花のように

月夜野 すみれ

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第四章 花嵐

第一話

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「で、また歌舞伎町かよ」
 紘彬はむすっとした顔で歩いていた。
「仕方ないですよ、この前捕まえたヤツらはHeを扱ってなかったんですから」
 如月が苦笑しながら言った。

 捕まえた連中の供述によると、扱っていたのはエクスタシーだった。
 Heを希望している客にも、エクスタシーをHeだと偽って売っていたのだという。
 しかし、その連中の話によると、確かに歌舞伎町でHeを売ってる人間がいるらしい。
 誰が売ってるのかまでは知らなかったが、流通量の少なさから、どこかの部屋でちまちま作っているのではないかと言う事だった。

「あ、猫の貰い手、一匹だけですけど見つかりましたよ」
「そうか。助かったよ」
「元々自分が拾ってきた猫ですから。それなのに、お言葉に甘えて預かっていただいてしまって……」
「いいって。花耶ちゃんも喜んでるしさ」
「そういえば、紘一君の家に預けてあったんでしたね」
 いつも、如月が帰った後も残っているので、何となく紘彬は紘一の家に住んでるような気になっていたが、実際に住んでいる家は別にある。
「紘一君は彼女に渡せたんですか?」
「それがさぁ」
 紘彬は紘一に訊いたことを掻い摘んで話した。

「それは残念でしたね」
 そんな事を話しながら歩いていると、道ばたで吐いているスーツ姿の男がいた。
 戻したての臭いが二人の方へ漂ってくる。
「こういうところの飲み屋って衛生的にどうなんだろうな」
「まぁ、そんなに良くはないでしょうね」
「この前、学生時代のダチと渋谷に飲みに行ったらさ、目の隅を猫くらいの大きさのものが横切ったんだよ。猫かと思ったら、それが大きなネズミでさぁ、飲む気が失せたよ」
「ああ、ドブネズミは大きいですからね。ネズミ、嫌いなんですか?」
「いや、嫌いじゃないけどネズミってペスト菌運ぶんだぜ。ペストになんか罹りたくないだろ。医学雑誌に数十年ぶりに日本国内でペスト患者発生とか言って載ったらどうするよ」
「数十年ぶりの発生だと普通の新聞にも載りそうですよね」
「まぁ、うちにもネズミはいるからよその事は言えないんだけどな」
「え! 桜井さんち、ネズミいるんですか!?」
「いるよ。天井裏どたどた走り回ってる」
「都会の家にもネズミっているんですね」

 目的の店は薄汚れた幅の狭いビルの二階にあった。
 細くて急な階段を上ると両側に鉄の扉があった。
 先頭にいた四谷警察署の柿崎刑事が左側の扉の前に立った。
 柿崎刑事が団藤を振り返った。
 団藤が頷くと、柿崎刑事は扉を荒々しく開けて飛び込んだ。
 それに続いて紘彬を含む警官達がなだれ込んだ。

「警察だ!」
 店内にいた連中が驚いて一斉に浮き足だった。
 客や従業員達が逃げようとするのを警官達が止めようとする。
 何事かと奥から出てきた男が警官の姿を見るカウンターの内側にかがんだ。
 と思うと刀身の反りが強い刀のようなものを取り出した。

 青竜刀だ!

 男はカウンターを乗り越え、青竜刀を振りかざして近くにいた警官に飛びかかってきた。
 警官は目を剥いて男を見上げていた。
 とっさに紘彬は警官の襟首を掴んで思い切り後ろに引いた。
 警官が後ろに倒れる。
 その鼻先を刃がかすめた。

「おい! 警防貸せ!」
 紘彬の言葉に倒れた警官が、慌てて持っていた警棒を差し出した。
 再度振り下ろされた青竜刀を、警棒で弾いた。
 弾かれた青竜刀はそのまま横に斬り込んできた。
 紘彬が警棒で受け止める。
 青竜刀は弾いても弾いても蛇のようにくねりながら次々に斬りかかってくる。
 剣道とは全く違う動きに戸惑いながらも、流れるような体捌きで、あらゆる方向から切りかかってくる青竜刀を弾いていった。
 青竜刀は反りが強い。
 上手く警棒を当てないと、刃がそのまま滑ってきて手を斬られそうになる。

「桜井さん!」
 如月の声がした方に目を向けると、もう一人、青竜刀を振りかざした男がこちらへ向かってくるのが見えた。
 紘彬は一歩踏み込んで袈裟に斬りかかってきた青竜刀を強く弾いた。
 男がよろめく。
 その隙に一歩踏み込むと警棒で男の右胸を突いた。
 男が後ろに吹っ飛んだ。
 左胸を強く叩かれると心臓がショックで止まってしまうことがあるため、右を狙ったのだ。
 青竜刀が男の手から離れた。

 そのまま警棒を横に払って、次の男の青竜刀を思い切り弾いた。
 更に上段から振りかぶってきた刀を体を開いてよけた。
 男の身体が泳ぐ。
 その隙に警棒を手放すと、さっき床に放り出された青竜刀に飛びつき、振り下ろされた青竜刀を払った。
 素早く体勢を立て直すと青竜刀を片手で青眼に構えた。
 男と睨み合った紘彬は青竜刀を峰に返した。
 相手がこちらを殺そうとしているとは言え、紘彬の方は命を奪うわけにはいかないからだ。
 青竜刀を構えている男がバカにするような笑みを浮かべた。

 峰に返した紘彬を見て、青竜刀の使い方が分からないと思ったのだろう。
 男が胴を薙ぐように斬りかかってきた。
 紘彬が弾く。
 弾かれた軌道がそのまま上段からの斬撃になる。
 それを後ろに下がりつつ横に払うと、逆袈裟に斬り上げてきた。
 男は横から襲ってきたかと思うと、上段から振りかぶってくる。
 剣戟の音が店内に響いた。
 電灯の明かりを反射はねた銀光を曳きながら青竜刀が流れる。
 二人のやりとりは素早く、誰も手が出せなかった。
 警官の一人が拳銃を構えているが、紘彬と男が何度も体を入れ替えるので撃てずにいた。

 いつまでもこんなことをしていられない。
 また別の誰かが青竜刀を持ち出してきたら確実に斬られる。
 紘彬の他にこの連中と互角に戦えるものはいないだろう。
 こうなると警棒を手放してしまったのは失敗だったかもしれない。
 相手を斬ることが出来ないなら、殴ることが出来る警棒の方が有利だ。
 今、青竜刀を持っている利点は、他の襲撃者に青竜刀を持たれないということだけだ。
 もう在庫がなければだが。

 幾度目だろうか。
 数合打ち合い、男の青竜刀を弾いたとき、甲高い音がして紘彬の刀の刃が折れて虚空に飛んだ。
 紘彬はとっさに折れた刀を男に投げつけながら後ろに飛びさすった。
 男が飛んできた刀を自分の青竜刀で弾いた。
 折れた青竜刀が部屋の隅に飛んでいく。

「你们用不好東西(安物使ってるな)」
「你会说普通话吗?(中国語が話せるのか)」
 男が驚いたように言った。
 一瞬隙が出来た。
 如月は落ちていた警棒に飛びついた。

「会一点儿(少しな)」
「桜井さん!」
 如月が警棒を放ってよこした。
 紘彬はそれを受け取って構えた。
 男が斬りかかってくる。
 それを次々と弾きながら反撃のチャンスをうかがっていた。

 しかし、なかなか勝負はつかなかった。
 紘彬は剣道の有段者だし、高校の時と警察に入ってからの剣道全国選手権で優勝したことがある。
 その紘彬と互角なのだから、男は相当な遣い手だ。
 横から払うように来た青竜刀をはじきながら後ろへ飛んだ。
 着地と同時に前に飛んで警棒を袈裟に振り下ろした。
 男が警棒を弾き、上から切り落としてきた。
 紘彬は体を開いてよけると小手に打ち込んだ。
 男が素速く身を引いたため、警棒は手首をかすめただけだった。
 男が青竜刀を横に払った。
 紘彬は屈んでよけながら前に一歩踏み込んで足を払った。
 男がよろめく。
 紘彬はすかさず前に踏み込んで小手を見舞った。
 男が青竜刀を取り落とす。
 紘彬は喉元に警棒を突きつけた。

「完了(終わりだ)」
 一瞬、二人は睨み合った。
 男がいきなり足を蹴り上げた。
 紘彬はとっさに後ろに飛んで避けた。
 その隙に男が青竜刀に飛びついた。

 男が青竜刀を手に立ち上がろうとしたとき、
「不行(おやめ)!」
 鋭い声が飛んできた。

 男の動きが止まった。
 振り向くと民族衣装風の服を着た顔中しわくちゃの老婆が立っていた。
 不服そうな男に、老婆が早口でまくし立てた。
 男は渋々青竜刀を落とすと、大人しく警官に捕まった。

「桜井さん、あれは何て言ったんですか?」
「あれは広東語かなんかだろ。俺は北京語しか知らないから」
 そのやりとりを聞いていた男が、後ろ手に手錠をかけられながら、
「这是晋通話(これは標準語だ)」(標準語=北京語)
 と言った。
 日本語が分かるらしい。

 だったら最初から日本語で話せよ。

 紘彬は男を睨んだ。

「謝謝你(有難うございました)」
 紘彬は女性に頭を下げた。
 女性はむっつりとした顔で、
「不客气(どういたしまして)」
 と答えた。
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