異界の魔術士

ヘロー天気

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三界巡行編

第三十章:三界巡行な日々

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 狭間世界で栄耀同盟の壊滅を見てから二日。
 一昨日おととい、フレグンス城に出向いた朔耶は、第一王女レティレスティアや宮廷魔術士長レイスに、狭間世界の大きな問題が一つ解決した報告をしつつ、オルドリアの近況を確かめた。
 帝国やティルファと共同で進めている機械車競技場や『魔術式投影装置』を使った情報伝達網など、幾つかの事業は進捗に問題も無く順調そのもの。
 緊急の用事なども無かったので、予定通り今度は南の大陸の調査に行く事を伝えて了承を得た。

『公に口にはしませんが、王は期待しているようですよ』

 レイスがそんな事を言っていた。西方フラキウル大陸の魔導大国グランダールとの国交を結べた事で、フレグンス国は少なくない恩恵を受けている。
 今後十年、二十年先の展望を見据えるなら、世界中の有力国と交流を持つ事の意義は大きい。

 南方の大陸にも、その土地に君臨する大国がある。聞くところによると、街の防壁を全て宝石で覆うという独自の文化を持つ国らしい。
 そんな裕福な国々との友好を結べるかもしれないのだ。朔耶の遠征を厭う理由は無く、ある意味、朔耶にしか出来ない外交活動でもある――との事だった。

(夢内異世界旅行で見たあの街は、防壁と巨大な宝石のオブジェ以外は普通っぽかったけどね)


 そうして昨日は一日、準備がてらゆっくり休養をとった朔耶は、沙耶華をレイオス王子のところへ届けるべく遠藤家を訪れていた。

「そうでしたか。コウ君も結構活躍したんですね」
「あの子ほど優秀な密偵役はそうそう居ないでしょうねー」

 狭間世界のお土産話にコウ少年の働きを話題にしたりしつつ、転移の準備をすませる。
 そのコウ少年は一昨日、一緒に地球世界に戻って来て直ぐ、京矢の居る向こうの世界に渡った。アンダギー博士のところへ色々と持って行く物があると言っていた。

(多分、魔導動力装置も渡してくれてるかな)

 遠藤家の屋内に用意された、異世界へ転移する為の部屋に入る。
 以前は秘匿の問題もあり、その都度、都築家まで移動して庭からの転移だったが、負担の軽減や利便性を考慮して話し合い、それぞれの自宅の屋内に転移の起点を設ける事になった。
 前回、京矢が自宅の御国杜家から異世界に転移している。

「それじゃあ行きましょうか」
「よろしくお願いします」

 着替えなどを詰めたリュックを背負う沙耶華を連れて世界を渡る。朔耶はいつも通り、異世界はフラキウル大陸方面の上空を飛行中である、レイオス王子の魔導船団内へと転移した。

「よっと。動いてる魔導船の中に出るのも、もう慣れたものね」
「最初は転びそうになってましたもんね」

 転移と同時に魔法障壁で覆われて保護される朔耶と沙耶華は、来訪専用の船室内に着地して一息吐いた。
 航行中の魔導船は、船員達がそれなりに忙しく動き回っている。変なタイミングで適当な場所に出て邪魔になってはいけないからと、常に空けている部屋を用意してくれたのだ。

「さて、レイオス王子に挨拶を――って、本人が来たわ」
「え?」

 沙耶華の来訪を知らせに部屋を出ようとした朔耶は、神社の精霊からのお知らせと意識の糸レーダーでレイオス王子がこちらに向かって来ている事に気付いた。

「サヤカ!」
「レイオス……」

 バァーンと扉を開けて飛び込んで来るレイオス王子。毎回劇的な再開を演出しようとする劇場型王子様に対して、沙耶華も毎回冷静に対応していた。

「ただいま戻りました」
「うむ、待ちわびたぞ」

 レイオスが自然な動作で抱き寄せると、沙耶華も当然のように身を預けて応じる。息が合っているとも言えるのか、二人の抱擁は傍から見て実に堂に入っていた。
 それをほうほうと観察していた朔耶は、何となく気になったので訊ねる。

「そういえば、何であたし達が来た事に気付いたの?」
「ああ、エティスの『対人レーダー』という索敵能力だ」

「へー、そんな機能もあったのね」

 朔耶は、流石は警備用ガイドアクターだわと感心する。
 警備用とは銘打っているが、あの危険な魔法生物と戦えるような光線兵器を内蔵しているあたり、実際は限りなく軍用に近い機体なのかもしれない。

 魔導船団はもう直ぐ冒険飛行を終える。今回、沙耶華はこのままレイオス王子達とグランダールに凱旋する事になっていた。
 とりあえず、抱擁を済ませた二人にお暇を告げる朔耶。

「それじゃあまた後日に」
「はい、よろしくお願いします」

 ひらひらっと手を振って魔導船の中から地球世界へと帰還。転移部屋に戻った朔耶は、沙耶華の両親に挨拶をして遠藤家を後にする。

 その足で兄の車に揺られて京矢の実家、御国杜家へ移動。

「こんにちは~」
「あら、いらっしゃい朔耶ちゃん」

 もう息子が帰って来る日なのね~と、京矢の母親が出迎えてくれる。御国杜家の転移の間から、京矢の居るフラキウル大陸はナッハトーム帝国の帝都エッリアの離宮へと転移した。

「やほー京矢君、迎えにきたわよー」
「あ、お疲れ様です」

 転移先の奥部屋では、既に帰国準備を整えた京矢が待っていた。そして開口一番、謝罪を口にする。

「なんかコウが色々やらかしててスンマセン」

 コウとの交信が復帰して色々と記憶を得た京矢は、ツッコミ不在でストッパー役が居ないコウの暴れっぷりに頭を抱えたようだ。

 狭間世界でのコウの活動だが、フォンクランクでは密偵達を翻弄しまくったあげく、それを切っ掛けに邪神の人が気の持ち方を変えてしまい、向こうの重要人物回りに少なからぬ影響を与えた。
 ガゼッタでは諜報活動がてら麗しい少女に変装して若い戦士達を虜にした上、彼等の心に、忘れ得ぬ人初恋の君を刻み付けたりと、やりたい放題している。

「あはは、アレはビックリしたわね~」

 恐縮しきりな京矢に、朔耶はコウ少年の活動は相応に助けられてもいるので、そこまで気にしなくても大丈夫とフォローしておいた。

 そんなこんなと、京矢を連れて地球世界の御国杜家へと帰還する。実家に戻った京矢は、早速次の異世界行きで持って行く物のリストを確認していた。
 現代科学技術文明の結晶である地球製品の持ち込みに関しては、それなりに自重している朔耶と違って、京矢は技術も文明も持ち込みに躊躇が無い。

 この辺りは向こうでの立場や事情も異なる。既に互いの心情と見解の相違も話し合った上で納得し合っているので、特に問題にしていなかった。

「じゃあまた数日後に」
「ええ、お願いしますね」

 転移の間から玄関に向かう途中、京矢の母親が「今日はコウくんいないの~?」と、残念そうに訊ねていたが、近い内にこちらへやって来る事を京矢に告げられて嬉しそうにしていた。
 一人息子の京矢の分身でもあるコウと、京矢の両親との関係はとても良好である。


 御国杜家を出て自宅都築家に戻った朔耶は、狭間世界の様子を見に行くべく玄関を素通りして庭に回る。実に忙しないが、何時もの事である。

「ただいま~、いってきまーす」
「ウェイウェイウェイ! 素材もってってプリーズ!」

 すると、兄重雄が原型フィギュアと複製用の素材が入った鞄を掲げて走って来た。
 そう言えばそうだったわねと鞄を受け取った朔耶は、狭間世界の邪神・悠介を目標に転移した。

 ヴォルアンス宮殿の上層階にある宮殿衛士隊員用の区画。悠介の自室に出た朔耶は、何やら作業中の悠介に声を掛ける。

「やほー悠介君。あれから何も問題起きてない?」
「こんちゃーす。今のところ大丈夫ですよ」

 先日の偉いさん達の集いの席でもそうだったが、悠介は朔耶の来訪の仕方にもすっかり慣れたらしく、さして驚きもせず対応してみせた。

 栄耀同盟壊滅の報は、ポルヴァーティアの有力組織連合や真聖光徒機関からも正式に届いており、カルツィオに取り残された残党も、この二日程の間に平和的に摘発されているそうな。

「それと、都築さんが繋いでくれたブルガーデンの女官姉妹とも無事に面談できましたよ」

 ちなみに、ブルガーデンの女官姉妹との面談内容は、女王リシャレウスとシンハ王が二人だけで話せるような道具を制作して欲しいというものだったそうだ。
 ちょうど魔導通信具を使った各国との連絡網を構築していたところだったので、件の王族二人には専用のプライベート回線を用意する予定でいるらしい。

「そっか。とりあえず、見えてた問題は大体片付いたみたいだね」
「ですね。これからまたやらなくちゃならない事は多いけど、とりあえずは一段落かな」

 件の亡命魔導技術研究者集団が到着すれば、カルツィオ初の魔導技術研究所がフォンクランク国内で稼働を始める。
 魔導技術の浸透と共に、カルパディア大陸の世界も色々と時代が動きそうであった。

「今はようやくこぎ着けた平穏なひと時を堪能中かな」
「それじゃあ、平穏モードな悠介君にうちのバカ兄から依頼です」

 朔耶はそう言って、兄から預かった鞄を悠介に託した。中身を見た悠介が吹き出す。

「うははっ、またか」

「例の特別製がもう一体欲しいんだって」
「あれかぁ……よし、気合い入れてギミックモーションを組み上げよう」

 複製はあっという間に終わらせ、特別製にするベースのフィギュアと向き合った悠介は、正面に浮かぶウィンドウに集中し始めた。
 朔耶には相変わらず薄らとしか見えないが、ウィンドウに映し出されたフィギュアに色々とポーズを取らせているのが確認できる。

 結構楽しそうに弄っている悠介を見るに、これはこれで良い息抜きになっているようだった。


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