花のように

月夜野 すみれ

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第七章 花のように

第七話

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 Heは製造者を捕まえた。これでもうHeは出回ることがない。
 今後も他のデザイナーズドラッグは次から次へと出てくるだろうが。
 永山と岡本を殺した犯人も捕まえた。
 しかし、紘彬も如月も嫌な気分が拭えなかった。

「桜井さんはどう思いますか? 小沢芳子は殺されたんでしょうか」
「殺されたとしても犯人は奥野じゃないな」
 友人だったから庇っているわけではない。
 今更、一人被害者が増えたところで何も変わらない。
 にもかかわらず、あれだけ頑固に否定するのは本当にやってないからだろう。
 奥野と芳子は付き合っていたのだ。
 薬を渡したことは奥野自身も認めている。指紋はあって当然だ。

「殺すなら永山達と同じ毒を使うだろ」
 紘彬が指摘した物質は通常の薬物検査では調べない。
 だから、永山と岡本のときは見過ごされてしまったのだ。
 永山達と違って、小沢芳子の遺体から何も検出されなければ殺人は疑われなかっただろう。
 わざわざ他殺であることを示すシアン化物など使うわけがない。
「多分、奥野に殺されたように装っての自殺だろうな」
「それ、飯田先輩に言わなくて良かったんですか?」
「伊達に長いこと刑事やってるわけじゃなんだ、言われるまでもないだろ。大方、永山や岡本殺しを吐かせるためのネタに使ってるんだろ」
 確かに紘彬の言うとおりだ。
 きっと今頃は小沢芳子のことも調べ上げているだろう。
 交友関係や怨恨の有無など本人より詳しく知ってるに違いない。

 そのとき、如月のスマホが震えた。
 ポケットからスマホを出して画面を見た。紘一からのメールだ。
 文面には、

 今日は必ず来て

 と書かれていた。

「なんだ、桐子ちゃんからか?」
 紘彬がからかうように言った。
「いえ、紘一君からです。今日来てほしいって」
「言われなくても行くのにな」
「そうですよね」
 紘彬ではなく、如月にメールが来たのも腑に落ちない。

 内藤のその後のことでも聞きたいのだろうか。
 しかし今のところ大した情報はない。
 ケガに関してはクラスメイトである紘一の方が詳しいだろう。
 如月は首を傾げながらスマホをしまった。

 取調室を出た二人が刑事部屋に向かっていると、顔なじみの少年課の刑事が如月に声をかけてきた。

「じゃ、俺は先に行ってるわ」
 紘彬はそう言って一人で刑事部屋に向かった。

「内藤君の処分が決まったんでしょうか?」
「親御さんが各書店に詫びて回ったこともあって、どこも彼を訴えないそうだ。だから今回はお咎めなしだ」
「そうですか」
 取りあえず、それだけでも良かった。
「学校の方は?」
「学校での態度は特に悪くはなかったし、成績も優秀なので一ヶ月の停学処分だそうだ」
「退学にはならないんですね」
 如月は安心した。
 勿論、学校では噂などで嫌な思いをするだろうが、それは仕方がない。
 本人も覚悟の上だろうし、紘一は見捨てずに支えるはずだ。
「有難うございました」
 如月は刑事に深々とお辞儀をした。

 これで紘一君にいい報告が出来るな。

「あ、風太さん」
 刑事部屋に向かっていると、桐子と出会った。
「桐子ちゃん」
「事件、解決したそうですね」
「うん」
「今度の土曜日の約束、大丈夫ですか?」
 その日は二人とも休みなので、映画を見に行く約束をしているのだ。
「今んとこ大丈夫だよ」
「良かった」
 桐子が微笑んだ。
 その笑顔を見ただけで元気をもらえた気がした。

「百人町の大捕物の話、聞かせてくださいね」
「分かった」
「じゃ、お仕事頑張ってください」
「桐子ちゃんもね」
 如月はそう言うと桐子と別れた。

 刑事部屋に戻ると紘彬が待っていた。
 他には誰もいなかった。

「みんなどこに行ったんですか?」
「上田と飯田はまだ取り調べ中だ。まどかちゃんと佐久は空き巣があったからそっちに行った」
「じゃあ、自分達は……」
「まどかちゃんと佐久の応援に行ってくれって。行こうぜ」
 紘彬と如月は再び署を後にした。

 退勤時間になり、紘彬と如月は揃って署を後にした。

 家の近くまで行くと、紘一が外に出て待っているのが見えた。
 帰るときメールを入れておいたから、そろそろ来ると思って待っていたに違いない。
 紘一は、紘彬と如月を見つけると、手を振った。
 こんなことは初めてだ。
 二人は顔を見合わせた。

「兄ちゃん! 如月さん! 見てよ! 花が咲いてる!」
 紘一が差した指の先には、一輪の桜の花が咲いていた。
 折れた枝を一応ガムテープで巻いてくっつけておいたのが良かったのだろうか。
「ホントだ……」

 如月は信じられないような思いで桜を見上げた。
 桜は枝を切ったり折ったりすると木が枯れると聞いていた。
 だから、最悪枯れることも覚悟していた。
 しかし、桜の木は風に揺られながらもしっかりと白い花を付けていた。
 他にも蕾が膨らんでいる。

「花、咲いたんだねぇ」
 後ろから声がして振り返ると晃治が立っていた。
 仕事から帰ってきたのだ。

「親父、お帰り」
「おじさん、お帰り」
「お父さん、お邪魔しています」
 如月は丁寧にお辞儀をした。

「ようやく咲いたねぇ」
 晃治も嬉しそうに花を見上げた。
「木が折れたときはダメかと思ったけどな」
「折れたから、咲いたんじゃないかな」
 晃治が言った。
「え?」
 紘彬達が晃治の方に顔を向けた。

「植物って言うのは、環境が悪くなっても花が咲くんだよ」
「そうなの?」
「きっと、枯れる可能性があると、頑張って子孫を残さないとって思うんだろうね」
「そうか、なら、もし枯れても種を取ってまた植えればいいんだな」
「え?」
 如月は紘彬を見上げた。
「枯れてもゼロからやり直せばいいってこと。年は違っちゃうけどさ」

 枯れても種からやり直す。
 桜井さんらしいな。

「もし種からやり直すなら、花が咲くまで何度でも腐葉土送ってもらいます」
「まぁ、枯れないに越したことはないから、ちゃんと世話しないとな」
「内藤もやり直せるよね」
 紘一が誰にともなく言った。

「大丈夫だよ。紘一君がいれば」
 如月は少年課の刑事から聞いた話を紘一に伝えた。
「そうなんだ、良かった」
 紘一は心底嬉しそうに微笑わらった。
「お見舞いに行ってあげれば喜ぶと思うよ」
「そうだね。そうするよ」
 そう言うと、
「今日は兄ちゃんと如月さんからだろ。もう準備してあるよ」
 踵を返して玄関へ向かった。
「じゃあ、部屋へ入るか」
 紘彬も後に続いた。
「はい」

 如月がもう一度振り返ると、一陣の風が吹いて花の香りを運んできた。
 枝が揺れたが、花は散ることもなく風にそよいでいた。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

志賀雅基
2023.06.24 志賀雅基

突然、失礼致します。志賀と申します。

警察モノが好きで自分も書いているのですが、貴作『花のように』を大変面白く読ませて頂きました。もう一気に拝読です。このあと番外編に取り掛からせて頂きます。それに、天然っぽい紘彬くん、いえ、桜井警部補がキャリアの道を外れて警部補のまま所轄に回された理由も大変興味の湧くところです。

良作を拝読出来て幸せな時間を頂戴致しました。
有難うございます。

月夜野 すみれ
2023.06.24 月夜野 すみれ

感想ありがとうございます。
とても嬉しいです。
ありがとうございました。
感想を頂くのに慣れていなくてテンプレみたいな返信になってしまって申し訳ありません。

解除

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