異界の魔術士

ヘロー天気

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3巻

3-2

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「まあ、お喋りはこの辺にして、皆さん部屋に戻っていただこうか」

 傭兵達を促して全員を食堂へ移動させるヨールテス。キトの裏切りによるまさかの結末に、皆口惜しそうな表情で歩き出そうとした時、突然竜籠りゅうかごが大きく傾く。
 窓の外を、白と黒の翼が横切った。


 朔耶の背に広がる二枚の翼。
 朔耶をこちらの世界にんだ精霊の力は、朔耶の身体を包み、宙に浮かべる魔法障壁となって白い光の翼を噴出させる。もう一方、黒い光の翼は帝都城の地下で契約した精霊によるもので、推進用の風を放つ。
 茜色あかねいろに染まり始めたオルドリアの空を飛んで来た朔耶は、前方に見つけた八体の竜と三台の竜籠に向かって直進した。しかし勢いあまってそのまま竜達の間を通り、追い抜いてしまう。

「あああっ、行き過ぎた!」

 慌てて反転する朔耶。
 キャンプ場に向かう例のハイキングコースで精霊に願い、呼び掛けた朔耶は、再びこちらの世界にやって来た。その後、一緒に来てしまった兄と共にフレグンスの国境の街、カンタクルにおもむき、交感を通じてレティレスティア達の窮状きゅうじょうを知った。
 サムズの傭兵部隊に竜籠を制圧され、とりこの身となったレティレスティア達。彼女らを救うため、ハイテンションなアニメオタク系の兄によるアドバイスも参考にしながら、工夫と発想力で精霊の力を解放した朔耶は、こうして空を飛ぶ事に成功したのだ。
 竜達は尋常ではない魔力を放出しながら突然飛来した存在に驚き、急停止した。その影響で籠が大きく傾く。四頭立ての大型竜籠おおがたりゅうかごは一度揺れただけですぐに落ち着いたが、サムズの二頭立て竜籠は、主に兵士や物資を迅速に運搬するために造られた簡易型。言わば蓋の無い大きな箱を竜にぶら下げただけという造りなのでよく揺れる。乗っている傭兵達は振り落とされないよう必死で籠の縁にしがみ付いていた。
 朔耶はそんな彼らに意識の糸を伸ばして絡めておくと、竜達の正面に浮く。帝都城にいた頃、時々厩舎きゅうしゃに立ち寄っては見物したり餌やりをしたりしていたので、ゴツイ蜥蜴とかげがおにも慣れたものだ。

(うーん……とりあえず、やって見ようか)

 兄のアドバイスに従い、朔耶は自分の中の精霊を通じて湧き出す力の流れに意識を向けると、蛇口を捻るように魔力の放出を行った。朔耶を包む白と黒のオーラの羽が、巨大な壁のごとく広がっていく。まるで『ここから先は通さない』と告げるかのように竜達の前に立ち塞がった。
 竜は呼吸と同じ生命活動の一環として魔力を感じ、操る事が出来る存在だ。飛行の際も術など使わず、魔力による風を発生させて揚力ようりょくを得、魔力の流れを自然の風と同じように感じ取る。それ故に朔耶が発する魔力の異常さを正確に認識できるのだ。
 本能で悟る。『逆らってはイケナイ』と。


 じろり。びくり。


 睨みを利かせた朔耶に、首を引いて後退あとずさる飛竜。ようやく揺れの収まったサムズの竜籠に乗る傭兵達が、朔耶の姿を見て騒ぎ始めた。巨大な白と黒の光の翼を広げて行く手をはばむ人間らしき存在にどう対処すれば良いか分からず、狭い籠の上で右往左往している。勇敢にも矢を射掛けようとした者もいたが、仲間に刺激するなと慌てて止められていた。
 朔耶は竜達にも意識の糸を伸ばし、意思疎通そつうを試みる。糸を絡めただけでも竜達は首を捩ってキューキュー鳴いていたので、魔力だけでなく糸の存在も感知できるようだ。

『この場で待て、いいわね?』

 こくこくと頷く八頭の竜。『竜って頷くんだぁ』と妙なところに感心しつつ、朔耶は竜達から意識の糸を解き、傭兵達に意識を向けた。
 次の瞬間、たくさんのカメラのフラッシュがかれたかのごとく、青白い閃光せんこうが乾いた音を立てながら連続して朔耶の身を照らし出す。
 やがてそれが収まると、傭兵達は狭い籠の中で折り重なるように昏倒こんとうしていた。とりあえずサムズの竜籠の竜達には、『捨てて来て』――つまり、一度地上に下りて傭兵達を降ろして来てと指示を出す。すると気絶した傭兵で満員になっている方の竜籠が地上へ下りて行く。
 もう一台は倒れふす傭兵二人を乗せたままこの場で待機させると、レティレスティア達の乗る竜籠りゅうかごを制圧している者達を追い出すため、朔耶は一度乗った覚えのある四頭立て大型竜籠に乗り込んだ。


 大型竜籠の中では状況が把握しきれず、少し混乱が起きていた。
 突然大きく揺れたかと思うと、唐突に何か濃密な気配が現れ、外からは傭兵達が騒いでいる声が聞こえた。その後、連続する乾いた音と青白い閃光せんこう。そして静寂。貨物室にいた面々はこの異常事態にそれぞれ感ずるモノがあった。
 レティレスティアとアルサレナ、レイスとフレイは濃密な『気配』に覚えがあった。バルティアとアネットは連続する『乾いた音』と『閃光』に覚えがあった。ブラハミルトはこの濃密な気配が『巨大な魔力』である事を感じ取った。
 そしてヨールテスとキルトは、その『巨大な魔力』が、そのような表現で済まされるレベルでは無い事に戦慄せんりつしていた。二人は魔力を繋ぎ、吸い、溜め込み、消化する身体を持っているが故に、魔力そのものを従来の人間よりも正確に感じ取る事が出来るのだ。
 一体何が現れたのかと警戒しているところに、貨物室の開いていた上部扉から、巨大な気配と共に小さな影が下りてきた。
 噴出するオーラに白い衣をなびかせ、黒髪に黒い瞳を持ち、白と黒の光る翼を広げた少女。
 そのあまりにも非現実的な気配と姿に、彼女をよく知る者達も声を発する事が出来ないでいた。貨物室の中を見渡した少女は、レティレスティアの姿を見つけると片手を上げて微笑みながら言う。

「やほ、レティ。久しぶり」

 どこまでも軽い、朔耶の挨拶。レティレスティアの中に歓喜が広がる。

「ああ……っ、サクヤ!」
「サクヤ様!」
「フレイも久しぶり~、二人とも心配かけてごめんね?」

 感極まったレティレスティアとフレイが朔耶のもとに駆け寄ろうとする。しかし、咄嗟とっさに傭兵達に腕を掴まれ引き戻された。こんな尋常ではない気配を持つ存在に人質を持っていかれては、任務の遂行どころか自分達の命さえ危ないと判断したのだ。彼女達の様子から、あの存在と親しい関係である事は考えるまでもない。この二人を押さえている内はまだ有利に事を運べる、と。
 乱暴に引き戻されて小さく悲鳴を上げるレティレスティアを見た朔耶は、ムッと不機嫌な顔をするとスタスタと歩み寄る。

「う、動くな! この娘がどう――」
「邪魔」


 カカァアン


 薄暗い貨物室が一瞬青白い閃光に包まれ、誰もが目をくらませた。視力が戻ると、そこには床に倒れふした傭兵達の姿。「相変わらず反則よねぇ」というアネットの感嘆の呟きが聞こえてくる。今度こそレティレスティア達と再会の抱擁を、と思っていた朔耶に、横から声をかける者がいた。

「いやぁ素晴らしいですな! その魔力、その術! 意識の糸をそこまで自在に操れるとは」

 横に長い変なひげを持つ初老の男性と、所々破れているが豪華な衣装をまとった女性。朔耶は彼らが、精霊の視点になっていた時に見たキトの代表と警護の女性剣士である事を思い出した。『この髭は特徴的だなぁ』などと思っている朔耶に、アネットが慌てて警告を発する。この二人が倒れていない事から、朔耶が彼らの裏切りを知らないと気付いたのだ。

「サクヤちゃん! その二人も敵――」
「え?」

 アネットが言い終わる前に、キルトが素早く抜き放った短剣で朔耶の喉を突いていた。

「ぐ………こふ……」

 しかし、かすかなうめきを上げて床に倒れふしたのはキルトだった。相手の魔力を吸い取り、体内に溜める能力を持つ彼女は、それを自分の意志で止める事が出来ない。そのため、魔力を噴出し続けている朔耶を短剣で突いた途端、朔耶の魔力が体内に流れ込んだ。そしてそれがあまりに膨大な量であったため、一瞬で許容量を超えてしまった。要は『おぼれた』のだ。
 意識の糸など、通常は目に見えぬ魔力の流れを視認する能力を持つヨールテスは、キルトから魔力があふれ出るところを見て、一瞬呆けてしまう。我に返って『しまった』と振り向いた先では、朔耶がキョトンとして突っ立っていた。
 てっきり反撃が来るものと構えていたヨールテスは、そんな朔耶の様子にキルトの一撃が届いたかとも思ったが、彼女の喉には傷一つ付いていない。
 朔耶は全身に強力な魔法障壁を張っているので、短剣の刃どころか衝撃も届かない。たとえ魔術を撃ち込まれてもその影響を全く受けない状態にある。
 基本的にただの一般人である朔耶には、プロの暗殺者であるキルトの動きは全く見えなかった。朔耶にしてみれば、目の前にいたと思ったら突然倒れられたようなものだ。
 その力も反応も現象も、何もかも理解しがたい朔耶という存在に、ヨールテスは完全な手詰まりにおちいった。故に、彼女から伸びる意識の糸が自分の首に絡まるのを、ただ呆然と見つめるしかなかった。


 カカァアン


 ヨールテスが崩れ落ちる。
 朔耶は念のため、状況についていけず端っこで固まっている綺麗どころ親衛隊のお姉さま方に対しても、意識の糸を通して心――表層意識のみだが――を読み取る。そうして彼女達が危険な存在ではない事を確かめた。

「サクヤ!」

 全ての危険を排除した事を確認して魔力のオーラを解いた朔耶に真っ先に駆け寄り、その身を抱き締めようとしたのはバルティアだった。

「――精霊よ風のいましめをあの者に――」
「っ!」

 肩口もあらわに、ほのかな色気を漂わせる異国の白い服をまとった、心より焦がれる少女。その朔耶を胸に抱こうとした直前で、バルティアの身体が急停止する。その脇をふわりと金髪をなびかせて通り抜けたレティレスティアが、飛び付くように朔耶に抱きついた。そんな彼女を苦笑しながら迎える朔耶。

「……そこで精霊術はないのではないか? フレグンスの王女」
貴方あなたにサクヤは渡しませんから」

 ぎゅっと朔耶を抱き締めながら、レティレスティアは王女の風格をもって言い放つ。それに対し複雑な表情を向けるバルティア。


 それを見たアルサレナは溜め息を吐き、レイスとフレイはさもありなんと頷く。またブラハミルトは興味深そうな表情を浮かべ、アネットは通路に隠れて笑っていた。

「あははは……まあ、今はとにかくあの人達を降ろしちゃってカンタクルに急ごうよ。竜籠りゅうかごが二台もあれば援軍も早く送れるでしょ?」

 朔耶はとりあえずこの場を収めて、話を進める事にした。


 貨物室の後部扉を開け、気絶した傭兵とヨールテス、そしてキルトも一緒にサムズの竜籠に積み込む。彼らを地上に降ろして来るよう竜達に言いつけた朔耶は、続いて各国代表の皆に、精霊の視点で見たサムズ方面より来る傭兵団の大部隊の事を詳しく話した。

「サムズの大部隊がそんな近くに迫っていると……?」
「うん、あたしが見た感じだと三日くらいでカースティアに着くと思う」
「やはり、我々の推測より早く動いていたという訳か」
「少し早すぎる気もしますね」

 バルティアとアネットは、エイディアス帝が討たれた前後に傭兵団がサムズに入った事、その規模からの国の動きを推測し、今回の会談にはそれを牽制する意味合いも含ませていた事を打ち明けた。
 先代皇帝エイディアスがサムズと取り交わしていた密約。帝国からの資金援助を受けたサムズが、帝国と契約を結んだ傭兵団を自国の戦力としてまず迎える。その後、帝国がフレグンスに仕掛けた折に、サムズがフレグンスの背後を突くべく衛星国家であるクリューゲルに侵攻するというモノ。
 エイディアス帝が朔耶に討たれた事でこの計画は立ち消えになるはずだった。だが、サムズに帝国の侵攻を待たずクリューゲルに仕掛けようとするきざしがあったので、バルティアは会談を早めたのだ。
 おおよその事情を知っていたアルサレナは、悪くない判断であったと一定の評価を下した。サムズと帝国の関係を理解したブラハミルトは頷き、ティルファはフレグンス、グラントゥルモス側に立つと明言した。彼は、これがフレグンスとグラントゥルモスの戦い、もしくはフレグンスの内戦であれば中立の立場をとるつもりだった。『サムズの勝利が三国の滅亡に繋がる』というヨールテスの言葉も、今回の判断を後押ししたと言える。

「キトの動きはどう見ます?」
「ふむ……ヨールテスも言っていた事だが、キトは群体国家とも言える、多数の集団が寄り集まった頭も尻尾もはっきりしない不定形な国だからな。奴の言う通り、当面の支配者が代わるだけで今まで通り何も変わらんのだろう」

 レイスの問いに対しブラハミルトはそう説明した。政治体制は未だ表立って確立されておらず、多くの商人と資産家が寄り集まり、いつ誰によって国の方針が定められているのかも分からない。一説には、キトに多数存在する各種ギルドの総元締めが中心的役割を果たしているとも言われている。

「そうなると、ヨールテスをあのまま逃がして良かったのでしょうか?」
「奴がキトの代表として送り込まれたのは、恐らく我々の確保が目的だったのだろう。つまりは、奴も『駒』の一つだ」
「いつでも切れる『尻尾』という事ですか。しかし……尻尾だと思っていたら実は頭だった、なんて事は?」
「無いとは言い切れん。だが、ここで身柄を確保しておいたとして、それでキトをどうにか出来ると思うか?」

 確かに、とレイスは納得した。先程話した通り、当面の支配者が代わるだけだ。新しい支配者が方針をぐるりと変えて自分達に付く可能性も無くはないが、楽観的すぎる考えだ。
 ともあれ、ここはフレグンス領でも東寄りの地域で、キトからは随分離れている。地上に降ろしたヨールテス達が傭兵達をまとめて動いたとしても、精々クリューゲルに侵攻してくる傭兵団と合流する程度であろう。特に脅威にはならないと判断された。
 そこまで話したところで、地上に傭兵達を捨てに行っていたサムズの竜籠りゅうかごが戻って来た。

「それじゃあ、竜達にはこっちの竜籠に付いて行くように言っておいたから」
「サクヤ、本当にカースティアに行かれるのですか?」

 カースティアに残ったイーリスら各国代表団の護衛達を助けに行くという朔耶に、レティレスティアは心配そうな表情を向けた。

「うん、やれる事はやっとかないと。後悔はしたくないしね」

 おもむろに歩み寄ったバルティアも朔耶に話しかける。

「あまり無理はするなよ、余はお前ともっと話したい」
「バル……ちゃんと頑張ってるところ見てたよ、急に消えちゃってごめんね?」
「いや、余の不甲斐無ふがいなさが招いた事だ……」

 何やら親密な会話を交わす朔耶と帝国皇帝。二人を交互に見たレティレスティアの表情に別の不安の色が浮かぶ。そこへ、レイスが割り込むように声をかけた。

「サクヤ、少し待ってもらえますか。ほら、フレイ」
「……は、はい。あの……」

 おずおずと歩み出たフレイは、俯き加減で申し訳なさそうな顔をしている。フレイとは再会の挨拶以外、まだ言葉を交わしていない。朔耶はフレイの性格とアネットに対する態度から、自分がさらわれた事を未だ気に病んでいるのかもしれないと思い至った。
 フレイは朔耶が光の翼をまとって現れた時、感極まってレティレスティア王女と同様に駆け出そうとした。しかしその後、彼女が圧倒的な力を振るって敵勢を排除し、各国の代表や王女、王妃達と対等に話し合う姿を見るうち、心の中で彼女に対するおそれ多さが膨らんでいった。つまり、あまりに大きな存在となった朔耶を前に、萎縮いしゅくしてしまったのだ。
 何を話すでもなくもじもじしているフレイに、朔耶は『これはこっちから動いてあげないと駄目かもしれんね』と歩み寄ると、いつか馬車の中でしたようにヌイグルミ抱っこを敢行した。

「うーん、相変わらずイイ抱き心地」
「さ、サクヤ様……?」
「フレイ? あんま深く考えちゃ駄目だよ?」
「でも……私は……」
「フレイがよそよそしいと、あたしは寂しいなぁ」
「サクヤ様……分かりました。サクヤ様とは、今まで通りのお付き合いでご奉仕させていただきます」

 若干気になる表現もあったが、朔耶はうむうむと満足して身を離した。
 バルティアが、朔耶を見て、レティレスティアを見て、フレイを見て、アネットを見て、そしてまた朔耶に視線を戻して呟く。

「そうか、サクヤが余になびかぬは同性嗜好であったがためか……。しかし困った、性別ばかりはどうにも……」


 イナズマ デコピーン


「……何をする」
「やかましっ! この妄想おばか皇帝!」

 ちょっと涙目でオデコをさすっているバルティアに、「あたしはノーマルだ!」と力強く宣言しながら後部扉の前に立つ朔耶。

「あーもう! バルのせいでシリアスな出撃シーンがドタバタコメディになっちゃったじゃないの!」
「ふむ、何だかよく分からんが、リラックスできてよかったな?」
「むぅ……」

 バシュッと朔耶の身体から白と黒のオーラが噴き出て光の翼が広がる。

「んじゃ、行って来ます」

 開かれた後部扉から見えるオルドリアの空には既に星がまたたき始めている。ふわりと身体を浮かせた朔耶は、黒い光の翼が起こす突風をまとって一気に飛び出していった。



   第二章 光の翼


 カースティアの大図書館二階では、会談が行われていた部屋の前の通路でフレグンス近衛騎士このえきしだん、帝国精鋭騎士団、ティルファ魔術団が交代で襲撃者達と相対していた。
 通路の両端には一階へと繋がる階段があるが、挟撃を受けないよう片方の階段と通路の一部を魔術で崩壊させて塞いである。両方塞げれば篭城ろうじょうもしやすかったのだが、片方を塞いでいる間にもう片方を制圧されてしまったのだ。

「一階は完全に占拠されたか」
「連中、ここを拠点にすべく街中から集まって来ているようだ」
「最初に仕掛けて来たのは傭兵団のようだな。サムズの自警団とは別の奴らだろう」
「サムズの独立派って連中は、ただ頭数を揃えるのに集められただけだな」

 襲撃者による何度目かの突入を退けつつも、各団の代表達が敵戦力を分析して話し合う。相手側に魔術士がいないため、先程までは近衛騎士団、精鋭騎士団が交互にまもりを固め、魔術団が援護する事で危なげなく撃退に成功していた。
 しかし昼から続く連戦に、数で劣る味方は体力的にも精神的にも消耗しており、徐々にだが押されつつある。塞いだ通路からも、襲撃者達が瓦礫がれきの撤去作業を行う音が聞こえてくる。

「カースティア派遣騎士団の生き残りが態勢を立て直してくれれば、援軍が来るまでは持たせられると思うのだが……」
「さて……、いささか厳しい状況ですな」

 カースティアに元々駐在していたフレグンスからの派遣騎士団は、既に街人に偽装した武装集団の奇襲を受けて壊滅している。

「敵襲!」
「く……またか! だが向こうも消耗しているようだな、攻撃の間隔が長くなってきている」

 一本の通路上で行われる攻防。何度撃退しても、すぐに部隊を編成し突入を仕掛けてくる襲撃者達。ほとんどは大した腕も無い雑兵ぞうひょう程度だが、時折傭兵のような手錬てだれがなだれ込んで来るので、一時いっときも気を抜く事が出来ない。

「とにかく、ここは耐え抜くしかあるまい」

 イーリスは刃の欠け始めた槍を握り直すと、回収され損なった敵兵の遺体が転がる防衛ラインの廊下に踏み出した。


 大図書館の一階部分。そこは傭兵団とサムズ独立派グループで構成された武装集団に占拠されており、中央のホールは彼らの指令拠点として使われている。武装集団の中で司令塔の役割をになっている傭兵団の団長は、脱出した各国代表を追わせた分隊が戻らない事に苛立ちを募らせていた。

竜籠りゅうかごはまだ戻らんのか」
「未だ連絡はありません」
「まさか落とされたのではあるまいな……」

 彼らが戻り次第、クリューゲルに進撃中である仲間の傭兵団をこちらに輸送するはずだったが、肝心の竜籠がないのではそれも叶わない。このままでは彼らの到着に三日は要してしまう事になる。
 さらにはこの襲撃に合わせて集まる手筈になっていたサムズ独立派が予定の半分も集まっておらず、未だ大図書館の制圧に至っていない。
 サムズ側の戦略は、先行してカースティアに潜んでいた傭兵団を中心として決起。各国の代表を押さえ、あらかじめ連絡を付けておいた同じく潜伏中のサムズ独立派の少数グループを集結させ、彼らをまとめてカースティアを制圧。その後、傭兵団本隊の大部隊を送り込んでカースティアを防衛、フレグンスの反撃を抑え込む、という筋書きだった。
 最初の奇襲を補佐するため、この武装集団にはサムズ独自の戦力である自警団も一部派遣されていたのだが――

「サムズ独立派の連中は何故予定通り集まらん。奴らでも数さえ揃えばそれなりの戦力になるというのに」
斥候せっこうからの報告に、ここへ向かう途中で襲撃を受けたらしき独立派集団の死体を見たとありますが……」
「……ふむ。派遣騎士団の別働隊でもいたか……? しかし、フレグンスの騎士団にそんな戦い方が出来るとも思えんが……」

 フレグンスの騎士は正々堂々、真っ向勝負を挑む正統派騎士であり、戦いの専門家からすれば実に扱いやすいカモだ。だが、姿を現さず、移動中の小集団を各個撃破して回るような遊撃スタイルの部隊がいるとなれば、こうしてノンビリ構えている訳にも行かなくなる。
 二階への突入には、傭兵崩れの多いサムズの自警団を時折交ぜてはいるが、近衛騎士このえきしだん、精鋭騎士団は手強いうえに、ティルファ魔術団の援護が厄介だった。

「ここで唸っていても仕方ないな。サムズの自警団には街周辺を巡回させて、残りの独立派集団の集結を急がせろ。通路の制圧には我々が出る。斥候せっこうが戻り次第、臨時にここの指揮を執らせろ」
「ハッ」

 傭兵団の団長は、この大図書館の制圧が遅れる事で作戦全体に影響が出る事を懸念し、また若干の焦りもあって自ら制圧に乗り出す事を決断した。

「次の攻撃で独立派の連中を一旦突撃させてすぐに下がらせろ、入れ替わり我々が突入する。退路を間違わせるなよ? 団子になったら魔術の餌食えじきだからな」


 クリューゲルの中心地でもある繁華街は普段の賑わいも無く、ひっそりと静まり返っていた。街の治安を担っていた派遣騎士団は昼間の襲撃で壊滅状態にあるため、外を出歩く住人もいない。それ以前に、サムズの武装集団が大図書館周辺に集まる途中、時折徒党を組んでは武具屋や飲食店などを襲撃しているので、皆家に閉じもって息を潜めるしかなかった。

「静かだな、同志達は上手くやってるようだ」
「既に街の制圧も終わっているようです。我々も武器を調達して早く本隊に合流しましょう!」
「あの店なんてどうだ? 看板にキャリゴルの紋章がある。良い武器が手に入るかもしれんぞ」

 彼らはサムズ決起の報を受けて集まったサムズ独立派集団で、普段は個別にクリューゲルの郊外に潜み、時折情報収集と生活費稼ぎを兼ねた『石売り』――つまり魔力石を売りに街へ出向くという生活を送っていた。だが十日ほど前に、『近くサムズによるフレグンス侵攻の前哨戦ぜんしょうせんとしてクリューゲルの首都カースティアを攻略する』という大規模な軍事作戦の報せを受け、密かに仲間と連絡を取り合い、郊外に構えたアジトに潜んでいたのだ。
 その内の一人が、早速ある店に押し入ろうと武器代わりに持ってきた丸太で扉を叩き始めると、他の仲間も付近に落ちている石や木材を拾って来てはソレに加勢する。リーダー格の男は部下の働きを見定めるかのように腕を組んで、扉が破られるのを待っていた。
 やがて扉が砕かれ、数人が店に押し入ると、中から怒号や悲鳴が上がる。物が倒れる音や陶器が割れる音が続き、命乞いの叫び等も聞こえてくる。そんな中、集団のメンバー二人が寝巻姿の少女を店から引きずり出して来た。店の奥からは主人らしき男の懇願する声が響く。

「頼む! 武器は持っていって構わない、娘は返してくれ!」
「いやぁ! お父さんっ、お父さん助けてぇ!」

 殴られたのか、額から血を流しながら足にすがりつく店のあるじを邪魔そうに蹴り飛ばした男達は、泣き叫ぶ少女の髪を乱暴に掴み上げると頬を張って黙らせる。

「リーダー、コイツを本隊への土産みやげにしましょう」
土産みやげだぁ? お前らが食いたいダケだろうが」
「相変わらず子供趣味な奴だなぁ」

 店の主人を無視し、商品の剣や槍、斧などを両腕に担いだメンバーとリーダー格の男が笑い合う。他のメンバーも持ち出された武器を物色しては装備を整えていく。


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