異界の魔術士

ヘロー天気

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1巻

1-3

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 デイジーは信じられないという表情で朔耶の顔とライターの火を交互に見つめると、半ば予想していた通りの言葉をつぶやいた。

「サクヤさんは、魔術士さんだったんですか……?」

 せっかく打ち解けたのにまた恐縮し始めたデイジーをなだめながら、自分は魔術士なんて大層なモノではないと説明する間、朔耶は新たな『この世界の常識』を朧気おぼろげながら掴み始めていた。

「つまり、魔力石をこんな風に使う人は居ないって事?」
「はい、普通は詠唱を行うか、触媒型なら中に『力ある言葉』が刻まれた何かが入ってますから」
「それって魔力石には刻まないの?」
「よく分かりませんけど、無理なんだそうです……。石の持つ魔力が『力ある言葉』の力を変質させてしまうとか」

『力ある言葉』――いわゆる『呪文』は大抵のモノに刻み込む事ができるので、武器や防具等に刻んで強度を高めたりするのだが、魔力石に刻むと石に含まれる魔力が刻まれた呪文によって変質してしまい、更に呪文の方も上手く発動しなくなる。
 結果、なんの効果も得られずに呪文が消えるか、暴走した魔力が石を破壊するかしてしまう。魔力石は魔術と相性が良いように見えて、実は最も魔術の触媒には不向きなのだそうだ。

「そっか……じゃあもしかして、これって凄く珍しいのかなぁ」
「……本当に、そのランプは魔力石で点いてるんですか?」

 からかわれているのではないかといぶかしげに、だが珍しそうに朔耶の手元を見るデイジーに、「これはランプじゃなくてライターだよ」と教えつつ、ライターの中を開いて見せてやる。
 デイジーには知るよしも無かったが、細かく削り出された様々な形の魔力石を整然と並べて魔力の流れを制御するその仕組みは、朔耶の世界の電気製品の中にある基板、電気回路そのものだった。
 デイジーを送り出した朔耶は、彼女から聞いた話に期待を膨らませていた。

「売れる! これなら売れるじゃんっ! やっていけそうだよあたし!」

 この世界ではまだ確立されていない、魔力石を使った道具の発明。魔術式の道具のような高価な品ではないが、材料はそこらに落ちているので原価はゼロに等しい。「適当に便利な道具を作って安価で売ればもうかるじゃん」と、朔耶は楽観的に考えていた。


 狩猟を終えたクィスは日も暮れようかという頃にクルストスの街に立ち寄った。った獲物の半分を売りに出し、残りを明日のお祭りに使う肉塊に処理して袋に詰める。帰宅の準備を済ませたクィスはもう一つの目的を果たすべく、街門の傍にある騎士の詰め所に向かう。
 その目的とはサクヤの身元について調べる事。先日サクヤの意識が戻った事を村長に報告した時、例の馬鹿息子の進言でもあったのか、村長はサクヤの身元を調べてその内容如何いかんで処遇を決めよう等と言ってきた。
 村長の息子は小さい頃、とある貴族が優秀な人材を育成する為に設立したという王都の平民学校に通っていたせいか、やたら貴族ぶった態度で策士を気取るところがあり、何かといえば「ここは策をろうしておこう」とか「既に手は打ってある」とか言いたがる。
『既に打ってある手』はほとんど事後承諾だし、『弄した策』も大抵は的外れな結果になるので、皆に迷惑がられたり笑いものになる場合が多い。
 見栄を張りたがるあの馬鹿息子が、精霊石の指輪などという高価なモノを身につけたサクヤの身柄を引き受けなかったのは、どうせ何か問題があった時に責任を負わされないようにするためだ。
 朝の報告で王族ゆかりの方かもしれないと伝えておいたので下手に近付く事はないとは思うが、朔耶の親しみやすい美しさと人当たりの良さを知れば、村の娘に片端から色目を使うあの馬鹿息子の事、間違いなく彼女に言い寄って取り入ろうとするに違いない。
 そんな事をつらつらと考えながら騎士の詰め所に近付いた時、中から話し声が聞こえてきた。

「黒髪に黒い瞳で歳の頃は十五、六か……外大陸辺りから来たのかな? 異国の装いってのはどんな感じなんだ?」
「なんでも舞踏会とかでお偉方が着るコートみたいな造りで、鮮やかな光沢のある赤いものらしい」
「コート? 女じゃないのか?」
「女だ。一人旅なら男装しててもおかしくないだろう? 格好はいささか目立ちそうだがな」

 クィスはすぐに騎士達がサクヤの話をしているのだと悟った。思わず足を止めて聞き耳を立てる。

「しかし、こんな辺鄙へんぴな所にまで手配書を回されてもなぁ……ティルファとの国境の森だろ? どんだけ距離があると思ってんだ」
「魔術士だって話だからな。王都や隣の街で見つからないんだ。下流の方まで捜索の手を伸ばそうって事なんだろ」
「でもなぁ……近衛隊の槍を受けて川に落ちたんだろ? 途中の川で見つからないんじゃあ、もう死んでんじゃないのか?」
「死体でも必ず探し出せってお達しだ。それも姫様たってのご希望による勅令だとさ」

『近衛隊の槍を受けて川に落ちた』というくだりで、クィスは眉をひそめた。騎士達の言う『近衛隊』が、この国の王女を守る近衛騎士団を指している事は分かる。だが何故、サクヤがその近衛騎士団に怪我を負わされなくてはならなかったのか。

「たく……近衛隊の尻拭いとはねー。地方の下級騎士はつれぇこって」
「まあ、危うく姫様をさらわれるところだったらしいからな。御者ぎょしゃが内通してて……実際かなりヤバかったらしい」
「姫様の馬車の御者が内通者ってのも、ちょっと考えられねぇな?」
「ああ、王都にゃ相当数の間諜かんちょうが入り込んでるだろうからな。そういうこともあるんだろうさ。だからあっちの騎士団連中はそういうのの洗い出しに忙しいのさ」
「ハッ! それで俺達に御鉢おはちが回ってきた訳か。こっちも暇じゃねえんだがなぁ」

 騎士達が巡回に出ようとする気配を感じ、クィスは素早くその場を離れて通行人を装い、そのまま門を潜って街を出た。黙々と帰路を急ぐクィスは、今し方聞いた話で少し混乱していた。
 先程の騎士達の話によると、サクヤの怪我は姫様を守る近衛騎士団によるモノだった。その姫様は、最近何者かの襲撃を受けて危うく攫われるところだったという。そして今、近衛騎士団が姫様の勅令の下、サクヤの捜索をしている。

「どういう、ことだ……まさかサクヤが……?」

 街からかなり離れた所まで来てようやく我に返ったクィスは、結局サクヤの身元を確かめていなかった事に気付いたが、さっきの詰め所の騎士達にサクヤの事を話すのは何故だか躊躇ためらわれた。
 しかし、村に戻ったら村長に報告をしなければならない。いずれ村にも捜索の手が伸びる事を思えば、先程の話を黙っている訳にはいかない。万が一、サクヤが姫様を狙った悪人だった場合、王家に弓引く者を隠匿いんとくした罪で村人全員がとがめを受ける事にもなりかねないのだ。

「……まだ、そうと決まった訳じゃない」

 何かの間違いか、庶民の自分には想像もつかないような込み入った事情があるのかもしれない。村の灯りが見え始めた頃、クィスはしばらく考えを巡らせて――先送りする事を選んだ。

『今日は街の騎士達は皆忙しく、話を聞けなかったので後日また調べに行く』

 これで通そうと決めた。


 三日目にしてようやく外に出てアマガ村の風景を見た朔耶は、長閑のどかな……というより、『貧しい村』という印象を持った。
 村人達はクィスの後ろを歩く朔耶を見て、硬直して立ち尽くす人と愛想笑いを浮かべる人との二種類に分かれた。後者の方も、最初驚いたような表情になり、次に所在無く視線を彷徨さまよわせた上でのことなので、明らかに戸惑っていることが分かる。
 朔耶は、目が合った人には軽く頭を下げて挨拶し、足早にクィスの後を追う。

(なんか……れ物に触るような感じ?)

「もしかして自分はこの村の負担になっているのでは?」と不安になった朔耶に、それを見透かしたようなクィスの声がかかる。

「前にも言ったけど、村の連中はサクヤの事をどこかの貴族の令嬢だと思ってるから、皆どう接していいか分からないだけなんだ。どうか気を悪くしないでくれ」
「う、ううん、大丈夫だよ。ただ、あたし迷惑になってないかな~なんて……」
「サクヤの面倒見てる俺自身が迷惑だなんて思ってないんだから、安心しなよ」

 不安げにつぶやく朔耶を励ますつもりで、クィスはからかい気味に言ったのだが、

「クィス……ありがとう」

 と、ふんわりとした微笑みでお礼を言われて、一気に体温が上昇するのを感じた。
 初めて太陽の光の下で見るサクヤは本当に健康的で綺麗な肌とつやのある黒髪をしていて、その黒い瞳には吸い込まれそうになる。

(か、可愛いな、サクヤは……いや、美人なのは分かってたんだけど……ヤ、ヤバイよな)

 何がヤバイのかよく分からないまま、クィスはサクヤの微笑みに動悸どうきが激しくなるのを感じていた。
 村を囲むバリケードのような木の柵を出て少し岩場を下った場所に、ゆったりと流れる川がある。川原には洗濯をしている村人の姿。
 クィスは洗濯中の村人の川下で大桶の水を捨てると、朔耶から水み用のおけを受け取って上流側の水を汲む。その間に、ここに朔耶が流れ着いた時の事を話してくれた。
 朔耶は感嘆とも落胆ともつかない息を吐いて一度上流を見つめると、すくめた肩をさすりながら手前の川の流れに目を戻す。洗濯をしている村人がそわそわしているが、あえて気にしない。

(あたし、一生ここで暮らすのかなぁ)

 どこか憂鬱ゆううつそうな表情を浮かべていた朔耶を元気付けようと、クィスが話しかけた。

「そうだサクヤ、今夜はちょっとしたお祭りがあるんだけど、君も参加しないか? 食事も出るんだよ」
「お祭り? 面白そう!」

 油断するとすぐ落ち込みそうになるので、朔耶は意識して気持ちを奮い立たせる。何事にも前向きなのが自分の在り方。塞ぎ込んでいても仕方がないのだ。
 そんな朔耶とクィスを、一人の青年が岩場の上から見下ろしている。
 貴族風、とまでは行かないが、この村の住人にしては小奇麗で立派な街服姿をした彼は、『貴族かぶれの馬鹿息子』こと、村長の息子ドーソンであった。
 昨夜のクィスの報告では、騎士達は皆忙しそうにしていたので話を聞けなかったという事だったが、街の騎士達が貴族とおぼしき少女の身元照会にも応じられないというのは、少し妙だと彼は思う。

「懐柔されたか……あるいは」

 随分と打ち解けた様子のクィスと少女を一度見やり、ドーソンはきびすを返して自宅の納屋へ向かった。


 ――夕刻。
 村の中央の広場には幾つかのテーブルが並べられ、つどった女達がバーベキューのような料理の準備を進めており、男達は持ち寄った地酒で酒盛りを始めている。
 今日は十数日に一度、村の皆で集まって食事をする狩猟祭の日。キャンプファイヤーのようにまきを組み上げ、そこに火を入れようとしている村人が火起こしにてこずっている。見かねた朔耶が魔力石ライターで火を点けると、皆が口々に『魔術士サクヤ』とたたえ始める。
 朔耶はお酒の入った人達に一々訂正しても仕方がないと、好きに呼ばせておく事にした。それよりも運ばれてきた料理の方が興味深い。狩猟村なだけあって全体的に肉料理が多く、一つ一つのサイズも大きい。香ばしく焼けた肉をはふはふ言いながら食べると、ちょっと幸せな気分になった。

(キャンプファイヤーにバーベキューかぁ……)

 この世界にばれたあの日、自分はキャンプ場に向かっていたのだ。何だか感慨深くなる。今頃元の世界では家族や友人達が心配しているかもしれないと思うと、溜め息が零れてしまう。

「サクヤ、疲れたのかい?」
「ううん、大丈夫だよ」

 常に朔耶の隣に立ち、彼女が村人達と気楽に話せるよう配慮しているクィス。彼の胸には同時に、村長の馬鹿息子から朔耶を守るという使命感にも似た気持ちがあったのだが、その『馬鹿息子ドーソン』は未だ姿を見せない。

「アイツ……準備をサボるのは分かるけど、食事の時になっても顔を見せないなんて」
「ん? 誰の事?」
「いや、ドーソンっていう村長んとこの馬鹿息子がいるんだけど……見かけなくてさ」
「馬鹿息子って……」

 朔耶はクィスの言い草に噴き出しそうになりながら、この温厚な彼にそう言わせる人物を想像した。

(村長の息子かあ……、ちょっと傲慢入ってるとか? だとしたらいなくて良かったかな?)

 等と不謹慎ながらもそう思ってしまう。

「ドーソンさんなら朝から馬に乗ってどこかに出かけましたよ?」

 飲み物を持って配膳に回っているデイジーがたまたま近くを通り、そう教えてくれた。

「朝から馬で? ……一体どこへ何しに」
「馬、居たんだ~」
「一頭だけですけどね」

 呑気にデイジーと雑談を始めた朔耶の傍で、クィスは胸騒ぎを覚えていた。


 料理もほとんどたいらげられ、そろそろお開きにしようかという頃、それはやってきた。
 複数のひづめの音が近づいてきたかと思うと、馬に乗り甲冑かっちゅうに身を包んだ集団が、広場にいる村人達を取り囲んだ。突然の事に右往左往しながら騒ぐ村人達に向かって、集団の代表らしき人物が声を張り上げる。

「静まれぇーー! 我等はクルストス駐在のフレグンス辺境騎士団だ! レティレスティア姫様の勅令により、ある人物の捜索に参った!」

 襲撃のたぐいではないと分かり、村人達は次第に落ち着きを取り戻したものの、皆不安げに身を寄せ合う。集団の代表は馬上からぐるりと見渡し、騒ぎが治まった事を確認すると、仲間に合図を送った。
 すると包囲の一角が解かれて、そこから一頭の馬がゆっくり歩み出る。その馬に乗っている人物を見てクィスが叫ぶ。

「ドーソン!」

 朔耶は、クィスの隣でデイジーの震える肩を抱いてなだめながら、辺りの様子をうかがう。その姿を見つけたドーソンは、少し目を細めてクィスの方に向き直った。

「ドーソン! これは何事だ!」
「クィス、使えない奴だな、君は……昨日街でちゃんと騎士達に話を聞いていれば、僕がこんな苦労をしなくて済んだってのに」 

 やれやれと気障きざっぽく前髪をかき上げながら「ご馳走を食べ損なってしまったよ」等と首を振って大仰に嘆いて見せるドーソンの姿を見て、朔耶は彼をギャグキャラに認定した。――二秒で。
 一方クィスはドーソンが現れた事で、昨日街で立ち聞きした騎士達の話が彼に伝わったのだと確信し、朔耶の前に立ちはだかった。騎士達が彼女を捕らえに来たのは明白だ。
 その騎士達の隊長は、勿体もったいぶったドーソンにしびれを切らし、会話に割り込む。

「ドーソン殿、娘はどこか?」
「ああ、ご心配なく、中隊長殿。あそこに居る黒髪の娘がお探しの者ですよ」

 皆の視線を受けて肩をすくめる朔耶。朔耶の前に立つクィスは、この状況をどうすれば切り抜けられるのか必死で考えている。
 その時、包囲の輪の向こう側に馬車が停まり、御車台ぎょしゃだいに乗っている二人の騎士のうちの一人が降り立った。更に荷台からは四人の騎士が降りてこちらにやってきて、馬上の中隊長と呼ばれた男に敬礼した。中隊長は頷き、朔耶の方を目で示す。

「あの娘だ」
「はっ!」

 騎士達は慎重に朔耶のもとに歩み寄る。甲冑を着けた体格の良い騎士が四人も並んで警戒心を滲ませながら近付く様は、見る者に威圧感を与えた。
 最初は驚いた朔耶も、先程の中隊長の口上を聞いて大体の事情を察していた。レティレスティアが自分を探している、と。しかし迎えにしては随分と物々しいこの雰囲気は――

(また何か、誤解されてるような……?)

 とりあえず、朔耶は騎士達に声をかけてみる。

「あの……王都に行くんですよね? それには応じますから、明日まで待ってもらえません? まだ村の皆さんにお世話になったお礼も言ってないですし」

 その言葉に、中隊長はいぶかしむような表情を向けた。四人の騎士達も戸惑い、隊長の指示を待つ。捜索対象である『黒髪に黒い瞳の小柄な少女』はなるほど、顔立ちからしてこの辺りの人間とは少し違っていて、手配書にある通り、異国人のようだ。
 朔耶はデイジーから貰ったお古の服を着て他の村人達と変わりない格好だったが、朔耶自身の持つ雰囲気はやはり異質で目立つ。
 中隊長から指示が出ないのを、娘の申し出を黙殺したと解釈した騎士の一人が、身柄の確保に動いた。朔耶をかばうように立つクィスを押し退けようとしたが、クィスはその場に踏ん張って動かない。
 クィスには最早この事態をどうする事もできない。だがこれはせめてもの抵抗だ。がんとしてその場を動かないクィスに怪訝けげんな視線を向けた騎士だったが――

「ふん……」

 鼻で笑って少し特殊な押し退け方をした。見た目は手で相手を脇に払っただけに見えるが、兄の影響で多少武道をたしなんでいた朔耶にはその動きの意味が分かった。

(あ……崩し技だ)

 踏ん張っていた身体の軸を押し上げられて姿勢を崩したクィスは、あっさり尻餅をついた。

「クィス――」

 朔耶は隣で震えているデイジーから離れるのを一瞬躊躇ためらったが、クィスを助け起こそうと一歩前に踏み出す。そこで左肩を騎士に掴まれ、思わず苦痛の悲鳴を零した。
 身を退こうとしたが、がっちり掴まれていて余計に痛い。

「ちょ……っ、肩……痛っ、放して……!」
「娘! 抵抗するな、逃げられはせん」

 激痛でまともに声が出せない朔耶を見て、弾かれたように立ち上がったクィスが、激昂して騎士に飛びかかろうとした時。

「やめて下さい! サクヤさんは怪我をしてるんです!」

 デイジーがその騎士の腕に飛びついた。騒然とする村人達。酒も入っている若い衆が、クィスの怒りに触発されて、騎士達を威嚇いかくするように身構える。
 彼等の不穏な空気を感じ取った騎士達が一斉に剣に手を掛けたところで、中隊長の怒声が響いた。

「やめんか馬鹿者っ! ヴィンス、手を離してやれ。村の者は代表者を残して家に戻れ! ブラタ、野営の準備だ」
「明日まで待つのですか?」
「こんな夜更けに動くより朝を待って出た方が良い。お前達は先に戻って報告をしておけ」

 一触即発だった場を即座に収めて素早く指示を出し、それを受けた部下達がきびきびと動く。気勢をがれた村の若い衆もこぶしを下ろすと、戸惑いつつも他の村人達共々帰っていった。
 肩を押さえて座り込んだ朔耶にデイジーが寄り添い、その前には未だ警戒を解かないクィスが二人をまもるように仁王立ちしている。

「この焚火は使えるな。ここで夜を明かすぞ。娘の見張りにはアンバッスとレイスがつけ」

 二人の騎士が朔耶達の前に歩み出る。寡黙な印象を受ける強面こわもての中年騎士と、優男風に見える若い騎士の二人を、クィスはじっと睨みつけていたが――

「やあ、僕はレイス。そんなに睨まないでほしいな。僕は彼と違って女性の扱いは心得てるよ」
「レイス、余計な事は言うな」

 見た目が対照的な二人は、性格も対照的なようだった。


「なんか、急なお別れになっちゃったな~」

 部屋に戻り、傷口が開いていないかデイジーにてもらった朔耶は、傷も問題ないし夜も遅いということでデイジーを家に帰らせた。そして明日に備えて自分の荷物をまとめる。荷物といっても、朔耶が着ていた服とデイジーに貰った服、それに試作魔力石ライターくらいなのだが。
 部屋を出ると、リビングでは仏頂面ぶっちょうづらをしたクィスが二人の騎士とテーブルを挟んで向かい合っていた。というより、クィスが一方的に睨みつけているような感じだった。
 しかしアンバッスと呼ばれた中年騎士は腕を組んで目を閉じているし、レイスと名乗った優男風の騎士はニコニコと微笑を浮かべて、クィスの『ガン飛ばし』を涼しげに流しているので空気はさほど重くない。
 朔耶は苦笑を浮かべながら間に入った。

「も~クィスってば、そんな睨まないの」
「サクヤ……」
「さっきはありがとね、かばってくれて」
「いや……俺は……」

 彼が何もできなかった事を悔やんでいるのを察し、朔耶はすぐに言葉を被せる。

「ほんとに、危ない事しないでね? クィスに何かあったら、あたし……」
「ご、ごめん……」

 朔耶の『あたしあなたの事が心配なの攻撃』(朔耶兄による綿密な指導によるもの)に顔を赤らめるクィス。そんな二人の様子を、レイスは相変わらずニコニコ眺めていた。
 朔耶はその微笑に観察めいた意思を感じつつも、明るく言った。

「さーて、それじゃあ明日に備えて寝よっか」
「サクヤ……」
「うん?」
「その……俺……」

 しばらく何か言いたげにしていたクィスは、結局「なんでもない」と寂しげな微笑を浮かべた。首を傾げる朔耶だったが、「ん、そっか」と軽く頷いて返した。

「おやすみクィス」
「おやすみ、サクヤ」

 クィスが部屋に戻るのを見送り、朔耶はテーブルに着いている二人の騎士に声をかける。

「お二人は?」
「僕らは見張りですから徹夜なんですよ。交代で仮眠してますけどね」
「レイス、余計な事は言わんでいい」

 アンバッスの突込みに肩をすくめて見せるレイス。朔耶は一つ頷いて部屋に戻った。


(ふぅ~、しっかし……絶対あたし何か誤解されてるよね)

 レティレスティアが自分の事を探させているのは分かったが、この扱いはまるで犯罪者だ。

(勅令とか言ってたけど、命令書とかは無いのかなぁ)

 書面に記されているなら正確に内容が伝わるはずだが、もしそうであっても末端に届くまでに色々抜け落ちたり余計なモノがくっついたりして伝わった可能性は低くない。それにこの辺りは王都から離れているため、なおさら情報は正しく伝わりづらいだろう。何より朔耶には、あのレティレスティアが自分を犯罪者のように扱うとはどうしても思えなかった。
 しかし見方を変えればこうして捕まった事で、自分の無事はレティレスティアにも伝わるだろうし、王都に行って彼女に会えばまた精霊の声も聞けるかもしれない。そしてそこから元の世界に戻る手立ても分かるかもしれない。
 騎士団が連れていってくれるなら旅費の心配も無いし、道中の安全は保証されてるようなモノだ。

「なんだ、ラッキーじゃん」

 旅費を稼ぐ必要も護衛を雇う必要もなく、旅の知識を身に付ける手間も省けて「一石三鳥じゃん、ちょっと痛かったけど」と急角度で気持ちを上向きにさせた朔耶は、短いとはいえ、この村で過ごした日々を思い浮かべながら眠りについた。


 ――翌早朝。
 まだ薄暗い朝靄あさもやの中、朔耶は騎士達に連れられてアマガの村を後にした。
 出発前に混乱を招きたくないという騎士達の意向により、村人達が起き出す前に出立する事になったのだ。結局まともにお別れの挨拶もできなかったなぁとボヤく朔耶を荷台に押し込み、馬車はひとまずクルストスの街に入る。
 木やわらの混じった石造りの建物が並ぶクルストスの街は、実はフレグンス王国の街ではなく、その衛星国家である小国に属する国境の街だ。ここから出発して王都に辿たどり着くまでには、この小国の首都を抜けて更にもう一国の衛星国家と、フレグンス王国内の国境の街を通る。途中で馬車の交換や物資の補給も必要となるので、主要な街や村に立ち寄る事も想定している。
 初めてこの世界の街を目にした朔耶は、物珍しそうに周囲の建物や露店に視線を向けていた。
 この世界に来た時に着ていた赤いジャケットにスカートという格好は目立つので、今はデイジーに貰った服を着ている。その為、遠目には田舎から出てきた娘が『おのぼりさん』をやってるようにしか見えなかった。
 騎士の詰め所に到着すると、荷台に一緒に乗り込んでいた騎士達はさっさと降りて中に入ってしまい、朔耶はこのまま馬車に残るように言われたので大人しく街の風景を眺めていた。
 しばらくすると御車台ぎょしゃだいに乗っていた昨日の二人の騎士、アンバッスとレイスが馬車の荷台に取り付けるほろを担いでやってきた。長旅に備えて幌を張るらしく、二人で手際よく取り付けていく。
 朔耶は手伝おうかとも思ったが、アンバッスに「じっとしているように」と言われて仕方なくポケ~ッと作業を眺めていた。

「アンバッス・クルト小隊長、並びにレイス・チル・アクレイアの両名にこの者を王都まで護送する任務を与える」
「ハッ!」
「了解です」

 中隊長から言い渡され、アンバッスはかっちりとした敬礼をし、レイスは優雅に崩した敬礼を返す。

強面こわもてのおじさんは小隊長さんかぁ~。叩き上げのベテランって感じだね。レイスは何となくキャリアって感じがするんだけどなぁ)

 馬車のほろの陰から様子を見ていた朔耶は、これからお世話になるであろう二人を観察していた。荷物が積み込まれ、さあ出発かという時に、何やら難しい顔をしたアンバッスが、荷台の荷物の間に身体を押し込んでいる朔耶に近付いてきた。

「何ですか?」
「……捕虜の護送にはかせを付ける決まりがある」

 そう言って手に提げていた鎖付きの輪っかを持ち上げた。以前森の中でレティレスティアがめられそうになったモノとよく似ている。

「捕虜っ! あたし捕虜なの?」
「先日の、帝国の襲撃に関わった人物だと聞いているが……詳しい事は知らん」
「え~、じゃあ別に捕虜じゃないじゃん。あたし嫌だかんね、そんなの付けられるの」
「そうもいかん。護送する人間の立場をはっきりさせておかねば、各関所で面倒な事になる」

 そう言いつつも、アンバッスの表情からは、あまり気が進まない様子がうかがえる。強面なだけに感情が出やすいのかもしれない。

「詳しい事が分からないのにハッキリさせておくって、おかしくない?」
「屁理屈を言うな、お前を護送するのに他にどんな立場にできる」
「要人警護とか?」
「そんな怪しい要人が居るか」

 いくら襲撃に加担した疑いのある魔術士とはいえ、アンバッスから見れば朔耶はまだ子供でしかない。そんな少女に罪人のそれにも似た術封じの枷を填める事は躊躇ためらわれる為、こうしてぐずる朔耶に付き合っている。魔術士相手に油断は禁物だが、力ずくで行使するのはアンバッスの良心がゆるさないのだ。

「まあまあ、いいじゃないですか、隊長。街に入る時だけ付けてもらえば」
「簡単に言うな、レイス。道中で問題が起きてからでは遅い」

 やり取りする二人の前で微妙にレイスを応援しながら眺めていた朔耶は、ふと、詰め所前に停まっている別の馬車に気付いた。こちらの荷馬車っぽい馬車に比べて、いかにも人を運ぶ為という感じの黒塗りの豪華な馬車。その馬車に乗り込んでいたのは――


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