異界の魔術士

ヘロー天気

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三界巡行編

第一章:大学院の地下遺跡

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 フレグンス城の謁見の間に通されるレイオス王子達一行。彼等の案内役を務めた朔耶は、この後の予定について考えながら、国王カイゼルとレイオス王子の謁見を見守った。

「グランダール王国第一王子、レイオスと申します。此度の歓迎、感謝致します」
「遠路遥々よくぞ参られた。ゆっくり旅の疲れを癒されよ」

 そんなお堅い雰囲気のやり取りを聞き流しつつ、レイオス王子達『金色の剣竜隊』の後ろに控える冒険者集団『ガウィーク隊』に視線を向けた朔耶は、集団の中で大人しく畏まっているコウ少年の様子を覗う。
 すると、コウから『交感』が送られて来たので、意識の糸を繋いで応じた。

――沙耶華はきょうは来るの?――
『沙耶華ちゃんは夕方頃に連れて来る予定よ』

 コウの本体である御国杜みくにもり京矢きょうやと、同じ飛行機事故で異世界に飛ばされた遠藤沙耶華えんどうさやか
 凶星騒動に端を発する魔王の調査でフラキウル大陸を訪れた朔耶が、コウを通じて二人の存在を確認し、紆余曲折を経て二人を地球世界に帰還させる事に成功した。
 こちらの世界で一年以上を過ごした二人は、それぞれの境遇の中で自分の居場所も作っていた。京矢はナッハトーム帝国で皇女殿下の信頼を得て活躍しており、沙耶華はレイオス王子の想い人として、周囲の人々からも認知されていた。
 そんな訳で、二人は地球世界で家族と再会した後も異世界との関わりを続けている。

『この式典が終わったら次の歓迎パーティーまで時間があるから、その時にちょっと相談したい事があるのよ』
――わかったー――

 コウとそんなやり取りをして交感を終える。やがて式典が一段落して、皆がパーティー会場へと移動を始めた。レイオス王子達はそのままパーティーに出席する。グランダール王国の代表として、フレグンス王国の上流貴族や、周辺国の有力者達との親睦を深める活動を行うようだ。
 交易ルートの開拓を模索したり、冒険者協会の支部を置くなどの交渉について話し合うらしい。レイオス王子が王族としての公務もこなす一方で、一応は一介の冒険者集団でしかないガウィーク隊は、適当に食事に手を付けたら王都見物に繰り出す予定なのだとか。

 レイオス王子達の集団と、少し距離を置いて移動するガウィーク達に朔耶が声を掛ける。

「みんなお疲れ様。パーティーで美味しい物食べて行ってね」
「ああ、そこは期待してるぜ」

 隊のメンバー達と共に「肩凝っちまったぜ」と笑うガウィーク隊長を労った朔耶は、コウに先程の交感で話した相談事を持ち掛けた。

「そろそろティマちゃんとネリアちゃんを会わせてみようと思うのよ」
「記憶、もどったの?」
「ううん、まだみたい。でも少しずつ思い出してるらしいわ」
「そっかー」

 コウの問いに、悠介から聞いた情報で答えた朔耶は、エイネリアを狭間世界に連れて行く時期について話し合う。
 狭間世界むこうもカルツィオとポルヴァーティアの外交交渉が始まろうとしている大事な時なので、なるべく空いた期間を狙いたい。

「じゃあ魔導船団が帰るころになっても、ボクはこっちに残ってようか?」

 元々フレグンスで見物を済ませた後は、京矢の定期帰郷に合わせて地球世界に遊びに行く予定だったコウは、多少遅くなっても構わないという。地球世界むこうに渡れば、またぞろフリージャーナリストの『彩辻美鈴あやつじみすず』にくっ付いて彼方此方出掛けるつもりなので、朔耶が力を十分に発揮出来るこちらの世界に居た方が都合が良いだろうと。

「そうね。レイオス王子達の滞在期間が過ぎても調整付かなかった時は、そうしてもらえる?」
「わかったー」

 そんな話をしている内に歓迎パーティーが始まった。冒険者集団であるガウィーク隊メンバーや魔導船団の船員達に配慮して、あまり堅苦しくならない立食スタイルになっている。

「わ~コレすご~い、あま~い」
「……おいしい」

 カレンとレフが、フレグンス産ケーキに感激している。以前、朔耶が持ち込んだショートケーキに感銘を受けた王女レティレスティアと王妃アルサレナの母娘が、開発支援をしてオルドリア中に広めたものだ。

「こんな機会滅多に無いからな、食えるだけ食っておけよ」
「了解」
「こりゃうめぇ! こりゃうめぇ!」

 ガウィーク達男性陣も豪華な宮廷料理に舌鼓を打っていた。そんな中、食事の必要が無いコウは一足先に街の見物に行くらしく、一人で会場から出て来た。
 丁度時間が空いていた朔耶は、コウの王都見物に付き合う事にした。コウは、朔耶が通っている大学院を見てみたいという。

「学校に興味があるの?」
「うん、冒険者の訓練学校なら知ってるけど、普通の学校って見た事ないから」

 王都大学院も、京矢や沙耶華、朔耶が地球世界で通っていた『普通の学校』と比べると、いささか特殊な気もするが、同じ制服を纏って勉学に励む生徒達が沢山居るという環境は体験出来る。

「なるほどね。それじゃあ案内するよ」
「よろしくー」

 斯くして、朔耶はコウを大学院に招待する事になった。今日のこの時間なら、エルディネイア達チームメンバーも居るはずなので、皆に紹介して親睦を深めるのも良いだろう。


 王宮区の城から一般開放区の大学院までは結構距離があるので、王宮を出た朔耶はコウを抱えてひとっ飛びした。

「そう言えば、コウ君って空飛ぶの慣れてるよね?」
「うん、いつも鳥君たちに憑依してるからね」

 しかし少年型の姿のまま飛ぶのは初めてなので、新鮮な気分だという。

「何か、コウ君ならそのうち自力で飛べるようになりそうな気がするわ」

 魔族組織の残党達が使っていた、攻撃魔術を利用した跳躍魔術という特殊な飛行法が存在する。普通の人間にはリスクの高い危険な術だが、そこそこ力のある一般的な魔術士なら、誰でも扱える飛行法。コウのような不死の存在なら墜落して大怪我というリスクも無い。
 魔力を視認して『精霊の癒し』のような現象系の力まで模倣出来るコウなら、直ぐに覚えそうだ。

「あれが王都大学院よ。着陸するね」
「けっこう大きいねぇ」

 五階建て中央塔と四つの三階建て学び塔を持つ校舎。通い慣れた大学院の中庭部分に降り立った朔耶は、コウを連れて中央塔のサロンに向かった。コウは異次元倉庫に仕舞っておいたエイネリアを呼び出している。

「何でまたネリアちゃんを?」
「エイネリアなら、大昔のこの辺りに何があったか分かるから」

 もしかしたら未発見の古代遺跡が見つかるかもしれないので、観光がてら調査もするというコウ。

「ああ、そう言えばそうだったわね」

 朔耶は大学院の地下通路や、一般開放区から王都の外まで続いていた長大な古代遺跡通路の事を思い出した。オルドリア大陸の地下には、古代遺跡が結構点在している。
 帝国の帝都城地下遺跡部分は今も使われているし、商人国家キトの地下にも、かつて魔族組織が秘密基地として利用していた遺跡施設がある。
 既知の古代遺跡は既に調べ尽くされているが、完全な未発見の遺跡が見つかれば、コウ達冒険者にとっても滞在期間中を有意義に過ごせるだろう。


 サロンにやって来た朔耶は、いつものテーブルにエルディネイア達を見つけると、手を振って声を掛けようとした。が、サロンに入った途端、周囲の院生達が一斉にざわついた。
 エルディネイア達も、驚いた様子でこちらを見ている。

(うん? コウ君が珍しかったのかな?)

 などと思いつつ、皆が揃っているテーブルに向かう。注目を浴びる事にはもう慣れているので、今さら好奇の視線に晒されても特に思う事は無い。コウもその辺りは平気な子なので問題無かった。

「やほー、みんな」
「サ、サクヤ、あなた……その子」

 エルディネイアが驚きと困惑の表情を浮かべながら、朔耶の後をちょこまか付いて来るコウ少年を指す。
 朔耶はコウの事を『魔導船団に乗ってやって来たフラキウル大陸の冒険者である』と伝えようとしたのだが、その前に物怖じの無さに定評があるドーソンが、皆を代表してこんな事を訊ねた。

「サクヤの隠し子って本当かい?」
「あほかい」

 即座にツッコむ朔耶。
 何か以前にも似た様な事があった気がすると既視感を覚えていると、悪戯っ子のコウがやらかしてくれた。

「おかーさーん」

 朔耶の腰に抱き着くコウ。ビシリッと、サロンの空気が凍り付く。ざわめく院生や大学院職員。

「コウ君……」

 ギギギッと振り返った朔耶に、いつもの無垢なスマイルを返しつつ距離をとるコウ。交感でこの悪戯の意図を把握した朔耶は、応じるべく行動に出た。

「そういう性質の悪い冗談言う子には、お仕置きが必要ね!」

 バシュッと噴き出すように漆黒の翼を纏う朔耶に対して――

「きんきゅうかいひっ」

 頭上に手を伸ばし、カッと輝いて少年型召喚獣を解除しつつ、異次元倉庫から白い甲冑姿の巨漢ゴーレム『複合体』を取り出すコウ。傍目には少年が甲冑巨人に変身したように見える。
 サロンに吹き荒れる魔力の奔流。魔法障壁に包まれた朔耶の翼から無数の電撃が迸ると、どこから取り出したのか甲冑巨人の身長ほどもある大盾を構えて、悉くそれらを弾く複合体コウ。
 たちまちボス戦のような派手な攻防を見せるが、ピタリと交戦を止めた二人は、皆を振り返って一言。

「とまあ、ちょっと騒ぎを起こし易い子だけど、今日からしばらくよろしくね」
「ヴァヴァヴォヴァー "よろしくー"」

 朔耶はそう言ってコウの事を紹介し、複合体コウは光の文字を出して挨拶するのだった。

「とても似た者同士ですわね……」

 本当に親子のようだとツッコむエルディネイア嬢に、チームメンバーやサロンの院生達も無言で頷いたのだった。

 衝撃の挨拶を済ませたコウは、現在エルディネイア達に囲まれて色々と質問攻めにあっている。やはり、見た目は小柄で可憐な美少女型召喚獣を基にして作られたという美少年が、西方大陸でも名の知れた歴戦の冒険者というインパクトは大きいようだ。

「へぇ~、向こうの魔術士って攻撃専門とか治癒専門にはっきり分かれてるんだ?」
「やっぱり突き詰めると細分化されるものなのかもね」

 攻撃型魔術士のリコーと支援型魔術士のノーマが、フラキウルで一般的な冒険者の職業システムに関心を示す。

「……魔法の効果付きの武具が普通に売られているというのも凄いな」
「恐ろしい魔物がごろごろしてる土地柄なんだろうか」

 近接系メンバーのエルスレイやコルテリウスは、オルドリアでは魔術士に大金を払って呪文を刻んでもらうのが常識である魔法効果を持つ武器防具が、フラキウルでは魔導技士という専門家の手で作られていて、しかも割と安価に手に入るという事実に驚いている。

「コウ様は~、こんなに小さいのにぃ~、冒険者さんなのですね~~」

 凄いですわ~と、のびーる語尾のルーネルシアは、いつも通りワンテンポ遅れている。皆がコウから語られる西方大陸の文化に興味を惹かれている中、ドーソンが訊ねた。

「ところで、そちらの女性は?」
「おお、流石ドーソン。ネリアちゃんに気付くとは」

 いつ誰が気付くか、気付かなければどのタイミングで教えようかと考えていた朔耶が感心する。
 大学院に通う院生達には貴族も多く、個々に侍女や使用人を連れている事も珍しく無い。なのでコウの傍に見慣れないメイド服調の女性が居ても、客人付きの使用人かと思われて誰も気に掛けていなかったのだ。

 ドーソンの一言と朔耶の言葉で皆の注目がエイネリアに注がれる中、彼女の出自について朔耶とコウから紹介が成される。

「ええっ! 古代の発掘品ですって!?」
「魔導人形って、人間じゃないって事?」
「……凄いな」

 サロンに居合わせている他の院生達も含め、エルディネイア達は既にコウの少年型召喚獣や複合体に十分驚いていたが、古代文明の遺産という肩書を持つ存在エイネリアに唖然としている。

「まあ、びっくりするよね」
「そう言えば、サクヤは何日も前からフラキウルの方達と交流を重ねていましたわね? その時から知ってましたの?」

 皆の反応にさもありなんと頷いている朔耶に、エルディネイアが訊ねる。

「うん。ネリアちゃんの事はほんの十日ほど前にね」
「十日前くらいだと、君が忙しく飛び回ってた頃だね」

 ドーソンが『サクヤはいつも忙しく飛び回っているけど』と一言付け加えながら納得していた。


 ひとしきりエイネリアと古代文明を話題に盛り上がったところで、コウからわざわざエイネリアを連れて来た理由について語られた。
 エイネリアには、古代魔導文明時代の様々な情報が蓄積されている。彼女の情報を参照すれば、オルドリア大陸でまだ未発見の古代遺跡を見つける事が出来るかもしれないという内容。

「そう言えば、この大学院の地下にも遺跡がありましたわね?」

 エルディネイアが以前、事件に巻き込まれた時に監禁された大学院の地下通路の事や、魔族組織の襲撃事件の時に朔耶が見つけた、王都の外まで続く長大な抜け道について言及する。王都の地下には、古代遺跡が埋まっているという話。

「あたしが意識の糸で調べた時は、地面の所々に空間があって、あの長い抜け道もそれで見つけたんだけど、ネリアちゃんなら大昔ここに何があったか正確に分かるらしいわよ?」

 朔耶がそう言ってコウとエイネリアに水を向けると、コウに応対の許可をもらったエイネリアが話し始めた。

「この一帯は大図書地区に指定されており、多くの記録情報を閲覧出来る施設がありました」

 古い巻物状の書物から最新の影晶型えいしょうがた記録媒体に至るまで、あらゆる情報を参照出来る書庫が集中している場所だったという。

「へー、大図書館――いや、地区かぁ」
「……この一帯の土地が、丸ごと図書館のような場所だったという事か」
「そんな場所に大学院が立ってるってのも、面白いね」

 エルスレイやノーマ、リコーが興味深そうに呟くと、ドーソンがこんな事を言った。

「それなら、もしかしたら地下通路を探せば古代の本とか見つかるかも?」
「バカバカしい。あの通路の小部屋は土砂も撤去して、調査隊が全部調べていたでしょう?」

 発掘品があるならとっくに見つかっている筈だとツッコむエルディネイアに、ドーソンは冗談を言ってみただけだよと返す。しかし、二人のやり取りにコウが異議を唱えた。

「おにーさん達が知ってる場所よりもっと深いところにも、部屋とか通路があるみたいだよ?」
「もっと深い所?」

 その言葉に朔耶を含め皆が注目すると、コウに促されてエイネリアが再び説明を始める。
 ここにあった書庫施設は最大で地下十階にまで及び、食糧生産や水の精製の他、一度に数百人を収容出来る宿舎や、病院、娯楽施設も完備した、非常用シェルターの役割も果たせる構造の施設だったという。

「地下十階!」
「そう言えば、あの無人島の遺跡も地下六階まであったっけ」

 エルディネイア達が施設の規模の説明に驚いている隣で、朔耶は十日ほど前に訪れた古代のリゾート遺跡の事を思い出しつつ推測する。

「シェルターにもなるって事なら、深い場所の建物はまだ残ってるかもしれないって事?」

 そんな朔耶の問いには、コウから思いがけない答えが返された。

「実はさっき、エイネリアが地下の信号をキャッチしたって言ってたんだ」
「えっ、マジ?」
「まじまじ」
「……? どういう事ですの? サクヤ」

 朔耶とコウのやり取りに、ハテナ顔を浮かべて小首を傾げたエルディネイアが、同じような表情を向けている皆を代表して問う。

「大学院の地下に、まだ動いてる古代遺跡があるらしいって」
「……ええーーっ!」

 地面を指しながら答えた朔耶に、エルディネイア達は揃って驚きの声を上げた。


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