花のように

月夜野 すみれ

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第六章 花霞

第四話

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 あ、そうだ、今日はゲーム雑誌が出る日だっけ。
 それに英語のテキストも買わないと。

 紘一は高田馬場に向かった。
 ゲーム雑誌はコンビニで買えるが、英語のテキストが売ってる書店は少し離れている。
 そこまで行くくらいなら高田馬場まで足を伸ばした方がいい。

 英英辞典も買いたかったし。

 それで高田馬場に行くことにした。
 戸山公園を通って高田馬場に向かう。
 戸山公園と言ってもこっちは箱根山とは紘一の家を挟んで反対側である。
 箱根山がある方は戸山公園箱根地区と言い、こちら側は戸山地区である。
 戸山公園は災害時の広域避難場所になっているだけあって広いのだ。

 明治通りから早稲田通りに入れば、そこは商店街なのだが遠回りだ。
 目的の本屋は高田馬場駅前だから戸山公園を斜めに突っ切っていった方が早い。木々の緑のトンネルの間の道を歩いて行くとスポーツセンターがある。
 紘一達の祖父がここで剣道を教えていた。
 紘彬や紘一もここで剣道や柔道の稽古をしている。

 公園には大抵犬がいた。
 大きな犬を三匹も連れている人を時々見かける。
 確かに紘一の家のように一戸建ても結構あるにはあるが、あんな巨大な犬を三匹も飼える程大きな家なんてあるのだろうか。
 犬を二匹も三匹も連れている人は結構いる。よほど犬好きなのだろう。
 ベンチに座って鳩に餌をやっている人もいた。

 駅前の本屋でテキストと英英辞典を買い、雑誌売り場に行く為にエレベーターに乗ろうと本棚を回ると、文房具売り場のところに内藤がいた。

 まさか、あいつまた……。

「内藤」
 紘一の声に内藤が振り返った。
「藤崎」
 後ろめたそうな顔はしていない。今日は何もしていないようだ。
「何か買いに……」
「おい、お前ら!」
 突然、大人の声がした。
 紘一が振り返るのと、内藤が逃げ出すのは同時だった。

 声の主はガードマンだった。
 ガードマンは紘一の肩に手をかけると、
「ちょっと来てもらおうか」
 と言った。

 如月は高田馬場の書店から電話を受けると、紘彬には何も告げずに出てきた。
 紘一がいる部屋に如月が入っていくと、店長の谷垣が勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
 ガードマンも小鳥を食べたばかりの猫のような満足げな顔をしていた。
 テーブルの上には紘一の鞄の中身が広げてあった。
 どうやら鞄を逆さにしてぶちまけたらしい。
 谷垣がテーブルの隅にあるボールペンを指した。

「刑事さん。精算前の商品を持っていましたよ」
「もう一人の少年は逃げましたから今度は間違いありません」
「捕まえたのはガードマンの方ですか?」
 言いながらガードマンの手を見た。
 それから鞄の中身を確認した。
「そうです。彼が捕まえました」
 谷垣が答えた。
 如月は紘一に向き直った。
「紘一君、手袋持ってる?」
「この時期に? まさか」
「じゃあ、ハンカチかティッシュは?」
 紘一は如月の言わんとしていることが分かったようだ。

 ポケットを裏返して見せて、
「持ってない」
 と答えた。

 如月はポケットから証拠品を扱う為の手袋を取り出して手に嵌めた。
 ガードマンもようやく気付いたらしい。
 ハッとした様子を見せた。
 谷垣だけが理解できてない様子で不思議そうな顔をしていた。
 ガードマンはボールペンを掴もうとしたが、それより早く如月が取り上げた。

「これが盗まれたものなら犯人の指紋がついてますね」
 ようやく気付いた谷垣が、まさか、と言う表情でガードマンを見た。
「紘一君の指紋も採りますけど、お二人の指紋も採らせていただきます。構いませんね」
 如月の言葉にガードマンが青ざめた。
「いいよね、紘一君」
「いいよ。俺、それに触ってないし」
「あの……」
 谷垣がおずおずと口を開いた。

「手違いがあったようですので、今日のところはお帰りいただいて……」
「それでは紘一君の濡れ衣は晴らせません」
「実害は無かったわけですし……」
「実害がなかった? 紘一君を犯罪者呼ばわりしといて実害がないって言うんですか!」
「申し訳ありません! 今後このようなことはないようにしますので、どうかご容赦ください」
 谷垣が頭を下げると、ガードマンもそれに習った。

 二人は書店から出ると、並んで歩き出した。

「如月さん、有難う。二度もゴメン」
「気にすることないよ。君があれに触ってたら助けられたか分からないし」
「何となく触らない方がいいような気がしたから、鞄から荷物出すときぶちまけたんだ」

 さすが桜井さんの従弟だけあってさといな。

「でも、次は手袋するだろうから、あの店はもう行かない方がいいよ」
「そうする。……あのさ……」
「何?」
「今日は内藤、何もしてなかったよ。ちゃんと買いに来たんだと思う」
「そっか」
 如月が紹介した塾へ行っているようだし、もう心配することはないようだ。

 そのとき、着信メロディが流れてきた。
 如月のスマホではない。

 紘一はスマホに出ると、
「如月さん? いるよ」
 と答えてから如月にスマホを渡した。
「もしもし」
 如月は紘一のスマホを肩で挟んで、ポケットを叩いた。無い。
 どうやらスマホを署に置いてきてしまったようだ。

「如月、永山を逮捕しに行くぞ。早く帰ってきてくれ」
 紘彬はそう言うと電話を切った。
「紘一君、俺、署に戻るから」
 如月はそう言ってスマホを返すと、警察署に向かって走り出した。

「桜井さん、遅くなりました」
 肩で息をしながらそう言うと、
「走ってきたのか? どうせ署に戻ってくるところだったんだろ、急かせちゃって悪かったな」
 紘彬が謝った。
「いえ、仕事中ですから」
「紘一の面倒見てくれてありがとな」
「自分は何もしてませんよ。それより、何か進展があったんですか?」
 紘彬は渋い顔をした。

「この前、拳銃で襲ってきたチンピラが永山のこと吐いたんで、逮捕しに行こうと思って令状も取ったんだけどさ……」
「もしかして逃げたとか」
「それならまだ良かったんだけどな。夕辺歌舞伎町の通りで倒れてたらしい」
「逮捕に行かれないって事は……」
 死んだ、と紘彬は答えた。

「一一九番した人の話によると、道ばたで嘔吐して倒れたって言うから、最初は急性アルコール中毒が疑われたんだけどな」
「違うんですか?」
「血中のアルコール濃度は中毒になるほどじゃなかったそうだ。よほど酒に弱かったんじゃなければ、だけどな」
 遺体は司法解剖に回された、と付け加えた。
「アルコール以外のものは出てこなかったんですか?」
「そうなんだ」
「それって……」
「中毒になるようなものを口にしてないにも関わらず死んだんだ。年齢や症状から言って脳卒中や心筋梗塞とは考えにくいだろ。脳卒中は嘔吐することもあるから、一応調べるはずだけどさ」
 紘彬はそれ以上言わなかったが、何を考えているのかは分かった。
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