62 / 72
第二章
第62話「踏み込みゆけば、あとは極楽」
しおりを挟む
街の外壁を越えて、俺たちは夜の草原に出た。
高い外壁を越える際、ケルベロスはその巨体にも関わらず驚くべき跳躍力でこれを飛び越えた。
しかも衛兵にその存在を知られぬように、音も無く気配も無くだ。
俺たち猫は衛兵に見つからないように、気配を消して外壁の階段を上り、そこからは外に向かって飛び下りた。
猫は皆、高い所から飛び降りるのは得意なのだ。
「…………ぽよ」
ライミー(猫型)の表情は読みにくいが、怖い思いをしたとげんなりした様子だ。
気のせいかもしれないが、今も俺と外壁を交互に睨んでいる気がする。
外壁の上ですくんでいたライミーは、俺が首根っこくわえて一緒に飛び降りたのだ。
“猫”は皆、高い所から飛び降りるのは得意なのだ。
緊急事態だから許してほしい……。
周囲はかなり暗く、月明りが俺たちを照らしている。
俺は再びケルベロスと対峙する。
ライミーたちは、少し離れてこちらを見守っている。
「バウゥッ?(覚悟はいいか?)」
ケルベロスの真ん中の頭が問いかけてくる。
その眼光は鋭く、今までも主の敵を正面から蹴散らしてきただろう実力を感じさせる。
左右の頭は、意思を持ってるように動いているけど、言葉は一切発しない。
……シャイなのかもしれないな。
「クルニャン!(悪いが、ここでやられるわけにはいかない!)」
俺が敗れたら、関係者であるそこの猫たちも無事では済まないだろう。
それに、さっき屋根裏で聞いた話によると、伯爵領やリルたちにも魔の手が伸びることになる。
負けられない戦いの緊張感に、口の中が渇く。
ケルベロスは三つの頭を持っているけど、両脇の頭は何か役割があるのだろうか。
一応警戒しておかねば……、と思っていた時のことだ。
ケルベロスの巨体がさらに大きく膨らんだ気がした。
「ルニャッ!?(速いっ!?)」
すぐにそれがケルベロスの正面からの突撃による接近だと気づき、その場を飛びのく。
カウンターで魔法を置いていこうかとも思ったが、ちょっとした魔法程度では牽制にもならないだろうと思い直す。
こいつを倒すためには、合成による威力の極大化か、あるかどうかも分からない弱点をつくしかないだろう。
火には強いけど、水には弱いとかだったら単純で助かるけど、よく考えたら水魔法は使えないんだった。
「クルルッ!!(くらえっ!!)」
ケルベロスの周囲を回り込むように動きながら風刃を放つ。
半球状に空間を埋め尽くした風刃が、ケルベロスに降りそそぐ。
「バウウッ!!(ぬるいわっ!!)」
ケルベロスの質量をともなった咆哮が、風刃と相殺する。
真ん中の頭が首を動かすと、発する波動が弧を描き風刃を消し飛ばしていく。
さながら音波兵器といったところだろうか。
迸る遠吠えが直撃したわけでもないのに、耳がキーンとする。
強い犬が吠えると厄介この上ない。
風刃は消されたけど、本命は……。
「バウ……(ぬっ……)」
ケルベロスの体に、黒い針のようなものが数本吸い込まれた。
スキル“毒弾”による、毒針だ。
風刃に隠れるように、そっと忍ばせた。
多くは風刃とともにかき消されたしまったけど、役目は数本で十分だ。
「クルニャ(竜にも効く猛毒だ)」
即効性の猛毒だから、すぐに効果が……。
「バウバウッ?(なんだこれは? 人族は体の調子を整えるために体に針を刺すというが、それか?)」
ケルベロスが首をコキコキと鳴らしている。
全く効いている気配がない。
高い毒耐性を持っているのだろう。
効かない可能性は考えていたけど、鍼灸師扱いされるとは……。
炎熱嵐の時も思ったけど、こちらの攻撃を避ける素ぶりを見せないことから察するに、こいつは耐久性に余程自信があるのだと思う。
今まで、ダメージを負って危ない目にあったことがほとんど無いのではなかろうか。
素早さを見るかぎり、避けるのが苦手ってことはないだろう。
ライミーたちの方をチラリ見やると、心配そうにこちらを見守っていた。
今のちょっとした攻撃のやり取りだけでも、楽には勝たせてくれないことが分かったのだろう。
タフな相手にはいろいろ試していくしかないな。
「クルニャン!(これならどうだ!)」
土魔法による拘束を試みる。
ケルベロスを覆うように石の板がいくつも現れる。
その重さはかなりのもので、非力な魔物ならそれだけで生き埋めにできるだろう。
「バウゥ(無詠唱は大したものだが、我に砂遊びは通じぬ)」
ケルベロスが前足を振るうと、石板は砕け散った。
まるで、立ちはだかるものは全てこのようになると示しているようだ。
石を砕いた後、ケルベロスは吠えると同時に飛びかかって来た。
「ルニャ!?(くっ!?)」
距離が近かったこともあって、避けるのが間に合わない。
竜鱗の腕を盾に、ケルベロスの薙ぎ払いを受け止め……られず、俺は草原を転がった。
視界がクルクルと回り逆さで止まる。
すぐに現状を理解し、飛び起きる。
竜の硬い体すらも抉りそうな一撃を受けて、腕が痺れるだけで済んだのは、ふっ飛ばされた幸運だろうか。
久しぶりの苦戦に、内心冷や汗が止まらない。
オークキングなんか比べ物にならないほどの強敵だ。
上には上がいることは想定していた。
だからこそ、強さを欲していた。
でもこういう魔物が普通に存在するなら、せめて存在することだけでも教えて欲しかった。
ちょっと隣の領地に来ただけでエンカウントするとか、ちょっと自信をなくすよ。
魔物ランク、仕事しろ。
「バウバウッ!(なぶる趣味はない。一気にいくぞ!)」
ケルベロスは、足場を固めるように前足で地面を何度か蹴る。
可愛さのかけらもないどころか、獲物になったら絶望したくなる瞬間だろう。
「クルニャ!(やってやる!)」
覚悟を決める。
戦いながら切り崩す方法を考えるしかない。
相手の攻撃を待ってても押されるだけなので、俺は自分から仕掛ける。
ケルベロスのカウンター気味の振り下ろしを避け、右手で突きを繰り出す。
避ける気が無かったのか、俺の突きはケルベロスの脇腹に命中した。
全く効いていないようで、うめき声を上げることすらなく、ケルベロスは再度攻撃に転じる。
三つの頭のうち左の頭が、俺に噛みつこうとしてきた。
シャイな彼の攻撃だ。
「バウッ!!」
シャイな彼も吠えるらしい。
迫ってくる凶悪な犬の顔を見ながら、そんなことを思った。
「クルニャ!(ここだ!)」
危険だけど、踏み込むべき時がある。
――――踏み込みゆけば、あとは極楽。
ふとそんな言葉が頭をよぎる。
犬に手を噛まれたら、手を奥まで突っ込んだ方が噛むのを止めてくれる。
そんなことも浮かんだ。
まだ噛まれてないけど……。
――空竜猛進
“猛進”と“飛行”と“風刃”のスキルを瞬時に合成する。
オークキングを倒した合成技で、平常時でも使えるように訓練していたのだ。
遥か彼方に吹っ飛んでいかないように、今は威力と方向をコントロールできるようになっている。
シャイなワンコの鼻っ柱に向けて、我が身という砲弾が発射された。
周囲に響きわたる爆発音。
気づいたら俺は地面に転がっていた。
激突の衝撃で脳震盪を起こしていたらしい。
俺はどれくらいの時間、気を失っていた?
ケルベロスはどうなった?
起き上がり周囲を見回すと、すぐにケルベロスが視界に入った。
「バウウゥ(やるな……。だがこの程度では我は倒せん)」
ケルベロスの左の頭は気を失っているのか、力なくダラーンとうなだれている。
残りの二つの頭は全く影響を受けていないように見える。
捨て身の攻撃だったのになあ……。
自身のダメージを覚悟の上の攻撃が、頭一つ気絶させただけということに、少なからずショックを受ける。
しかも、こちらもダメージを受けていて体が痛い。
これをあと二回繰り返せる気がしない。
「クルナー……(だけど、諦めるわけにはいかない……)」
きしむ身体を無視して、戦闘態勢を取る。
そこにケルベロスが飛び掛かってくる。
かわしざまに攻撃を加えては、正面に立たないようにステップをふむ。
頭一つやられて本気度が増したのか、ケルベロスの攻撃も大振りではなく、隙の無いものになってきた。
そんな攻撃でも、当たれば大きなダメージを負いそうな威力がうかがえる。
現に、何度か擦っただけで、その部分に傷を負った。
近接での攻防が繰り返される。
相手のタフで剛腕唸る攻撃を、スキルと手数で何とか迎え撃つ。
ひたすらにそれが続く。
瞬きすら許されぬ攻防が、ただひたすらに……。
もうかれこれ、オークキングを百回以上打ち倒せる攻撃を繰り出したのではなかろうか。
時間の感覚もよく分からず、数時間戦い続けてる気さえしてきた。
それなのに、相手に焦りや疲れは見受けられない。
ケルベロスのその泰然とした様子が、俺に焦りの気持ちを抱かせる。
ケルベロスを倒すだけでも手こずっているのに、もしここにこいつの主であるキマリスが来たら……、打開策が全く浮かばない。
さらに気絶していた頭も復帰してしまい、相手にダメージが与えられてるかすら疑問が生じてくる。
そんな焦りの気持ちが膨みつつあったときのことだ。
正面の頭の噛みつきをかわし、見上げるとふとケルベロスの三つの頭が視界に収まる。
そこに違和感を感じた。
今まで沈黙を守っていたケルベロスの右頭部が、横を向いて口を大きく広げている。
「クルニャ?(えっ?)」
背筋に寒気が走った。
右頭部の口が向いてる方向に、俺が走り出したのは無意識だった。
周囲の音が止んだ気がした。
空気を切り裂く音がどこか遠くに聞こえた。
ケルベロスの口から、破壊という概念を束ねたかのような黒き波動が迸った。
……それはライミーやミケたちに向けられたものだった。
トラックに轢かれそうな子供を助けようと飛び出すのは、無意識の行動かもしれない。
気づいたら、目の前にライミーたちの顔が見えた。
みんな泣き出しそうな顔をしている。
「シュン!!」
「「ボス!!」」
ライミーが叫ぶのを聞くのは初めてだな……。
ケルベロスが放った黒波動を背中に受ける瞬間、俺はそんなことを考えていた。
高い外壁を越える際、ケルベロスはその巨体にも関わらず驚くべき跳躍力でこれを飛び越えた。
しかも衛兵にその存在を知られぬように、音も無く気配も無くだ。
俺たち猫は衛兵に見つからないように、気配を消して外壁の階段を上り、そこからは外に向かって飛び下りた。
猫は皆、高い所から飛び降りるのは得意なのだ。
「…………ぽよ」
ライミー(猫型)の表情は読みにくいが、怖い思いをしたとげんなりした様子だ。
気のせいかもしれないが、今も俺と外壁を交互に睨んでいる気がする。
外壁の上ですくんでいたライミーは、俺が首根っこくわえて一緒に飛び降りたのだ。
“猫”は皆、高い所から飛び降りるのは得意なのだ。
緊急事態だから許してほしい……。
周囲はかなり暗く、月明りが俺たちを照らしている。
俺は再びケルベロスと対峙する。
ライミーたちは、少し離れてこちらを見守っている。
「バウゥッ?(覚悟はいいか?)」
ケルベロスの真ん中の頭が問いかけてくる。
その眼光は鋭く、今までも主の敵を正面から蹴散らしてきただろう実力を感じさせる。
左右の頭は、意思を持ってるように動いているけど、言葉は一切発しない。
……シャイなのかもしれないな。
「クルニャン!(悪いが、ここでやられるわけにはいかない!)」
俺が敗れたら、関係者であるそこの猫たちも無事では済まないだろう。
それに、さっき屋根裏で聞いた話によると、伯爵領やリルたちにも魔の手が伸びることになる。
負けられない戦いの緊張感に、口の中が渇く。
ケルベロスは三つの頭を持っているけど、両脇の頭は何か役割があるのだろうか。
一応警戒しておかねば……、と思っていた時のことだ。
ケルベロスの巨体がさらに大きく膨らんだ気がした。
「ルニャッ!?(速いっ!?)」
すぐにそれがケルベロスの正面からの突撃による接近だと気づき、その場を飛びのく。
カウンターで魔法を置いていこうかとも思ったが、ちょっとした魔法程度では牽制にもならないだろうと思い直す。
こいつを倒すためには、合成による威力の極大化か、あるかどうかも分からない弱点をつくしかないだろう。
火には強いけど、水には弱いとかだったら単純で助かるけど、よく考えたら水魔法は使えないんだった。
「クルルッ!!(くらえっ!!)」
ケルベロスの周囲を回り込むように動きながら風刃を放つ。
半球状に空間を埋め尽くした風刃が、ケルベロスに降りそそぐ。
「バウウッ!!(ぬるいわっ!!)」
ケルベロスの質量をともなった咆哮が、風刃と相殺する。
真ん中の頭が首を動かすと、発する波動が弧を描き風刃を消し飛ばしていく。
さながら音波兵器といったところだろうか。
迸る遠吠えが直撃したわけでもないのに、耳がキーンとする。
強い犬が吠えると厄介この上ない。
風刃は消されたけど、本命は……。
「バウ……(ぬっ……)」
ケルベロスの体に、黒い針のようなものが数本吸い込まれた。
スキル“毒弾”による、毒針だ。
風刃に隠れるように、そっと忍ばせた。
多くは風刃とともにかき消されたしまったけど、役目は数本で十分だ。
「クルニャ(竜にも効く猛毒だ)」
即効性の猛毒だから、すぐに効果が……。
「バウバウッ?(なんだこれは? 人族は体の調子を整えるために体に針を刺すというが、それか?)」
ケルベロスが首をコキコキと鳴らしている。
全く効いている気配がない。
高い毒耐性を持っているのだろう。
効かない可能性は考えていたけど、鍼灸師扱いされるとは……。
炎熱嵐の時も思ったけど、こちらの攻撃を避ける素ぶりを見せないことから察するに、こいつは耐久性に余程自信があるのだと思う。
今まで、ダメージを負って危ない目にあったことがほとんど無いのではなかろうか。
素早さを見るかぎり、避けるのが苦手ってことはないだろう。
ライミーたちの方をチラリ見やると、心配そうにこちらを見守っていた。
今のちょっとした攻撃のやり取りだけでも、楽には勝たせてくれないことが分かったのだろう。
タフな相手にはいろいろ試していくしかないな。
「クルニャン!(これならどうだ!)」
土魔法による拘束を試みる。
ケルベロスを覆うように石の板がいくつも現れる。
その重さはかなりのもので、非力な魔物ならそれだけで生き埋めにできるだろう。
「バウゥ(無詠唱は大したものだが、我に砂遊びは通じぬ)」
ケルベロスが前足を振るうと、石板は砕け散った。
まるで、立ちはだかるものは全てこのようになると示しているようだ。
石を砕いた後、ケルベロスは吠えると同時に飛びかかって来た。
「ルニャ!?(くっ!?)」
距離が近かったこともあって、避けるのが間に合わない。
竜鱗の腕を盾に、ケルベロスの薙ぎ払いを受け止め……られず、俺は草原を転がった。
視界がクルクルと回り逆さで止まる。
すぐに現状を理解し、飛び起きる。
竜の硬い体すらも抉りそうな一撃を受けて、腕が痺れるだけで済んだのは、ふっ飛ばされた幸運だろうか。
久しぶりの苦戦に、内心冷や汗が止まらない。
オークキングなんか比べ物にならないほどの強敵だ。
上には上がいることは想定していた。
だからこそ、強さを欲していた。
でもこういう魔物が普通に存在するなら、せめて存在することだけでも教えて欲しかった。
ちょっと隣の領地に来ただけでエンカウントするとか、ちょっと自信をなくすよ。
魔物ランク、仕事しろ。
「バウバウッ!(なぶる趣味はない。一気にいくぞ!)」
ケルベロスは、足場を固めるように前足で地面を何度か蹴る。
可愛さのかけらもないどころか、獲物になったら絶望したくなる瞬間だろう。
「クルニャ!(やってやる!)」
覚悟を決める。
戦いながら切り崩す方法を考えるしかない。
相手の攻撃を待ってても押されるだけなので、俺は自分から仕掛ける。
ケルベロスのカウンター気味の振り下ろしを避け、右手で突きを繰り出す。
避ける気が無かったのか、俺の突きはケルベロスの脇腹に命中した。
全く効いていないようで、うめき声を上げることすらなく、ケルベロスは再度攻撃に転じる。
三つの頭のうち左の頭が、俺に噛みつこうとしてきた。
シャイな彼の攻撃だ。
「バウッ!!」
シャイな彼も吠えるらしい。
迫ってくる凶悪な犬の顔を見ながら、そんなことを思った。
「クルニャ!(ここだ!)」
危険だけど、踏み込むべき時がある。
――――踏み込みゆけば、あとは極楽。
ふとそんな言葉が頭をよぎる。
犬に手を噛まれたら、手を奥まで突っ込んだ方が噛むのを止めてくれる。
そんなことも浮かんだ。
まだ噛まれてないけど……。
――空竜猛進
“猛進”と“飛行”と“風刃”のスキルを瞬時に合成する。
オークキングを倒した合成技で、平常時でも使えるように訓練していたのだ。
遥か彼方に吹っ飛んでいかないように、今は威力と方向をコントロールできるようになっている。
シャイなワンコの鼻っ柱に向けて、我が身という砲弾が発射された。
周囲に響きわたる爆発音。
気づいたら俺は地面に転がっていた。
激突の衝撃で脳震盪を起こしていたらしい。
俺はどれくらいの時間、気を失っていた?
ケルベロスはどうなった?
起き上がり周囲を見回すと、すぐにケルベロスが視界に入った。
「バウウゥ(やるな……。だがこの程度では我は倒せん)」
ケルベロスの左の頭は気を失っているのか、力なくダラーンとうなだれている。
残りの二つの頭は全く影響を受けていないように見える。
捨て身の攻撃だったのになあ……。
自身のダメージを覚悟の上の攻撃が、頭一つ気絶させただけということに、少なからずショックを受ける。
しかも、こちらもダメージを受けていて体が痛い。
これをあと二回繰り返せる気がしない。
「クルナー……(だけど、諦めるわけにはいかない……)」
きしむ身体を無視して、戦闘態勢を取る。
そこにケルベロスが飛び掛かってくる。
かわしざまに攻撃を加えては、正面に立たないようにステップをふむ。
頭一つやられて本気度が増したのか、ケルベロスの攻撃も大振りではなく、隙の無いものになってきた。
そんな攻撃でも、当たれば大きなダメージを負いそうな威力がうかがえる。
現に、何度か擦っただけで、その部分に傷を負った。
近接での攻防が繰り返される。
相手のタフで剛腕唸る攻撃を、スキルと手数で何とか迎え撃つ。
ひたすらにそれが続く。
瞬きすら許されぬ攻防が、ただひたすらに……。
もうかれこれ、オークキングを百回以上打ち倒せる攻撃を繰り出したのではなかろうか。
時間の感覚もよく分からず、数時間戦い続けてる気さえしてきた。
それなのに、相手に焦りや疲れは見受けられない。
ケルベロスのその泰然とした様子が、俺に焦りの気持ちを抱かせる。
ケルベロスを倒すだけでも手こずっているのに、もしここにこいつの主であるキマリスが来たら……、打開策が全く浮かばない。
さらに気絶していた頭も復帰してしまい、相手にダメージが与えられてるかすら疑問が生じてくる。
そんな焦りの気持ちが膨みつつあったときのことだ。
正面の頭の噛みつきをかわし、見上げるとふとケルベロスの三つの頭が視界に収まる。
そこに違和感を感じた。
今まで沈黙を守っていたケルベロスの右頭部が、横を向いて口を大きく広げている。
「クルニャ?(えっ?)」
背筋に寒気が走った。
右頭部の口が向いてる方向に、俺が走り出したのは無意識だった。
周囲の音が止んだ気がした。
空気を切り裂く音がどこか遠くに聞こえた。
ケルベロスの口から、破壊という概念を束ねたかのような黒き波動が迸った。
……それはライミーやミケたちに向けられたものだった。
トラックに轢かれそうな子供を助けようと飛び出すのは、無意識の行動かもしれない。
気づいたら、目の前にライミーたちの顔が見えた。
みんな泣き出しそうな顔をしている。
「シュン!!」
「「ボス!!」」
ライミーが叫ぶのを聞くのは初めてだな……。
ケルベロスが放った黒波動を背中に受ける瞬間、俺はそんなことを考えていた。
0
お気に入りに追加
1,708
あなたにおすすめの小説
【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
幼馴染のチート竜,俺が竜騎士を目指すと伝えると何故かいちゃもんつけ始めたのだが?
モモ
ファンタジー
最下層のラトムが竜騎士になる事をチート幼馴染の竜に告げると急に彼女は急にいちゃもんをつけ始めた。しかし、後日協力してくれそうな雰囲気なのですが……
睡眠スキルは最強です! 〜現代日本にモンスター!? 眠らせて一方的に倒し生き延びます!〜
八代奏多
ファンタジー
不眠症に悩んでいた伊藤晴人はいつものように「寝たい」と思っていた。
すると突然、視界にこんな文字が浮かんだ。
〈スキル【睡眠】を習得しました〉
気付いた時にはもう遅く、そのまま眠りについてしまう。
翌朝、大寝坊した彼を待っていたのはこんなものだった。
モンスターが徘徊し、スキルやステータスが存在する日本。
しかし持っているのは睡眠という自分を眠らせるスキルと頼りない包丁だけ。
だが、その睡眠スキルはとんでもなく強力なもので──
魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~
鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」
未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。
国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。
追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“
瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
だが、死亡する原因には不可解な点が…
数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、
神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる