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6巻
6-1
しおりを挟む序章
「もう、来ない」
二人に背を向けた朔耶は、失望感を漂わせながらそう一言呟き、この世界から消えた。
「……」
しばらく呆然とその場に立ち尽くしていたフレイは、ふと我に返ってレイスの方を振り返る。
レイスは俯き加減に何事か考えていたが、やがて顔を上げる。
「……僕のミスだな」
そう言って城の入り口へと歩き出した。
「レイスさま……」
「すまない、フレイは先に帰っていてくれ。僕はアルサレナ様に報告して、対策を考えねば……」
街灯の明かりを失った暗い王宮区画の一角で、フレイは黙ってレイスの背中を見送る事しか出来なかった。
一方、魔力の過剰放射で街灯を吹き飛ばしてしまった朔耶は、未だ収まり切らない憤りを持て余していた。
(あたしが傷つかないようになんて、ただの誤魔化しじゃない。馬鹿にして)
つい先程、夢内異世界旅行で魔族組織の施設を発見した朔耶は、そこで人間が魔物にされている所を目撃し、すぐさまそれをアルサレナ達に伝えようとした。以前、ルティレイフィアから魔物の正体に関する噂を聞いた時、彼女の魔術の師であるメリルー導師より、そういった『故意に変質させられた者』を元に戻せる可能性のある術を教わっていたからだ。
自分なら何とか出来るかもしれない――そう思い、アルサレナに相談するつもりだった。
しかし、精霊の視点が切り替わった先で、偶然耳にしたアルサレナとレイスの会話。
二人は既に魔物の正体を知っていて、その事を朔耶に隠そうとしていたのだ。それも朔耶の気持ちを操るようなやり方で。
(あたしが来なくなるかもしれないからって言ってた癖に)
『……魔物って、実は攫われた人間だったらしいって話、知ってる?』
レイスに対する猜疑心から出た、普段なら絶対にしない相手の表面意識を読みながらの問い掛け。
レイスは、朔耶が罪悪感を懐かないよう事実を隠し、後で魔物の正体が明るみになっても、「あの時レイスが否定した」という心の逃げ道を用意しようと画策した。
(そこまで気持ちを弄ばれて堪りますかっての)
部屋に戻った朔耶は足の裏に付いた土をウェットティッシュで拭き取ると、そのままベッドに潜り込んで目を閉じた。神社の精霊は何も言ってこないが、落ち着かないので自分から声をかける。
『ねえ、何かコメントないの?』
ワレハ サクヤニシエキサレシ セイレイ サクヤノハンダンニ シタガウマデ
『……前は色々言ってたのに』
ムロン サクヤノモクテキニ ソッタ ジョゲンハオコナウ
ただそれダケだと、神社の精霊は自らの在り方を示す。
コレマデモ マタ コレカラモ ワレハ サクヤヲミチビク ヒトツノ ミチシルベデアリ ソシテヒトツノ ミチシルベニシカ スギヌ
相談されれば助言も行うが、基本的に朔耶の判断を軸とする。いつでもいつまでもどこまでも、自分は朔耶の味方である、と語る神社の精霊に、朔耶は少しだけ気持ちを癒された。
そうしてほんの一時苛立ちが緩和された隙に、再び眠りに就くのだった。
翌日――
朝から苛々している朔耶に、父や母が理由を訊ねるも、朔耶は何でもないと誤魔化した。
単純な恨みつらみの類ではないし、赦す赦さないの気持ちとも違う。晴らしたくないような、何とももどかしい気持ちが続いている。このまま家に居ると両親をはじめ兄や弟、幼馴染の拓朗にも心配を掛けるだろう。
彼らに相談すれば的確なアドバイスでこの怒りを鎮めてくれるとは思う。
(だけど、今は怒っていたい気分なのよ)
そう思った朔耶は、親友の実穂に連絡を取ってしばらく泊めてもらえるよう約束を取り付けると、荷物を纏めて早々に家を出た。家族には『友人宅に泊まり掛けで遊びに行く』とだけ伝えておく。
年末で賑わう街角。朔耶が実穂との待ち合わせ場所にやって来ると、何故か藍香も一緒に出迎えた。
「朔ちゃーーん」
「藍……?」
「えへへー、藍香ちゃんも呼んじゃった。いいよね?」
普段通りの高めのテンションを維持している藍香の隣で、実穂は悪戯っぽくウインクなどして見せる。どうやらいつもの察しの良さで気を利かせてくれたようだ。確かに朔耶に対して全肯定のスタンスを取る藍香が居れば、もし何か相談事をする流れになった場合、朔耶はかえって自分を客観視するようになり、打開策も見出しやすくなる。
急遽三人で遊ぶ事になり、正月直前の年末大安売りをしている店を冷やかして回る朔耶達。お昼過ぎまで遊んで過ごし、夕方頃には実穂の大きな家にお邪魔した。例のお泊まり部屋で三人、しばらく寝食を共にするのだ。
「ああ……朔ちゃんと憧れの同居生活」
「わたしも居るよー? しかもわたしん家」
「あはは……」
藍香は相変わらず飛ばしているが、朔耶に普段のキレが無い事は、藍香も、そして実穂も気付いていた。とはいえ、こういう時こそ無闇に踏み込んではいけない事は長い付き合いから理解している。
なので、二人は朔耶の『気晴らし』に付き合いながら、朔耶自身の歩み寄りを待つ事にした。以前、「実穂と藍との間にある一般人としての日常を壊したくない」と言った朔耶が、今自分達に日常を求めているのならば、どこまでも付き合ってやろうじゃないの(藍香談)と。
実穂と藍香。親友二人のそんな気遣いが分かるが故に、朔耶は迷っていた。
二人に話してどうにかなる問題ではない。しかし、このまま黙って自分の『拘り』に付き合わせるばかりでは申し訳ない。
気持ちを打ち明けて相談できる相手からあえて遠ざかり、何も知らない親友のもとへ逃げ込んだのに、その親友達にも気を遣わせる事への心苦しさ。朔耶は『自分は何故ここに来たのだろう?』と自問自答する。
「朔耶ちゃん」
「うん?」
「話すと楽になる事もあるよ?」
実穂はそれだけ言ってニコッと微笑んだ。
「ちょ、ちょっとみっちゃんっ!」
藍香が「あたしが一番に言いたいのを我慢してたのにー!」と彼女の肩に齧り付くと、調子を合わせて悲鳴を上げる実穂。
二人のじゃれ合いを見て朔耶は思う。別に相談する必要はなかったのだと。
(そっか、ただ話すだけでも良かったんだ……)
兄や弟、拓朗達から遠ざかったのも、彼らに話せば『相談』に乗ってくれるから、何らかの答えを出そうとしてくれるからだ。いずれは答えを求めるのだとしても、今はただ話をして吐き出したい、この胸の内を聞いてもらいたかったのだと思い至る。
「二人とも、今からあたしが話す事は絶対秘密ね?」
「え?」
「うん、いいよ」
朔耶は実穂と藍香に、異世界――オルドリア大陸の事を打ち明けた。
「紅茶でいい?」
「うん、ありがと」
「お菓子お菓子~」
夜も更けようかという頃、長い長い異世界の話を終えた三人は、四台のダブルベッドの上で紅茶を啜り、お菓子を頬張りながら話の余韻に浸る。話の途中で精霊の力も使って見せた事が、二人の理解をよりスムーズにした。
「はぁ~~……朔ちゃんの秘密、いっぱい知っちゃった」
「だから、いちいちエロエロしく言うんじゃないっ」
「あはは~、そっかぁ……あの時の大遠投も実は精霊の力だったんだねー」
神社の精霊と契約したばかりの頃の朔耶は、精霊に意識を引っ張られていたせいで注意力が散漫になりがちだった。なので、体育の授業などは体調不良と称して見学していたのだが、野球をやっていた男子の方から転がってきたボールを投げ返す際、うっかり精霊術を使ってしまった。そのため二〇〇メートル程の大遠投をやらかしたのだ。その時は『風のせい』と誤魔化したが。
「まあ、アレはたまたまというか油断してたというか」
二人に話した事で気持ちが楽になった朔耶は、普段の調子を取り戻していた。他愛無い話をして互いに軽く愚痴り合ったりする事の安心感、話を聞き合う事の大切さと温かさを実感する。
しかし、レイス達に対する怒りは晴れた訳ではなく、まだ心の奥で猜疑心と共に燻っている。
その事を聞いた藍香は朔耶の気持ちに共感し、一方実穂は朔耶の心境について指摘した。
「やっぱり朔耶ちゃん、ショック受けてて動揺してたんじゃないかなぁ」
それは兄や弟達のような理性的な分析ではなく、感覚的かつ直感的なモノ。魔族組織の施設でおぞましい光景を見た直後だったため、冷静でなかったのでは? という素朴な疑問。
「うーん……そう、なのかなぁ」
「だってソレまでの話を聞いた限りじゃあ、普段の朔耶ちゃんならそれくらいでソコまで怒らないと思うなぁ」
「えーっ、だって朔ちゃん、騙されてトウバツとかさせられたようなもんでしょー? そりゃ怒るっしょ」
朔耶はあの時の自分の気持ちを考えてみる。魔物の正体を知り、ショックを受けたのは確かだ。
しかしすぐに、メリルー導師に教わった呪い祓いでどうにか出来るかもしれない、と対策も考えていた。アルサレナ達に知らせようとした時はポジティブな気持ちだった事は間違いない。
上手くすれば双方の犠牲を最小限に抑えた、理想的な形で戦いを終わらせられるという期待感、そしてそれは自分にしか出来ないという半ば義務感のような気持ちも懐いていた。『戦女神』などと呼ばれて活躍を期待される事に、それなりの自負も感じていたと思える。
ところが、レイス達は魔物の正体を隠蔽した上、こちらの気持ちを操るようなやり方で誤魔化した。
「……?」
そこまで考えて、何故あれ程の怒りが湧いたのか、おぼろげながら理由が見えてくる。
レイスは最初から、魔物の正体を知れば朔耶が戦いに尻込みすると決め付けていた。
(いや……違う。あたしの事を分析して、そういう人物像を思い描いていたダケ)
それはレイスの主観によるモノではあるが、相手にそう思わせる、感じさせる行動を自身が取っていなかったとは言い切れない。
レイスの考察力には、朔耶も一定の信頼を置いている。レイスは朔耶が『魔物の正体を知れば、魔物との戦いを忌避する』と思っていた。なればこそ、説得して無理に戦わせるでもなく、むしろ戦わない事を気に病まぬよう、あらかじめ戦いの場から遠ざけようとした――あの時のレイスの思考と行動は、そんな風にも解釈できる。
「うーん……」
アーサリムの件では朔耶に期待してないとでも言いたげな言動と画策。そこに国益の話を絡めていたレイス。そんな彼から『貴女のために』と言わんばかりの提案をされて怒りが爆発した。利益優先で考えてた癖に『騙そうとしている』、『ふざけんな』と。
『どこかで、考えに行き違いがあった……?』
アルジドノハ イキオイデ タタミカケラレルト ナガサレヤスイトコロガ ミウケラレル
神社の精霊に突っ込まれて納得する朔耶。それは自分でも感じていた傾向だった。帝国ではアネットがそれを見抜いて、バルティアに勢いで押し倒せとアドバイスしていた事もある。
「朔ちゃん、また難しい顔してる」
「その人達のこと、やっぱり赦せない?」
「ん~、どうなんだろう……? あたしが何か誤解してるような気もしてきた」
確かに自分は勢いに流される所がある。その上ショッキングな真実を目の当たりにして、直後に隠し事の現場に遭遇するなど、立て続けに心を揺さぶられるような事も起きた。それで感情的になり、疑心と怒りに流されたのかもしれないと自己分析をする。
「でもなぁ……」
どこか燻るような想いを抱えたまま、朔耶は実穂&藍香と共にお泊まり部屋で夜を明かすのだった。
* * *
アーサリム地方、スンカ山にある魔族組織の本拠地施設――
その一室で報告を受けたヨールテスは若干険しい表情を浮かべていた。
精霊石鉱山の調査と魔族組織討伐という名分を掲げたフレグンスとグラントゥルモス帝国、アーサリム地元部族の連合部隊は、引き続き軍を進め、現在ポルモーンの街に拠点を築いていると言う。
「差し向けた魔物の実験部隊は壊滅か」
「はい、帝国の遠征部隊においてサクヤ式の新兵器が確認されています」
奴隷や魔物を作る『素材』の狩場として設定していたポルモーンまで押さえられ、後が無くなったヨールテスは起死回生の策を練っていた。
新たに開発した『統率種』を組み込んだ実験部隊の襲撃は、連合部隊に対して一定の戦果を上げたものの、戦女神の介入と新たなサクヤ式の武器によってあっさり壊滅させられた。その報告内容から、魔物部隊の運用には戦術面にまだ大きな課題が残ると分析するヨールテス。
とにかく数を揃えなくてはならないが、その間にスンカ山の麓にある街アーレクラワにまで侵攻されてはそれすら危うくなる。
「時間を稼がねばならん。何とか列強国にいる間諜を使って攪乱できんものか……」
だが、何か工作を仕掛けようにも帝国は密偵が優秀なため、大きな混乱が起きる前に封じられる可能性が高い。そればかりか、貴重な情報源であるこちらの間諜が燻り出されてしまう危険もある。
フレグンスに至っては、戦女神や精霊神官に『精霊の知らせ』で察知されてしまうので、如何ともしがたい。魔物による先の王都襲撃作戦の失敗がそれを証明している。
「その事ですが、昨夜フレグンスの間諜からこのような情報が届いています」
秘書のキルトから報告書を受け取り、目を通す。
そこには、フレグンスの宮廷魔術士長が何らかの粗相をして戦女神の怒りを買い、戦女神は王宮区画の一部を破壊した上、フレグンスに決別を告げたらしいと書かれてあった。
「ふむ……この情報がこちら側の間諜を燻り出す罠という事は?」
「時期的に見て、可能性は低いかと」
アーサリム遠征において、帝国や地元部族達とも共闘しているというフレグンスの現状。先日の襲撃騒ぎの処理もまだ続いている事を考えれば、国内の間諜洗い出しを進めるにしても指揮する人材からして足りないであろう。
「昨夜から今朝にかけて、王宮の上層部ではかなり慌ただしい動きがあったともあります」
「う~む……よし、大至急フレグンスの間諜に連絡を取れ」
今はとにかく時間を稼ぎたいヨールテスは、この際使えそうなネタは積極的に利用すべしとばかりに、詳しい情報を集めるよう指示を出す。相手に問題が起きたならば、そこを突かない手は無い。
そうして夕刻までに集まった情報を総合すると、フレグンス側が魔物の正体を隠蔽しようとした事が戦女神の怒りに触れ、戦女神はもうこちらに来ないと告げて還ってしまった、という事らしい。
ヨールテスは早速これらの情報から攪乱工作の計画を立て始めた。戦においては情報を早々に掴み、かつ最大限に生かす事が肝要である。先日王都襲撃計画の失敗は、戦女神の来訪周期の変化を掴み切れていなかった事が要因とも言える。
その失敗を踏まえて、今回は情報の鮮度が高いうちから計画を立て、実行に移す事にした。
第一章 歯車の返る時
大晦日の朝――
昨日まで実穂の家に泊まっていた朔耶は今朝方、大晦日と正月くらいは家族と過ごすべきだろうと一旦帰宅していた。それに自分の我侭に付き合わせて、実穂と藍香からもそういった家族との時間を奪う訳には行かない。すると帰って来るなり母に呼び出された。
「これって、みよさんの振袖?」
「そーよー? 朔耶ちゃんならぁ~着られると思うのよ~~」
若い頃に着ていたという振袖を持参した拓朗の母、みよさんは、のびーる語尾で嬉しそうに言うと、朔耶に着付けをしてくれると申し出た。簪まで用意してある。
「明日はそれ着て初詣に行きなさいな」
姿見の前で小物の整理をしながら勧める母に、朔耶はとりあえず一度袖を通してみる事にした。
「あらっ! あらまぁ~~朔耶ちゃんったら、すっかり成長しちゃってまあ~、立派だわ~」
「え~、そんな事ないですよー」
上着を脱いでシャツ姿になった朔耶を見て、みよさんはその成長ぶりに感嘆する。朔耶の母共々感慨深げに成長を喜び合っているところに、乱入してくる勇者がいた。
「話は聴かせてもらった、振袖を堪能する!」
「後でね~~」
スラッと襖を開けて入って来てカメラを掲げる重雄。そしてそれを天地投げで退室させる合気道有段者なみよさん。都築家の長男は仄かに人妻の香りを感じながら畳の上を転がっていった。
「ほんっとに、変態な兄でゴメンナサイ」
「ううん~、重雄ちゃんも昔はバリバリの格闘硬派少年だったのに~、最近は面白い子になっちゃったわねぇ~」
この日の朔耶は、そんな調子で家族との時間を過ごしたのだった。
元旦――
「明けまして、おめでとうございまーす」
「おめでとー」
「おめっとさーん」
午前零時、鳴り響く除夜の鐘を聞きながら新年を迎えた都築家は早速、拓朗、みよさん等鳥越家の家族と共に近所の神社へと初詣に向かう。朔耶は振袖姿、両親達も余所行きの格好だ。重雄と弟の孝文、そして拓朗は普段着にコートやジャケットを着込んでいる。
通りには同じく初詣に向かう近所の人々の姿があり、家族ごとに街灯の明かりの下をゾロゾロと移動する。毎年この界隈で繰り返される正月独特の光景である。
多くの人で賑わう神社の境内を歩く中、朔耶は自身の気持ちについて神社の精霊と話し合っていた。心に燻る納得できないような想い。その正体が分からなくては、レイス達と和解する事は難しい。
カレラハ サクヤノコトヲ シンヨウシテイナイ ワケデハナイ
結局のところ、朔耶は和解したいと思っている。その気持ちを汲んだ神社の精霊の助言。レイス達が朔耶の力を利用したいと思っている事は事実でも、朔耶にいてほしい理由はそれダケではない事は分かるだろう? そう問われる。
『うん、それは分かる』
カレラハ セイムニ タズサワルモノデアリ クニト コクミンヲ セオウモノデアル
精霊の言わんとする事を理解した朔耶は、自分の言動が子供っぽく感じられて恥ずかしくなった。隠し事をされた事に腹を立て、自分のやるべき事を放り出して還って来てしまった。深く関わる覚悟をしていた割には、ずいぶんと無責任な行動ではないか。
それに、今のような『精霊と重なる者』としての力が無くとも、彼らは自分に良くしてくれたであろうし、実際アマガ村から王都フレグンスまでの道中や、精霊との繋がりが明らかになる以前にも親しく接してもらった。朔耶が王女の客人という立場にあったからだけではない。レイス達は重鎮四家のように身分や立場だけで判断せず、常に『サクヤ自身』を見て向き合ってくれている。
だが、ソレならば何故、魔物の問題について一緒に考えようとはしなかったのか。親しくしていた彼らだからこそ、納得できない部分。
自分が何に苛立ちを覚えていたのか。おぼろげながら見えているのに、それでも掴み切れない答えと、燻る想い。知らず朔耶は溜め息を吐く。
初詣客の人込みの流れに押されながら、気が付くとお賽銭箱の近くまで来ていた。
「ほら、朔耶の分だ」
「あ、うん。ありがと」
父が差し出した五百円玉を受け取り、鈴を鳴らして投じる。何を願おうかと考えてふと、オルドリア大陸に早く平穏が訪れる事を想う。やはり向こうの事が気になっているのだなぁと自覚する。
『あたし、どうしたいんだろう……?』
ジックリナヤミ ユックリカンガエ シンチョウニ コタエヲ ダストヨイ
「朔ちゃーん」
「あれ、藍と実穂も来てたんだ?」
「わぁー、朔耶ちゃんも振袖だぁ」
境内の入り口付近で写真を撮ったりしている人達を避け、脇の小道に入った所で実穂と藍香に遭遇した。藍香はほぼ普段通りの格好だったが、実穂は振袖を着ていた。
「あ~~~ん、朔ちゃんも振袖着てくるとはっ! なんであたしだけワンピースなのー? あたしも着て来れば良かったーーっ」
「はいはい、騒がない騒がない」
「藍香ちゃん、後で貸したげようか?」
新年の挨拶を交わして甘酒などを啜りつつ、姦しく雑談に興じる朔耶達。孝文や拓朗達が輪に入りたそうにしているが、女の子が固まってお喋りしている空間には不思議な結界が張られているがごとき雰囲気があるため、男共には少々近寄りがたい。
二人の視線に気付いた藍香が甘酒を持って「あんた等も飲め~」とか絡み始めた。ちょっと酔っ払っているのかもしれない。
藍香が暴走しないように見張りながら、朔耶の隣に並んだ実穂が小さく訊ねる。
「朔耶ちゃん、まだ悩んでる?」
「ん……悩ん、でる、かも」
朔耶はその質問に肯定を返した。『怒っている』ではなく『悩んでいる』。胸に燻るモヤモヤの正体がイマイチ分からず、気持ちが晴れないのだと零す。
「その人達のこと、好きなんでしょ?」
「…………うん」
改めて意識すれば確かにそうだなぁ、と朔耶はオルドリアにいる皆の事を思い浮かべた。
レイスに対しても不満の気持ちはあれど、決して嫌ってはいない。初めて会った時からずっと気を許せない相手だったが、苦手な訳でも嫌いな訳でもないのだ。
「ナニーー! 好きだとぉ! 誰っ、一体誰の事なのよ、朔ちゃんっ! このあたしというモノがむぐぐぐぐ……」
中途半端に耳聡い藍香が騒ぎ始めたので、とりあえずチョークスリーパーで黙らせる。そんな暴走藍香から、朔耶は一つ感じた事があった。
会話の一部分だけを抽出して前後の文脈を無視すれば、大抵の言葉は良い意味にも悪い意味にも解釈できる。
(そういう事、なのかな……)
その後、皆で近くのビルの屋上から初日の出を拝み、実穂、藍香達と別れて帰宅した朔耶は、みよさんにお礼を言って振袖を返すと、徹夜の疲れを癒すべくベッドに潜り込んだ。
明けて翌日――
丸一日ゆっくり休んだ朔耶は、重雄を誘って海岸までドライブに来ていた。
以前もここで、重雄に異世界についての詳しい話を打ち明けた。レイスに対する怒りの感情も落ち着き、家族の誰かに相談しようと思った時に最初に思い浮かんだ相手は、やはり兄だった。
「ふむ……この前から様子がおかしいと思ったら、そんな事になってたのか」
「お兄ちゃんは、どう思う?」
やっぱり言葉の意味や意図を取り違えた結果なのかな? と問う朔耶に、車を停めた重雄は腕を組んで真面目な顔になると、静かに質問を返す。
「前に俺が言った事、覚えてるか?」
問われて朔耶は以前相談した時の事を思い出す。
『自分が良いと思った事を選んだ時、その結果の責任を背負う覚悟を持てるかどうかだ』
『その選択をした結果を背負わなくちゃならない』
どんなに理不尽に思う事があっても、それが自分の選択によって齎された結果なら背負う覚悟を持たなければならない。重雄は改めてそう諭す。
「嘘つかれた事が、あたしの選択の結果だって言うの?」
「少なくとも、そのレイスって奴はお前に対して〝そうした方が良い〟と判断したんだ」
精霊と重なるが故に神にも悪魔にもなれる朔耶に対して、自分達の世界に来訪し続けてもらうためには、嘘をついてでも配慮しなくてはと判断した。そこが納得いかないと憤る朔耶に、重雄はズバリと指摘する。
「要するに、お前のその怒りは〝もっと自分を高く評価してほしかった〟って事だぞ?」
「んなっ!」
そんなつもりは無いと噛み付きかけた朔耶は、兄の指摘と自分の行動に符合を感じて動きを止める。同時にレイスの行動にも思い当たる節があったと気付いた。
何気無い言葉の一つ一つが積み重なり、それが相手を判断する材料となる。
侮られたと思った事による反発。『オルドリアを放り出して逃げ帰るように思われた』と感じた事による反発。それは『自分はそんなに弱くない!』という一つのプライドが生み出した反発心だ。
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