花のように

月夜野 すみれ

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第三章 花香

第四話

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 立花は可愛い。
 初めて会ったときから、ちょっといいな、と思っていたのだ。
 そんな立花に誘われたのだ。
 如月の鼓動が早くなった。
 そんな如月の思いをよそに、立花は顔を寄せてきた。

「兄の書類、盗み見ちゃったんです」
「…………は?」
 如月は立花の顔を見返した。
「歌舞伎町でHeを扱ってると思われる店の名前が書いてあったんです。それで行ってみようかと思って。ご一緒にどうですか?」
「あ、そう。いいよ」
 がっかりしたのを悟られないように、無理に笑顔を作って言った。
「ていうか、俺と会わなきゃ一人で行くつもりだったの?」
「様子を見るくらいなら平気かなって」

 案外無鉄砲な子だな。

「じゃ、行こうか」
 二人は警察署を出ると明治通り沿いのバス停に向かった。

 歌舞伎町でバスを降りると、立花の案内で件の店に向かった。

「立花巡査……」
「桐子でいいですよ。巡査なんて呼んだら警官だってバレちゃいますから」
「あ、じゃあ、俺も風太でいいよ、……桐子ちゃん」
「はい、風太さん。それじゃあ、行きましょうか」
「うん」

 立花に案内されて入ったのは、歌舞伎町のどこにでもあるような小さいビルに入っている、狭い酒屋だった。
 若者向けの店と違い、店内は薄暗くて、怪しげな雰囲気が漂っているように見えるのは、ドラッグを扱っている店かもしれないという先入観のせいだろうか。

 高そうだけど払えるかな。
 とりあえず、注文は一杯だけにしておこう。

 如月が店内を見回すと、壁際のトイレの入り口付近に見知った顔があった。
 ストライプのシャツの男と立ち話をしている。
 店員ではなさそうだ。
 向こうは如月に気付くと慌てて頭を下げた。
 如月も頭を下げる。

「お知り合いですか?」
「桜井さんのね」

 確か吉田さんって言ったっけ?

 吉田は店内を横切って席に戻った。
 そこに山崎と奥野がいた。
 吉田が何か言うと、二人はこちらを向いた。
 如月を認めると、二人が軽く頭を下げた。
 如月がもう一度頭を下げる。
 三人は席を立つと勘定をして店を出て行った。

「桜井警部補って、どういう方なんですか? なんて言うか、剣道大会で見たときはもっとりんとした人かと思ってたんですけど」
「ああ」
 如月は苦笑した。
「桜井さんって、話し方はチャラ男っぽいけどすごく面倒見が良くて頼りになる人だよ。それに、かなりの勉強家で医大に入れたのも当然って言うか……」
「そうなんですか」
 二人はそんな話をしながら店内に目を配っていた。
「それらしいのはいないね」
 強いて言えば、バーテンダーと、客とも店員ともつかない派手な開襟シャツの男が怪しいと言えば怪しい。
「一見の客がHeを欲しいって言っても売ってくれないですよね」
「そうだね」
「とりあえず、何回か来て顔なじみになることですね」
「それはいいけど、一人では来ないでね」
「はい」


 刑事部屋にか細い猫の鳴き声が聞こえていた。

「おい! 何で猫が鳴いてるんだ!」
 課長が入って来るなり怒鳴った。
「あ、すみません」
 如月が慌てて立ち上がった。
「何、お前、猫連れてきたの?」
 そこへ丁度出勤してきた紘彬が訊ねた。
「子猫が捨てられてるのを見て放っておけなくて」
「見せてみろよ」
 紘彬は如月の机のそばにやってきた。
 机の下には段ボールに入った三毛の子猫が四匹、か細い声で鳴いていた。

 紘彬は段ボールの前にしゃがみ込んで、
「可愛いなぁ」
 と、子猫をなでながら言った。

「寮で飼えるのか?」
「いえ……」
 如月は困ったように俯いた。
「よし! じゃあ、俺に任せろ」
「え!?」
「紘一にメール打ってくれ。猫もらったって」
 紘彬は自分のスマホを渡すと、猫の入った段ボールを持ち上げて刑事部屋を出た。
 そこで、中山巡査と出くわした。

「おはようございます!」
 中山が敬礼した。
「おう、中田」
「中山です。あの、これ、警視総監賞を貰ったのでお礼に……」
 そう言って持っていた菓子折を差し出した。
「気にしなくて良かったのに。わざわざ持ってきてくれたのか」
「ささやかで申し訳ないんですが……」
「すまんな。そこの机に置いてくれるか?」
「はい」
 中山は刑事部屋に入ってきて机の上に菓子折を置いた。

「でも、ちょうど良かった。お前を探しに行こうと思ってたんだよ」
 紘彬の言葉に、中山は警戒の目を段ボールの中に入った子猫に向けた。
「俺んち知ってるよな」
「存じ上げてますが……」
警邏けいらの途中でこれ置いてきてくれよ」
 中山は困ったような表情で猫の入った段ボールを見下ろした。

 紘彬は警視総監賞を譲ってくれた相手だし、警部補に恩を売っておけばこれから何かと引き立ててくれるかもしれない。
 中山にも出世したいという野心はある。
 とはいえ、派出所に猫を連れて行ったりしたら上司に叱られるのは目に見えてる。

「頼むよ。上司に何か言われたら俺に命令されたって言ってくれ」
 紘彬は中山に無理矢理段ボールを押しつけた。
「これで昼飯でも食べてくれ」
 財布から千円札を二枚出すと中山のポケットに押し込んだ。
「そんな、いただけません」
 中山は返そうとしたが、段ボールを持っていてどうにもならなかった。
「いいから、いいから。じゃ、頼むな」
 そう言うと、中山を強引に刑事部屋から送り出した。
 中山は渋々猫の入った段ボールを抱えて出て行った。
 紘彬が振り返ると如月がいた。

「桜井さん、お金は自分が……」
「いいって。ちょうど子猫探してたんだよ」
「ホントですか?」
「紘一にメール打ったろ? 紘一が気になってる女の子が猫ほしがっててさ、なんとかしてその子に猫をプレゼントしたいって言ってたんだよ」
 如月から自分のスマホを受け取りながら言った。

「猫が四匹もいれば選んでもらうために自分ちに呼ぶことが出来るだろ」
「でも、それだと貰い手が付くのは一匹だけですよね。残り三匹はどうするんですか?」
「紘一が貰い手見つけられなかったら俺が署内で探すしかないな」
「そのときは自分がやりますので言ってください」
「じゃ、一緒に探そうぜ」
「はい……そういえば聞きました?」
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 以前にも刑務所かどこかで収容者を取り押さえたら、押さえられた者が死んでしまいマスコミで取り上げられたことがある。
「きっとそうでしょうね」
「放っておけば取り押さえたせいにされずにすんだんじゃないか?」
「それはそれでマスコミの非難を浴びたと思いますが」
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