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第1話「夢か現か幻か」

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「ネロッ、いつものアレ・・を早くちょーだいっ!」

 赤い髪の美少女が、舌ったらずな口調で、早く早くと俺にオネダリしてくる。

「あの気持ちよさはクセになるのよ、
 今夜もお願いっ……」
 
 彼女のツリ目がちな瞳が、俺をジッと見つめている。

 美少女からのお願いだ。

 ここが宿屋で、彼女がベッドの上で横になっているということを考えると、男なら喜ぶべき場面にも思える。

 しかし……、彼女の見た目が幼いこともあって、俺の心持ちは保護者のそれだ。

 それに、彼女は俺の“睡眠魔法”を求めてるだけだ。

 そりゃあ、俺の魔法を気持ち良いと喜んでくれるのは嬉しいけどさ。

「お前なぁ……、食べてからすぐに寝ると牛になるんだぞ」

 俺はどこかで誰かに聞いたセリフを口にする。

 これってどういう意味なんだろうね。いくらなんでも寝ただけで、牛に変化へんげはしないだろうし。

 牛人族の人だったら、寝ぼけて牛に変化してたとか、あるのかな?

「えっ!? それってホント? 
 あたしがさっき食べてたアレになっちゃうの!?」

 彼女は目に見えて動揺し始めた。

 そういえば、さっき牛肉のステーキを美味しそうに食べていたもんね。

 肉汁したたるステーキを何枚も食べてたけど、普通ステーキって何枚・・食べたって数えないよね。
 俺は一枚で大満足だったよ。

 彼女の動揺している様子を見て、悪戯心いたずらごころがわいてくる。

「そっかぁ、牛になりたいくらい牛が好きだったんだね。
 じゃあ今すぐに寝かせてあげるね」

 からかいたくなるのも、彼女が愛らしいからだろうか。

 密かに思っている“駄目可愛いだめかわいい”ってことを言ったら怒るかな。

「待って、ネロ! 
 牛肉は好きだけど、
 あたしがなりたいわけじゃないの!」

 彼女はベッドからガバっと体を起こす。とても必死な様子で、目尻に少し涙を浮かべている。

 ちょっとからかいすぎちゃったかな……。

「大丈夫だよ、すぐに寝ても牛になったりはしないよ。
 ただ、食べてすぐ寝ると消化に良くないと思うんだ」

 からかってごめんねと、彼女の頭をなでる。

 彼女は嬉しそうに目を細める。まるで〇〇・・というより猫のようだ。

 その後、他愛のない会話で時間をすごし、寝る前にいつものように俺は彼女に「おやすみなさい」を唱えた・・・

 ――――良い睡眠を。


………………

…………

……


 あれ?

 目の前には、よく見知った天井。ここは借りている宿屋の一室だ。

 どうやらもう朝のようなので、ベッドから体を起こす。

 何か夢を見ていた気がする……。

 しかし内容を思い出せない。

 何か“駄目可愛い”のが出てきたような……。

ゆめうつつまぼろしか)

 頭が覚醒するにつれて、夢の内容への糸口のようなものまで切り離されていく。

「まあいっか。
 さて、今日も冒険者の仕事頑張るぞ!」

 声を出して気合を入れると同時に、隣の部屋からの壁ドン。

 あ……、すみません、壁薄いんだった。まだ朝早いもんね。

 なんだか締まらないまま、出かける準備をするのだった――。




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