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第3話「ネロ、旅に出る」

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「ネロ、お前何をしたんだ?
 俺たちが知らないような魔法を使えたのか?」

 倒れて動かなくなったドラゴンを見て、安全になったと思ったのか、後方で怯えていた冒険者の何人かが近づいてきた。
 ちなみに声をかけてきたのは参謀眼鏡だ。 
 
「だから睡眠魔法だって。
 ほら、寝息を立てているだろ」

 隠すことでもないので、ドラゴンを指差しながら答える。

「そんなことあるはず……、
 いや、寝ているのは本当のようだな」

 参謀眼鏡がドラゴンを観察している。

「おい、ドラゴンの討伐って言ったら、
 一生遊んで暮らせる金が手に入るんじゃねえの」

「ああ、ドラゴンの素材は高値で取り引きされるからな」

 近づいてきた冒険者が何もしなかったくせに、ニヤニヤと皮算用を始めた。

「討伐って……。
 今は寝てるだけだから一撃でとどめを刺せなかったら、
 ドラゴンが起きて殺されるよ。
 ドラゴンの皮って硬いだろうなあ。
 果たして一撃で倒せる人はいるのかなあ」

 冒険者たちが何も考えずに行動してドラゴンを起こしそうな気がしたから、釘を刺しておく。
 何もしていないくせに、美味しいところだけ持っていこうという考えにイラついたのもある。

「…………」

「…………」

 皆は押し黙る。
 ドラゴンの恐ろしさは体験したばかりということもあり、効果てきめんだったようだ。

「とりあえず、ドラゴンを起こさないようにさっさとミリアムの街に帰りましょう。
 ほら、ドラゴンが寝てる間ならその脇を通れば向こうに抜けられるからさ」

 今日はもう帰りたい俺は、すぐに帰ることを提案する。

 早く帰って、宿屋のベッドで眠りたい。

 それにしても、このドラゴンは気持ち良さそうに寝ているな。
 ふと、ドラゴンも夢とか見るのかなと思った。

 案外、食い意地がはってたりとかして、夢の中でもたらふく食べているのかもしれないな。
 ほら、大きな口からよだれっぽいものが垂れてるし。

 そんなことを思ったら、なんだかドラゴンが少し可愛らしく見えてくるから不思議だ。

 結局、特に反対する者もなく皆帰路についた。助かった安心感からか、帰り道はドラゴンの話で盛り上がっていた。

 お前ら……、ゴブリンの討伐依頼失敗なんだぞ。
 クエスト失敗の違約金を考えると憂鬱なのにさ。

 まあ気持ちは少し分かるけどさ。

 ドラゴンって言ったら、冒険者の憧れだもんね。

 俺もいろんな物語を読んだけど、ドラゴンはよく出てくるからね。

 時には英雄の敵として、時には英雄を乗せる相棒として。


◇◇◇


 ドラゴンが出たことを、パーティーリーダーが街の冒険者ギルドに報告したところ、なぜかドラゴンの“撃退”としてパーティーみんなに報酬が出ることになった。

 一応ドラゴンが出たことの確認はギルド側もおこなったらしいけど、あれは“撃退”と言えるのだろうか。
 被害を防いでドラゴンを森に返したという、これでもかと言うほど広い意味なら“撃退”と言えなくもないけど、こじつけ感が半端ない。

 一般的なドラゴンの撃退報酬に比べて報酬が少なかったようだし、どうやら冒険者ギルドはドラゴンが撃退できる冒険者が、この街の冒険者ギルドに所属していることを宣伝したかったみたいだ。
 あの場にいた三パーティーのメンバー皆がドラゴンの撃退者みたいな扱いになっていた。

 駆け出しの冒険者ばかりだったから、見る人が見たらすぐにおかしいことに気づくだろうけど、対外的にはある程度の効果があるのかもね。

 まあ、クエスト失敗の違約金を超える報酬はありがたかったけどさ。

 俺は以前からこの街を出て王都に行きたいと思っていた。ちょうど良い機会だから数日後、王都に向けて出発しようと思う。

 この前、十六歳になって、この国では成人とされる歳になったしね。

 身寄りがない俺は、気楽な気持ちで上京の決意をしたのだった。
 恋人? そんなものは、いたことないし、今までできる気配すらなかったよ。
 だから、旅支度はとても簡単だったよ。
 
 出発前日の夜は、上京することで気持ちが高ぶっていたためか、いつもより寝付くのに時間がかかった。

 そろそろ自分に睡眠魔法使おうかなと思ってたところで、俺は眠りに落ちていった――――。


◇◇◇


「ネロさん、そろそろ休憩にしましょうか」

「そうですね。今のところ順調ですし、ここは地形も良いし一休みしましょう」

 俺に話しかけてきたのは女行商人のセシルさん。俺が住んでいたミリアムの街に行商に来て、今は王都に帰るところとのこと。歳は俺より少し上だと思う。

 馬一頭に荷台を引かせる行商用の馬車、セシルさんが操縦する馬車の荷台部分が俺の定位置だ。

 王都に行きたかった俺はセシルさんの護衛依頼を受けることにした。依
 頼の報酬を貰えて王都にも行けて一石二鳥というわけだ。
 セシルさんは駆け出しの行商人らしく、必死に頑張っている感じがとても可愛らしい。

 今は街を出て数時間ほど進んだところだ。王都までは馬車で三週間くらいかかるから、まだまだ先は長い。

 ここは丘になっていて、見晴らしが良いため、魔物や盗賊の襲撃に備えやすく休憩場所に向いている。
 馬は休ませずに走り続けると怪我をすることが多いため、休める時には休ませた方が良いのだ。

 馬を休ませ、俺達も食事を取る。

 干し肉が固すぎる……。
 森が近くにあったら現地調達させて欲しいなと思っているとセシルさんが話しかけてきた。

「いやあ、今回は格安で優秀な冒険者を護衛に雇えてラッキーだったわ」

 これで王都まで帰れれば今回は結構な利益になるよと、セシルさんは嬉しそうに語る。

 俺の方がラッキーですよ。

 依頼を兼ねての旅ができて、その旅も美少女と二人きりなんだからさ。

 少し歳が上のお姉さま、ああ……膝まくらしてくれないかな。
 きっと素晴らしい昼寝ができるに違いない。

「優秀なんて……、
 俺なんてまだまだ駆け出しですよ。
 最近十六歳になったばかりですし」

 謙遜ではなく本当のことだ。
 冒険者になって半年くらいだからね。やってることも雑用ばかりだし。

「またまたー、ネロさんは冗談が上手いですね。
 駆け出しの冒険者がドラゴンを撃退できるわけないじゃないですか。
 童顔に見られるからってそんな冗談を」

 セシルさんは俺が十六歳というのは冗談だと思ったようだ。童顔を使った冗談だと。
 それよりも今、ドラゴンの話が出たよね? 先日の出来事が思い出される。

「いえいえ、本当のことですよ。
 冒険者ランクだってDランクですし。
 それにドラゴンを撃退したというのだって、
 俺はあれを撃退とは思ってないですよ」

 あれは決して撃退とは言わないと思う。

 少なくとも、俺は他人が同じことをしても撃退とは認めない。

 ドラゴンスレイヤーとは遥かに高みの存在で、それと同等に語るのはおこがましいだろう。

 笑いあっていた二人だが、俺の言葉を聞いたセシルさんの表情がピシリと硬直する。

「え? えっ??
 私は冒険者ギルドから、ドラゴンを撃退した冒険者を一人護衛につけると聞いたんだけど……。
 それに今Dって? 
 Dランクって、初心者冒険者に毛が生えたくらいのランクだよね?」

 あー、これはもしかしてギルドがやっちまったんじゃないのか……。

 俺はそんな話は全く聞いていない。今回の護衛の報酬もいつも通りだったし、そんな紹介をされていたとは思ってもいなかった。
 どうやらセシルさんは、ドラゴンを撃退できるほどの腕利きを格安で雇えたと思って喜んでいたようだ。

 冒険者ランクは一番下がEランクで、Dランクはその上だけど、まだまだ駆け出しと言われるランクだ。

 冒険者ギルドのやり手・・・受付嬢に「ちょうど王都に行く冒険者がいて、ついでの依頼だから格安ですよー」とか言われたのかもしれない。

「えーと、この前ドラゴンに襲撃されて何とか無事に帰れた時に、
 なぜかギルドから“ドラゴンの撃退者”扱いを受けたことはありました。
 けど……」

「けど……?」

 セシルさんの目が充血していて少し怖い。寝不足なら今夜から睡眠魔法を使ってあげるよ?

「僕はその場にいた十六人の一人にすぎないですし、
 寝ているドラゴンの脇を皆ですり抜けて街に帰っただけですよ。
 あれは撃退とは言わないんじゃないかなあ……」

「――ッ!?
 ネロさん……、あなたがもし実際にドラゴンと戦ったら……?」

「ドラゴンなんて硬い魔物にダメージを与えることなんて俺には無理ですよ」

 多分、俺が全力で剣を叩き付けても、ドラゴンにとっては痒いとかその程度だろう。
 下手したら自分の手を痛めるだけだと思う。
 俺が非力というか、きっとあの街にはドラゴンと単独で戦える冒険者なんていないって。

 せいぜい寝かし付けるのが精一杯だよ……。

「もしかして……、私は美味しい話に騙されたの……、商人でありながら……」

 涙目になりながら、落ち込んでいる。商人としてのプライドが刺激されたようだ 。
 そんな落ち込んでいるセシルさんも、守ってあげたくなる感があって可愛い。

「セシルさん、安心してください。
 王都までは無事に護衛しますから」

 ドラゴンを撃退することはできないけど、眠っていただくことはできる。
 これはドラゴンに限った話ではなく、どんな魔物だろうと盗賊だろうといけるはずだ。

 だから王都までは無事に到着できるはず。

 わずかな心配は俺が長旅をすることが初めてだということだが、それくらいは何とかなるだろう。

「……わかりました。
 依頼も商談である以上、商人として泣き言は言わないわ。
 それに私は運が良いから、無事に王都に着けるはずだわ」

 キリッとした表情のセシルさん。心配だったら街に戻って、護衛を追加することだってできるんだよ、と思ったけど黙っておく。

 しかし、運が良いのくだりは、逆に何かが起こる前兆の気がしてならない。

 そうだ、あいつに言わせると、こういうのは“フラグ”って言うんだっけ。

 今この場には姿が見えない相棒の姿を、俺は思い浮かべるのだった――。


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