花のように

月夜野 すみれ

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第三章 花香

第一話

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第三章 花香かこう

「歌舞伎町の派出所って、日本で一番人数が多いんだろ。なんで俺達が行かなきゃならないんだよ」
 紘彬がぼやいた。
「いくら人数が多くても全員をこっちに回すわけにはいきませんし、うちの事件も関わってますから」
 如月が宥めるように言った。

 紘彬と如月は、団藤達と共に数人の新宿警察署の警官達と歌舞伎町を歩いていた。
 警官達は背中に「警視庁」と書かれたジャケットを着用していた。
 Heを売っているというタレコミのあった店を強制捜査するのだ。
 夜の歌舞伎町は昼間とは違う明るさで満ちている。
 ネオンサインが通りを照らしていた。

 酔ったサラリーマンの一団や早稲田大学の校歌を歌っている大学生とおぼしきグループ、華やかな服装のOL達が通り過ぎていく。
 道端には高校生と思しき少年少女がしゃがみ込んでいる。
 客引きがうろつき、道の両側でスピーカーが店の宣伝をがなり立てていた。
 半裸の女の子の看板がそこかしこに掛かっている。イラストの看板もあったが、水着か下着なのは同じだった。

「そういえば、この前桜井さんの家に伺ったときなんですけど……」
 血刀男と戦ったときのことだろう。
 如月を連れて行くのはいつも紘一の家で、紘彬の家に連れていったことはない。
「表札に桜井さんの名前の他に平仮名で『ひろあき』って……」
「ああ、それ祖父ちゃん」
「お祖父様と同じ名前なんですか。でも、珍しいですね。お祖父様のお年で名前が平仮名って」
「いや、ホントはこう書くんだ」
 手帳に『紘暁』と書いて見せた。

「それじゃあ、どうして……」
「俺んち代々男子の名前には『紘』って字を入れるんだけどさ、祖父ちゃんの代になってネタ切れになったらしくてご先祖さまと同じ名前つけたんだよ。それが紘暁」
「なんで平仮名で……」
「それがさ、ご先祖さまの紘暁ってすごい剣豪だったっていうんだよ。で、自分はまだその域に達してないから紘暁を名乗る資格はない、とか言ってるんだ。配達の人が困るから漢字にしろって言ってるんだけどな」
「確かに配達の人は困りそうですね」
 如月は苦笑した。
「どこまでホントか分かんないのにさ」
「ホントじゃないんですか?」
「柳生十兵衛と戦って勝ったとか言ってるんだぜ。柳生十兵衛ってところからしてインチキくさいだろ」
「自分は世界史選択だったので……」
 如月は言葉を濁した。
 確かに柳生十兵衛は嘘っぽいが、それを口にするわけにはいかなかった。

「そんなインチキくさい祖先を越えるなんて絶対無理だって。それなのにそんなこと祖父ちゃんに吹き込んで。曾祖父ひいじいちゃんも酷なことするよな」
 それは言えるかもしれない。
「俺が生まれたとき、自分が果たせなかった夢を託したい、とか言って同じ紘暁にしたかったらしいんだけど、同じ戸籍……だったかな? その中に同じ読みがいるのはかまわないらしいんだけど、同じ漢字は読みが違ってもダメらしくてさ、それで俺は紘彬になったんだ」
 そんな話をしているうちに警官達は古びたビルの前に立ち止まった。

 新宿警察署の山下刑事が制服警官数人に裏に回るように指示した。
 団藤も紘彬の方を向くと、如月とともに裏口に向かうように言った。

「了解」
 細い路地を通って裏口に出たとき、荒々しくドアが開いて数人の男達が飛び出してきた。
 服装などはまともそうに見えるが、目つきや身のこなしで下っ端のチンピラだと分かった。
「止まれ!」
 如月が制止した。
「こっちにもいやがったか!」
 チンピラ達が一斉に襲いかかってきた。

 それはほんの一瞬のことだった。
 瞬きする間に紘彬は立て続けに二人、背負い投げで地面に叩き付けていた。
 紘彬に投げ飛ばされた二人は受け身がとれず、背中からアスファルトの地面に落ちたらしい。
 地面に伸びたまま動かなかった。気を失っているようだ。
 そばにいた警官が倒れている男達に手錠をかけた。

 如月はナイフを持って襲いかかってきた男の手首を掴むと捻り上げた。
 男がナイフを取り落とす。そのまま階段の手すりに押しつけて手錠を出すと、片方を男の手にかけ、もう一方を手すりにかけた。
 警官達もチンピラを取り押さえようとしている。
 紘彬はナイフで斬りかかってきた男の手を払うと襟首を掴んだ。

 如月は別の男に向き直った。
 紘彬が男を投げ飛ばすのと、如月が別の男を取り押さえるのはほぼ同時だった。

 紘彬と如月、それに制服警官達が倒した男達それぞれに手錠をかけた。
 手錠が一つ足りなかったので店内から出てきた警官のを借りた。

「今度から前もって人数教えとけよ。人数分の手錠用意しておくからな」
「地獄へ堕ちろ」
 お決まりの台詞をチンピラの一人が吐き出すように言った。

 歌舞伎町の夜空は曇っていた。
 新宿ではこれが当たり前なのだ。
 紘彬が小学生の頃、何故毎晩空が曇っているのか不思議だった。
 とにかく毎晩曇っているから星というものを殆ど見たことがなかった。
 理由はテレビが説明してくれた。
 ヒートアイランド現象によるダストドーム現象だった。
 昼間、日差しでコンクリートが温められ夜間にその熱が放射されて上昇気流になる。
 都市の空気が上空へと上がっていき、そこへ郊外から塵だの排気ガスだのの混ざった(都市部よりは)冷たい汚れた空気が流れ込んでくる。
 その汚れた空気が空を覆うから曇りのようになり、星を隠すのだ。
 しかし、冬はヒートアイランドが起きにくいため、ダストドームが起こることは少なく、晴れてる晩も結構ある。冬の星空には一等星が多いこともあって、紘彬も冬の大六角形や大三角形、それにオリオン座などの星座は知っていた。
 春から秋にかけての星座はさっぱりだが。
 昔、合宿で山奥に行ったとき、夜空を見上げて、あまりの星の多さに驚いた。
 山奥は街灯もなくて地上は真っ暗だったが、それとは反対に夜空は無数の星で明るかった。
 ダストドームに覆われ、雲が地上の光を反射して薄明るい夜空の下を警官達が捕まえた男達を連行していた。

「え? 新宿署で取り調べすんの?」
 自分たちの警察署でするものだと思っていた紘彬は驚いて聞き返した。
「ここは新宿署の管轄ですから」
「じゃあ、俺達はチンピラを捕まえるためだけに来たのか?」
「一緒に新宿署に行って取り調べに立ち会うんですよ」
 如月が笑って答えた。
「今日も遅くなりそうだな」
「遅くなるくらいならいいですけど、今日捕まえた連中の取り調べで進展がなかったら、また歌舞伎町に来ることになりますよ」

 そのとき、前から歩いてきたスーツ姿の三人組の一人が、
「桜井! 桜井じゃないか!」
 と、紘彬に声をかけてきた。
「よお! 久しぶりだな」
 紘彬が笑顔で手を上げた。
「最後に会ったのいつだっけ?」
 三人組とひとしきり肩などを叩き合った後、紘彬は如月の方を向いた。
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