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第一章
第一章 第四話
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「ちょっと待てよ! あいつを放っとくのか!?」
「そうよ」
「このままじゃ、人間を喰い続けるんだろ」
「だから? 人間だって牛や鳥を食べるでしょ」
「人間は動物とは違う」
「違わないわ。同じよ」
「じゃあ菜食主義になれって言うのか?」
「そうじゃないわよ。ただ、人間が動物を食べるように、化生も人間を食べるって言うだけ」
「人間を喰う化生を放っとくなんて冗談じゃない! あいつをどうにかしないと!」
俺は言い張った。
あいつをどうにかするまでは意地でも動かないつもりだ。
「しょうがないわね」
綾は溜息を吐くと、もう一度樹の上に飛び乗った。
二階の高さくらいある樹の枝に、ひとっ飛びで飛び乗れるのだから普通の人間ではないのは確かだ。
「すごぉい」
雪桜は綾を見上げながら言った。
「なんだ、雨月」
化生が綾に訊ねる。
「悪いけど河岸変えてくれない?」
「何故?」
「孫がうるさいのよ。見えない場所でやって」
「どうして儂がおぬしの言うことを聞かねばならない」
「私とここでやり合いたい?」
「儂に勝てると思うてか」
「相打ちくらいにはなると思うわよ」
人喰いの化生は綾とやり合ったときの勝率を計算しているのだろう。
しばらく黙り込んでいた。
「……いいだろう」
ようやく化生が言った。
「今なら上野公園に花見客が沢山いるはずよ」
「うむ」
化生はそう言うと消えた。
綾が地上に降りてくる。
「あいつは他所へ行っただけなんだろ」
「そうよ」
「それじゃあ、場所が変わっただけじゃないか」
「これ以上はどうしようもないわよ」
「どうする気もないって事か」
「そう言うことになるわね」
綾があっさり認める。
悔しい……。
人間を喰う化生が野放しになっている。
俺はそれを知っている。
だがどうにも出来ない。
化生は姿を消してしまったし、たとえこの場にいたとしても俺に倒せるだけの力はない。
孫だというのが本当なら、俺が化生に飛びかかっていけば加勢してくれたかもしれない。
だが、それはそれで人の力を当てにしているという事で、自分の力ではない。
もっとも、化生は樹の上にいたから簡単には飛び掛かれなかっただろうが。
俺は自分の無力さに歯噛みする思いだった。
力がないのが悔しい。
ついさっき罪もない人が喰われるのを見たばかりなのに。
「孝司、いつまでもここにいても仕方ないよ」
「帰りましょう」
秀と雪桜に促されて俺は歩き出した。
少し歩いたところで悲鳴が聞こえた。
人ならざる者の叫び声だ。
「なんだ!?」
「なんの悲鳴?」
俺と秀は同時に辺りを見回した。
「悲鳴?」
聞こえない雪桜が首を傾げた。
辺りを見回すと大学生ぐらいの男が二人、小さな化生に何かをしている。
化生はタヌキのような見た目をしていた。
男達は僧侶のような服装だ。
黒い着物に白い袈裟を掛けている。
「あの人達、何してるの?」
雪桜が誰にともなく訊ねた。
「妖奇征討軍とか称してる連中よ」
綾が馬鹿にしたように言った。
「妖奇征討軍? なんだそりゃ」
「ああやって化生を退治して回ってる退治屋よ。三流のね」
「なんだ、そんな奴らがいたならさっきの化生もあいつらが……」
「三流って言ったでしょ。さっきの化生はあいつらには見えないの。だから退治も出来ないのよ」
「見えないって……あの化生は見えてるじゃないか」
「化生によって姿を消す能力の強さが違うのよ。弱い化生ほど姿を消す能力も弱いから」
「へぇ、そう言うものなんだ」
雪桜が感心したように言った。
「あの化生は人間を喰ったり危害を加えたりするのか?」
「ただの狸よ。なんの力もないから、したくても出来ないわね。人間に化けることさえ出来ないから、ああやって見付かって追い掛け回されてるわけだし」
「それじゃあ、弱いものいじめじゃないか」
「そう言うことになるわね」
綾が言い終える前に俺は妖奇征討軍の前に飛び出した。
「やめろ!」
「なんだお前は!」
驚いた二人の手が止まる。
「早く逃げろ!」
俺がそう言うと狸は一目散に逃げていった。
「何するんだ!」
「あいつが見えるって事はお前も妖怪か!」
「俺は人間だ。お前らだって見えてるじゃないか。お前らは人間じゃないのか」
「うっ……」
妖奇征討軍は言葉に詰まった。
「弱い者いじめはやめろ! やるなら人を喰ってる化物を退治しろ!」
「そんな化生、ここにはいない!」
「いや、いる。そこにそいつが喰った人達の骨が山積みになってる」
そう言ってしゃれこうべの山を指す。
妖奇征討軍が指の先に目を凝らした。
「お前達にはあれが見えないのか?」
俺は馬鹿にしたように言った。
「なんだと!」
「人喰いの化物は上野に行った。上野公園だ。妖退治屋を名乗るなら人を喰う化物を退治してみろ。見えないんじゃ無理だろうがな」
「なんだと!」
「やってやろうじゃないか!」
「見てろよ!」
俺が挑発すると妖奇征討軍はあっさり乗ってきた。
二人は新宿駅の方へと向かっていった。
あいつらがあの人喰いを退治してくれれば俺の罪の意識もなくなるだろう。
奴らが喰われてしまったら罪悪感は二倍になるだろうが。
「こーちゃん、頭いいね」
雪桜が感心したように言った。
俺達は連れだって十二社通りを北上した。
途中にあるファーストフード店に入ると、それぞれ飲み物を買って席に着いた。
「綾さんはホントに孝司のお祖母さんだよ」
「どうして」
秀が言うには、綾と始めて出会ったのは俺の祖母ちゃんが失踪してしばらくしてからだという。
「あのな。祖母ちゃんが失踪した後に出会ったヤツなんて山程いるだろ」
祖母ちゃんが居なくなったのは小学校に上がる少し前だ。
「小学校に入った後に知り合ったヤツは皆当てはまるじゃないか。大体俺の祖母ちゃんは武蔵野綾なんて名前じゃないぞ」
俺はフライドポテトを食べながら言った。
「そうだね。お祖母さんの名前は確か……」
雪桜は考え込んだ。
「大森ミネ」
俺が答えてやる。
「そうそう」
「武蔵野綾って言う名前は僕が付けたんだよ。今は名前がないって言うから」
「どうして?」
雪桜が無邪気に訊ねた。
「私はもう大森の家を出たから、大森ミネは名乗れないでしょ」
綾が言った。
「そうよ」
「このままじゃ、人間を喰い続けるんだろ」
「だから? 人間だって牛や鳥を食べるでしょ」
「人間は動物とは違う」
「違わないわ。同じよ」
「じゃあ菜食主義になれって言うのか?」
「そうじゃないわよ。ただ、人間が動物を食べるように、化生も人間を食べるって言うだけ」
「人間を喰う化生を放っとくなんて冗談じゃない! あいつをどうにかしないと!」
俺は言い張った。
あいつをどうにかするまでは意地でも動かないつもりだ。
「しょうがないわね」
綾は溜息を吐くと、もう一度樹の上に飛び乗った。
二階の高さくらいある樹の枝に、ひとっ飛びで飛び乗れるのだから普通の人間ではないのは確かだ。
「すごぉい」
雪桜は綾を見上げながら言った。
「なんだ、雨月」
化生が綾に訊ねる。
「悪いけど河岸変えてくれない?」
「何故?」
「孫がうるさいのよ。見えない場所でやって」
「どうして儂がおぬしの言うことを聞かねばならない」
「私とここでやり合いたい?」
「儂に勝てると思うてか」
「相打ちくらいにはなると思うわよ」
人喰いの化生は綾とやり合ったときの勝率を計算しているのだろう。
しばらく黙り込んでいた。
「……いいだろう」
ようやく化生が言った。
「今なら上野公園に花見客が沢山いるはずよ」
「うむ」
化生はそう言うと消えた。
綾が地上に降りてくる。
「あいつは他所へ行っただけなんだろ」
「そうよ」
「それじゃあ、場所が変わっただけじゃないか」
「これ以上はどうしようもないわよ」
「どうする気もないって事か」
「そう言うことになるわね」
綾があっさり認める。
悔しい……。
人間を喰う化生が野放しになっている。
俺はそれを知っている。
だがどうにも出来ない。
化生は姿を消してしまったし、たとえこの場にいたとしても俺に倒せるだけの力はない。
孫だというのが本当なら、俺が化生に飛びかかっていけば加勢してくれたかもしれない。
だが、それはそれで人の力を当てにしているという事で、自分の力ではない。
もっとも、化生は樹の上にいたから簡単には飛び掛かれなかっただろうが。
俺は自分の無力さに歯噛みする思いだった。
力がないのが悔しい。
ついさっき罪もない人が喰われるのを見たばかりなのに。
「孝司、いつまでもここにいても仕方ないよ」
「帰りましょう」
秀と雪桜に促されて俺は歩き出した。
少し歩いたところで悲鳴が聞こえた。
人ならざる者の叫び声だ。
「なんだ!?」
「なんの悲鳴?」
俺と秀は同時に辺りを見回した。
「悲鳴?」
聞こえない雪桜が首を傾げた。
辺りを見回すと大学生ぐらいの男が二人、小さな化生に何かをしている。
化生はタヌキのような見た目をしていた。
男達は僧侶のような服装だ。
黒い着物に白い袈裟を掛けている。
「あの人達、何してるの?」
雪桜が誰にともなく訊ねた。
「妖奇征討軍とか称してる連中よ」
綾が馬鹿にしたように言った。
「妖奇征討軍? なんだそりゃ」
「ああやって化生を退治して回ってる退治屋よ。三流のね」
「なんだ、そんな奴らがいたならさっきの化生もあいつらが……」
「三流って言ったでしょ。さっきの化生はあいつらには見えないの。だから退治も出来ないのよ」
「見えないって……あの化生は見えてるじゃないか」
「化生によって姿を消す能力の強さが違うのよ。弱い化生ほど姿を消す能力も弱いから」
「へぇ、そう言うものなんだ」
雪桜が感心したように言った。
「あの化生は人間を喰ったり危害を加えたりするのか?」
「ただの狸よ。なんの力もないから、したくても出来ないわね。人間に化けることさえ出来ないから、ああやって見付かって追い掛け回されてるわけだし」
「それじゃあ、弱いものいじめじゃないか」
「そう言うことになるわね」
綾が言い終える前に俺は妖奇征討軍の前に飛び出した。
「やめろ!」
「なんだお前は!」
驚いた二人の手が止まる。
「早く逃げろ!」
俺がそう言うと狸は一目散に逃げていった。
「何するんだ!」
「あいつが見えるって事はお前も妖怪か!」
「俺は人間だ。お前らだって見えてるじゃないか。お前らは人間じゃないのか」
「うっ……」
妖奇征討軍は言葉に詰まった。
「弱い者いじめはやめろ! やるなら人を喰ってる化物を退治しろ!」
「そんな化生、ここにはいない!」
「いや、いる。そこにそいつが喰った人達の骨が山積みになってる」
そう言ってしゃれこうべの山を指す。
妖奇征討軍が指の先に目を凝らした。
「お前達にはあれが見えないのか?」
俺は馬鹿にしたように言った。
「なんだと!」
「人喰いの化物は上野に行った。上野公園だ。妖退治屋を名乗るなら人を喰う化物を退治してみろ。見えないんじゃ無理だろうがな」
「なんだと!」
「やってやろうじゃないか!」
「見てろよ!」
俺が挑発すると妖奇征討軍はあっさり乗ってきた。
二人は新宿駅の方へと向かっていった。
あいつらがあの人喰いを退治してくれれば俺の罪の意識もなくなるだろう。
奴らが喰われてしまったら罪悪感は二倍になるだろうが。
「こーちゃん、頭いいね」
雪桜が感心したように言った。
俺達は連れだって十二社通りを北上した。
途中にあるファーストフード店に入ると、それぞれ飲み物を買って席に着いた。
「綾さんはホントに孝司のお祖母さんだよ」
「どうして」
秀が言うには、綾と始めて出会ったのは俺の祖母ちゃんが失踪してしばらくしてからだという。
「あのな。祖母ちゃんが失踪した後に出会ったヤツなんて山程いるだろ」
祖母ちゃんが居なくなったのは小学校に上がる少し前だ。
「小学校に入った後に知り合ったヤツは皆当てはまるじゃないか。大体俺の祖母ちゃんは武蔵野綾なんて名前じゃないぞ」
俺はフライドポテトを食べながら言った。
「そうだね。お祖母さんの名前は確か……」
雪桜は考え込んだ。
「大森ミネ」
俺が答えてやる。
「そうそう」
「武蔵野綾って言う名前は僕が付けたんだよ。今は名前がないって言うから」
「どうして?」
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