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第二章
第二章 第三話
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教室へ戻ると伊藤が躊躇いがちに話し掛けてきた。
「大森君、ちょっといい?」
「なんだ?」
「大森君ちの猫、見せて欲しいんだ」
「いいよ」
「じゃあ、今日、大森君ちに行ってもいい?」
「あ、悪ぃ、今日は約束があるんだ。明日でいいか?」
「うん、有難う」
伊藤はほっとしたような表情を見せると自分の席に戻っていった。
放課後、高樹と秀、雪桜、俺の四人で連れ立って帰途に就いた。
新宿中央公園で綾と落ち合う。
高樹を見た綾が驚く。
「朔夜!……じゃないわね。朔夜の息子ね。じゃあ、あんたが望ね」
「ぼう? 朔夜とかって言ってるってことは朔望月の望か?」
「そう」
「オレは『ぼう』じゃなくて『のぞむ』だ」
「そ」
綾がどっちでもいいと言いたげな表情で肩を竦めた。
「朔夜ってのがあんたの知り合いなら人間じゃないよな」
「そうよ。神奈川の……なんて言ったかしら」
綾は考え込むように首を傾げた。
しばらくしてから、
「山の天狗の長よ」
と言った。
山の名前、思い出せなかったんだな……。
「神奈川に天狗がいるの!?」
秀がびっくりした様子で声を上げる。
と言うか、俺も驚いた。
だよな……。
神奈川って言ったら首都圏だもんな……。
そんな人の多そうなところに天狗がいるなんて思わなかったから俺もびっくりした。
もっとも、綾は〝山〟と言っていたが。
神奈川だって山の中まで都会というわけではないだろう。
「東京にだっているわよ」
綾が言った。
東京って言うと高尾山辺りか?
東京にいるなら神奈川にいても不思議はない。
そう言えば箱根は神奈川か。
「埼玉にだっているし」
綾が言った。
埼玉は奥秩父があるからいても不思議はない。
「じゃあ、オレは天狗なのか?」
「半分だけね」
「本当なのか?」
高樹が念を押すように訊ねた。
「本当よ」
「…………」
高樹は動揺したようだ。
それはそうだろう。
いきなり人間ではないと言われたら誰だってそうなる。
俺の場合、綾の孫だというのが半信半疑だというのもあって、あまり衝撃は受けなかったが……。
まぁ、俺は四分の一だけと言うのもある。
綾の言うことが本当だとしてだが。
「元気出せよ。半分は人間なんだ」
九オンス入りの水差しってヤツだな。
四・五オンス入ってる九オンス入りの水差しを半分しかない、と思うか、半分もあると思うか、で悲観主義か楽観主義か分かるというアレだ。
「半分化生だって言っても今まで普通に生活してきたんでしょ」
秀が言った。
「それはそうだが」
「特に怪力とかで困ってるとか言うわけじゃないならいいじゃないか」
俺は高樹の肩を叩いた。
「力は普通より強いみたいだが」
「それで何か困ったことがあったか?」
「いや、特に。喧嘩するときは気を付けないと大ケガさせるから手加減が必要だが」
見た目が不良っぽいと思ってたが殴り合いの喧嘩をすることがあるのか……。
こいつは怒らせないようにしよう。
「あとはウェイトリフティングに誘われたことがあったな」
「どっちにしろ特に困ってはいないんだろ」
「まぁな」
「なら今まで通り人間だと思っていればいいじゃないか。ていうか、人間だろ」
半分は。
俺は口に出さずに付け加えた。
「それはそうだが」
高樹は納得いかない顔をしていた。
「内藤も見えるんだよな。内藤も化生の子孫なのか?」
「そうよ。先祖の中の誰かにいるのよ」
綾が言った。
「血が薄くなりすぎて誰の子孫なのかは分からないんだけど」
「で、大森が狐の孫か」
「そうだ」
まだ完全に信じていたわけではないのだが、半分化生と言うことに衝撃を受けている高樹の前で否定するのも可哀想だろう。
「あ、そうだ、明日は友達を連れて帰るから、もし会った時は普通の人間っぽく振る舞ってくれよ」
俺は綾に言った。
「普通の人間っぽくね」
綾が皮肉っぽい口調で言った。
俺の祖母ちゃんだというのが本当なら、半世紀以上も人間として暮らしていたのに誰にもバレなかったからだろう。
「とりあえず、帰ろうか」
俺は誰にともなく声を掛けた。
俺達は十二社通りを北上していつものファーストフード店の近くに来た。
「どうする? 寄ってくか?」
「高樹君、どうする?」
秀が訊ねた。
「寄っていきましょうよ」
雪桜が誘う。
「そうだな。まだ話を聞きたいし」
と言うことで寄っていくことになった。
それぞれ飲み物を買って席に着く。
「母さんは親父が天狗だなんて言ってなかったけどな」
「普通の人間だって言われてたのか?」
「いや、父親は分からないって。ある日気付いたら妊娠してて親から勘当されたって言ってた」
「マジ!? それ……」
ヤバくね? と言い掛けて慌てて口を噤んだ。
マズった、と思ったが、高樹は気にしてないらしく、
「オレもそう思ってた」
と言った。
身に覚えがあったならともかく、記憶がなかったのなら青天の霹靂だろう。
しかもそれが理由で親から勘当されたとなると母親は相当苦労したに違いない。
というか高樹はまだ未成年なのだから今もかなり大変なのではないだろうか。
「朔夜は人間、つまりあんたの母親との付き合いを一族に反対されて、あんたの母親の記憶を消した。けど、その時にはもう身ごもってたのよ」
一族に反対されて別れたため、朔夜は高樹や高樹の母親とは関わることが出来なかったらしい。
それはそれで高樹を出産した後、高樹を引き取った上で母親の記憶を消した方が良かったのではないかと思うのだが。
若い女性が子供の父親からも、自分の親からも助けを受けられずに一人で子供を育てるのは容易ではないだろうに。
高樹の母と朔夜との関わりがなくなってしまったから綾も朔夜が息子に望という名前を付けたという事しか知らなかったらしい。
記憶を消されたのにどうして朔夜が望んだ『望』という名前を付けることが出来たのかは知らないそうだ。
「…………」
高樹は複雑な表情でコーヒーを飲んでいた。
家に帰ると、また俺の部屋の本棚の上にミケがいた。
「お前、またそこにいるのか。そのうち捨てるからな」
『出来るもんならやってみなさいよ』
「見てろよ」
明日、伊藤にミケを見せなければならないから今日は捨てにいけないが、その後、絶対捨てにいってやる。
「孝司! 着替えたら降りてきなさい! 夕食よ!」
階下から母さんの声がした。
ミケが先に部屋を出て台所に向かう。
俺は着替えると階下に降りた。
「大森君、ちょっといい?」
「なんだ?」
「大森君ちの猫、見せて欲しいんだ」
「いいよ」
「じゃあ、今日、大森君ちに行ってもいい?」
「あ、悪ぃ、今日は約束があるんだ。明日でいいか?」
「うん、有難う」
伊藤はほっとしたような表情を見せると自分の席に戻っていった。
放課後、高樹と秀、雪桜、俺の四人で連れ立って帰途に就いた。
新宿中央公園で綾と落ち合う。
高樹を見た綾が驚く。
「朔夜!……じゃないわね。朔夜の息子ね。じゃあ、あんたが望ね」
「ぼう? 朔夜とかって言ってるってことは朔望月の望か?」
「そう」
「オレは『ぼう』じゃなくて『のぞむ』だ」
「そ」
綾がどっちでもいいと言いたげな表情で肩を竦めた。
「朔夜ってのがあんたの知り合いなら人間じゃないよな」
「そうよ。神奈川の……なんて言ったかしら」
綾は考え込むように首を傾げた。
しばらくしてから、
「山の天狗の長よ」
と言った。
山の名前、思い出せなかったんだな……。
「神奈川に天狗がいるの!?」
秀がびっくりした様子で声を上げる。
と言うか、俺も驚いた。
だよな……。
神奈川って言ったら首都圏だもんな……。
そんな人の多そうなところに天狗がいるなんて思わなかったから俺もびっくりした。
もっとも、綾は〝山〟と言っていたが。
神奈川だって山の中まで都会というわけではないだろう。
「東京にだっているわよ」
綾が言った。
東京って言うと高尾山辺りか?
東京にいるなら神奈川にいても不思議はない。
そう言えば箱根は神奈川か。
「埼玉にだっているし」
綾が言った。
埼玉は奥秩父があるからいても不思議はない。
「じゃあ、オレは天狗なのか?」
「半分だけね」
「本当なのか?」
高樹が念を押すように訊ねた。
「本当よ」
「…………」
高樹は動揺したようだ。
それはそうだろう。
いきなり人間ではないと言われたら誰だってそうなる。
俺の場合、綾の孫だというのが半信半疑だというのもあって、あまり衝撃は受けなかったが……。
まぁ、俺は四分の一だけと言うのもある。
綾の言うことが本当だとしてだが。
「元気出せよ。半分は人間なんだ」
九オンス入りの水差しってヤツだな。
四・五オンス入ってる九オンス入りの水差しを半分しかない、と思うか、半分もあると思うか、で悲観主義か楽観主義か分かるというアレだ。
「半分化生だって言っても今まで普通に生活してきたんでしょ」
秀が言った。
「それはそうだが」
「特に怪力とかで困ってるとか言うわけじゃないならいいじゃないか」
俺は高樹の肩を叩いた。
「力は普通より強いみたいだが」
「それで何か困ったことがあったか?」
「いや、特に。喧嘩するときは気を付けないと大ケガさせるから手加減が必要だが」
見た目が不良っぽいと思ってたが殴り合いの喧嘩をすることがあるのか……。
こいつは怒らせないようにしよう。
「あとはウェイトリフティングに誘われたことがあったな」
「どっちにしろ特に困ってはいないんだろ」
「まぁな」
「なら今まで通り人間だと思っていればいいじゃないか。ていうか、人間だろ」
半分は。
俺は口に出さずに付け加えた。
「それはそうだが」
高樹は納得いかない顔をしていた。
「内藤も見えるんだよな。内藤も化生の子孫なのか?」
「そうよ。先祖の中の誰かにいるのよ」
綾が言った。
「血が薄くなりすぎて誰の子孫なのかは分からないんだけど」
「で、大森が狐の孫か」
「そうだ」
まだ完全に信じていたわけではないのだが、半分化生と言うことに衝撃を受けている高樹の前で否定するのも可哀想だろう。
「あ、そうだ、明日は友達を連れて帰るから、もし会った時は普通の人間っぽく振る舞ってくれよ」
俺は綾に言った。
「普通の人間っぽくね」
綾が皮肉っぽい口調で言った。
俺の祖母ちゃんだというのが本当なら、半世紀以上も人間として暮らしていたのに誰にもバレなかったからだろう。
「とりあえず、帰ろうか」
俺は誰にともなく声を掛けた。
俺達は十二社通りを北上していつものファーストフード店の近くに来た。
「どうする? 寄ってくか?」
「高樹君、どうする?」
秀が訊ねた。
「寄っていきましょうよ」
雪桜が誘う。
「そうだな。まだ話を聞きたいし」
と言うことで寄っていくことになった。
それぞれ飲み物を買って席に着く。
「母さんは親父が天狗だなんて言ってなかったけどな」
「普通の人間だって言われてたのか?」
「いや、父親は分からないって。ある日気付いたら妊娠してて親から勘当されたって言ってた」
「マジ!? それ……」
ヤバくね? と言い掛けて慌てて口を噤んだ。
マズった、と思ったが、高樹は気にしてないらしく、
「オレもそう思ってた」
と言った。
身に覚えがあったならともかく、記憶がなかったのなら青天の霹靂だろう。
しかもそれが理由で親から勘当されたとなると母親は相当苦労したに違いない。
というか高樹はまだ未成年なのだから今もかなり大変なのではないだろうか。
「朔夜は人間、つまりあんたの母親との付き合いを一族に反対されて、あんたの母親の記憶を消した。けど、その時にはもう身ごもってたのよ」
一族に反対されて別れたため、朔夜は高樹や高樹の母親とは関わることが出来なかったらしい。
それはそれで高樹を出産した後、高樹を引き取った上で母親の記憶を消した方が良かったのではないかと思うのだが。
若い女性が子供の父親からも、自分の親からも助けを受けられずに一人で子供を育てるのは容易ではないだろうに。
高樹の母と朔夜との関わりがなくなってしまったから綾も朔夜が息子に望という名前を付けたという事しか知らなかったらしい。
記憶を消されたのにどうして朔夜が望んだ『望』という名前を付けることが出来たのかは知らないそうだ。
「…………」
高樹は複雑な表情でコーヒーを飲んでいた。
家に帰ると、また俺の部屋の本棚の上にミケがいた。
「お前、またそこにいるのか。そのうち捨てるからな」
『出来るもんならやってみなさいよ』
「見てろよ」
明日、伊藤にミケを見せなければならないから今日は捨てにいけないが、その後、絶対捨てにいってやる。
「孝司! 着替えたら降りてきなさい! 夕食よ!」
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