花のように

月夜野 すみれ

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第三章 花香

第六話

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 如月が聞き込みから帰ってきて自分の席に着いたとき、電話が鳴った。
 すぐに受話器を取った。
 高田馬場駅前の本屋からの電話だった。

「すみません、出かけてきます」
 如月は刑事部屋から飛び出した。

 高田馬場駅前の本屋に着いて名乗ると店の奥の部屋へ通された。
 そこには紘一と、四、五十代くらいの男性が二人いた。
 一人はスーツ姿、もう一人はガードマンの制服を着ていた。
 スーツ姿の男は店長の谷垣次郎だと名乗った。吊り上がった目に黒縁眼鏡、口から金歯が覗いていた。これでカメラをぶら下げれば外国人が思い描く典型的な日本人旅行客だ。
 ガードマンは新発田真紀雄と言った。浅黒い肌をした、特に特徴のない顔だった。
 人に覚えてもらうのに苦労しそうな顔をしていたが、右耳の二センチ下くらいのところに大きな黒子があった。
 ガードマンの話によると、ここのところ頻繁に万引きしてると見られる少年に目をつけていたのだという。
 防犯カメラを現像したものだといってその少年の写真を見せた。
 これを各レジのカウンターの内側に貼っていたらしい。
 普通、防犯カメラに写った映像は一週間で消すが、万引きをしているところが映っているものは取ってあるという。

「紘一君は何をしたんですか?」
「目を付けていた少年と揉めていたんです。おそらく内輪揉めでしょう」
 ガードマンが言った。
「それはどういう根拠で言われてるんですか?」
「それは……あの少年と揉めていたので……」
「で、紘一君は盗んだ物を何か持ってたんですか?」
「いえ、まだ盗んでなかったんでしょう」
「あなた方は最初から紘一君を万引き犯と決めつけてますが、証拠はあるんですか」
 如月の声は穏やかだったが、内に怒りを秘めているのがわかった。

 如月さんが怒ってるところ、初めて見た。

 紘一は如月をまじまじと見つめた。
 如月は温厚で怒ることなど無いと思っていた。

「証拠なら防犯カメラに……」
「あ……」
 ガードマンが店長の言葉を遮ろうとした。
「見せて下さい」
 如月の有無を言わせぬ口調にガードマンは最後まで言えなかった。
 店長が促すと、ガードマンは防犯カメラの映像をテレビに映した。
 内藤が掴んだボールペンを鞄に入れようとしているところに、紘一が後ろから来て手首を掴み、元に戻したところが映っていた。

「これ、紘一君が万引きを阻止したように見えるんですが、自分の見間違いですかね?」
 如月の言葉に、店長とガードマンは気まずそうに黙り込んだ。
「そもそも商品を店の外に持って出るまでは窃盗ではありませんよね。外に持ち出すまではどこに持っていてもそれは客の自由ですよ」
「……申し訳ありません」
 店長とガードマンが頭を下げた。
「そこのところをきちんと認識しないで取り締まるのはどうかと思いますが」
「…………」
 二人は言葉もないようだった。
 店長は真っ赤になって俯き、横目でガードマンを睨んでいる。

「それじゃ、紘一君を連れて帰っていいですね」
 如月はそう言うと紘一を伴って部屋を出ようとした。
「大変申し訳ありません。これを……」
 店長の谷垣が図書カードを差し出した。
「いりません!」
 如月はきっぱりと断った。
「あ、写真の少年は誰ですか?」
 店長がどちらにともなく声をかけた。
「自分はそんな少年、見たこともないので知りません」
 如月はそうと言うと、紘一を促して外に出た。

 店の外に出た二人は、しばらく黙って歩いていた。
 高田馬場から早稲田通りを明治通りに向かう。
 両側はアーケードになっており、いろんな商店が並んでいた。
 この時間になると買い物に来る主婦や、学校帰りの学生などで人通りが多くなる。
 夕日が後ろから二人を照らして、足下から長い影が出来ていた。

「如月さん、ゴメン」
「気にしなくていいよ。君が万引きなんかしないって分かってるから」
 如月が信じてくれていたのは分かっている。
 少しでも疑っていたら防犯カメラの映像を見せろなどと言うはずがない。
「如月さんが怒ってるところ初めて見た」
「ああいう、人を泥棒って決めつける人、大嫌いなんだ」
「刑事なのに?」
 その言葉に、
「……確かに変だね」
 如月は笑顔を見せた。

「俺さ、両親がいない上に貧乏だったから、友達の家とかに行くと、いつも何か盗むんじゃないかって目で見られてたんだ。それが悔しかったし、そんな目で見られるのが惨めでね」
「ひどいね」
「まぁ、世間ってそんなものだよ」

 紘一は何か考えるように俯いていたが、
「俺さ、あいつの気持ち、少し分かるんだ」
 おもむろに切り出した。
 写真の少年のことを言っているのだろう。

「如月さん部活は?」
「うーん、俺は田舎育ちだから中学校までは山奥の分校だったし、高校は町中だったけど、通うのに片道二時間近くかかったから部活なんか出来なかったな」
「俺、サッカー好きなんだ」
「そうなんだ」

 紘一は紘彬と同じで、柔道と剣道をやっていたので他のスポーツが好きだとは思ってもみなかった。
 しかし、考えてみれば柔道も剣道も有段者なのだから運動神経はいいはずである。

「剣道部も柔道教室も勉強も、兄ちゃんみたいになるのが当たり前で、ほかに選択肢がない気がして、たまに息が詰まるような気がするんだ」
 時々サッカー部とかの練習を見てると羨ましくなることがある、と紘一は言った。
「そう」
「勿論、誰かにやれって言われた訳じゃないから、嫌ならやらなくても誰も怒らなかっただろうけど……でも、内藤はそうじゃない」

 検事一家なのだ。
 当然検事になると思われているだろうし、紘一と違って別の選択肢なんか選ばせてもらえるわけがない。

「内藤ってさ、数学と物理が得意なんだ。毛利衛さんの本読んでるの見たことあるし、きっと宇宙が好きなんだと思う」
 宇宙飛行士になりたいのかもしれない、紘一はそう言った。

 ある日本人宇宙飛行士が、得意分野を頑張れば宇宙飛行士になれる、みたいなことを言ったらしいが、法律の勉強を突き詰めても宇宙飛行士になれるとは思えない。
 せめて理系でなければ無理なのではないだろうか。
 単純に宇宙へ行きたいだけならば、弁護士になって金持ちになり、宇宙旅行に行くという手はあるだろうが。

「あの、このこと兄ちゃんには……」
「君が言いたくないなら黙ってるよ」
「有難う……あと、内藤のこと……ううん、なんでもない」
「俺は少年課じゃないから大したことは出来ないけど、気を付けておくよ」
 如月はそう言って署への道に足を踏み出してから紘一の方を振り返った。

「あのさ、紘一君、桜井さんと同じことしなきゃって思ってるみたいだけどさ、桜井さんって結構自分の欲望の赴くままに生きてるよね。ドラマにハマる度に進路変えたり。だから紘一君も好きなことしていいと思うよ」
 如月はそう言うと、今度こそ署へ向かって歩き出した。
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