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第七章

第七章 第七話

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「祖母ちゃん、これ、どうして……」
 俺の疑問に祖母ちゃんが植え込みの葉をむしってみせた。
 葉っぱが矢に変わる。

「神泉がないから普通の矢だけど望の助太刀くらいは出来るはずよ」
「サンキュ」
 俺はネズミに向かって弓を構えた。

 葉っぱさえあれば祖母ちゃんがいくらでも矢を作れるなら無駄撃ちしても問題ない。
 植え込みの低木が丸裸になってしまうかもしれないが。

 繊月丸を手にした高樹とアーチェリーを構えた俺を見たネズミが身動みじろぎした後、戸惑った様子を見せる。
 それから身を翻して走り始めた。

「お祖母さん、今のは……」
「ネズミに戻って逃げようとしたのよ」

 祖母ちゃんが変化へんげを解かせないようにしたのか。

 しかし、あまり遠ざかられては射程外に出てしまう。
 俺は急いでネズミに狙いを付けた。

 高樹も同じ事を考えたのか、足止めするようにネズミの進行方向に回り込んで斬り付ける。
 ネズミが後ろに飛び退く。
 素早く反転したネズミがこちらに向かってくる。
 高樹が再度前に回り込む。

 俺は向かってくるネズミに狙いを付けた。
 弓を引き絞り矢を放つ。
 ネズミは横に飛んでけるとそのまま走り続けた。

 俺達に突っ込んでくるのかと思ったが一メートルほど横を駆け抜けていった。
 そのまま走り去るのかと思ったがネズミは円を描くように走っている。
 遠くにも行かないが近くにも来ないまま回っている。

 となると公園から出ていかずに走り回っているのも、昨日の妖奇征討軍と同じく化かされていて外に逃げられないのだろう。
 これなら清められた矢でなくても数を打ち込めばなんとかなるはずだ。
 雪桜を守るためには絶対に逃がすわけにはいかないのだ。
 俺はネズミに向かって矢を放った。
 わずかにネズミかられた矢が途中で葉っぱに戻る。

「孝司、物は騙せないから」

 あっ、そうか……。

 ネズミや人間は幻覚を見せることで出入り出来ないようにまどわすことが可能だが物理法則に従う矢は通り抜けてしまうのだ。
 しかし夜から明け方に掛けての人気ひとけのない頃ならともかく、この時間帯はどちらに向けて撃っても人に当たる可能性がある。

 確実に当てられるか分からない矢を無駄撃ちするわけにはいかないのか……。
 当てられれば矢はネズミの身体で止まるから問題ないが……。

 円をえがいているとは言っても高樹が攻撃しているから一定の速度で同じ軌道を回っているわけではない。
 止まったり反転したりするからここに来るだろうという予想を元に何もない空間に向けて撃つことが出来ないのだ。

 高樹がネズミに斬り掛かる。
 ネズミは身体を傾けてけると高樹に飛び掛かる。
 高樹がたいを開いてかわすと目の前を通り過ぎたネズミに斬り付ける。
 ネズミが身体を反転させてける。
 振り下ろした切っ先からネズミの身体がズレているからダメージを受けなかった。

 届かなくても切っ先の向かいにいたら無傷では済まないと学習してしまったようだ。
 ネズミは巨体の割りに素早い上に跳躍力もあった。

 高樹がネズミをけるために後退しようとして背後の木に羽を引っ掛けてしまった。
 思わず振り返って動きの止まった高樹にネズミの牙が迫る。
 俺は急いでネズミに矢を放った。

「高樹! 下へ!」
 俺の声を聞いたネズミが振り返り、矢に気付いて身体をひねった。
 ネズミの横を矢が掠めて飛んでいく。

 今、ネズミの反応が遅れた?

 ネズミが俺を振り返って牙をく。
 俺の方に向かってこようとしたネズミの背後から高樹が斬り付ける。
 ネズミは横に飛ぶと高樹と俺の両方が正面に見えるように身体を向けた。

 やっぱり……。

 右目が濁っている。
 猫又に引っ掻かれた右目が見えないのだ。
 俺は残っている矢を手に取った。
 弓に矢をつがえると構える。

「高樹! 役所へ!」
 俺の声に高樹が繊月丸を振る。
 ネズミが右に飛び退く。
 高樹が更に踏み込んで右へ右へと追い込んでいく。
 新宿区役所の出張所の事だと気付いてくれたようだ。

 高樹が二の太刀、三の太刀と続けざまに斬り付けていくがネズミは素早かった。
 流石さすが猫又ネコが負けるだけはある。

 ネズミも負けずに高樹に牙と爪で反撃していた。
 高樹もネズミの攻撃を避けながら斬り付ける。
 ネズミが高樹に飛び掛かった瞬間、俺は背後から矢を放った。
 高樹に伸ばした右前脚を矢が貫く。
 ネズミは死角から飛んできた矢に気付かずけられなかったのだ。

 怒って俺を振り返ったネズミに隙が生まれた。
 その瞬間、高樹が繊月丸を振り下ろした。
 ネズミの胴が真っ二つになる。
 絶叫を上げたネズミの死体が地面に転がった。
 繊月丸の刃渡りは一メートル程度のはずなのに体長二メートル以上のネズミが完全に両断されていた。

 うっ……グロい……。

 俺は目をらした。
 秀と高樹も嫌そうな顔で顔を背けている。

「雪桜、見えないよな?」
「うん」
「祖母ちゃん、あのネズミの死体、見えるようにならないよな」
 あんなものが突然現れたら大騒ぎになる。
「大丈夫よ」
「で、出来れば俺達を化かして見えないようにしてくれ」
「別にモツの……」
「祖母ちゃん! 食えなくなるだろ!」
 俺がそう言うと祖母ちゃんは肩を竦めた。
 高樹がネズミを見ないようにしながらこちらに歩いてきた。

「早く店に行こうよ」
 秀が急かすように言った。
 それにいなはない。
 俺達は逃げるようにその場を離れた。

終章

五月三十日 土曜日

 雪桜と俺は雨の中を二人で歩いていた。

 とうとう雪桜を――雪桜だけを――誘い出すのに成功した!

 ――と言いたいところだが単に今日は秀も高樹も用があって出掛けているだけだ。

 それでも二人だけには違いない。
 今日こそ告白するつもりだ。

 学校では相変わらず自主制作映画の真似事を続けている。
 校内に化生が出る事はあまりないが。

 秀と祖母ちゃんは上手くいってる。
 高樹はひっきりなしに鳴るスマホと女子達からの報告に頭を抱えている。

 ミケは相変わらず生意気な口をいているが、もう外に行くことはなくなった。
 本名は分かったが本人――〝人〟ではないが――の意思を尊重して俺達は『ミケ』と呼んでいる。
 あの名前は小早川とミケだけのものだ。

 狸も元気になって道で会うと会釈をしてくる。

「今日も伊藤君、来てるんだ」
 雨音に負けないように大きめの声で雪桜が言った。
「ああ」
 拓真はあの一件以来、今まで以上に頻繁にうちに遊びに来るようになった。
 ミケにいろいろな話をしているが、学校での出来事が多いと言うことは小早川にも聞かせているつもりのようだ。

 俺は今、小早川が四十九日に成仏してしまったことを拓真に伝えるべきか迷っている。
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