんだけど今からじゃ文化祭が終わるまでには来られそうにないから、他の日に見せてもらえないかと思って」
「写真、って送っていいよ」
「写真で分かるかどうか……」
「何が?」
「あの絵に込められた想い」
 裕也は驚いて楸矢を見た。
 分かった人は初めてだ。

「それに、他にもあるでしょ」
「え……?」
「あの惑星ほしの絵、描いたんでしょ。だとしたらのは一度だけじゃないよね」
「まさか……君も見た事あるのか!?」
「向こうからは無い」
「向こうってどういう……」
「多分、見せたいって言った人の方が上手く説明出来ると思う」
「分かった」
 楸矢と裕也は連絡先を交換した。
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