異界の魔術士

ヘロー天気

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三界巡行編

第二十七章:強襲

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 『記録』は残っていなくとも『記憶』は残っている。コウの能力と、とある道具を使えば、人の記憶から映像の抽出が可能だ。今回はその道具――魔術式投影装置の代わりを朔耶が担当する。
 アルシアに案内されて本部裏の訓練場にやって来ると、コウが一人でポツンと立っていた。つい今し方まで何かやっていたようだ。

「コウ君」
「朔耶おかえり~」

 朔耶が声を掛けると、まるでここに来るのが分かっていたかのように迎えるコウ。そしてアルシアにちらりと視線を向けたあと、こう言った。

「ボクたちの力を示せばいいんだね?」

 まだ何も説明していないのに、こちらの相談事を確認してくるコウに、アルシアが引いている。

「そ、そういう事になるのか? ……本当に察しが良過ぎて驚くな」
「まあコウ君の場合は、察しが良いとかいうレベルじゃないけどね」

 恐らく、アルシアから事の詳細を読み取ったのだろう。朔耶は神社の精霊によるスクランブルで思考の読み取りをブロックしているので、コウにも思考や内心を読み取られない。

「ボクの裏技ってなに?」
「ズバリ、記憶の映像化よ」

 朔耶は以前、コウに『魔術式投影装置』の動作実験などで協力してもらった際に、コウが自身の記憶情報から過去の出来事を映像化して見せた時の事を指して言った。
 アルシア達の力に懐疑的な他民族組織の代表者に、記憶映像を見せて説得するのだと。
 色々と省きまくった会話で傍から聞いていると意味不明になるが、コウと話す時は大体こんな感じに説明も最低限で済む。

 概要は、コウの読心能力で『暁の風』の男性幹部カナンの記憶を読み取り、朔耶の精霊が投影機の役割を果たす事で、かつてカナンが見た光景を問題の代表者達に観てもらう。
 先の戦争で、カルツィオ大陸に向かっていたポルヴァーティア神聖軍の大艦隊を、朔耶が一人で海の底へ沈めた時の光景を見せるのだ。
 まずは朔耶の規格外の力を見せる事で、コウやアルシアに対する懐疑の念も払拭させる。

「じゃあここでいっかいテストしてみる?」
「そうね、どんな具合か試しておきましょ」

 コウと交感を繋ぎ、コウが読み取ったアルシアの記憶を神社の精霊に送る。
 神社の精霊は、朔耶の漆黒の翼などを形成している魔力の膜でスクリーンを作って、そこにコウから送られて来た記憶情報を映像として映し出した。

「おお、これは……」
「会議室の様子?」
「30分くらい前の記憶だよ」

 映し出された映像は、コウの説明した通り、つい先程まで会議室で起きていた出来事をアルシアの視点から見たモノだった。
 急遽集まって貰った他民族組織の代表者達に、栄耀同盟のスパイが多数紛れ込んでいた事と、それらを拘禁した為に相当な戦力が抜けてしまう事を明かして紛糾したシーンらしい。

「うん、問題無く映せるみたいね」
「これって朔耶たんどくではできないの?」

 コウは、以前に投影装置の実験をした時、朔耶が自分の見ている光景をリアルタイムで投影させていた事を挙げて問う。

「あん、自分の記憶なら出来そうだけど、他人の記憶情報となると難しいみたいね」

 朔耶も意識の糸を繋いで、相手の内心をある程度まで読み取る事ができるが、それは表面意識付近の思考に留まる。
 心の深いところまで探るには交感深度を深めなくてはならず、それは相手の精神にも負担になる。コウのように記憶の読み取りまでやろうとすると、相当な精神負荷を掛ける事になるのだ。
 その昔、まだ神社の精霊と契約する前に一度、人探しの為に記憶の読み取りに近い事をしたが、表層部分までしか繋がっていなかったにもかかわらず、かなりの負荷が掛かった。

(まあ、あれは広範囲索敵も同時にやってたからってのもあるけど)

 さておき、これで話し合いの準備は整った。三人で連れ立って会議室へと向かう。


 記憶映像を使った説得は非常に上手くいった。
 朔耶が持つ規格外の力を示して戦力に不足無しと納得させる事が目的だったのだが、記憶映像に偽りが無い事を確かめる為に、他民族組織の代表からも記憶の読み取りと映像化が行われた。
 彼等の普段の暮らしぶりや、旧執聖機関が統治していた頃の生活の様子など、既に記憶の中にしか居ない故人が映し出されて涙する人が出るなど、記憶映像の信頼性は十分に理解された。

 先の戦争当時、神聖空軍偵察部隊の二等市民パイロットだったカナンが見た、ポルヴァーティア執聖機関がカルツィオの邪神ユースケに敗北するまでの軌跡をダイジェストで流す事になった。

「おぉ……」
「大聖堂の中は、こんな風になっていたのか」
「あの時、カーストパレスでこんな事が起きていたのか……」

 斯くして、コウの裏技による説得交渉は想定以上の効果をもたらし、作戦前に有力組織連合の結束がより固まったと言える。

 そうして、栄耀同盟の本拠地強襲作戦が開始された。


「真聖光徒機関の輸送機隊が来たぞ!」
「各部隊整列ー! 順次搭乗して待機せよ!」

 本部前の広場に箱型の飛行機械『汎用戦闘機』が次々と着陸する。汎用戦闘機に比べてやや細長い機体が二機、少し離れた場所に下りた。
 強襲担当で先行する『高速揚陸艇』。アルシアはこちらに強襲部隊と共に同乗し、汎用戦闘機には制圧を担当する部隊が乗り込んだ。

 朔耶は先行する高速揚陸艇のアルシア、強襲部隊と一緒に自力で飛んで行く。朔耶の服には、虫型ゴーレムに憑依したコウがくっ付いた。
 ガゼッタでアユウカスに貰った宝具の『夢幻甲虫』を早速便利に使っているようだ。

 作戦に参加する全ての部隊の準備が整ったところで、二機の高速揚陸艇が先行隊として飛び立った。漆黒の翼を広げた朔耶もその後に続く。
 空に上がって直ぐ、朔耶が装着しているインカム型の魔導通信具から呼び掛けられる。

『こちらカナン。嬢ちゃん、聞こえるか?』
「はいはーい、感度良好だよ」

 この魔導通信具は有力組織連合の各部隊長が持たされており、作戦行動中の連絡手段に使われる。コウにも一つ渡されているが、異次元倉庫に仕舞ってあるそうな。

 目的地に向けて低空飛行での移動中、作戦のお浚いをする。栄耀同盟の本拠地への入り口は海岸の岩場にあり、強襲部隊による突入後、少し間を置いて制圧部隊も突入する。
 強襲部隊がある程度の安全を確保してから制圧部隊と中で合流する予定なので、汎用戦闘機隊は先行隊と距離を置きながら飛んでいる。

『着陸と同時に強襲部隊が突入する。嬢ちゃん達は最初にその援護を頼む』
「了解したわ」

 もし待ち伏せがあった場合、最初に通る出入り口からの長い通路が最も危険な場所になるので、その区間だけしっかり護ってくれれば、突入後は自由に動いて貰って構わないと言われている。
 とはいえ、朔耶は部隊に付いて援護を徹底するつもりだし、コウは夢幻甲虫で先行して陽動や攪乱を狙うようだ。
 甲虫状態のコウは魔導通信具を装着できないので、朔耶は交感を繋いで会話していた。

『コウ君はなるべく防犯装置とか探して、見つけたら潰していってね』
――おっけー――

 コウは魔力を明確に視認できるので、施設内に張り巡らされた魔力の通り道を追えば、魔導技術による警備システムなどは直ぐに見抜けるし、対侵入者用の仕掛けなども無力化は容易だ。

 そのまま飛行する事しばらく、やがて目的地の海岸が見えて来た。正面に広がる穏やかな海と砂浜が、月明かりに照らされてぼんやりと輝いて見える。
 右側に黒く広がる岩場の方へ緩く針路を変更する先行隊の前方で、小さなフラッシュが瞬いた。

(マズルフラッシュか……)

 先行隊の接近に合わせて、出入り口を監視している味方の斥候が、見張りを排除する手筈になっている。
 やがて、高速揚陸艇が速度を落とし始めた。

『そろそろだ。準備してくれ』

 カナンから間もなく目的地に到着するとの通信が入ったので、朔耶は了承してコウにも伝えた。

『コウ君、下りるわよ』
――りょーかい――

 縦一列になって飛んでいた二機の高速揚陸艇が同時に機体の向きを変え、横向きに滑るように移動しながら急減速して、岩場の一画に強行着陸した。

 やや広めに隙間を開けて並んでいる高速揚陸艇の間には、偽装の施された出入り口らしき部分がある。
 その直ぐ近くには、見張りだったであろう栄耀同盟の構成員らしき遺体が二人分倒れていた。

 高速揚陸艇から飛び出した強襲部隊は、一部が出入り口を開く作業に入りつつ整列を済ませる。何かの工具で偽装扉に杭を打ち込み、それに繋いだワイヤーを高速揚陸艇で引っ張り上げて扉を抉じ開けた。

「突入!」

 号令と共に、突撃銃アサルトライフルのような武器を装備した強襲部隊が二列になって飛び込んで行く。朔耶は魔法障壁を展開しつつ、彼等の頭上を飛び越えて部隊の先頭に立った。

 緩い勾配のスロープを下りて行くと、細長いトンネル状の通路がしばらく続く。ここで待ち伏せを受けるのが一番危険とされていたが、意識の糸レーダーで探って見る限り、通路の終わりの地点まで人の気配はなかった。
 本拠地施設に続くこの通路は既に海中にあるので、この場所で戦闘をおこなって万が一通路を崩壊させるような事になれば、双方ともただでは済まない。

 そんな最初の難関を抜けてしまえば、後は見取り図を参考に割り出した侵攻ルートに沿って要所を巡り、敵戦力の確認と殲滅。ある程度の安全が確保されてから、制圧部隊が突入して来る。

――じゃあボクは先行するね――
『いってらっしゃい。気を付けてね』

 朔耶の服から離れた夢幻甲虫虫ゴーレムなコウは、天井スレスレまで上がって真っ直ぐ奥へと飛んで行った。
 奥に続く通路は幾つかある。元々は普通の研究施設で特に複雑な構造をしていた訳では無いが、今は栄耀同盟の本拠地として手が入っている為、部屋の数や壁や通路が増えたり減ったりしている。
 それらも本拠地施設の見取り図で大体把握しているので、強襲部隊は敵が潜んでいそうな場所に当たりを付けて、順次確認して回るのだ。
 その間、コウには施設の奥深くまで侵入してもらい、攪乱と諜報を任せる。

「敵影無し!」
「こっちも無人だ」
「罠が無いかも調べておこう」

 強襲部隊が部屋や通路を調べながら慎重に進む。今のところ会敵もなく、静かだ。

『うーん、侵入者に気付いて無い筈はないと思うんだけど。警報サイレンとかも鳴らないわね』
キズイテ オルウエデ アエテチンモク シテオルノデハ ナイカ?

 静か過ぎる現状に対する朔耶の疑問に、神社の精霊が栄耀同盟側の狙いを示唆する。何か策があって迎撃に出て来ないのかもしれないと。
 そうしてしばらく進んでいると、通路の先にある部屋から光の飛礫が飛んで来た。魔導拳銃による奇襲攻撃だ。

「敵だ!」
「戦闘用意!」

 魔導拳銃の攻撃は全て朔耶の魔法障壁に跳ね返されたので、強襲部隊に被害は無い。
 強襲部隊は直ちに反撃に出ようとするも、攻撃を仕掛けて来た相手はそのまま部屋の扉を閉じてしまった。

(籠城?)

 光飛礫は三、四発だったが、件の部屋にどの程度の人数が立て籠もっているのか分からない。その時、コウから交感連絡が届いた。

――トラップ部屋があったよ――

 コウの情報によると、この先に少し開けたホールがあり、そこから各区画に繋がる通路が延びているのだが、通路の途中にある個室に何人か潜んでいたので思考を拾ったそうだ。
 内容は、その部屋の役割と、栄耀同盟側が強襲作戦に気付いている事。有力組織連合に潜入させていた組織からの連絡が途絶えたので、警戒態勢を敷いていたらしい。

『そっか、やっぱり気付いてるよね。それで、トラップ部屋というのは?』
――へやがばくはつする――

 見取り図に書かれていないその部屋には三人程度が待機しており、まず侵入者に攻撃を仕掛けて直ぐに退き、籠城するように見せ掛けて隠し通路から別の区画へ脱出。
 扉は簡単に蹴破れるよう強度が低く作られていて、制圧するべく部隊が踏み込むと、仕掛けられていた爆弾が炸裂するという仕組みになっているという。

――ボクがみつけた部屋には×印をつけといたよ――
『わかったわ。こっちでも注意を呼び掛けておくわね』

 朔耶は、今まさにそれっぽい部屋の前で扉を蹴破ろうとしている強襲部隊のチームに、待ったを掛けた。

「どうした? サクヤ」

 扉をメイスで粉砕しようとしていたアルシアが、朔耶の制止に反応して動きを止める。

「コウ君からの情報。何か自爆する部屋があるらしいわ」

 朔耶はコウから聞いたトラップ部屋の特徴を説明すると、アルシア達が乗り込もうとしていたこの部屋が怪しいと説く。

「探ってみたけど、今この中には誰も居ないわよ?」
「ほう。さっきここから攻撃を受けた事を考えると、そのトラップ部屋とやらで間違いなさそうだ」

 同じようなトラップ部屋が他にも幾つかあるらしいので、挑発攻撃で被害を受けないよう最大限の注意を払いながら進もうとする強襲部隊に、朔耶は手厚い支援で援護する。
 意識の糸レーダーの範囲を広げた朔耶は、全方位索敵で部屋に潜んでいる者や、床下、壁裏の隠し通路を移動している者を探り当てて、強襲部隊に位置を示した。

 栄耀同盟側の作戦は、トラップ部屋やこの区画に張り巡らされた隠し通路を使っての神出鬼没な攪乱攻撃だったようだが、強襲部隊に朔耶が同行していた事で彼等の狙いは破綻した。
 何処に敵が居て何処から来るのかが筒抜けになるので、奇襲しようとした相手は逆に奇襲される。トラップ部屋の敵構成員も、挑発攻撃をするべく扉から強襲部隊の様子を見ようとした瞬間、集中攻撃を浴びるのだ。

 自分達のテリトリーでの待ち伏せという地の利を全て引っ繰り返された栄耀同盟側は、想定した効果を見込めないと見るや、早々に奥へと撤退を始めた。
 強襲部隊の前に姿は見せないが、朔耶の索敵は相当数の敵構成員が隠し通路を移動して行く様子を捉えていた。

「ぽつぽつ残ってる人が居るけど、殆ど奥の方に引き揚げたみたいよ?」
「分かった。殿は私が護るから、部隊は前進を続けてくれ。サクヤは引き続き索敵を頼む」

 道中、光るバツ印の付いた扉や、天井を見つけたので、適切に処理していく。
 朔耶の索敵は潜んでいる敵などは簡単に暴けるが、迎撃用タレットのような武器が埋め込まれていた場合は少々見つけ難い。
 ソレと意識して探っていなければ、そこに仕掛けられている武器なのか、施設の維持に必要な設備なのか、直ぐには見分けが付かないのだ。

「ここはコウ君が通ったみたいね。あたしはこういう仕掛けは分かり難いから助かるわ」

 あからさまに武器の形をしていれば気付けると思うが、ぱっと見はスプリンクラーや火災報知器、あるいは空調設備の一部のように見えなくもない。
 魔力の流れを視て判別できるコウは、魔導技術が使われた施設の探索には非常に心強い。

 そうして慎重且つ迅速に進んでいるところへ、コウから情報が届いた。

「ん、コウ君から新情報。この先にかなり広い空間があって、そこに敵戦力が集中してるらしいわ」
「ほう。見取り図によると『集会・演習所』となっている場所だな。そこが本格的な防衛ラインか」

「バリケードとかもあって、かなりの人数がいるみたいね。あと、機動甲冑? も居るらしいわよ?」
「なに?」

 朔耶とアルシアのやり取りを聞いていた強襲部隊から、ざわめきが上がる。それなりに広い施設であるとはいえ、機動甲冑の運用には無理があるのではないかという話だ。

「ここは元々ただの研究施設だぞ? あんな高火力兵器の戦闘行為に耐えられるのか?」
「ある程度移動できる固定砲台のようにして使うなら、まあ……」
「しかし、それを言うなら、件の自爆する部屋ってのもなぁ」

 施設崩壊の危険を顧みないような仕掛けがあった事に関して、栄耀同盟側は諸共玉砕する覚悟でいるのかもしれない。そんな不安の声も聞こえる。

「連中との心中など御免だが、とにかく進むしかあるまいよ」

 そろそろ制圧部隊も突入を始める頃だと、アルシアは強襲部隊の皆を励まして前進を促した。
 この辺りに潜んでいた敵は、もうほとんどが居なくなっているので、朔耶が再び先頭に立って進んで行く。

 やがて、強襲部隊はこの本拠地の中央区画に当たる『集会・演習所』に到着した。かなり巨大な円形に開けた空間で、天井も高く汎用戦闘機でも飛ばせそうなほどに広い。
 奥の方に各区画へ向かう通路の扉が見える。その前方には壁型のバリケードがずらりと並んでいるのだが、何やら騒ぎが起きていた。強襲部隊自分達が現れた事とは別の問題のようだ。

 そんなバリケード陣地の様子を観察していた朔耶の前に、小さな甲虫が飛んで来た。その甲虫が消失したかと思うと、突如、光と共に黒髪の少年が現れる。

「おかえり、コウ君。道中の×印と情報、助かったわ」
「ただいまー。あそこのじんちから強そうな武器を半分くらいぼっしゅーしておいたよ」

 敵味方の双方から驚かれつつ、コウは先程まで敵陣で攪乱工作をしていた事を告げながら強襲部隊に合流した。

「良い働きをしたな。コウ」

 後方を護っていたアルシアも前に出て来る。強襲部隊が通り過ぎてからのバックアタック狙いがあったのだが、事前に潜伏場所が割れているので難なくモグラ叩きにしていた。

「来た! 勇者アルシアだ」
「混沌の使者――黒き翼を持つ者『障壁の使者』もいるとは……!」

 バリケードの向こうで、栄耀同盟の構成員達――防衛部隊が騒いでいる。
 ここ『集会・演習所』に最終防衛ラインの陣地を築いた彼等は、コウの攪乱工作を受けて少し慌てているようだが、有力組織連合の強襲部隊を前に迎撃態勢を整えていく。

 一方で有力組織連合側だが、先程の朔耶とアルシアが話していた『コウの情報』にあった通り、機動甲冑が配備されているのを見て、少し動揺しているようだ。

「本当に機動甲冑が居るぞ」
「旧神聖軍の重装兵まで……」
「我々の武器で通じるか?」
「奴等はこの本拠地施設が沈む事も厭わないのか?」

 本気で道連れ玉砕を狙っているのではないかと慎重になり始めている強襲部隊の面々に、コウが「それは大丈夫」とフォローする。

「自分達で改造して使ってる施設アジトだからね。どこまでなら無茶できるか把握してるよ」

 この『集会・演習所』は特に丈夫に造られているので、機動甲冑同士の戦闘にも十分耐えられるようにしているらしい。
 コウの説明を聞いて、強襲部隊の動揺もやや落ち着いたようだ。

 現在、有力組織連合の強襲部隊と栄耀同盟の防衛部隊は、睨み合いのまま膠着状態にあるが、このままお見合いしていても仕方ないと、アルシアが代表で前に出る。

「私は組織連合の代表、『暁の風』に所属するアルシアだ。諸君らのアジトは間もなく制圧される。これ以上の戦いに意味はあるまい。降伏する事を勧める」

 アルシアの降伏勧告にざわめく栄耀同盟の防衛部隊。そのまま様子を見ていると、コウがぽつりと呟いた。

「おもったよりからっぽな人達だった」
「うん? なあに、コウ君」

 謎の呟きについて朔耶が訊ねると、コウは今し方読み取ったという栄耀同盟の一般構成員達の内面、その在り方について説明する。

 彼等から漏れ伝わってくる思考内容は、困惑と焦燥、達観も交じった迷いの感情が多く、殆どの思考から「いずれこうなる事は分かっていた」という厭世的な心情が読み取れたという。
 新体制に上手く馴染めず、自分で生き方を変えられなかった人々が惰性で暮らすうち、流されるまま組織に組み込まれた。
 大半の構成員が『ただ与えられた役割をこなしているだけ』という空虚さを抱えている。それが『使命』でも『命令』でも何でもよく、自分の存在理由を与えてくれるなら、役割それに従うだけ。

 そこに情熱や使命感は無く、ましてや忠誠心すらも感じられなかったそうな。

「あらー……そうなんだ? それじゃあ――」
「うん、説得に応じる人もいるかも」

 割とあっさり降伏勧告を受け入れるかもしれない。朔耶とコウがそんな話をしていると、睨み合いの続く集会・演習所に館内放送らしき声が響き渡った。

『貴様ら何をしている! 早く敵を迎撃しないか!』
『出来損ないの勇者なぞに怯みおって! それでも栄えある神聖軍兵士か!』

 少ししゃがれたような男性の怒声が二人分。直ぐにコウが声の主を探り始め、読み取れた内容を解説してくれる。

「いまの栄耀同盟の指導者の人だよ。ここに来るみたい」

 何でも、組織を結成した創始者達に入る最初期メンバーで、現在は専用の機動甲冑で駆け付けようとしているという。

「あらま、急展開」
「ほう。過去の遺物が、業を煮やして出て来るか」

 アルシアは『出来損ないの勇者』などと罵られたが、全く意に介していない。悠介に作って貰った邪神製の大型メイスを握り直しながら、不敵に笑みを浮かべる。

 やがて、対峙する防衛部隊の奥に見えていた大きな扉が開いて、機動甲冑が滑り込んで来た。ホバー移動というのか、立ったまま滑るように移動する二機には、ここにいる四機や、夢内異世界旅行中にガゼッタで見た機体に比べて華美な装飾が施されている。

 アルシア曰く、旧ポルヴァーティア『神聖地軍・聖機士隊』の特別な機体らしく、聖機士隊の紋章が入った隊長機を見るのは久しぶりだそうな。

『我らにあの栄光を取り戻さんがため!』
『富と力を在るべき場所へ!』

 栄耀同盟のスローガンらしき言葉も高らかに、二機の装飾付き機動甲冑が前に出て来る。そんな隊長機に付き従うように、防衛部隊の機動甲冑四機が隊列を組んだ。


「来るぞ! 覚悟を決めろ!」
「制圧部隊の突入までもう間がない! 殲滅するぞ、旧体制の亡霊退治だ!」

 六機の機動甲冑部隊を前に多少の怯みは見せたものの、強襲部隊は一斉に魔導小銃を構えた。
 『暁の風』を始め、有力組織連合の各組織は、大神官達の旧執聖機関真聖光徒機関に対抗するべく立ち上がった者達だ。相手が旧神聖軍の色を濃く出して来るなら、なおさら退けない。

「とはいえ、機動甲冑部隊は荷が重いな。私とサクヤ、それにコウで押さえられるか?」
「コウ君が後ろの部隊の強力な武器は粗方片付けてくれたから、大丈夫でしょ」

 一歩前に踏み出しながら大型メイスを構えて呟くアルシアに、魔法障壁で強襲部隊を護る朔耶は漆黒の翼を広げながら答える。すると、コウも前に出ながら言った。

「じゃあボクも秘策をだすね」

 朔耶達から少し距離を取る位置に移動したコウは、少年型を解除すると、彼のお馴染みである白い甲冑巨人――複合体に乗り換えた。
 ズシンと地響きを立てて現れた複合体の後ろには、大きな盾を装備した二機の機動甲冑が控えている。

『なにっ、機動甲冑だと!?』
『それよりも、今どこから現れた!』

 栄耀同盟の隊長機から驚愕と戸惑いの声が響く。『まさか、亜空間シフト技術か!』という当たりを付ける言葉が出て来る辺り、ポルヴァーティアの魔導技術には転移装置のような物があるのかもしれない。

(おおう、コウ君の秘策! あれって中に乗ってるのは……)

 神社の精霊の解析によると、エイネリアとレクティマが乗り込んでいるようだ。
 非戦闘用の自律型魔導人形ガイドアクターはかなり精巧に人と同じ動きが出来るので、機動甲冑に乗せれば戦闘にも参加できると考えたらしい。

 といっても、装備と動きを見る限り、直接戦闘に回す気はないようだ。朔耶の魔法障壁が届かなくなる横陣に展開した強襲部隊の両サイドや、アルシアを護る位置に付かせている。

「ヴァーヴォヴァヴォ "じゃあつっこむね"」

 複合体コウが光の文字を浮かべてそう宣言すると、単騎で敵機動甲冑部隊に突っ込んで行った。いつものスライディング移動ではなく、先程の敵隊長機が見せたような、立った姿勢のまま滑るように移動していく。
 またぞろ悠介に色々と強化して貰ったようだ。

『こやつ!? 遠征部隊の報告にあった奴か!』
『起立浮走ができるという事は、後期型の改良機だな。小癪な』

 対する敵隊長機は、何やら複合体コウの事を機動甲冑として分析しながら、指揮下の四機に指示を出した。

『アレは我々がやる。貴様達は勇者と反徒共を蹂躙しろ!』
『重装兵は我らの援護だ、行くぞ!』

 大きな剣を振り翳した二機の敵隊長機が複合体コウと激突、戦闘に入った。四機の敵機動甲冑がその脇を擦り抜けて強襲部隊に向かって来る。

 低い跳躍で迫る機動甲冑部隊に対して、朔耶は展開している魔法障壁で強襲部隊を護りつつ、敵機動甲冑の中の人を狙おうかと意識の糸を伸ばそうとした。
 が、複合体コウが敵隊長機の攻撃を盾で受け止めながら強引に横移動すると、機動甲冑部隊に体当たりした。
 低空ジャンプ中で踏ん張りが効かなかったのか、四機の敵機動甲冑がまとめて吹き飛ばされる。それを仕留めるべくアルシアが飛び出したのを皮切りに、敵防衛部隊との撃ち合いも始まった。

 集会・演習所に魔力の弾が飛び交う。朔耶は、アルシアが敵機動甲冑の一機を叩いている間に残りの三機へ改めて意識の糸を伸ばし、内側から電撃攻撃を仕掛けた。
 中の人を狙い撃ちするつもりだったのだが、機動甲冑の内部は思いの外繊細だったらしく、機体に深刻なダメージを与えたようだ。

 四機の機動甲冑を沈黙させた事で、強襲部隊に対する脅威がなくなり、厚くなった援護を背にアルシアが敵陣へと突撃を仕掛ける。
 魔導拳銃で狙われるも、危険そうな攻撃は大型メイスを振り回して全て弾き返し、バリケードをも一撃で粉砕すると、防衛部隊を文字通り蹂躙し始めた。

 中央付近では、複合体コウが敵隊長機二機を相手に優勢な立ち回りを見せ、既に一機を行動不能にしている。そしてたった今、残りの一機も叩き潰した。

(凄い音がしたわね)

 複合体コウが振るう魔導槌はロケットブースターのような魔導器の噴射で加速するので、あんな一撃を貰えば、如何な機動甲冑でもひとたまりもあるまい。

 栄耀同盟側の主力とも言えた機動甲冑部隊は瞬く間に壊滅し、防衛部隊はアルシアが陣地内で暴れて次々と打ち倒していく。
 有力組織連合の強襲部隊は朔耶の魔法障壁とエイネリア、レクティマの駆る機動甲冑に護られて銃撃戦でも完全無傷。
 そこへ、駄目押しとばかりに突入して来た制圧部隊が、ここ集会・演習所に到着した。

「これは決まったかな?」

 元々士気も高くなかった栄耀同盟の防衛部隊は、それで完全に降伏したようであった。
 朔耶は殆ど力らしい力を振るう事もなく、あっさり終わった気もするが、事前にしっかりと準備を整えて且つ、コウがリアルタイムで敵側の動きを観測して、先手先手で攪乱も仕掛けた。
 出発前には戦力不足が懸念されていたが、蓋を開けてみれば過剰戦力気味とも言える結果であった。

 先行して脅威を排除した強襲部隊と、施設を掌握しながら進んで来た制圧部隊が合流を果たし、戦いは一先ず収束した。

『無事に終わったみたいね』
ユダン スルナ タタカイノ ケハイハ イマダ ツヅイテ イル

 一息吐こうとしていた朔耶に、神社の精霊から警告が発せられた。抜きかけた気合いを入れ直した朔耶は、注意深く周囲を探る。意識の糸レーダーには、特に怪しい人影も捉えられない。

(こういう時はコウ君に聞いてみるのが一番かな)

 朔耶はそう判断すると、制圧部隊が集まって来る様子を複合体姿のまま眺めているコウの元へと歩き出した。


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(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

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青いウーパーと山椒魚
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加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

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