異界の魔術士

ヘロー天気

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三界巡行編

序章・一

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 朔耶が精霊によって異世界はオルドリアの地に召喚されてから、既に二年以上の月日が流れた。沢山の出会いと別れ。国家間規模の巨大な陰謀に巻き込まれるなど、様々な経験と紆余曲折を経て成長していった朔耶は、今やオルドリアの地で『知らぬ者はない』と言われるほどの有名人。
 精霊の力を宿した異界の魔術士、『戦女神サクヤ』と呼ばれ、現在もオルドリアの地に君臨する四大国のひとつ『フレグンス王国』を中心に活躍を続け、その名を轟かせ続けている。
 吟遊詩人が謡う朔耶の活躍は、仰々しくも華々しい冒険活劇な英雄譚にも聞こえるが――

「お腹空いたな~。バルにお昼ご飯でもたかるか」

 本人は至って「自分は庶民」を標榜している。誰とでもフレンドリーに接する人懐っこい性格は相変わらず、その自由な生き方を貫いていた。ちなみに、今し方呟いたバルとは、四大国の一角を担うグラントゥルモス帝国を治める第十四代皇帝バルティア・トラディアス・グランという人物の事を指す。
 帝国の首都となる帝都クラティシカ。山頂に聳えるは巨大な城塞都市でもある帝都城。
 その上層階を歩く朔耶は、帝都の民からは『皇帝の黒后』等と呼ばれて親しまれており、同時に畏怖の対象でもあった。
 皇帝バルティアが、幾度となく朔耶に求愛しては、スルーされたり殴られたりしている姿がよく目撃されており、二人の微笑ましい? 仲睦まじさ? は帝都民にもすっかり馴染んでいる。
 そんな、説得力の欠片も無い自称庶民な朔耶は現在、フレグンス王国の高官『王室特別査察官』という立場での公務で帝国を訪れていた。
 この度、帝都に設立される事になった帝都学園と、帝国領の山の麓に建設が進んでいる完成間近な機械車競技場に関して、両国間で協力する催し物についての段取りである。

「やほ~バル、来たよー」
「おお、待っていたぞ」
「いらっしゃ~いサクヤちゃん」

 いつもの皇帝の執務室に入ると、いつもの重厚な執務机で書類を捌く仕事をしているバルティアに、いつもの軽い調子の挨拶を返す皇帝補佐官アネットことヴィヴィアンが迎えてくれる。
 ちなみにヴィヴィアンとは、元々密偵をやっていたアネットが王都フレグンスに潜入していた時の偽名だが、朔耶からの呼び名として定着している。

「向こうの大学院とこっちの学園の交流企画案の書類持って来たよ」
「うむ。ご苦労だった」

 一度アネットに渡してから、バルティアに回される企画書などの各種書類。執務机に並べられたそれらに目を通しつつ、大まかな部分を口頭で伝える。

「機械車競技場の共同開催は、ティルファも交えてまた話し合おうってさ」
「そうだな。どの道、我が帝国製のサクヤ式機械車と競うのは、ティルファ式機械車だからな」

 フレグンス国内にも機械車競技場の建設は進んでいるが、フレグンス製の機械車という乗り物はまだ製造されていない。ついでに言うなれば、帝国製のサクヤ式機械車というのも、心臓部である動力部分は朔耶の弟の孝文が制作した『四石筒モーターエンジン』という、地球製魔力石モーターを使っているので、純粋な帝国製でも無い。
 そういう意味では、オルドリア独自の技術による機械車はティルファの魔術式機械車がもっとも真っ当な国産車と言える。知の都を標榜するティルファの面目躍如といったところであった。
 概ね必要な事は伝え終えたと、任務完了で肩の荷を下ろした朔耶は、さっそくご飯を集る。

「お昼ごはん、こっちで食べて帰ろうと思うんだけど」
「そうか、ならば上の食堂に用意させよう」

 久しぶりに食事を共に出来ると、喜びを隠しきれないバルティアは、実に自然な流れでこんな事を切り出した。

「ところで、サクヤもそろそろ良い年頃だ。余との婚姻の時期を決めないか」
「なに勝手に既定事項にしてんのよ」

 速攻でズビシとチョップを入れてツッコむ朔耶に、何だか嬉しそうなバルティア。そんな二人を眺めるアネットは、『こりゃ進展は難しいわ』とこっそり溜め息を吐く。バルティアが朔耶の恋愛対象になるには、もう一波乱二波乱のイベントが必要そうであった。


 昼食を済ませて帝都から地球世界の自宅庭へと帰還した朔耶は、そのまま王都フレグンスに転移すると、今日の公務の成果を報告に城の上層階へと飛ぶ。
 フレグンスでは、近々迎える西方はフラキウル大陸からの訪問者、大国グランダールより飛来する魔導船団の受け入れ準備が進められていた。
 グランダール王国の第一王子、レイオスが率いる魔導船団は、オルドリア大陸ではまだ馴染みの無い魔導技術による航空機を使っての冒険飛行の一環で、ここフレグンス王国を訪れる。
 西方大陸の国々とは、これまで交易商人達による細々とした交流はあったが、国家間の本格的な交流は今回が初めてとなる。その切っ掛けは、先月ほど前に騒ぎが終息した凶星騒動にあったが、やはりというか当然というべきか、朔耶の活動が深く関わっていた。

「あ、レティ」
「サクヤ、帝国から戻ったのですね」
「うん、今から報告に行くところ」

 フレグンス城近くの上空で、朔耶はレティレスティアと鉢合わせた。最近はレティレスティアもよく王都の空を飛んでいる。凶星騒ぎの時はあまり活躍を見せられなかったが、半年ほど前に王都で精霊文化祭という催しがあった時に起きた大盗賊の襲撃事件では、『精霊姫』としての力を存分に振るって戦いに参加していた。

「いつもご苦労様です。無理はなさらないでくださいね?」
「大丈夫、結構楽しんでやってるからね」

 フレグンスの守護神として『戦女神サクヤ』と並び称される『精霊姫レティレスティア』。ただ、それほどの存在になってしまった事は、それはそれで問題でもあるらしい。彼女をフレグンス王室歴代最高の精霊術士にした王妃アルサレナが、国王カイゼルに叱られた理由。
 それは、『次代やその先の王室に混乱をもたらせる事になる』というもの。
 レティレスティアが、半分だが精霊と『重なる者』になれたのは、朔耶の力があってこそだが、朔耶自身が非常に稀な存在である以上、今後同じような力を持つ者が現れる可能性は極めて低い。このままでは歴代唯一の『重なる者』で終わる。次世代に継承出来ない力を持たせてしまった事は、今後の時代で王室の権威失墜に繋がる要素となり易い。
 今のレティレスティアの力をフレグンス王室の象徴にすると、次世代以降の王室は力を失ったと見做される。それは朔耶の存在にも同じ事が言える。
 この二人が健在な今の時代の内に、出来るだけ国家の地盤を固めておかなければ、後は衰退するだけとなった時に一気に崩れる。カイゼル王はそんなフレグンスの将来を危惧していた。
 今の内に発展出来るだけ発展しておく。グラントゥルモス帝国との積極的な交流や、国内で多くの文化的なイベント開催が許可されるのは、その為の布石。西方フラキウル大陸に君臨する大国、グランダール王国との国交も、それらの一環なのである。

「サクヤは、この後はどうされるのですか?」
「今日はこっちの公務が終わったら、大学院に顔出してから悠介君のところに行く予定だよ」
「ユースケ様というと、あの凶星が存在した世界の邪神の人の事ですね?」
「そうそう、邪神の人」

 朔耶から狭間世界での出来事についても色々と話を聞いているレティレスティアは、フラキウル大陸の魔王退治で朔耶と共闘もしたという『邪神ユースケ』には、是非とも一度お目に掛かりたいと興味を示していた。

「うーん、悠介君はロリキラー属性があるからなぁ」

 レティレスティアならギリギリ引っ掛かりそう等と冗談を言う朔耶に、レティレスティアは――

「私は、イーリスとサクヤ一筋ですから大丈夫ですわ」
「そこにあたしを交ぜるんじゃない」

 冗談とも本気ともつかない言葉を返して朔耶にツッコまれる、天然第一王女様なのであった。



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