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第一章 モフはモフを呼ぶ
第23話「いずれ神話のベヒーモス」
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私はアイザック・グレゴリー。
伯爵閣下より魔王討伐軍の将軍を任され、この地にきている。
先ほどのグレートボアの襲撃は肝が冷えるものだった。
まさかオークに罠をはるという知性があったとは……。
オーク単独ではありえない統率のされ方。
これが、オークキングが奴らの中心に存在するということか……。
「それにしても……」
まさかあれほどだったとは。
「団長……?」
ついこぼれた私の独り言に、ヴァレミーが反応した。
ヴァレミーはグレートボアの撃退から口数が少なくなっている。
少なからずショックだったのだろう。
数人で連携の末、なんとか一体のグレートボアを倒している間に、彼の者は軽々とグレートボアを倒して回っていた。
冒険者ほどではないにせよ、騎士は強さというものに真摯だ。
ヴァレミーがおごっているのも、若くして強さを持つがゆえのことだろう。
若さか……。
まだ若い頃、伯爵閣下――アルフレッドと冒険者パーティーを組んでいたことが思い起こされる。
あいつは、すぐ調子に乗って失敗ばかりしていたな……。
今回の討伐軍、できるだけ皆を無事にアルフレッドの元に返したいものだ。
特に若い奴らには大きな経験となって、これからの伯爵領の力になることだろう。
そういう意味でも、リルとその従魔の活躍には感謝が尽きない。
彼らがいなかったら、さきほどの襲撃で死人が出ていたのは確実だろう。
そういえばアルフレッドは、かの従魔のことを「ワイルドキャット」や「猫」ではなく「シュン」と呼んでいたな。
アルフレッドが「シュン」と呼ぶ様子に、親しみと尊敬の響きを感じて、その時は驚いたものだ。
さて問題はこれからだ。
まだ、オークジェネラル2体とオークキング1体が残っている。
グレートボアなんて比べようもないくらいに過酷な戦いになることだろう。
その時、周囲の警戒にあたらせていた騎士がやってきた。
「団長! 至急見ていただきたいものがあります」
急いでやってきた様子で、息が上がっている。
そばにいたヴァレミーを連れて、現場に向かう。
そこは集落から少し離れた林の中だった。
私とヴァレミー、そして案内の騎士と三人の兵士の六人でやってきた。
周囲も暗くなってきたので、兵士が手に松明を持っている。
「なんだよこれは!?」
ヴァレミーが動揺しているが、私の心境もおおよそ同じだ。
私の場合、動揺してすぐには声が出なかっただけだ。
「オークジェネラルか……」
そこにはオークジェネラル1体とオーク数体の死体があった。
オークジェネラルには矢が刺さっていて、その胴は真っ二つになっている。
オークジェネラルは私も単独では戦いたくない相手だ。
負けるつもりはないが、はたして勝てると言い切れるだろうか。
いや……、私も自分に甘いな。
単独では十中八九負けることになるだろう。
ヴァレミーでも同じだろう。
そうだな……。
全盛期のアルフレッドとのコンビならいけるかもしれない。
誰の仕業か考えたところで、すぐにあの猫の姿が浮かんだ。
「あの従魔の強さは、オークジェネラルすら圧倒するというのか……」
討伐軍でこの状況を生み出せるのはあの猫くらいだろう。
主人のリル殿の強さもはかり知れなくはあるのだが
私のつぶやきに、ヴァレミーの肩がビクッと震えた。
ヴァレミーもグレートボアとの戦いで、自身と従魔シュンとの力量の差に気づいたはずだ。
これを機に、おごることなく、修練に励んでもらいたいものだ……。
「ん……?」
ワイルドキャットが視界の端に現れた。
ちょうど思い浮かべていたところだったため驚いた。
主人を伴わず単独で動いてるのは、見回りのつもりだろうか。
こちらに向かってテクテクと歩いてくる。
その様子に若干の違和感を感じた。
オークを検分している我らに近寄ってくる。
どうしたのだろうか?
オークジェネラルを倒した手柄の主張だろうか。
猫は私の前を通り過ぎて、ヴァレミーの前で止まった。
ヴァレミーを見上げる猫。
不穏な気配も無いので、様子を見守ってみる。
「昼間は悪かった……。お前の強さは本物だったよ」
ヴァレミーが屈んで猫に向かって手を差し出す。
ほう……。
あいつも素直なところがあるじゃないか……。
猫には人の言葉が分からないだろう。
だからこそ素直に言葉にできるということもあるかもしれない。
「おっ!?」
ヴァレミーの表情がやわらいだ。
猫がヴァレミーの腕にまたがったのだ。
懐いているのだろうか?
――――チョロチョロチョロ……
何が起こったか一瞬分からなかった。
ヴァレミーも呆然としている。
ヴァレミーの腕に用を足した猫は、悠然とその場を離れて私の方に向かってくる。
「な、何してくれてんだ! シャレになんねーって! このやろう!!」
ヴァレミーが猫を叩き切るとばかりに騒いでいる。
そこで私はあることに気づいた。
私の足元まで来た猫だが、かの従魔と違って両腕とも普通ではないか。
かの従魔は右腕が赤く変質していたことを思い出す。
よく見ると目つきも従魔シュンに比べて、この猫は優しい目をしている。
シュンの目つきはもっとふてぶてしい感じだった。
ということは、この猫は全く別の個体ということか。
周囲が暗く、毛の色が似ていたからか、私も勘違いしていたようだ。
とりあえず一旦戻ろうかと思った時のことだ。
急に周囲の雰囲気が変わったような気がした。
「なっ!?」
生ぬるいまとわりつくような気配が、周囲を包むのを感じる。
「だ、団長っ!」
ヴァレミーが焦った様子で私を呼んだ。
この異様な気配を感じたのは私だけではないようだ。
ちょうど私の正面の方向から何かが迫ってくる……。
時の流れが長く感じられた。
そして、木々の間からそれが姿を現した――――。
夜の闇の中、そこだけ闇の濃度が違うようだ。
触れるもの全てを、黒く塗りつぶすかのような存在感。
呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息苦しい……。
黒い鎧をまとった豚顔の魔族。
三メートルを超える巨体を闇のオーラが包んでいるかのようだ。
岩をも砕きそうな巨大な剣を片手で握っている。
一目で魔王だと理解った
理解させられてしまった。
到底戦える存在ではないことを……。
Aランク以上の力を持つ者で囲むはずだった対象。
しかし、私が十人いたとしても、戦えるイメージが全く湧かない。
このオークキング、明らかにAランクの枠を超えているだろう。
まだ見ぬドラゴンを前にしても、私は同じことを思うのだろうか。
「うわぁぁぁあああ!!」
ヴァレミーが剣を振りかぶって、オークキングに突っ込んでいく。
その様子は恐怖のあまり我を忘れた特攻だった。
「ま、待て!! ヴァレ――――」
一瞬、ほんの一瞬だった。
ゴウっと大きな風切り音がした。
オークキングが片手で剣を振るったのだろう。
剣を振ったのが全く見えなかった。
あれだけの巨剣でありながらだ。
轟音と振り終わった姿だけで、剣を振っただろうことが分かっただけだ。
ヴァレミーは弾き飛ばされ、木にぶつかりその場に崩れ落ちる。
偶然剣を盾にできたのだろう。
体の前に構えたであろう剣は折れている。
「ヴァレミー!」
「…………う、うぅ……」
なんとか意識はあるようだ。
オークキングがこちらを向く。
「くっ……」
打開策がまるで浮かばない……。
このままだと、私たちはここで倒れ、本陣まで全滅の憂き目にあいかねない。
せめて、本陣までこのことを伝えなくては……。
「お前たち! 私が切り込む間に、本陣まで走れ。反論は認めない」
騎士と兵士に指示を出す。
だがおそらく、オークキングの動きを見るかぎり、彼らを無事に逃がせる可能性は低いだろう。
「すまんな……アルフレッド……」
私はここまでのようだ……。
伯爵領を守ってくれる者が現れてくれることを祈る。
脳裏に浮かんだのは、笑顔の狼少女と、その肩に乗るちょっと大きな猫だ……。
その時、私とオークキングの間に猫が歩み出た。
「そうそう、ちょうどこの目の前にいるようなちょっと大きな猫…………」
なっ!?
この修羅場に似つかわしくない存在。
猫はオークキングの存在を気にしていないかのようで、気負った様子が見られない。
さっきまでいた猫ではなく、右腕だけ赤い鱗に覆われている。
「シュン……か?」
「クルニャーン!」
私の問いかけの意味が分かったわけではないだろう。
ただ、私には「この場は任せて!」と言ったように思えた。
ちょっと大きいと言っても、それは猫としての大きさ。
オークキングはもちろん、私よりも数段小さな体。
頼もしいと思う反面、相手はオークキングだ。
グレートボアやオークジェネラルとはわけが違う。
シュンでも無理なのではないかという思いがうずまく。
そんな私の心配などはよそに、戦いが始まった。
「グゥ! グガァァァアアア!!」
シュンを敵として認めたのだろうか。
ヴァレミーに対するときとは違い、威圧のこもった斬撃がシュンに振るわれる。
シュンはそれをかいくぐり、何やら攻撃を加えようとしている様子だ。
動きが追えず、お互いに攻撃しているのだろうということしか分からない。
オークキングがよろめいた。
決定打ではないが、オークキングをよろめかせることができたという事実に、私はこぶしを握りしめていた。
魔王と互角に戦うワイルドキャット。
その姿を見て、私は昔聞いた他国の伝説を思い出していた。
――――その獣の咆哮は天を震わせ、その爪撃は地形を変える。
悪政をしいていた王様を城ごと消し飛ばしたこともあったとか……。
民衆に感謝と畏怖を込めて、その獣はこう呼ばれた。
最強の四足獣――神獣ベヒーモス――と。
ベヒーモスはフェンリルの別名ではないかという説を唱えた歴史家もいた。
フェンリルが世界を回ったときに、地域によって呼び名が違ったとか。
「シュン……」
シュンを見て伝説を思い出すなんて、私はずいぶんシュンに期待しているらしい。
何もできない我が身をふがいなく思うが……。
シュンよ、頼む……。
シュンとオークキングが、少し距離を取って向かい合う。
オークキングもまだまだ何かを秘めている予感がある。
「グゥゥゥ……ゴァァアア!!」
オークキングの咆哮。
私はその場に立っていられなくなり膝をついた。
気持ち悪さがこみ上げてくる。
体内から何かが這い出てくる感覚におそわれる。
横を見ると、騎士と兵士はみな気絶している。
「……ぅぅう」
この戦いは見届けねばならないという思いで、意識が黒く塗りつぶされそうになるのを耐える。
その時、シュンがその場からかき消え、轟音が響いた。
爆発音と言ったほうがいいかもしれない。
「なっ!?」
気づいたときには、オークキングの上半身が消滅していた。
遅れて、下半身がその場に倒れる。
体の気持ち悪さが徐々に晴れてくる。
何が起こったか理解できず、頭の中はいまだにモヤがかかっているかのようだ。
一瞬にしてシュンが魔王を倒してしまったのだ。
伯爵閣下より魔王討伐軍の将軍を任され、この地にきている。
先ほどのグレートボアの襲撃は肝が冷えるものだった。
まさかオークに罠をはるという知性があったとは……。
オーク単独ではありえない統率のされ方。
これが、オークキングが奴らの中心に存在するということか……。
「それにしても……」
まさかあれほどだったとは。
「団長……?」
ついこぼれた私の独り言に、ヴァレミーが反応した。
ヴァレミーはグレートボアの撃退から口数が少なくなっている。
少なからずショックだったのだろう。
数人で連携の末、なんとか一体のグレートボアを倒している間に、彼の者は軽々とグレートボアを倒して回っていた。
冒険者ほどではないにせよ、騎士は強さというものに真摯だ。
ヴァレミーがおごっているのも、若くして強さを持つがゆえのことだろう。
若さか……。
まだ若い頃、伯爵閣下――アルフレッドと冒険者パーティーを組んでいたことが思い起こされる。
あいつは、すぐ調子に乗って失敗ばかりしていたな……。
今回の討伐軍、できるだけ皆を無事にアルフレッドの元に返したいものだ。
特に若い奴らには大きな経験となって、これからの伯爵領の力になることだろう。
そういう意味でも、リルとその従魔の活躍には感謝が尽きない。
彼らがいなかったら、さきほどの襲撃で死人が出ていたのは確実だろう。
そういえばアルフレッドは、かの従魔のことを「ワイルドキャット」や「猫」ではなく「シュン」と呼んでいたな。
アルフレッドが「シュン」と呼ぶ様子に、親しみと尊敬の響きを感じて、その時は驚いたものだ。
さて問題はこれからだ。
まだ、オークジェネラル2体とオークキング1体が残っている。
グレートボアなんて比べようもないくらいに過酷な戦いになることだろう。
その時、周囲の警戒にあたらせていた騎士がやってきた。
「団長! 至急見ていただきたいものがあります」
急いでやってきた様子で、息が上がっている。
そばにいたヴァレミーを連れて、現場に向かう。
そこは集落から少し離れた林の中だった。
私とヴァレミー、そして案内の騎士と三人の兵士の六人でやってきた。
周囲も暗くなってきたので、兵士が手に松明を持っている。
「なんだよこれは!?」
ヴァレミーが動揺しているが、私の心境もおおよそ同じだ。
私の場合、動揺してすぐには声が出なかっただけだ。
「オークジェネラルか……」
そこにはオークジェネラル1体とオーク数体の死体があった。
オークジェネラルには矢が刺さっていて、その胴は真っ二つになっている。
オークジェネラルは私も単独では戦いたくない相手だ。
負けるつもりはないが、はたして勝てると言い切れるだろうか。
いや……、私も自分に甘いな。
単独では十中八九負けることになるだろう。
ヴァレミーでも同じだろう。
そうだな……。
全盛期のアルフレッドとのコンビならいけるかもしれない。
誰の仕業か考えたところで、すぐにあの猫の姿が浮かんだ。
「あの従魔の強さは、オークジェネラルすら圧倒するというのか……」
討伐軍でこの状況を生み出せるのはあの猫くらいだろう。
主人のリル殿の強さもはかり知れなくはあるのだが
私のつぶやきに、ヴァレミーの肩がビクッと震えた。
ヴァレミーもグレートボアとの戦いで、自身と従魔シュンとの力量の差に気づいたはずだ。
これを機に、おごることなく、修練に励んでもらいたいものだ……。
「ん……?」
ワイルドキャットが視界の端に現れた。
ちょうど思い浮かべていたところだったため驚いた。
主人を伴わず単独で動いてるのは、見回りのつもりだろうか。
こちらに向かってテクテクと歩いてくる。
その様子に若干の違和感を感じた。
オークを検分している我らに近寄ってくる。
どうしたのだろうか?
オークジェネラルを倒した手柄の主張だろうか。
猫は私の前を通り過ぎて、ヴァレミーの前で止まった。
ヴァレミーを見上げる猫。
不穏な気配も無いので、様子を見守ってみる。
「昼間は悪かった……。お前の強さは本物だったよ」
ヴァレミーが屈んで猫に向かって手を差し出す。
ほう……。
あいつも素直なところがあるじゃないか……。
猫には人の言葉が分からないだろう。
だからこそ素直に言葉にできるということもあるかもしれない。
「おっ!?」
ヴァレミーの表情がやわらいだ。
猫がヴァレミーの腕にまたがったのだ。
懐いているのだろうか?
――――チョロチョロチョロ……
何が起こったか一瞬分からなかった。
ヴァレミーも呆然としている。
ヴァレミーの腕に用を足した猫は、悠然とその場を離れて私の方に向かってくる。
「な、何してくれてんだ! シャレになんねーって! このやろう!!」
ヴァレミーが猫を叩き切るとばかりに騒いでいる。
そこで私はあることに気づいた。
私の足元まで来た猫だが、かの従魔と違って両腕とも普通ではないか。
かの従魔は右腕が赤く変質していたことを思い出す。
よく見ると目つきも従魔シュンに比べて、この猫は優しい目をしている。
シュンの目つきはもっとふてぶてしい感じだった。
ということは、この猫は全く別の個体ということか。
周囲が暗く、毛の色が似ていたからか、私も勘違いしていたようだ。
とりあえず一旦戻ろうかと思った時のことだ。
急に周囲の雰囲気が変わったような気がした。
「なっ!?」
生ぬるいまとわりつくような気配が、周囲を包むのを感じる。
「だ、団長っ!」
ヴァレミーが焦った様子で私を呼んだ。
この異様な気配を感じたのは私だけではないようだ。
ちょうど私の正面の方向から何かが迫ってくる……。
時の流れが長く感じられた。
そして、木々の間からそれが姿を現した――――。
夜の闇の中、そこだけ闇の濃度が違うようだ。
触れるもの全てを、黒く塗りつぶすかのような存在感。
呼吸の仕方を忘れてしまったかのように息苦しい……。
黒い鎧をまとった豚顔の魔族。
三メートルを超える巨体を闇のオーラが包んでいるかのようだ。
岩をも砕きそうな巨大な剣を片手で握っている。
一目で魔王だと理解った
理解させられてしまった。
到底戦える存在ではないことを……。
Aランク以上の力を持つ者で囲むはずだった対象。
しかし、私が十人いたとしても、戦えるイメージが全く湧かない。
このオークキング、明らかにAランクの枠を超えているだろう。
まだ見ぬドラゴンを前にしても、私は同じことを思うのだろうか。
「うわぁぁぁあああ!!」
ヴァレミーが剣を振りかぶって、オークキングに突っ込んでいく。
その様子は恐怖のあまり我を忘れた特攻だった。
「ま、待て!! ヴァレ――――」
一瞬、ほんの一瞬だった。
ゴウっと大きな風切り音がした。
オークキングが片手で剣を振るったのだろう。
剣を振ったのが全く見えなかった。
あれだけの巨剣でありながらだ。
轟音と振り終わった姿だけで、剣を振っただろうことが分かっただけだ。
ヴァレミーは弾き飛ばされ、木にぶつかりその場に崩れ落ちる。
偶然剣を盾にできたのだろう。
体の前に構えたであろう剣は折れている。
「ヴァレミー!」
「…………う、うぅ……」
なんとか意識はあるようだ。
オークキングがこちらを向く。
「くっ……」
打開策がまるで浮かばない……。
このままだと、私たちはここで倒れ、本陣まで全滅の憂き目にあいかねない。
せめて、本陣までこのことを伝えなくては……。
「お前たち! 私が切り込む間に、本陣まで走れ。反論は認めない」
騎士と兵士に指示を出す。
だがおそらく、オークキングの動きを見るかぎり、彼らを無事に逃がせる可能性は低いだろう。
「すまんな……アルフレッド……」
私はここまでのようだ……。
伯爵領を守ってくれる者が現れてくれることを祈る。
脳裏に浮かんだのは、笑顔の狼少女と、その肩に乗るちょっと大きな猫だ……。
その時、私とオークキングの間に猫が歩み出た。
「そうそう、ちょうどこの目の前にいるようなちょっと大きな猫…………」
なっ!?
この修羅場に似つかわしくない存在。
猫はオークキングの存在を気にしていないかのようで、気負った様子が見られない。
さっきまでいた猫ではなく、右腕だけ赤い鱗に覆われている。
「シュン……か?」
「クルニャーン!」
私の問いかけの意味が分かったわけではないだろう。
ただ、私には「この場は任せて!」と言ったように思えた。
ちょっと大きいと言っても、それは猫としての大きさ。
オークキングはもちろん、私よりも数段小さな体。
頼もしいと思う反面、相手はオークキングだ。
グレートボアやオークジェネラルとはわけが違う。
シュンでも無理なのではないかという思いがうずまく。
そんな私の心配などはよそに、戦いが始まった。
「グゥ! グガァァァアアア!!」
シュンを敵として認めたのだろうか。
ヴァレミーに対するときとは違い、威圧のこもった斬撃がシュンに振るわれる。
シュンはそれをかいくぐり、何やら攻撃を加えようとしている様子だ。
動きが追えず、お互いに攻撃しているのだろうということしか分からない。
オークキングがよろめいた。
決定打ではないが、オークキングをよろめかせることができたという事実に、私はこぶしを握りしめていた。
魔王と互角に戦うワイルドキャット。
その姿を見て、私は昔聞いた他国の伝説を思い出していた。
――――その獣の咆哮は天を震わせ、その爪撃は地形を変える。
悪政をしいていた王様を城ごと消し飛ばしたこともあったとか……。
民衆に感謝と畏怖を込めて、その獣はこう呼ばれた。
最強の四足獣――神獣ベヒーモス――と。
ベヒーモスはフェンリルの別名ではないかという説を唱えた歴史家もいた。
フェンリルが世界を回ったときに、地域によって呼び名が違ったとか。
「シュン……」
シュンを見て伝説を思い出すなんて、私はずいぶんシュンに期待しているらしい。
何もできない我が身をふがいなく思うが……。
シュンよ、頼む……。
シュンとオークキングが、少し距離を取って向かい合う。
オークキングもまだまだ何かを秘めている予感がある。
「グゥゥゥ……ゴァァアア!!」
オークキングの咆哮。
私はその場に立っていられなくなり膝をついた。
気持ち悪さがこみ上げてくる。
体内から何かが這い出てくる感覚におそわれる。
横を見ると、騎士と兵士はみな気絶している。
「……ぅぅう」
この戦いは見届けねばならないという思いで、意識が黒く塗りつぶされそうになるのを耐える。
その時、シュンがその場からかき消え、轟音が響いた。
爆発音と言ったほうがいいかもしれない。
「なっ!?」
気づいたときには、オークキングの上半身が消滅していた。
遅れて、下半身がその場に倒れる。
体の気持ち悪さが徐々に晴れてくる。
何が起こったか理解できず、頭の中はいまだにモヤがかかっているかのようだ。
一瞬にしてシュンが魔王を倒してしまったのだ。
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