花のように

月夜野 すみれ

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第六章 花霞

第三話

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 小沢から話を聞くと、紘彬はそれを調書にまとめた。

「そろそろ昼飯にするか」
 紘彬はそう言って如月の方を振り返った。
 紘彬と如月は連れだって刑事部屋を出た。
 廊下を歩いていると中山が向こうから来た。

「桜井警部補」
「おう、楢崎」
「『な』しか合ってませんよ」
「あ、すまんすまん。中村だろ。サッカー選手と同じって覚えてたんだ」
「えっと、自分は…………はい。そうです」
 中山は諦めた表情で答えた。
「何か用か?」
「この書類なんですけど……」
 中山が書類を見せた。
「あ、それ、俺にも関係があるから一緒に行くよ。すみません、桜井さん、先に行ってて下さい」
「分かった」
 紘彬は如月と別れて歩き出したところで振り返った。
「そうだ。中山、俺の机にある書類、お前んとこの課長に届けておいてくれ」
「はい」
 中山は紘彬が行ってしまうと如月に、
「如月巡査部長。自分はおちょくられてるんでしょうか」
 と訊ねた。
「う~ん、捕らえどころのない人だからなぁ。俺もどこまで本気なんだかよく分かんないんだよ」

「歌舞伎町来るなら遊びに来たいよな」
 紘彬がいつもの不満を口にした。
 如月が苦笑する。

 二人は、小沢やその他の永山の知り合いなどに聞き込みをして、どこの店で何時くらいに見かけたかを調べだした。
 すると明らかに配達時間を過ぎているときに配達に現れていたことが何度もあった。
 見かけたという店は三軒だけだが、それはたまたま他の店に来たときに誰も居合わせなくて見られなかったのか、それともその三軒以外行ってないのかは分からなかった。
 紘彬と如月はとりあえずその三軒の店や周囲の店を聞き込みして回った。
 三軒の店では全ての店員に「自分は受け取ってない」と否定されてしまい、他の店でも自分のところには来ていないと言われてしまった。

「歌舞伎町の建物ってエレベーターがないビルが多くていいですよね」
「小さいビルが多いからな。エレベーター、好きじゃないのか?」
「自分の田舎にはビルなんてものはなかったので東京に出てくるまで、修学旅行で行った京都以外では乗ったことなかったんですよ。それで、エレベーターで戸惑って顰蹙ひんしゅく買ったりしたことがあるもので」
「それは分かるな。俺んちも一戸建てだからさ、近所のマンションのエレベーターで遊んでて管理人さんに怒られたことがある」
「エレベーターって東京では珍しくなさそうで意外とないところあるんですね」
「そうなんだよな」
 紘彬が相鎚を打った。
 二人は永山が行ってそうな店を探して歩いていた。

「聞き込みって靴底がすり減るんだから、靴くらい支給して欲しいよな」
「お仕着せの靴履きたいですか?」
「履きたくな……」
 紘彬が答えかけたとき、
「止まれ!」
 暗い路地から声がした。

 立っているのはバーテンダーみたいな黒い服を着た若い男だった。
 手には拳銃とおぼしきものを持っていた。

「おい、こっちに来い」
 男が拳銃を振った。
 紘彬と如月は顔を見合わせた。
 目顔で頷きあうと男の方へと近づいていった。

「それ以上近づくな」
 二人は男から三メートル程離れたところで足を止めた。
 いつの間にか四人の男に囲まれていた。
 四人とも拳銃を持っている。
「命が惜しかったらこれ以上嗅ぎ回るな」
 凄んでるつもりらしい低い声で言った。

「如月、拳銃はそうそう当たらないんだったな」
 紘彬は脇にあるゴミ箱の横に捨てられている壊れた傘を拾いながら言った。

「こんだけ近ければ外すはず……」
 言い終える前に紘彬は、男の手首を傘で強打していた。
 男が拳銃を落とした。
 男達は慌てた様子で拳銃を立て続けに撃った。
 如月は流れ弾に当たらないように身体を低くした。
 紘彬は素早い寄り身で二人目の男の懐に飛び込むと、手首に傘を叩き付けた
「痛っ!」
 落ちた拳銃を蹴って如月の方へ滑らせた。
 三人目の肩を傘で突いた。拳銃が落ちる。
 最後の一人が紘彬に向けて何度も引き金を引いているが弾を撃ち尽くしたらしく、引き金の音だけがしていた。
 紘彬は男のそばによると傘を捨て、男に背負い投げをかけた。

 如月も近くの男に駆け寄ると腕を捻りあげた。
 手錠の片方を男の手にかけ、もう一方を壁を伝っている細い配管にかける。
 紘彬も男に手錠をかけている。
 大して時間もかからずに全員拘束した。

「近いってことは素手の間合いってことでもあるんだよ」
 紘彬は男達に言った。
「拳銃を接近戦で使うヤツがあるか!」
「そこですか!」
 拳銃を回収していた如月が突っ込んだ。
「折角の飛び道具なんだから最低十メートルは離れて使え!」
「桜井さん、叱るなら拳銃持ってたことに対してにして下さい。第一、素人じゃ十メートルも離れたら当たりませんよ」
「拳銃持つのは違法だってことくらい、小学生だって知ってるだろ」
「だからって使い方教えなくても……」
 如月は呆れて言った。

「おい、誰に頼まれてこんなことした」
「さぁな」
「何か探られたくないことでもあったんだろ。でなきゃ、こんなことしないだろうからな」
「知るか!」
「話す気がないなら話したくなるまで付き合ってやるぞ。取調室でな」
 二人は通報を聞いて駆けつけた警官に男達を引き渡した。

「俺、こいつに拳銃の使い方教わったぜ」
 後ろ手に手錠をかけられた男が、警官に叫ぶように言った。
「誰か教えたのか?」
 紘彬は如月の方を見て訊ねた。
「さぁ?」
 如月は肩をすくめた。
「いい加減なこと言うと心証悪くなるだけだぞ! さっさと来い!」
 制服警官の一人が男を引っ立てていった。
 もう二人の制服警官も男三人を連れて続いた。

「俺今取り調べの可視化絶対必要だと思った」
「自分もです」
「誰にも聞かれてなければなんとでも言えるもんな。冤罪えんざいとかあるしさ」
「やってない罪で刑務所入れられたりしたくないですよね」
「次の選挙は可視化を公約にしてるとこに入れようぜ」


 紘一と花咲はあれ以来、お互い意識して避けていた。
 花咲が友達を選んだ理由は分かる。
 紘一だって親しい友達と同じ女の子を好きになったら、友情を優先しただろう。
 それは、花咲より友達が大事というわけではない。どちらも同じくらい大切だ。
 それでも、やはり、友達と好きな女の子なら友達を選んでしまうだろう。
 でも、両想いなのだ。
 それが分かっていながら友達に遠慮して付き合えないというのは悔しかった。

 初恋は実らないってこう言うことなのか?

 紘一は溜息をつくと鞄を持って教室を出た。
 その後ろ姿を斉藤が何とも言えない表情で見つめていた。
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