花のように

月夜野 すみれ

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第六章 花霞

第二話

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 紘彬達が飲み屋に入っていくと、山崎達がいた。
 紘彬に気付いた奥野が手を上げた。

「どうした、そんなきれいどころ連れて」
「羨ましいだろ。そうだ、お前達も一緒に飲まないか? 丁度こっちは三人足りなかったんだ」
 そう言ってから如月達の方を振り返って、
「いいだろ?」
 と訊ねた。
「桜井さんのお友達ならいいですよ」
 羽田が答えた。

 紘彬達は机をつけて十人が座れるようにした。
 紘彬の友達ならいい、と言いながらも、紘彬の隣の席をめぐって水面下で密かな争いがあったが、当の本人は気付いていなかった。

 紘彬達が飲み始めてしばらくしたとき、
「ひろ君、見ーっけ」
 と言う声がして振り返ると、やたら派手な服を着た女性が立っていた。

「芳子か」
 奥野が迷惑そうに言った。
「ひろ君の行きつけ覚えてたんだ。偉いでしょ。褒めて褒めて」
 奥野は眉をひそめてそっぽを向いたが、芳子と呼ばれた女性は気にした様子もなく、強引に奥野の隣に座った。

「この人達は? ひろ君のお友達? だよね、山崎さんと吉田さんいるもん。小沢芳子でぇす」
「…………」
「…………」
「…………」
 気まずい沈黙が続いた。

「……如月風太です」
 いつまで待っても奥野は芳子に自分達を紹介しようとしないので、如月が自己紹介した。
 如月に続いて紘彬達が順番に名乗っていった。
「ひろ君のお友達だね。覚えておかなきゃ。メモメモ」
 そう言って芳子は奥野の方を見たが、突っ込んでくれそうにないと見ると、
「って、メモ帳ないじゃん。てへ」
 セルフ突っ込みをして、舌を出しながら自分の頭をコツンと叩いた。

 それからは芳子の独演会だった。

「芳子ね……でね……芳子がね……それで芳子が……芳子ってば……」
 芳子一人が喋っていた。
 みんな白けた様子なのにも気付かない様子だった。

 十時近くなり、
「女性はもう帰った方がいいな」
 奥野はそう言うと、
「芳子、送るよ」
 と言って立ち上がった。

「わーい。ひろ君、今日うち泊まってく?」
 等と言いながら奥野の腕にぶら下がった。
「泊まらねぇよ」
 奥野はそう言うと、紘彬達の方を向いて、
「いつもの店で待っててくれ」
 と言った。

 婦警達も続いて出て行くと、紘彬と如月、それに山崎と吉田が後に残った。

「相変わらず痛い女」
「奥野の彼女なんだからそう言うなよ」
 紘彬がたしなめるように言った。
「奥野の方はもう別れた気でいるよ」
「じゃ、俺達も行こうぜ」
「この店じゃダメなのか?」
 紘彬が訊ねた。
「あの女が戻ってきたら困るだろ。だから知られてない店に移るんだよ」
 紘彬と如月は顔を見合わせながら吉田達の後に続いた。

 別の店に移ってしばらくすると奥野がやってきた。

「早かったな。彼女の家、近いのか?」
 紘彬が訊ねた。
「まさか。タクシーに乗せたよ」
 奥野はそう言うと、椅子にどかっと座った。
「ったく、参るよな。空気読めっての」
「性格は悪そうに見えなかったし、きれいな子だし、何が不満なんだよ」
 紘彬が言った。

「こいつ、専務の娘との結婚が決まってんだよ」
「だから別れるのか?」
「だって、あれ、上司に紹介できるか? 確実に出世コースから外されんぞ」
 奥野が言った。
「あれって、彼女を物みたいに言うなよ。だったら、なんで付き合ってたんだよ」
「だって、顔はいいから連れて歩くのには向いてるだろ」
「ホント、あの女の取り柄って顔だけだよな」
「わざと冷たい態度取ってんのにさぁ、離れないんだよな」
「そりゃそうだろ。東大出の出世頭だぜ。何が何でも離す気ないだろ」
 芳子の悪口を聞いているうちに紘彬は徐々に不機嫌そうな顔になっていった。
「あー、死んでくんないかな、あの女」
 奥野はそう言ってから、慌てて紘彬の方を見た。

 紘彬はいきなり立ち上がると、
「俺達明日早いから、もう帰るよ。行こうぜ、如月」
 と言って如月に声をかけた。
「はい。それじゃあ、失礼します」
 如月は奥野達に会釈をすると、紘彬について店を出た。

「悪いな、如月」
「何がですか?」
「昔はあんなじゃなかったんだけどな。女の子とも真面目に付き合ってたし」
「自分は別に気にしてませんよ」
「なんかとことん飲みたい気分だな」
 紘彬はのびをして曇っている夜空を見上げた。

「お付き合いしますよ」
「寮って門限ないのか?」
「ありますけど、終電終わったら署の柔剣道場に泊まりますから」
「それくらいならうちに泊まれよ」
「いいんですか?」
「おう。じゃ、飲みに行こうぜ」
「あ、それならいい店知ってますよ」
 紘彬と如月は連れだって歩き出した。


「桜井さん、永山のことなんですけど……」
 紘彬がパソコンで報告書を打っていると、如月が話しかけてきた。
「どうした?」
 紘彬は顔を上げた。
「ちょっと気になることが……」
 如月の言葉に、椅子ごと向き直った。

「小沢が、飲んでるときに配達に来た永山に会ったって言ってましたよね」
「それで?」
「永山のバイト先に確かめたんです。夜遅く配達したことがあるか」
 紘彬は黙って聞いていた。
「そしたら歌舞伎町はそもそも受け持ち区域じゃないそうなんです。それに、週二日くらいしか働いてないんだとか」
「……俺の高校時代の同級生が大学の時、宅配のバイトやってたんだけどさ、荷物一個につき何十円って歩合制だったらしいんだ。それも届け先が受け取るまでもらえないとかって。今は違うかもしれないけど」
「そんなに儲かるバイトじゃないってことですよね」
 それなのに永山はどうやって半年で三十二万円もの金を貯めたのか。

「それにさぁ、永山の口ぶりだと少なくともデートくらいはしてたんだよな」
「そんな感じでしたね」
 と言うか、田之倉は除外するとしても永山とだけ寝てなかったとも思えない。
「麻生みたいな女の子が安い店に入ると思うか? でも、割り勘にもしそうにないだろ」
「確かに」

 話に聞いた限りではおごってもらって当然と思っている女性のようである。
 如月は麻生のような女の子とデートしたことはなかったが、一回が高くつきそうだというのは何となく想像がついた。

「永山の大学の出席率とか交友関係とか調べてみたんだけどさ、たまに授業をサボることはあっても大体出席してたみたいなんだよな。それに友達付き合いもちゃんとしてたみたいなんだ」
「しゃかりきになってバイトばかりしてた訳じゃないってことですね。バイト代は安いのに」
 となると、他に収入があったことになる。
 それもかなり割のいいものだ。

「宅配の制服着てれば何持っていっても誰も疑わないよな」
「どんなものでも、どこにでも堂々と持ち込めますよね」
 紘彬と如月は顔を見合わせた。
「永山をどこで見かけたか調べてみます」
「俺は拘留されてる小沢に聞いてみる」
 紘彬は佐久と共に取調室に向かった。

「話したら釈放してくれるのか?」
 永山のことを聞かれた小沢が身を乗り出した。
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、減刑してくれるとか」
「確約は出来ないが、心証は良くなるな」
 小沢は黙り込んだ。
「自分の立場が分かってるのか? 暴力団の資金洗浄手伝ったんだぞ。少しでも心証良くしなければお勤めがそれだけ長くなるぞ」

 小沢はしばらく迷った末、ようやく話し始めた。
 自分が関わった暴力団とは関係ないことなら話しても大丈夫だと思ったのだろう。
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