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第二章 花曇り
第三話
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紘彬が考え込んでいる間、如月は窓辺によって外の様子を窺っていた。
「もう二度も襲われかけたのよ!」
「襲われかけた?」
「人気のないところを通っているとき、近付いてくる足音が聞こえたのよ」
「それで? 何かされたの?」
「二度とも人が通りかかったらどこか行っちゃったわ」
紘彬は、とりあえず女性の名前を聞くと――片山紀子と名乗った――、自分のスマホの番号を教えてお引き取り願った。
「如月、誰かいたか?」
「いえ、それらしい人物は特に」
「念のためだ。あの女性を家までつけてみろ。尾行してるやつがいたらとりあえず職務質問だ。課長には俺から言っておく」
「はい」
如月は素早く出て行った。
三十分ほどで如月が戻ってきた。
刑事部屋にいた全員が如月の方を振り返った。
団藤はホワイトボードを背に事件の捜査方針を話していた。
強盗事件は未だに解決していなかった。
コンビニ強盗が連続して起きており、上からは早く解決しろとせっつかれている。
もっともここしばらくは起きてないのだが。
「どうだった?」
紘彬の問いに首を振った。
「警察に来たことで警戒したのか、それらしい人物はいませんでした」
「そうか。じゃあ、席に着け。先を続けるぞ」
団藤はそう言うとホワイトボードに向き直った。
「紘兄、如月さん、紘一、ご飯よ」
いつものように紘一の部屋でゲームをしていると、花耶が呼びに来た。三人はコントローラーを置いて立ち上がった。
如月が初めて藤崎家に来た日、紘彬、紘一とともにゲームをやっていると、
「ご飯できたわよ」
花耶がドアを開けて顔を出した。
「あ、じゃあ、自分はこれで」
如月は慌ててコントローラーを置くと腰を上げた。
「如月さんの分も用意してあるから大丈夫よ」
花耶は微笑みながら言った。
「いえ、お邪魔した上にご馳走にまでなるわけには……」
如月は手を振った。
「遠慮しないで食ってけよ。ここんちの飯うまいぜ」
「しかし……」
「いいからいいから」
「如月さん、まだ俺との勝負ついてないし、食っていきなよ」
「如月さん、もう用意してあるから食べていって」
紘彬は遠慮している如月を引っ張るようにしてダイニングルームへと向かった。
テーブルの上には六人分の料理が用意されていた。
今日はハンバーグらしい。ソースと肉汁の混じった匂いがおいしそうで、如月は改めて腹が空いていたことに気付いた。
「すみません、お邪魔した上に……」
「気にすんなって」
「そうよ。五人も六人も手間は同じなんだから」
「有難うございます」
如月は恐縮したように肩をすぼめて頭を下げた。
如月が勧められて席に着くと、紘彬、紘一と花耶、その両親がそれぞれの席に着いた。
紘彬はいつもここで食べてるのか、当たり前のような顔をして座っていた。
食事の席は和やかだった。
「如月君だったね.紘一にはもう会ったね」
「お父さん、如月さんは紘一と遊んでくれてたのよ」
「紘一は高一って知ってたかい?」
「は、はい」
「紘一は高一なんだよ」
紘一の父晃治はもう一度そう言うと、面白くてたまらないというように大きな声で笑った。
その様子が微笑ましくて如月は思わず微笑みを浮かべた。
「お父さん、それやめてよ」
花耶が顔を赤らめて言った。
「そうだぜ、叔父さん。笑えない親父ギャグはやめろって」
「親父、如月さんがあきれてるだろ」
「いえ、そんな事は……」
如月は慌てて箸を持ってない方の手を振った。
「笑えないかなぁ」
晃治は頭をかきながら言った。
「如月さん、ごめんなさいね」
蒼沙子が笑いながら謝った。
「いえ……」
まるで絵に描いたような家族団欒の図である。
赤ん坊の頃から祖母と二人暮らしだった如月にとっては憧れていた世界と言ってもいい。
「如月さん、口に合わなかった?」
「え?」
「箸が止まってるけど……」
「あ! すみません! おいしいですよ、ホントにすごく。洋食って家で食べたことなかったものですから」
如月は慌ててハンバーグを一口サイズに切った。
「焦って食べて喉に詰まらす、なんてお約束するなよ」
紘彬が言った。
「はい」
「そう言えば、如月さんの嫌いなもの訊いてなかったわね.食べられないものはなかった?」
「大丈夫ですよ」
「アレルギーとかは?」
「ありません」
「そう、なら良かった」
「これからもこいつ連れてくるから夕食よろしくな」
「え!?」
「なんだ、嫌か?」
「そうじゃないですけど、毎回ご馳走になるなんて……」
「だから気にすんなって」
「ちゃんと如月さんの食器も用意するから大丈夫よ」
「そんな、自分は……」
戸惑っている如月をよそに花耶はどんどん話を進めていった。
「如月さん、お皿は花柄とハート柄、どっちがいい?」
「え……」
花柄とハート柄。
究極の選択のような気がする。
「花柄なら、バラの柄とチューリップの柄と……」
「花耶ちゃん、武士の情けだ。せめて葉っぱ柄にしてやれ」
「じゃあ、クローバー柄でいい?」
「はい」
恐縮しつつも、初めて家族団欒に加われると思うと胸の奥が暖かくなってきた。
それ以来、如月は紘彬とともに紘一の家に行くとご馳走になるようになった。
今日はカレーだった。
「あ、花耶ちゃんこれ」
「あ、俺も」
紘彬と如月は花耶に食費を入れた封筒を差し出した。
「はい、確かに。さ、座って」
全員が席に着くと、晃治が早速、
「華麗なカレーは辛ぇなぁ……なんてどうかな、如月君」
駄洒落を披露した。
「えっと……」
「この像は象だぞう」
「うわ、親父ギャグ」
「しかもベタ。親父、それ、昔からあったから」
「そうかぁ」
晃治が頭をかいた。
「如月さん、早く食って勝負の続きしようぜ」
「紘一、せかしちゃダメでしょ」
花耶が注意する。
「いいんですよ」
藤崎家の夕食はいつも通りの家族団欒だった。
この平和を守るためなら何でも出来る、と如月は思った。
きっと紘彬もそう思っているに違いない。
「もう二度も襲われかけたのよ!」
「襲われかけた?」
「人気のないところを通っているとき、近付いてくる足音が聞こえたのよ」
「それで? 何かされたの?」
「二度とも人が通りかかったらどこか行っちゃったわ」
紘彬は、とりあえず女性の名前を聞くと――片山紀子と名乗った――、自分のスマホの番号を教えてお引き取り願った。
「如月、誰かいたか?」
「いえ、それらしい人物は特に」
「念のためだ。あの女性を家までつけてみろ。尾行してるやつがいたらとりあえず職務質問だ。課長には俺から言っておく」
「はい」
如月は素早く出て行った。
三十分ほどで如月が戻ってきた。
刑事部屋にいた全員が如月の方を振り返った。
団藤はホワイトボードを背に事件の捜査方針を話していた。
強盗事件は未だに解決していなかった。
コンビニ強盗が連続して起きており、上からは早く解決しろとせっつかれている。
もっともここしばらくは起きてないのだが。
「どうだった?」
紘彬の問いに首を振った。
「警察に来たことで警戒したのか、それらしい人物はいませんでした」
「そうか。じゃあ、席に着け。先を続けるぞ」
団藤はそう言うとホワイトボードに向き直った。
「紘兄、如月さん、紘一、ご飯よ」
いつものように紘一の部屋でゲームをしていると、花耶が呼びに来た。三人はコントローラーを置いて立ち上がった。
如月が初めて藤崎家に来た日、紘彬、紘一とともにゲームをやっていると、
「ご飯できたわよ」
花耶がドアを開けて顔を出した。
「あ、じゃあ、自分はこれで」
如月は慌ててコントローラーを置くと腰を上げた。
「如月さんの分も用意してあるから大丈夫よ」
花耶は微笑みながら言った。
「いえ、お邪魔した上にご馳走にまでなるわけには……」
如月は手を振った。
「遠慮しないで食ってけよ。ここんちの飯うまいぜ」
「しかし……」
「いいからいいから」
「如月さん、まだ俺との勝負ついてないし、食っていきなよ」
「如月さん、もう用意してあるから食べていって」
紘彬は遠慮している如月を引っ張るようにしてダイニングルームへと向かった。
テーブルの上には六人分の料理が用意されていた。
今日はハンバーグらしい。ソースと肉汁の混じった匂いがおいしそうで、如月は改めて腹が空いていたことに気付いた。
「すみません、お邪魔した上に……」
「気にすんなって」
「そうよ。五人も六人も手間は同じなんだから」
「有難うございます」
如月は恐縮したように肩をすぼめて頭を下げた。
如月が勧められて席に着くと、紘彬、紘一と花耶、その両親がそれぞれの席に着いた。
紘彬はいつもここで食べてるのか、当たり前のような顔をして座っていた。
食事の席は和やかだった。
「如月君だったね.紘一にはもう会ったね」
「お父さん、如月さんは紘一と遊んでくれてたのよ」
「紘一は高一って知ってたかい?」
「は、はい」
「紘一は高一なんだよ」
紘一の父晃治はもう一度そう言うと、面白くてたまらないというように大きな声で笑った。
その様子が微笑ましくて如月は思わず微笑みを浮かべた。
「お父さん、それやめてよ」
花耶が顔を赤らめて言った。
「そうだぜ、叔父さん。笑えない親父ギャグはやめろって」
「親父、如月さんがあきれてるだろ」
「いえ、そんな事は……」
如月は慌てて箸を持ってない方の手を振った。
「笑えないかなぁ」
晃治は頭をかきながら言った。
「如月さん、ごめんなさいね」
蒼沙子が笑いながら謝った。
「いえ……」
まるで絵に描いたような家族団欒の図である。
赤ん坊の頃から祖母と二人暮らしだった如月にとっては憧れていた世界と言ってもいい。
「如月さん、口に合わなかった?」
「え?」
「箸が止まってるけど……」
「あ! すみません! おいしいですよ、ホントにすごく。洋食って家で食べたことなかったものですから」
如月は慌ててハンバーグを一口サイズに切った。
「焦って食べて喉に詰まらす、なんてお約束するなよ」
紘彬が言った。
「はい」
「そう言えば、如月さんの嫌いなもの訊いてなかったわね.食べられないものはなかった?」
「大丈夫ですよ」
「アレルギーとかは?」
「ありません」
「そう、なら良かった」
「これからもこいつ連れてくるから夕食よろしくな」
「え!?」
「なんだ、嫌か?」
「そうじゃないですけど、毎回ご馳走になるなんて……」
「だから気にすんなって」
「ちゃんと如月さんの食器も用意するから大丈夫よ」
「そんな、自分は……」
戸惑っている如月をよそに花耶はどんどん話を進めていった。
「如月さん、お皿は花柄とハート柄、どっちがいい?」
「え……」
花柄とハート柄。
究極の選択のような気がする。
「花柄なら、バラの柄とチューリップの柄と……」
「花耶ちゃん、武士の情けだ。せめて葉っぱ柄にしてやれ」
「じゃあ、クローバー柄でいい?」
「はい」
恐縮しつつも、初めて家族団欒に加われると思うと胸の奥が暖かくなってきた。
それ以来、如月は紘彬とともに紘一の家に行くとご馳走になるようになった。
今日はカレーだった。
「あ、花耶ちゃんこれ」
「あ、俺も」
紘彬と如月は花耶に食費を入れた封筒を差し出した。
「はい、確かに。さ、座って」
全員が席に着くと、晃治が早速、
「華麗なカレーは辛ぇなぁ……なんてどうかな、如月君」
駄洒落を披露した。
「えっと……」
「この像は象だぞう」
「うわ、親父ギャグ」
「しかもベタ。親父、それ、昔からあったから」
「そうかぁ」
晃治が頭をかいた。
「如月さん、早く食って勝負の続きしようぜ」
「紘一、せかしちゃダメでしょ」
花耶が注意する。
「いいんですよ」
藤崎家の夕食はいつも通りの家族団欒だった。
この平和を守るためなら何でも出来る、と如月は思った。
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