花のように

月夜野 すみれ

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第七章 花のように

第二話

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 取調室を出た如月は、刑事部屋の自分の席に座っている紘彬の隣に立った。

「奥野が、あ、奥野さんが……」
 如月は奥野が紘彬の友人と言うことを思い出して慌てて言い直した。
「呼び捨てでいいよ。あいつで間違いないし」
「え?」
「家に帰って高校の卒業アルバム持ってきて石川に見せた」
 石川は吉田ではなく奥野を指したという。


 紘彬達は奥野の家と会社に、手分けして家宅捜索に向かった。
 奥野の家は代々木の閑静な住宅街に建つマンションの一室だった。
 書類やパソコンなどを段ボールに詰めて運び出すのを、近所の人達がひそひそと噂話をしながら見ていた。
 奥野は会社にも家にもいなかったため、すぐに緊急手配にかけられた。

 奥野のパソコンの中身は一見普通だったが、如月が隠しファイルを見つけてロックを外して中を見ると、Heを始めとした違法なドラッグの化学組成式が書かれたファイルがいくつもあった。
 紘彬はプリントアウトされた科学組成式に目を通した。
 如月はHe以外の科学組成式のドラッグが市場に出回っていないか照会していた。

「どうやら、He以外のドラッグの科学組成式はこれから作る予定だったようですね」
 隠しファイルにあったメールに、Heが規制されたという情報があった。
 それと、違法ドラッグを作る材料とみられる薬品を注文したメールもあった。
 紘彬はHeの材料が書かれたファイルと発注をかけていた薬品を見比べた。
 Heには使われてない薬品が注文されているところを見ると如月の言う通りのようだ。

「さて、それじゃ」
 と言って団藤がホワイトボードの前に立った。
 家宅捜索で押収したものは解析班に回された。
「奥野の行方を追うのは上田と佐久、飯田と俺。桜井と如月は引き続き麻生真理の事件に当たってくれ。ところで桜井、奥野の逃亡先に心当たりは?」
「ない。それより、まどかちゃん、Heのことは? 血刀男も、うちの事件だろ」
「殺人事件の方は被疑者死亡で書類送検されることになった。Heに関しては警視庁の麻薬捜査課が担当することになった」
「なんか麻薬捜査課に美味しいとこだけ持ってかれた感じだな」
 紘彬がぼやいた。
「もう歌舞伎町に行く必要がなくなったってことですよ」
「麻薬捜査課GJ!」
 紘彬が親指を立てた。
 如月は苦笑した。

 団藤達は一通り打合せをすると、奥野の行方を追って出ていった。

「さて、どこから手を付ける?」
 刑事部屋で紘彬は椅子に反対に座って如月と向き合った。
 二人とも、それぞれ手に持ったファイルを見ていた。
「そうですねぇ」
 如月は、麻生真理に貢いでいた男のファイルを一つ一つ見ていった。
 紘彬は鑑識から上がってきた報告書を見ていたが、
「ちょっと、鑑識行ってこようぜ」
 と言って立ち上がった。
 如月が後に続く。

 紘彬は鑑識の八島に麻生真理を殴るのに使った花瓶の破片の写真を見せてくれるように頼んだ。

「これと同じヤツある?」
 紘彬が訊ねると、鑑識の八島が同じ形の花瓶を見せてくれた。
「頭部の模型ある? ほら、殴ると血が出るヤツ」
「そこに……」
 八島が模型を指した。
「指紋の付き方からいくと、こうやって握って……」
 紘彬は指紋が黒く浮き上がっている写真を見ながら、細長くなっている花瓶の首部分を右手で掴んだ。

 あっ!

 紘彬が何をしようとしているか気付いた如月が、
「桜井さん、待っ……」
 言い終えるより先に、力一杯模型に叩き付けられた花瓶の破片と偽物の血が、鑑識部屋に飛び散った。

「何やってんだ、あんた!」
 八島が驚愕して叫んだ。
 如月は額を押さえた。
 紘彬はその場にしゃがみ込むと、破片をより分け始めた。
 そして、分けた破片と鑑識報告書を見比べながら、今度は写真を分け始めた。
 その後ろでは、八島が喚いていたが、紘彬には聞こえていないようだった。
 如月は眩暈を覚えて壁に手をついた。

 なんで報告書や始末書書くの嫌がってるのにこう言うことするかなぁ……。

「この写真に写ってるこの破片の、この微かに付いてる血液、犯人のものかもしれないから、もう一度DNA検査してくれる?」
「はぁ」
 八島は困惑したような呆れたような複雑な表情で紘彬を見上げた。
「あ、ここは俺達が掃除するから。それと、花瓶の弁償が必要なら俺の給料から引くように言っといて」
「掃除はこっちで手配しておきますから」
 八島はそう言うと頭を振りながら鑑識の奥の部屋へ戻っていった。

「検査結果を待つとして、後はどうしようか」
「まず始末書書くのが先ですよ」
「やっぱ書かなきゃダメかぁ」
「当然です」
 如月は、渋々といった様子で刑事部屋へ戻っていく紘彬の後に続いた。

 既に鑑識からの報告が届いており、始末書を書く前に課長にがっちりと叱られた。

 翌日の夕方、奥野捜索に出ていた団藤達が、情報交換のために一旦署に帰ってきて会議をしていた。

「奥野の潜伏先の手がかりだが……」
 団藤が言いかけたとき、電話が鳴った。
 如月が受話器を取った。

「そこの高校の前で生徒が刺されたそうです」
 如月がそう言った瞬間、紘彬は飛び出していた。
「桜井さん!」
 如月も桜井を追って飛び出した。
「桜井! 如月!」

 高校は、警察署を出て目の前の明治通りを渋谷方面に行けばすぐである。

 学校の前に着くのと、救急車が渋谷方面に走っていくのはほぼ同時だった。
 校門の前は高校生達でごった返していた。
 下校時刻と言うこともあり、生徒達は皆鞄を持っていた。
 部活中に見物に出てきたのか、体操服姿のものも散見された。

「あ、兄ちゃん、如月さん」
 人混みの外にいた紘一が声をかけた。
 帰る途中だったのか、鞄を持っていた。
「今、メールしたとこだよ」
「紘一、何があった」
 紘彬は紘一のそばに向かった。

「内藤って言うクラスメイトが刺されたんだ」
「内藤君が!? 無事なの!?」
「分かんない。俺も友達から話聞いて今ここに来たところだから」
「なら、お前は何も見てないんだな?」
「うん」
「じゃ、家に帰ってろ。詳しいことが分かったら連絡するから」
「分かった」
「よし、聞き込みだ」
 紘彬と如月は二手に分かれて聞き込みを開始した。

 遅れてやってきた団藤達や、少年課の刑事達も聞き込みを始めた。

 しかし、皆一様に、帽子を目深に被り、黒縁眼鏡をかけ、白いマスクをしていて、顔が見えなかったというばかりだった。
 その上、共通しているのはそこまでだった。
 服装はジーンズに紫のスカジャン、と言うものもいれば緑のジャケット、と言う者もいて、目撃証言の宛てにならなさを今更ながら痛感させられた。
 とはいえ、どんないい加減な目撃証言でも手がかりは手がかりである。
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