花のように

月夜野 すみれ

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第四章 花嵐

第三話

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「やっぱり、この前の中国人は違ったか」
 四谷警察署から送られてきた供述書の写しを読みおえた紘彬が言った。
「供述書読みましたけど、間違えて捕まえちゃった感満載でしたね」
 如月は苦笑しながら言った。
 一応捕まえた中国人達も覚醒剤を扱っていたし、何より警察官を殺そうと青竜刀で襲いかかってきたので起訴した。

「桐子ちゃ……いえ、立花巡査が……」
「あ、桐子ちゃんって呼んでるんだ」
「いえ、その……」
 如月は赤くなって口ごもった。
「いいじゃないか。可愛いし、優しそうだし、いい子なんだろ?」
「はい。でも、とう……立花巡査は桜井さんが好きなんじゃないでしょうか。二人で会ってるときも桜井さんの話をよくしますし」
 立花とは、あれから何回か歌舞伎町に一緒に行っていた。

「憧れと恋愛は別だろ」
「それはそうですが……」
「俺に興味があるって言うのも、お兄さんに勝ったからだろ」
「それくらいのことで興味持つものでしょうか」
「紘一もそうなんだよ」
「え?」
 突然紘一の名前が出てきて首をかしげた。
「気がある子ってさ、その子のお兄さんが高校時代、俺の同級生だったんだけど、在学中ずっと学年トップでさ、いつも俺に勝ってたんだ」
「桜井さん、首席じゃなかったんですか?」
「いや、俺は万年二位。一位になったのはヤツが風邪で休んだときの不戦勝だけ」

 意外だった。
 紘彬は常に一番だと思っていたのだ。
 だが、そう言われてみれば誰も首席だったとは言ってない。

「それに、桐子ちゃんは俺に近付くためにお前を利用するような子じゃないだろ」
「そうですけど」
「で? 桐子ちゃんがどうしたって?」
 紘彬は話題を元に戻した。
「あ、そうでした。桐子ちゃ……じゃなくて、立花巡査が……」
「桐子ちゃんでいいって」
 紘彬が笑って言った。

「はい。桐子ちゃんが言うには日本人がやってる店で売ってるらしいんです」
「てことは、また歌舞伎町に行かなきゃならないのか」
「そうなりますね」
「やだなぁ」
 紘彬が頭を抱えたとき、
「おい、捜査会議始めるぞ」
 団が刑事部屋に入ってくるなり言った。

「……と言うわけで、田之倉がプレゼントに入れたバースディカードから採れた指紋の中に他の男のものがあった」
 バースディカードは市販のものだったので、当初は店頭でついたものだと思われていた。
 しかし、伊藤の言っていたことの裏をとると、田之倉はバッグを買った店のレシートを麻生に見せて本物だと主張したという目撃証言がとれた。
 伊藤の言っていたことは本当だったのだ。

 そこで質屋から麻生が持ち込んだバッグとショパーを借り受けて指紋を調べると、そのうちの一つから田之倉の指紋が出た。
 それに、伊藤から聞いた店に行って防犯カメラの映像を見せてもらうと、確かに田之倉と伊藤がバッグを買うところが写っていた。
 つまり、田之倉の持っていったものは本物だったと言うことになる。
 誰かが田之倉のバッグを偽物とすり替えたのだ。
 偽物のバッグは捨てられてしまっていて見つからなかったが、田之倉の渡した本物のショッパーから、田之倉と麻生以外の指紋が出た。
 偽物のバッグを持ってきたヤツが、バレた時のために入れ替えたのだ。

「そいつを捜し出せばいいんスね」
 佐久が言った。
「偽物と本物を入れ替えたからって犯人とは限らないだろ」
「そっか。それもそっスね」
「だが、手がかりくらいにはなるだろう。桜井と如月は麻生のマンションの近所をもう一度聞き込んでくれ。飯田と上田はバッグの線から当たれ。新宿三丁目の質屋に押し入った強盗がそのときヴィトンのバッグも盗んだらしいから一応新宿署に確認してくれ。佐久と俺はタクシー強盗の方を担当する」

 タクシー強盗が起きたのは埼玉の所沢だから管轄外なのだが、タクシーの記録を見ると、犯人が乗ったのが西早稲田三丁目付近だったのだ。
 そこで所沢署に協力することになったのである。

「あ、課長、強盗に盗まれたバッグは違います」
 紘彬が盗まれたバッグの詳細が書かれた書類を見て言った。
「なんで分かるんだ」
「盗まれたのはショルダーバッグって書いてあります。麻生がプレゼントされたのはハンドバッグです」
「ハンドバッグに種類があるのか?」
「デザインやサイズやカラーが何種類もあるんですよ」
 課長は唸った。


 紘彬と如月は落合にある麻生真理のマンションへと向かった。

「桜井さん、もしかして花耶ちゃんもヴィトンとかのバッグ持ってるんですか?」
 如月が歩きながら訊ねた。
「まさか。花耶ちゃんはレスポートサック」
「それもブランド物ですか?」
「ブランド物だけど高いのでも二万円程度。普通のバッグなら一万円くらい。高校入学の時に俺があげたの今でも使ってるよ」
「なるほど」
「こういう閑静な住宅地での聞き込みっていいよな。危ないことなくてさ」
 紘彬が麻生のマンションへ向かいながら言った。

「そうでもないですよ。自分はこういうところで通り魔捕らえた事ありますから」
「やっぱ、警官なんてなるもんじゃないな」
 とか言ってる割にはやめようとする気配はない。
 紘彬の言うことはどこまでが本気なのか、如月にも分からなかった。

 麻生のマンションは白い三階建ての建物で、比較的新しかった。
 二人はこのマンションから聞き込みを始めた。

 翌日、捜査会議をしていると、電話が鳴った。
 如月が受話器を取った。
 短いやりとりの後、如月が顔を上げた。

「桜井さん、そこの高校で生徒がナイフを持って暴れたそうです。確か、紘一くんって二年三組でしたよね」
「紘一に何かあったのか!?」
「それはまだよく分からな……」
 紘彬は最後まで聞かずに刑事部屋を飛び出した。
「桜井さん!」
 如月が慌てて追いかけた。
「おい! 桜井! 如月!」
 課長が呼ぶ声が聞こえたが紘彬も如月も振り向かなかった。

 高校へ着くと紘彬は真っ直ぐ二年三組に向かった。
 この学校の卒業生だからどこにどの教室があるかは分かっている。
 紘彬は教室に飛び込んだ。

「紘一!」
 紘彬の声に椅子に座っていた紘一が振り返った。
 紘一の前で白衣を着た教師らしき大人がかがんでいた。
 紘彬の知らない教師だった。
 少年課の刑事も紘彬達より先に来ていた。
 紘一は服に血がついていた。

「兄ちゃん。どうしてここに」
「通報があったんだ」
「藤崎くん、君がナイフを振り回してる少年を止めたって言うのは本当かい?」
 ねずみ色のスーツを着た少年課の刑事が訊ねた。

「違います」
 紘一は訊かれるままに、そのときの状況を話した。
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