花のように

月夜野 すみれ

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第五章 花筏

第五話

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「次は小沢渉か。今日はそれで終わりだな」
 紘彬と如月は坂を上ったり降りたりしながら下北沢の住宅地を歩いていた。
 自動車が一台しか通れない狭い道路を、ひっきりなしに車が通り、その度に立ち止まらなければならず歩きづらい事この上ない。

「桜井さん、山口や金田が麻生と付き合ってたってよく分かりましたね」
「大学時代の知り合いにいたんだよ。麻生みたいな女の子のパンツに潜り込もうと必死だったヤツ」
 ブランド物の高いバッグなどを貢ぐためにバイトに明け暮れていた。
「授業に全く出ないでひたすら働いて金稼いでたんだよ」
 結局、その男は退学になった。
「それで、どうしたんですか?」
「あいつは女の子の物欲さえ満たしていれば付き合い続けられると思ってたんだ」
「違ったんですか?」
「医大生ってステータスが無くなった途端捨てられた。その女の子はちゃんと大学卒業して医者になったヤツと結婚したよ」
「それで、その人はどうなったんですか?」
「特に親しかった訳じゃないから詳しくは知らないけど、最後に消息を聞いたときはコンビニでバイトしてるって言ってたな」

 下北沢も、駅から離れると閑静な住宅街だ。
 殆どが一戸建ての家だが、階数の少ないマンションも少しだが建っていた。
 小沢の住むマンションも三階建ての小さい建物だった。
 小沢は紘彬たちが名乗って用件を言うと、狼狽えた表情を見せた。
 中へ入って椅子に座っても、落ち着かない様子で貧乏揺すりをしていた。

「あの、麻生の意識は戻ったんですか?」
 二人が椅子に座ると小沢の方から切り出した。
 今まで会った中で麻生の容態を訊いてきたのは小沢が初めてだ。
「まだ意識不明のままだよ」
「治りそうですか?」
「もし治りそうだったらまた殺しに行くの?」
「そんなことしません!」
 小沢は机を叩いた。

「麻生さんに腹を立ててなかった? 君と付き合ってるのに他の男ともデートして、せっかく贈った高い鞄も売られて」
「ホントに真理は他の男とデートしてたんですか?」
「そうみたいだよ」
「じゃあ、やっぱり子供の父親は俺じゃないのか」
「妊娠してたこと知ってたんだ。堕ろすからお金くれって言われたんでしょ」
「はい」
 小沢は素直に認めた。

「それでお金渡したの?」
「それはまだ……」
「お金渡したくなくてお腹を蹴って流産させようとしたんじゃないの?」
「そんなことしません! ていうか、お腹蹴られてたんですか? じゃあ、子供は……」
「流産したよ」
「そうですか……」
 一瞬、ほっとした表情が浮かんで、慌ててそれを隠した。
「堕胎のお金は出してなかったとして、贈ったバッグのお金はどうやって稼いだの?」
「それは……」
 小沢は俯いて黙り込んでしまった。
 紘彬と如月も黙って小沢を見ていた。

 沈黙に包まれたまま時間だけが過ぎていく。
 大分たってからようやく小沢が顔を上げた。

「あの……俺、容疑者なんですか?」
「それは君次第かな」
 と言っても小沢にはアリバイがあった。
 財布を落として交番で手続きをしていた。
 警察にいたのだからこれ以上のアリバイはない。
「でも、俺、警察にいたし……」
「三十二万もするバッグを簡単に買えるだけの経済力があれば誰かに頼むことも出来たんじゃない?」
「俺は真理にそんなこと……」
「じゃあ、バッグはどうしたの? それにクリスマス一緒に過ごしたんじゃない? そのお金は? どうやって稼いだの?」
 小沢は再び黙り込んだ。

「殺人未遂の容疑者になってまで隠さなきゃならない儲け話って何?」
 長い沈黙の後、
「……話したら見逃してもらえますか?」
 ようやく囁くような声で言った。
「約束は出来ないよ」
 小沢は俯いて手のささくれをいじっている。
「殺人罪より重いのは強盗か放火殺人くらいだって知ってるよね? 強盗でお金を稼いだの?」
「ち、違います!」
「じゃあ、何?」
「家庭教師を……」
「隠そうとしたってことはただの家庭教師じゃないんだ」
「その……」
 小沢はぽつぽつと話し始めた。

 小沢は知り合いに紹介されて家庭教師をしていた。
 その家庭教師で月十五万円稼いでいるという。

「月十五万!? 何時間働いてるんだ?」
 紘彬が身を乗り出した。
「週二回、二時間ずつ……」
「それを何件?」
「一件……」
「月八時間で十五万円も貰ってるのか? どこの金持ちに雇われてるんだよ。なんか特殊な教科か何かなのか?」
 紘彬は、小沢の行っている大学にそんな特別な学部があっただろうかと首をひねった。

「いえ……帳簿上は平日は時給五万円で一日八時間を週五回、土日は時給十万円で一日八時間働いてることになってて……十五万は名義貸しも含めて……。あと、同じ大学に行ってるやつの名前と住所教えたら一人につき一万くれるって言われて知り合い全員の名前と住所教えたんで……」
「そこで働いてるの何人?」
「名義だけのヤツも含めると五百人以上いるって……」
「それ資金洗浄だろ!」
「マネーロンダリングしてるの!?」
 二人は同時に立ち上がった。

「雇い主は? どこの暴力団だ?」
「し、知りません。俺、家庭教師してるだけだから……」
「ちょっと署まで来てもらおうか」
「え? でも……」
 小沢は紘彬と如月の顔を交互に見た。

 警察署へ向かうパトカーの中で、紘彬と如月は他の三人のことを訊ねた。

「山口君が何のバイトしてるか知ってる?」
「道路工事かなんかだったと……」
「どこの会社か知ってる?」
「いえ」
「永山君は?」
「配達の仕事を」
「配達の仕事ってそんなに儲かるの?」
「夜やってたから、夜勤手当か何か出たんじゃ……」
「なんで夜って知ってるの?」
「歌舞伎町とかに飲みに行ったとき、よく会ったから……」
「金田君は?」
「あいつんちは金持ちだからバイトはしてないと……」

 警察署に着くと、小沢は取調室に入れられた。
 取り調べは団藤と上田が行うことになり、紘彬と如月は刑事部屋へと戻った。

「桜井さん、お茶、もう一杯どうですか?」
 如月は、自分の席に座っている紘彬に訊ねた。
 手には小さいお盆を持っており、そのお盆の上には急須が載っていた。
「悪いな」
 紘彬はそう言って自分の湯飲みをお盆の上に載せた。
 湯飲みにお茶を注ぐとお盆を紘彬に差し出した。
「あー、喉渇いた。誰もお茶出してくれなかったもんなぁ」
 紘彬がぼやいた。
「仕方ないですよ」
 如月は笑った。

 警察に話を聞かれていたのだ。
 普通の人間は緊張してお茶どころではないだろう。
 むしろ平然とお茶などをいれられる方が怪しい。

「あの四人の話聞いてどう思った?」
「とりあえず、バイト先に問い合わせてみます。金田は親に」
「そうだな。さて、帰るか」
 紘彬は、スマホで紘一にこれから行くという簡単なメールを打つと立ち上がった。
 如月も支度をすると、紘彬と連れだって刑事部屋を後にした。
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