異界の魔術士

ヘロー天気

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三界巡行編

第二十九章:割と平穏なる日常へ

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 早朝に帰宅して朝ご飯を食べた朔耶は、直ぐに狭間世界に行くつもりだったのだが、思ったより疲れていたらしく、急激に眠くなったので一眠りしていた。
 異世界では常に強力な精霊の護りを受けているが故に、いつも緊張感が無いように見えるものの、やはり命のやり取りをする場では相応に精神を疲労する。

「ふわわわ……」

 昼前に目覚めた朔耶は、欠伸をしながら洗面所に向かう。

「おっ、やっと起きたかマイシスター」
「あれ? お兄ちゃん今日休みだったんだ?」

 普段この時間なら、こちらの世界で仕事に出ているか、異世界で遊んでいる兄の重雄が、廊下の向こうから声を掛けて来た。

「ああ、今日は夕方から出勤だ。それよかちょっと頼みたい事がある」

 重雄はそう言って、精巧な二次元美少女キャラの人形を掲げて見せた。
 ここ最近、朔耶が頻繁に狭間世界へ渡っていると弟の孝文から聞いて、是非かの世界の邪神悠介に力を借りたいのだとか。

「なに? またフィギュアの複製して欲しいの?」
「イエスッ! 特にあの門外不出の特別製をもう一体頼みたい」

 門外不出の特別製とは、以前フィギュアの複製を頼んだ時に悠介がノリで作ったギミック機能付きのフィギュアで、関節も無いのにポーズが変わったり特定のモーションを再現し続ける。
 具体的には『まばたきをする』、『髪がなびく』、『スカートやリボンがはためく』、『手を振る』などの動作を、一定間隔で繰り返すのだ。

「今はまだ少しバタバタしてるから、今度落ち着いてからね」
「りょ」

 兄は複製用の素材を用意しておくからと部屋に戻って行った。実に平和である。
 キッチンに行くと食事が用意されていたので、昼食を済ませてから狭間世界に渡る事にした。

(悠介君に報告と、借りてた装備品の返却をしないとね)

 沙耶華と京矢の送り迎え予定日は明後日になるので、それまでに他の用事も済ませておく。

(バルのところの機械車競技場は試走も始めてるだろうし、フレグンス国内の競技場の様子と、後は投影装置配備の進捗状況かな)

 オルドリア大陸の通信網構築は、今や各国が協力し合って進めている一大プロジェクトだ。
 情報が速く、正確に伝わる事が如何に大きな利益に繋がるのか。皆ここ一年ばかりの朔耶の活動と、もたらされた恩恵をもって理解していた。
 まだ試作型が数機ほどしか稼働していなかった魔術式投影装置だが、この度は正規型の仕様も決まり、量産化が進められている。数が揃い次第、遠方の街にも配布していく。

 以前は朔耶が自らお届けするつもりだったが、元クラスメイトで親友の専属メイドな藍香から『相手を恐縮させる』と指摘されたので、フレグンス国内の分はレイスに手配してもらう。
 隣国のティルファや帝国、辺境アーサリム地方の街など、地理的に距離がある場所には、朔耶がひとっ飛びする予定だ。
 属国であるクリューゲルのカースティア派遣騎士団本部や、朔耶の街興し活動に深く係わった若き女性院長アマレストが運営する孤児院には朔耶が出向く。

(後はアンバッスさんのところとか、サムズ周辺もあたしが飛んだ方が早いかな)

 サムズ国の首都エバンスの辺境騎士団本部に、チューリーやジャックが居る孤児院。クルストスの街と、クィスやデイジー達が住むドーソンの故郷アマガ村にも持って行く。
 基本的に朔耶と交流が深く、相手を恐縮させない程度に親しい関係で且つ遠方という場所には、朔耶が運ぶつもりであった。

(バーリッカムの温泉街にもあった方がいいよね。今度、藍香を連れていってあげようかな)

 そんな事を考えながらもしゃもしゃと食事を終えた朔耶は、荷物を持って庭に出ると、邪神・悠介を目標に狭間世界のカルツィオ大陸へと転移した。兄のフィギュアは本当にまた今度だ。


 庭先の景色が切り替わり、視界に飛び込んで来たのは、見慣れた闇神隊長の私室や悠介邸の屋内ではなく、柱や壁に華美な彫刻が施され、床一面に赤絨毯が敷かれた豪華で広い部屋。
 どうやら宮殿内で会議中だったらしい。大きなテーブルを囲う如何にも偉い人っぽい恰好をしたおじさん達が、突然現れた朔耶に唖然とした表情を向けている。

「やほー、悠介君。栄耀同盟の事で報告に来たんだけど……なんかお取り込み中だった?」
「いや、いいタイミングですよ都築さん。今丁度その話が出たところだったんだ」

 一人起立して何かを報告中だった悠介に声を掛けると、そんな答えが返って来た。

「それで、栄耀同盟の本拠地攻撃はどうなりました?」
「へ? ああ、うん、成功したわよ? 組織の創始者メンバーっていう黒幕とかも全員拘束したから、これで完全制圧ね」

 流れる様に結果報告を求められて少し面食らうも、朔耶は栄耀同盟という組織が完全に壊滅したであろう事を告げた。会議室に感嘆のざわめきがあがる。
 すると、会議室の奥で一段高くなった場所。半分カーテンに仕切られた小部屋の椅子に座る男性から声を掛けられた。

「闇神隊長より話は聞いている。異界の者よ、此度の働き、ご苦労であった。先の戦争から我が国に大きく貢献してくれているそうだな。褒美を与えたいが、何か欲しいモノはあるか?」

 フォンクランク国の王。エスヴォブス・ヴォイラス十八世。何気に直接会うのは初めてとなる。
 『炎壁王』の二つ名で呼ばれる彼の王に労いの言葉を掛けられた朔耶は、褒美の望みを問われて、遠慮した。

「いえいえ、おかまいなく~」

 そのフランクな対応に何人か顔を引き攣らせているお偉いさん方が居るようだが、朔耶としては狭間世界での活動は悠介やアルシアとの交流を中心に、各国の王族とは適切な距離を保ちたい。
 ガゼッタのシンハ王やブルガーデンのリシャレウス女王は、少々特殊な事情が絡むので、付き合い方もそれ相応になるが。

「とりあえず借りてた装備品も返却するね。みんな凄く助かったって」
「はい、確かに」

 命中補正や回復効果付きの指輪など、数点の特殊装備品を返却して目的を果たした朔耶は、早々にお暇する事にした。

「それじゃ、お邪魔しました~」

 会議室の面々に軽く挨拶をしてひょいと一歩下がると、そのまま地球世界の庭先へと転移した。


『いや~、いきなり王様に会うとは』
マア ヨイ ヒキギワ ダッタノデハ ナイカ?

 神社の精霊があの場をざっと調べてみたところ、どうやら宮殿に魔導技術を使った新たな設備を追加するにあたり、その技術の出所を説明する中で冒険者コウの動向を話題にしていたらしい。
 栄耀同盟討伐の報は、ポルヴァーティアの有力組織連合なり真聖光徒機関からもその内もたらされるだろう。

「さて、沙耶華ちゃんと京矢君の送り迎えは明後日だし、今日はどうしようかな」
フレグンスニモ ホウコクハ シテオクト ヨイゾ

 今日の予定を考える朔耶は、神社の精霊から狭間世界での活動が一段落した事を伝えておくべきとアドバイスされて納得する。

『そうだね。その報告と、後は例の魔力変動の調査に行く事も伝えておかなくちゃ』

 日々忙しさは変わらない。ならば明日一日くらいはお休みにしてはどうかとも神社の精霊に提案された。このところずっと動き続けているので、偶には何もせず過ごす日も必要だと。

『それもそうね。明日は急ぎの用事がなければノンビリしましょうか』
ソウスルト ヨイ

 少し肩の力を抜いた朔耶は、とりあえず夕方までに報告を済ませておこうと、異世界はオルドリア大陸のフレグンス王国へ。
 通い慣れたお城を目標に転移するのだった。


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