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第一章 モフはモフを呼ぶ

第30話「『ただいま』の場所」

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 今朝も早い時間に路地裏にやってきた。

「「「ミャー、ニャン、ミー……」」」

 目の前には集まってもらった猫たちがいる。
 あまりの数にモコモコと波打っているように見える。

 昨日は猫たちに名付けするのが大変だったな。
 すでに、名前と顔どころか名前すら思い出せないのがちらほらと……。

「ミーミー(ボスー、ご飯マダー)」

 ご飯をねだるこの子猫はたしか……。

 薄桃色の毛をしているから“ピンク”ちゃんって名付けたっけ?

「ニャン(こら、“ピーチ”! ご飯の時間はまだよ)」 

 子猫が母猫にたしなめられた。

 そうだった、果物シリーズで桃の“ピーチ”だった……。 
 少しずつ覚えていくから許してね。

 三毛猫のミケの話だと、昨日今日で来てない猫もまだまだいるそうだ。

 似ている猫もいて、言っちゃ悪いがかなり紛らわしいのだ。
 これは覚えるのも一苦労だな……。

 さて、今日から徐々にいろいろ教え込んでいこうと思う。

 猫は種族特性として、素早く動け、気配を消すのが上手い。
 その得意な敏捷性と隠密性を生かした戦い方なども教えていきたいと思ってる。

 自分たちだけで、ご飯となる魔物を狩れるようにしていくのが、当面の目標だ。

「クルニャン(では、まず心構えから教えて……、それから訓練してだな)」

「ニャン(あ、ボス! うしろ!!)」

 ミケが俺の背後を見て叫ぶ。

 俺は油断していたのかもしれない……。

 名前を覚えることや、これからの行動に考えがいってて、周囲の気配に気を配ることがおろそかになっていたのかもしれない……。

 それでも俺は今まで、背後を取られたことなんて滅多になかった。

 俺の足が地面から離れる。

 ある高さまでいくと、そこで俺の位置は固定された。

 ただよってくる優しい匂い……。

 聞こえてくる愛らしい声……。

「シュン、抜け出してどこ行ってるのかなと思ったら、楽しそうなことしてるね」

 リルが俺を持ち上げて、楽しそうに声をかけてきた。

 敵意がないからか、リルも気配を消すのが上手いからか、それとも両方か。
 持ち上げられるまで全然気づかなかったよ。

 リルにはどうやら俺が抜け出していたことが、ばれていたようだ。
 寝てる途中で起きたらいないんだから、気づく方が当然か……。

「ミャーン!(あ! この前ボスと一緒に馬の上にいた人だ!)」

 この前の凱旋の時に、見ていたやつがいたようだ。
 猫軍団がニャーニャーと騒ぎだす。

「ニ゛ャー(静かに! 大丈夫よ)」

 キャサリンが気を利かせて注意してくれる。

 さて、リルにどう伝えよう。
 上手く伝わるかな。

「シュン、もしかしてみんなお友達? リルのこと紹介して欲しいな」

 リルは俺を地面にそっと下ろしてくれる。

 友だち……うーん確かにあまり部下って思いもないし、当たらずともだな。

 俺は猫たちに向かって告げる。

「クルニャーン(彼女はリルといって、俺の大事な人だ。仲良くしてもらえると嬉しいよ)」

 俺の言葉を聞いて、猫たちはみんな同意を示してくれる。
 素直な猫たちばかりで助かるよ。

 紹介したよ、とリルの方を見る。

「リルだよ、よろしくね!」

 リルにも和やかな雰囲気が伝わったようだ。

「クルルル……(リルにも知られるところになったけど、これからどうしよ……?)」

 俺が悩んでいるとリルが、いいこと思いついたと話してきた。

「そうだシュン! 考えてることがあるって言ってたと思うんだけど、この猫たちにも良いことかも! 今日の昼間一緒に出かけようね」

 リルには何やら考えがあるようだ。
 そういうわけで、この日の猫の集まりは一旦解散となった。


◇◇◇


 リルの肩に乗って街の中央通りを進んでいく。

 どうやら何かの店に向かっているらしく、リルは上機嫌だ。
 店については、ミーナに聞いたらしい。

 目的の店についたようで、その扉を抜ける。

「いらっしゃいませ。私はここの店主をやっております。本日はどのようなご用で」

 小太りの中年店主に声をかけられる。
 今まで見た他の店の店員より、高そうな服を着ている。
 扱っている商品が高価なことがうかがわれる。

 ふと周囲を見回すと、建物の絵や図面みたいなものが目に入る。
 ここは不動産屋かな?

「こんにちは。家を買いたいのですが」

 リルが店主に声をかける。
 どうやら不動産屋であたりのようだ。

 リルは家が欲しかったんだ。
 その家についてもいろいろ考えていそうだ。

「……お嬢ちゃん。家はそんなに安く買えないよ。部屋を借りるなら安いところもあるけど……」

 店主はちょっと困ったような顔をした。
 おそらく、リルくらいの歳では家を買うお金は持っていないと思ったのだろう。

 その時、奥から女の人が出てきた。
 歳からいって、店主の奥さんだろうか。

「あら、お客さんだったのね。あなた、ちょっと出かけてく……」

 奥さんは店主に出かけることを伝えようとしたところで、リルを見て動きが止まった。

「どうしたんだ?」

 店主がいぶかしそうに声をかける。

 奥さんは店主の声が耳に入らないかのような勢いでリルの前に来た。

「あなた! 英雄リルちゃんね! 間違いないわ、目つきの悪い猫を連れてるし!」

 この前の凱旋パレードで見たんだからと、奥さんがまくし立てる。

 悪かったな……、目つき悪くて。

「はぁ……、リルですけど」

 リルが奥さんの勢いに押され気味だ。

「私、リルちゃんのファンなのよ。パレードの時、可愛いしカッコ良かったわ。あれから、私も猫を飼いたくなったのよ」

「……ありがとうございます」

 リルが英雄として有名になったことを実感するね。

 奥さんが店主に声をかける。

「あなた、リルちゃんだったら売値の半額でもいいんじゃない!」

「馬鹿言うな、家の紹介で半額にしたら店が潰れちまうよ。……けど、そういうことでしたら、売主への交渉は頑張らせていただきます」

 そりゃあ、紹介してるだけのを勝手に半額にしたら売主に怒られるだろうよ……。
 リルの素性が知られ、本当に家を探してることが伝わったようだ。

「ありがとうございます。今はどんな家がありますか?」

 リルがたずねたところ、いくつかの物件を紹介してくれた。

 結果、リルの希望に合う物件は一件だけだった。
 某領主が売り出した領主別邸として使っていた建物。

 相続の際、質実剛健をむねとしている某領主は、財政節約のためにこの建物を売り払うことにしたそうだ。

 売り払うことを目的としているのと、大きすぎて買い手を選ぶこともあって、価格は2億ソマリと規模に比べて安く設定されていた。
 維持費も結構かかりそうだもんね。

 これって、アルフレッドだよね……間違いなくあの伯爵だよね。
 たしかに、実用性重視のアルフレッドらしい。

 部屋数いっぱいで、庭もかなり広い。
 広い庭はリルにも必須の条件だったようだ。
 いろいろなことに使えるもんね。
 場所もなかなか良いところで、街の中ほどにあって冒険者ギルドへも遠くない。

 これで2億ソマリはかなり安いと思う。

 そんなわけで、店主に案内されて建物を見に行った。
 リルはすぐに気に入っていた。
 もちろん俺も凄く気に入った。

「これ、買います!」

 リルのノリは「このバナナください」のノリだった。

「あ、ありがとうございます。分割でよろしいでしょうか」

 店主もさすがに現金一括とは思っていなかったようで、リルが一回で払うと伝えると驚いていた。

 売主への価格交渉はリルが断っていた。
 アルフレッドは、リルに売るなら本当に半額にしかねないからね。
 まさかしないよね……?

 支払いは店主と一緒に冒険者ギルドに行ったら、ギルドマスターが手続きしてくれたよ。

 そんなわけで、俺たちはマイホームを手に入れた。
 大きすぎてマイホームというには違和感ありまくりだけど。

 手入れも、普段の掃除も大変かもしれないけど、それもマイホームの醍醐味だ。

 とりあえず引っ越しは明日になった。

 リルは帰り道、「ミーナや猫たちも一緒に住むか、いっぱい遊びに来てくれると嬉しいな~」と楽しそうに語っていた。



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