歌語り

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
2 / 2

浦島太郎 ~四季の部屋~

しおりを挟む
 男は後悔にさいなまれながら立ち尽くしていた。

    *

「ここから先は決して話さないで下さい」
 乙姫はそう言って先に立って歩き始めた。

 ここに来て以来、毎日毎日信じられないほど沢山の種類の豪華な料理をご馳走になっていた。
 食事の合間には美しい女性達が舞を披露してくれた。

 食事も豪勢だったが、竜宮城というこの建物も信じられないくらい大きかった。
 装飾も見たこともないものばかりで美しく輝いている。

 男は勧められるままそこで暮らし始めた。
 乙姫は毎日竜宮城の中を案内してくれたが、何日掛けても見尽くせないくらい沢山の部屋があった。

 ある日、案内の途中で乙姫が扉の前で立ち止まった。

「いいですか、もし扉の向こうにいる人に何か言われても決して話さないで下さい」
 乙姫の言葉に太郎は頷いた。
「ここは四季の部屋です。部屋の向こうにはそれぞれの四季があります」
 そう告げると最初の扉を開いた。

〝はなぐはし 桜か雲か 白き峯 春のさかりの み吉野の山〟

「ここは春の部屋で、あの山は吉野の山です」
 乙姫はそう言って桜が満開の山を指した。
 山は満開の桜で白く染まっている。

「ここがかの有名な吉野の山……」
 男は感動した様子で言った。

 吉野の山での花見を十分堪能たんのうしたところで次の部屋に向かう。

〝なつくずの たえぬ白波 うちよする 海にかかるは 天橋立〟

 扉の向こうには夏空が広がっていた。
 海を隔てた対岸は山だ。
 抜けるような青空と紺碧こんぺきの海、そしてその海を横断するように松の生えた砂州さすが対岸まで伸びている。

「ここは天橋立です」
「天橋立……聞いた事はある気がするが……」
「丹後国です」
 乙姫はそう付け加えたが、丹後国がどこなのかも知らない。
 だが、美しい景色なのは間違いない。
 何より海の上を橋のような松林が続いているのは珍しいことこの上ない。

〝さよ衣 重なる萩と 紅葉ばに 錦に染まる 衣川の瀬〟

「こちらは秋の部屋です」
 乙姫が言った。

「ここは……」
 男は目を見開いた。
 ここは男の故郷だった。

 懐かしい風景を目を奪われていると、
「あの山を知ってるのかね」
 不意に誰かに問われた男は思わず山の名を答えていた。

〝なつかしき けしき見むとて 山の名を いはてと君は いいましものを〟

 男が気付くと辺りには誰もいなかった。
 乙姫の姿も消えている。
 竜宮城へ戻る扉も見当たらない。

 夢だったのだろうか……。

 男は仕方なく自分の家に向かった。

〝いくとせの 春過ぎやらむ ふる里の 葎の宿に 知る人ぞなき〟

 男の家は雑草に覆われていた。
 父も母もいなくなっている。

 隣の家に行ってみたがそこにいたのは知らない人達だった。
 話を聞いているうちに、男が竜宮城に行っている間に長い年月が経っていたことを知った。
 男の家族は皆はるか昔に亡くなっていた。

 家族だけではない。
 知っているものは誰一人生きていなかった。
 信じられないくらい長い年月が立ってしまっていたのだ。

 悔やんでみてももう遅い。
 竜宮城に戻ることも男が生きていた時に戻ることも出来ない。
 男はただその場に立ち尽くしていた。

〝照る月に しづの切る木の 手斧音 ほとほとしき年 ふるも悲しき〟
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

源頼政、歌物語

月夜野 すみれ
歴史・時代
平安時代を舞台に頼政の詠んだ歌で作ったなんちゃって歌物語です。 歌から話を作っているので詠まれた順などは順不同です。 「俊恵、危機一髪!」は鴨長明の『無名抄』の現代語訳です。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスにも同じものを投稿しています。

影の弾正台と秘密の姫

月夜野 すみれ
恋愛
女性に興味がなくて和歌一筋だった貴晴が初めて惹かれたのは大納言(上級貴族)の姫だった。 だが貴晴は下級貴族だから彼女に相手にされそうにない。 そんな時、祖父が話を持ち掛けてきた。 それは弾正台になること。 上手くいけば大納言の姫に相応しい身分になれるかもしれない。 早くに両親を亡くした織子(しきこ)は叔母の家に引き取られた。叔母は大納言の北の方だ。 歌が得意な織子が義理の姉の匡(まさ)の歌を代わりに詠んでいた。 織子が代詠した歌が評判になり匡は若い歌人としてあちこちの歌会に引っ張りだこだった。 ある日、貴晴が出掛けた先で上の句を詠んだところ、見知らぬ女性が下の句を詠んだ。それは大納言の大姫だった。 平安時代初期と中期が混ざっていますが異世界ファンタジーです。 参考文献や和歌の解説などはnoteに書いてあります。 https://note.com/tsukiyonosumire/n/n7b9ffd476048 カクヨムと小説家になろうにも同じものを投稿しています。

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う

ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

奇妙丸

0002
歴史・時代
信忠が本能寺の変から甲州征伐の前に戻り歴史を変えていく。登場人物の名前は通称、時には新しい名前、また年月日は現代のものに。if満載、本能寺の変は黒幕説、作者のご都合主義のお話。

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

処理中です...