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第4話「セシルさんはフラグ建築士?」

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「さすがセシルさん、運が良いですね……」

 セシルさんは、御者台で涙目になりながら必死に馬を走らせているところだ。
 俺は荷台で後方に注意を向けている。

「嫌味言ってる場合じゃないわよ。
 徐々に距離を詰められているじゃない」

 かなり焦っている様子で、口調にも地が出ている。

 セシルさんの言うように、俺たちの馬車は盗賊らしき奴らに追いかけられている。
 街道を進んでいたところ、林の方から出現して今も絶賛追われているところだ。

 この距離だとまだ睡眠魔法は届かないしなあ。

「大丈夫ですよ、追いつかれたら俺が何とかしますから」

 近づかれたら眠らせれば良いだけだ。
 見た感じ弓矢を持っている奴はいなそうだしね。

 睡眠魔法の射程外から矢を射かけられるのだけが怖かった。その時は弓の射程に入る前に、森の中に逃げ込むしかなかった。

「無理よ! 五人もいるじゃない。
 Dランクの冒険者に倒せる相手じゃないわ」

「あ! 前方左からも四人出てきた。
 合わせて九人って結構な数の盗賊ですね」

 どうやらこちらを挟み撃ちにするために、あらかじめ逃げ道で待ち伏せしていたようだ。
 なかなかの策士ではないか……、まあ前からの奴らも弓矢を持ってないから良いんだけどね。

「終わったわ……。
 女商人セシルの野望は終わったわ。
 ネロ君はここで殺されて、私はあいつらに滅茶苦茶にされちゃうんだわ……。
 可哀想な私……」

 セシルさん、野望があったんだ……。
 そういえば俺が年下だと知られてからは”君”呼びになったなあ。
 その方が距離が近い感じがして良いわけだけど。

 ともかく、俺を勝手に殺されることにしないで欲しい。一応護衛だよ。

 それにしても、セシルさんは結構思い込みの激しい人なのかもしれない。
 ギルドでもすぐにドラゴン討伐者だということを信じたみたいだしさ。

 そんなんで、商人なんてやっていけるのかなと、セシルさんの将来がそこはかとなく心配になる俺だった。

 挟み撃ちされた上に、馬車では単騎駆けの速度に勝てず、結局追いつかれてしまった。

 しかし、馬って結構高いんじゃなかったっけ。維持費だけでも大変って聞いた気がするけど、何で盗賊が持ってるのさ。まあ、今はその事はどうでもいいか。

 何とかするからと、無理矢理セシルさんを説得して馬車を止めてもらった。
 セシルさんは、今にも泣きだしそうだ。

 セシルさんに大丈夫だよ、と言って馬車の前に立つ。
 九人の盗賊らしき男たちが馬車を取り囲む。

 全員が髪も髭も伸び放題で、むさいにも程がある。
 盗賊以外の職業を思いつかない程度に、こいつら盗賊している。

「一応聞きますけど、何の用ですか?」

 眠らせるにしても、情報大事。
 俺は腰の剣に手を添える。

「ちっ、手こずらせやがって。
 大人しく、荷物を置いていけ。
 あー、そっちの女は残ってもらおうか」

「逆らっても無駄だぞ、かしらは剣の達人だからな。
 それにこの人数、お坊ちゃんじゃあ逆らうだけ馬鹿だぞ」

「よく見るとそっちの女はイイ女じゃん、
 かしらのあとで俺にもくださいね」

「ギャハハハッ」

 勝手に盛り上がり始めた。
 盗賊って初めて見たけど、こんな感じなのか……。
 話が通じる気配が微塵もない。  

 セシルさんがビクッてなってるじゃないか。
 少しイラついてきた。

「あなたたちは、長いことずっと盗賊やってるんですか?」 

 一応聞いてみる。何か情報が手に入るかもしれないから、まだ下手したてに出る。

「ああ? 何を言ってるんだこのガキは? 
 まあそうだな、各地を回って美味しい思いをしているさ。」

 自己顕示欲を満たすためか、頭とやらの喋りは続く。

「最近この辺りじゃあな、盗賊団がいくつもまとまって大盗賊団になっててよ。
 俺たちを束ねる大頭おおがしらは本当にすげーぞ。
 あの人についていけばいつまでも美味しい思いができるってわけだ」

「違えねえ」

 頭の言葉にあいづちを打つ盗賊ども。

 そんなことになってるのかよ……。街の外は思っていた以上に物騒だな。
 ずっと街の中で暮らしていたから全然知らなかったよ。

「まあ、ここで死ぬお前には関係ない話だけどな」

 俺を生かしておくつもりはないようだ。顔を見られているし、当然のことだよな。

 さて……。

「お前らには、ここで眠ってもらおうか」

 宣言すると同時に睡眠魔法を放つ。

 ドラゴンの時は手を向けたけど、特にポーズは取らなくても魔法は発動する。

 どうしてドラゴンの時はポーズを取ったのかって?
 その方が“らしい”じゃん。ただでさえ睡眠魔法は地味なんだからさ。

「ううっ……」
「う……」

 バタバタと倒れる盗賊ども。

 セシルさんが、え?何したの?とキョロキョロしている。
 俺の睡眠魔法は対象を選べるから、セシルさんは眠らせないように対象から外している。

「てめぇ……、何しやがった」

 盗賊の頭だけなんとか耐えている。大した気力だろうか。

「睡眠魔法で眠ってもらっただけだ。
 次に目が覚めたら牢屋の中かもな」

 一応、斬りかかられたら対処できるように警戒しておく。

「ふざけるな……、
 俺は耐状態異常の腕輪をしているんだぞ」

 それでフラフラしながらも、耐えられているのか。
 俺の睡眠魔法は少し特殊らしいから、道具や魔法での抵抗レジストでは限界があるけどね。

 少し威力を上げれば、おやすみだ。

「残念だったな、お前はここでおやすみだ」

 睡眠魔法の威力を上げた。ドラゴンですら眠らせる程度に。

「くそっ……、体がいうこときかねえ、眠りに落ち……る」

 頭を振って耐えようとしているが、そんなことでは睡魔から逃れられないよ。

「お前が落ちるのは、地獄だよ」

 俺の言葉は目の前で倒れている盗賊の頭に聞こえていただろうか。まあどっちでもいいか。
 街に引き渡した場合、こいつらの行く末は処刑台か鉱山での強制労働だ。

「ネロ君、すごい! こいつらに何したの?」

 セシルさんが嬉しそうに声をかけてくる。

「睡眠魔法で眠らせただけですよ。
 なので、ロープでこいつらを縛るのを手伝ってもらえると助かります」

 あと、起こしちゃうから、あんまり大声出さないでくださいねと伝えると、無言でコクコクと首を振ってくれた。


◇◇◇


 セシルさんの話によると、盗賊討伐の報奨金は結構な金額が出るらしい。
 そのおかげか、引き渡すために一度街に戻ることに賛成してくれた。

 報奨金は半分ずつ山分けにしましょう、と提案したら、何もしてないのにそんなに受け取れないと言われてしまった。

 けど、“時は金なり”をモットーにする商人の貴重な時間を貰うことになるんだからと説得したら、無事受け取ってもらえることになった。

 少しだけセシルさんの扱い方が分かってきたかもしれない。

 縛った盗賊どもは奴らが乗ってきた馬にくくりつけて、元来た道を街まで戻った。
 馬は全部連れて戻るのは無理かなと思ったけど、盗賊をくくりつけていない馬も後ろからついてきてくれた。

 昔から動物に好かれやすいからそのおかげかなと思ったけど、馬同士の仲が良かっただけかもしれない。

 街に着く頃には日が暮れてきたので、今日は盗賊を衛兵に引き渡したあとは、それぞれが街に一泊して、明日の朝また再出発しようということになった。
 盗賊の報酬も明日の朝にならないと貰えないということだしね。

 昨日と違って、俺は宿屋のベッドに倒れこんだ瞬間に眠りについた。


◇◇◇


 昨日、進んだ道を再び進むセシルさんの馬車。

 俺は今日も荷台の上だ。俺はセシルさんが扱う行商用の商品に周りを囲まれている感じだ。商品はびっしりと積まれていて、横になることもできない状態になっている。

 ただ、昨日は荷台の左後方だったのに、今日は荷台の左前方になった。
 御者台に座るセシルさんの機嫌が最高に良く、近くにくるように言われたのだ。まあ、話し相手が欲しかったのだろう。
 
 なんでこんなに機嫌が良いかというと、昨日の盗賊が結構有名な奴だったらしく高額の報奨金がもらえたからだ。しかも奴らが乗っていた馬も買い取ってもらえ、それも結構な額になったのだ。

「ネロ君、君は最高だよ。
 私が行商で稼ぐのに三か月以上かかるお金を、今回の件で得ることができた。
 これでまた目標に近づいたよ。
 君のおかげだ、本当にありがとう」

 そういえば、セシルさんには何か野望があるんだっけ。
 昨日、ちょろっと睡眠魔法を使っただけで、ここまで感謝されるとくすぐったい気持ちになる。俺もしっかり半分貰ってるんだしさ。

 でも嬉しそうなセシルさんを見てると、こっちも嬉しくなるから万事オッケーだね。

 昨日の盗賊の件から、セシルさんは俺の力を少しは信頼してくれたらしく、今日は不安など何もないといった様子だ。

 今なんて、なんか歌まで歌っている。聞いたことない歌で、もしかしたら”セシルさん作”の歌なのかもしれない。

 気分良く歌っているセシルさんは、傍に俺がいることを忘れているかもしれない。

 セシルさんは今、「何でも来い、魔物でも盗賊でも何でも来い」というような感じの歌詞の歌をノリノリで歌っている。

 それが、いけなかったのかもしれない。

 その時、辺りが急に暗くなった。太陽が雲に隠れたかなと、空を見上げた俺は一瞬驚きで固まった。

 さすがセシルさん……、もっている・・・・・わ。

 セシルさんはきっと、あいつの言葉を借りると“フラグ建築士”なんだと思う。

「…………、……セシルさん」

「ん、どうしたの? ネロ君」

「セシルさんが歌で呼んでたから、来ちゃったみたいだよ」

 俺は空を指差して、ご機嫌なセシルさんに伝えた。

 ドラゴンが来ちゃったことを――――。
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