花のように

月夜野 すみれ

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第五章 花筏

第三話

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「ここか?」
 紘彬が、地図と首っ引きになっている如月に訊ねた。

 二人は麻生に貢いだ男達から話を訊くために家を回っていた。
 以前、団藤が話を訊いていたのだが、そのときの男達の様子が「刑事に話を訊かれただけにしては態度が妙だった」と言うのだ。
 変に警戒していたり、怯えているようだったりしたらしい。
 麻生真理のマンションの周辺での聞き込みは一向に成果が出ないので、もう一度、取り巻き達に紘彬達が事情を聞くことになったのだ。

「……はい、ここです」
 リストの住所とマンションの入り口に付いている番地を見比べながら答えた。
 目の前には五階建ての白い小綺麗なマンションが建っていた。
 道を挟んだ向かい側には神田川が流れている。
 桜の花びらが花筏はないかだを作っていた。

 二人は五階の三号室の前に立った。
 表札には名前が書いてなかった。
 如月は呼び鈴を押した。

「はい」
 出てきた男は紘彬達を見て怪訝そうな表情を見せた。
 寝癖を直していたのか、大して長くない髪が濡れていた。
 平凡な顔立ちで、これでは麻生に相手にしてもらうにはブランド物のバッグを貢ぐ必要がありそうだ。
 部屋着なのか、着ている服は安売りショップで買ったようなラガーシャツにパジャマのズボンだった。

「山口光さん?」
「はぁ……」
 紘彬は警察手帳を見せた。
 途端に山口が顔色を変えた。
「ちょっと話が訊きたいんだけど、いいかな」
「俺は関係ない!」
「何に関係がないの?」
 如月が訊ねた。
「何って……」
「隠すことがないなら話しても問題ないよね?」
 如月がそう言ったとき、後ろを中年の女性が通り過ぎた。
「入れてもらえるかな。ここだと人に聞かれるよ」

 その言葉に、山口は一瞬躊躇ちゅうちょした後、ドアを開いて二人を招じ入れた。
 中は十畳ほどのワンルームだった。
 少し散らかっているが、きれいな部屋だった。
 玄関の向かいはベランダに通じるサッシ、右手の壁際には乱れたシングルベッド、反対の壁際にはオーディオコンポとテレビが置かれていた。
 大きなサッシから差し込んでくる光と、白い壁が相まって部屋の中は明るかった。
 三人は部屋の隅に置かれたダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。
 ダイニングテーブルは勉強にも使っているらしく、教科書やノート、レジュメなどが乗っていた。
 玄関の脇には小さなガスコンロと流しがありやかんもあったが、山口は刑事が来たことで頭がいっぱいらしく、お茶を入れることにまで気が回らないようだった。

 紘彬は手帳を出した。

「麻生真理さんの……」
 如月が口を切った。
「何も知らない! 父親は小沢先輩だ!」
「何も知らないって割には妊娠のこと知ってたんだね」
「え?」
「妊娠のことは隠してたらしいんだけど」
「それは……」
「なんで妊娠のこと知ってたの? 誰に聞いたの?」
 山口が言葉を継げずにいる間に如月が畳み掛けた。

「君、麻生さんの誕生日にブランド物のバッグあげたんだってね。クリスマスの時にもあげたみたいだし、最近車も買ったんだって? 学生の君によくそんなお金があるね。そのお金、どうしたの?」
 如月の言葉に、自分の事をすべて知られていると思ったのだろう。
 山口は青くなった。小刻みに震えている。
 実際はプレゼントのことと車を買ったことしか知らなかったのだが。

「それで? 車はどうやって買ったの?」
「買ってない……です」
 山口は俯いたまま、小声で答えた。
 紘彬はメモを取っていたが、集中しないと聞き取れない。
「じゃあ、どうしたの?」
「兄貴が新しい車買ったから譲ってもらいました」
 山口は俯いたまま、ぼそぼそと言った。

「鞄のお金はどうしたの?」
「バイトで……」
「鞄の値段見てびっくりしたんだけどさ、麻生さんにあげたバッグ、三十二万円もするんだね。どんなバイトしたら三十二万も稼げるの?」
「……三、三十二万もしてない……です」
 山口は小さく首を振った。
「どういうこと?」
「ネットオークションで十五万円くらいで……クリスマスの時も……」
 山口は俯きながらぼそぼそとした声で言った。

「それにしても十五万なんてよく稼げたね。何のバイトしたの?」
「夜中に道路工事して……」
 山口がテーブルの上で手のひらを開いた。
 そこには道路工事で出来たと思われるマメが出来ていた。
「他の人達もガテン系で稼いだの?」
「金田は親から出してもらったらしいです。永山はメッセンジャーみたいな仕事で、小沢先輩は知らないけど楽して儲かる仕事だって……」
「で、ネットオークションで十五万円で買った?」
「はい」
「でも、ネットオークションって偽物も出回ってるよね。だから田之倉君が持ってきた鞄とすり替えたの?」
「ち、違う。すり替えたりしてない」
 山口は首を振った。
「ネットで調べて確かなところだって聞いたし、ショッパーも付いてたから間違いなく本物……」
 どんどん声が小さくなって語尾は消えた。
 絶対の自信があったわけではないらしい。

「なんか自信なさそうだね。それなのにすり替えなかったのはなんで? もし偽物だったらバレるかもしれないって思わなかったの? 売られるって分かってたんでしょ」
「……俺のは売らないって……言ってたから……」
「どうしてそれが嘘じゃないと思ったわけ?」
「それは……」
 山口は困ったような表情で黙り込んだ。

「麻生さんといい仲だったからじゃないか?」
 不意に紘彬が言った。
 山口がぎょっとしたような顔になった。
 如月は山口の表情をじっと見つめた。
 山口は口を開けたり閉めたりしていたが、言葉は出てこなかった。
 図星らしい。

「だから、子供のこと知ってたんだね。身体の関係があったから……」
「でも、俺の子じゃない! 妊娠五ヶ月って言ってたけど、俺が寝たのは四ヶ月前だ!」
 紘彬は指を追って数えた。
「日数はあってるな」
「え?」
 如月と山口が驚いたような顔で振り返った。
「妊娠の週数は数え方が独特なんだよ。一週が七日なのは同じだけど、四週で一月だから、一月は二十八日なんだ。だから妊娠五ヶ月だったなら大体四ヶ月くらい前。丁度クリスマスの頃だな」
「もしかして、クリスマス、一緒に過ごした?」
「いえ、二十三日です。イブは家族と過ごすからって……じゃあ、ホントに俺の子……」
「まぁ、麻生さんが……」
 紘彬は言葉を濁した。

 彼氏がいるとは言っても、自分と付き合っていると思っていた女性が他の男と寝たのではないかとは言いづらかったのだ。
 しかし、今まで色んな人から話を訊いてきたところでは、麻生はイブを家族と過ごすような性格だとは思えない。

「やっぱり、麻生さんに言われたんだ。君の子妊娠したって」
 如月がそう言うと、山口は小さく頷いた。
「それで? 妊娠したって言っただけじゃないでしょ。なんて言われたの?」
「堕ろすから五十万円くれって……でも、俺の子じゃないと思ってたし、そんなお金もないし……」
「腹が立ったから麻生さんを殴って、ついでに子供を流産するようにお腹も蹴った?」
「お腹を蹴られてたんですか!?」
 山口が驚いた表情で身を乗り出した。
「君が蹴ったんじゃないの?」
「そんな事しません!」
 山口は血相を変えて否定した。
 紘彬と如月は顔を見合わせた。
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