花のように

月夜野 すみれ

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第四章 花嵐

第二話

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 紘彬と如月は、警官と逮捕された者達の後について歩いていた。

「今度は四谷署で取り調べか」
 そうしょっちゅう血刀を持った男に暴れ回られても困る。
 Heを広めてるヤツを早く捕まえたい、というのが警察内での一致した見解だ。

「俺達なんのために来たんだって感じだよな」
「そりゃ、中国人が青竜刀を持って襲いかかってきたときのためですよ」
「来なきゃ良かった」
 紘彬は本気で悔いているような表情で言った。
「今度も違ったらまた歌舞伎町に来るんだろ。そいつらがまた青竜刀持ち出してきたら誰が止めるんだ?」
「勿論、桜井さんですよ」
 如月が真面目な顔で答えた。

「冗談よせよ。青竜刀で斬り殺されたなんて言ったらいい笑いものだろ。お前だったらどう思うよ」
「桜井さんが死んだら自分はまず泣きますよ」
「お前、ホントにいいヤツだな」
 紘彬は如月の肩に手を置いた。

「刑事にも警棒持たせてくれないかな。そうすれば拳銃以外の敵なら怖い物なしなんだけどな」
「桜井さんくらいのつかい手ならそうでしょうけど、普通の刑事はそうはいかないですよ」
「そうか?」
「今は何にハマってるんですか?」
 如月は話を変えようとして訊ねた。
「Dr.HOUSEとBONESかな。後はキャッスルとか。今度来たとき見るか?」
「はい」

 紘彬はゲームも好きだが、海外ドラマも好きだった。
 紘彬は忙しい。
 仕事をしていないときは、柔道や剣道の稽古もしているし、紘一が起きている時間に帰ったときは勉強も見てやっている。
 そのため、紘一の部屋にあるテレビはW画面になるもので、片側の画面でドラマを見ながらもう片方でゲームをする、ということはよくあった。
 ドラマだけとか、ゲームだけ、なんて時間は紘彬にはないのだ。

「警官になんかなるんじゃなかった」
 これは紘彬の口癖だった。
 本気で言っているように聞こえるが、本当に本心なのかは如月にも分かりかねた。
「あのときクビにしておいてくれれば……」
 あのときというのは紘彬を警官に誘ったという女性刑事が犯罪者だと分かったときの事だろう。

「警官が嫌ならお医者さんになれば……」
 せっかく医大を出たのだ。
 親だってそれを望んでるだろう。
「医者ってハードだぜ。ER見れば分かるだろ」
「ER?」
「ER:緊急救命室。知らない? アメリカのTVドラマ」
「名前は知ってます。観たことはないですけど」
「あれ見てると、睡眠時間は一日二、三時間で休日もなしだぜ。それも何年間も」
「それは緊急救命室だからでは……」

 それ以前に、ハマってるのがDr.Houseで引き合いに出すのが何故ER……。

「その上、治らなかった患者や患者の家族からは恨まれて、襲われたり訴えられたりするし。そんな割に合わない仕事はヤだね」
 拳銃でも出されない限り、襲われても桜井さんなら大抵の相手は撃退できると思うけど。
「それに、医者に限ったことじゃないけど、学問ってのは日進月歩だから勉強もおろそかに出来ないしな」
「なるほど」
 桜井さんって勉強家だしな。
「嫌々なった医者が勉強なんかすると思うか? そう言う医者に診られたくはないだろ」
「それはまぁ」
「この前さぁ、友達が入院したから見舞いに行ったんだよ。原因不明とか言うからどんな難病かと思って症状聞いたら、これが麻疹はしか。大人の麻疹患者診たことない医者だったから気付かなかったんだな」
「それはひどいですね」

 しかし、研究してる医者かどうかの見極めは患者には出来ないのだからあんまり変わらないような気もするが……。

 それに、紘彬は勉強しているではないか。
 遺伝学と公衆衛生学と法医学の専門雑誌を毎号取っていて、昼休みなどに熱心に読んでいる。

「桜井さんは頭がいいんですから弁護士とかどうですか? アメリカのドラマでもありますよね」
「弁護士も危険な目に遭うことがあるしなぁ。殺された弁護士とかいるだろ」
「なら検事は?」
「二年ごとに移動がある。東京以外の土地に行きたくない」
「じゃあ、学校の先生は? 桜井さん、子供に優しいですし、向いてるんじゃないんですか? 学校の先生は地方公務員ですから他県への移動もないですよ」
「学校の先生も刺し殺された人いるしなぁ。卒業の時にお礼参りとかで殴られたりするらしいし」
 桜井さんに限って子供に後れを取ることはあり得ませんよ、とは言わないでおいた。
「小学校ならその心配はないかと」
「小学校はモンスターペアレンツとかいるだろ。ストレスで胃に穴が開きそうで気が進まないなぁ」

 本気で警官やめる気あるんだろうか?

「それよりさ、猫のブリーダーなんてどうかな。犬でもいいけど猫なら散歩の必要もないだろ。うち一戸建てだからペットも禁止されてないし」
「はぁ……」

 医大に入って成績優秀で卒業できるだけの頭と、全国選手権に出られるだけの剣道の腕があるほどの人のやりたい仕事が猫のブリーダー。
 別に猫のブリーダーが悪いわけではないが、なろうと思えばどんな職にだって就けるだろうに。
 それこそ宇宙飛行士にだって。

 医大の授業料を出した親は泣くんじゃないか?

「早稲田に土地があるんだ。道場跡の一部なんだけど、家を建てるには狭すぎるし、車を入れるのも不便な位置だから地上げ屋にも狙われなかったところでさ。ほったらかしにしてあるんだ。そこに小屋建てて猫を飼うのはどうかな」
「地価のバカ高い都心の一等地に、猫のためだけの家を建てるんですか!?」
「人間が住むとなったら耐震基準とか色々うるさいだろ」

 突っ込みたいのはそこじゃない。

 如月はそう思ったが黙っていた。

 突っ込みどころ満載の人だし……。

「俺の部屋で飼ってもいいんだけど、親猫二匹に子猫が何匹かだとニャーニャーうるさそうだしな」
「警察のドラマって無いんですか?」
 警察のドラマにハマれば警官をやめたいなんて言い出さなくなるのではないだろうか。
「そうだなぁ……。コールドケースとかクローザーとかメジャー・クライムス……、クリミナル・マインドとWITHOUT A TRACE ……は、FBIか。ま、警察には変わりないけどな。ちょっと古いところだとナッシュ・ブリッジスとか」
「そういうドラマを見て警察に憧れたりしませんでした?」
「いやぁ、警察って大変だぜ」
 自分も警官なのに人ごとのように肩をすくめる。

「命がけの仕事で次々に殉職してくのに、失敗するとマスコミに叩かれるだろ」
「まぁ、そうですね」
「それまで一所懸命やってても一度の失敗ですべて水泡に帰すんだぜ。命がけの仕事なのに割に合わないだろ」
「…………」
 紘彬の言いたい事は分かる。

 それでは鑑識はどうなのだろうか。
 今更、監察医務院に行くのは気まずいにしても、鑑識ならいいのではないだろうか。
 監察医務院から警官へ転向したのは好きな女性が警官だったからであって、ハマってるドラマが変わったわけではない。
 今でもCSI:科学捜査班が好きなことに代わりはないのなら、鑑識になりたいのではないだろうか。
 紘彬は子供ではない。やりたい事は自分で見つけるだろう。
 鑑識になって欲しいと思うのは、自分が紘彬に警察を辞めて欲しくないからではないか。

 そんな事を考えているうちにパトカーのところまで来てしまった。
 紘彬とは別のパトカーに乗ったので、鑑識の事は言い出せなかった。
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