異界の魔術士

ヘロー天気

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三界巡行編

第二十六章:暁の風と外部組織

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 ポルヴァーティア大陸は囲郭都市群の中心にある、ポルヴァーティア人自治区の一画。『暁の風』の本部が入る建物前に、コウ少年を連れた朔耶が現れた。
 建物の出入り口には、朔耶の来訪に備えてアルシアが待機していた。

「アルシアちゃん、そこで待ってたんだ?」
「来たかサクヤ。それと、その子は?」
「こんばんわー」

 コウが何時もの調子でのほほんと挨拶する。朔耶は、まずはアルシアとコウに互いの事を紹介した。

「助っ人のコウ君よ。凄く頼りになるわ。それからコウ君、彼女が勇者のアルシアちゃん。向こうのアルシアちゃんから複製召喚されたアルシアちゃんよ」

「アルシアだ。勇者と呼ばれているが、前衛の戦士のようなものだ。よろしく頼む」
「冒険者のコウです。冒険者協会のメダルランクは個人で『双剣と猛獣』だよ」
「なんとっ! サクヤから話に聞いてはいたが、かなりの実力者のようだ」

 アルシアの故郷でもある異世界はフラキウル大陸で、知らぬ者は居ない大手組織、冒険者達を取りまとめる『冒険者協会』。
 そこが発行している名誉を表す勲章であるメダルランクを自己紹介に混ぜたのは、中々小粋な挨拶ではないかと感心する朔耶。
 勇者アルシアの中に残っている、冒険者アルシアの記憶を参照したのだろうと推察できる。

「悠介君から便利な支援装備を借りて来たわ。後これも」
「ふむ、支援装備か。この書類は……」

「栄耀同盟の本部施設の見取り図なんだって」
「な……っ!」

 朔耶は、コウが強奪した栄耀同盟の基地施設から見つかった物である事を説明した。これ以上ない程ピンポイントな支援物に、アルシアが思わず絶句している。

「とんでもなく規格外な冒険者なのだな」


 夕方に渡しそびれた手作りポテチをお土産に渡したりしながら、総司令部となる奥の会議室に案内されると、各組織の代表者達が強襲作戦の最終確認に奔走していた。
 彼等に件の見取り図や、悠介から借りて来た支援装備を渡す。

「これは……っ! 作戦内容に少し修正が必要だな」
「ああ、内部の構造が分かっているなら、攻撃班をもっと前に配置できる」

 栄耀同盟本部施設の見取り図が手に入った事で、部隊分けの見直しが図られるらしく、各部署と慌ただしくやり取りがされている。

(うん?)

 その時、朔耶は微かに悪意のような靄を感じた。直接自身に向けられたモノでは無いのでかなり曖昧だが、確かに敵意に近いネガティブな思考が漂っている。

『ねえ、なんか不穏な感じがするんだけど』
ウム アセリヤ フアンニ ヨルモノダ

 特定の誰かに向けられた限定的な思念ではなく、広い範囲で且つ、この場に係る不安や不満の念が発せられているという。
 有力組織連合は割と急ごしらえな集まりという事情もあるので、組織内に生じた軋轢などによる不和なのか。原因を特定するには黒い靄の発生源を追跡して深く探るくらいしなければ難しい。

 朔耶が神社の精霊とそんなやり取りをしている間も、会議室では作戦の改善案など意見の応酬が続いている。

「現場を監視している部隊と、輸送を担当する真聖光徒機関にも連絡を」
「この指輪は何だ?」
「例のカルツィオの勇者邪神が作った物らしい。なんでも射撃の精度が上がるとか」
「どの程度の効果があるか分からんな、誰か試して来てくれ」

 この忙しそうな状況の中で、一人づつ意識の糸を深く搦めて内心を探るような活動は、現実的ではない。

『まあコウ君が居るから大丈夫でしょ』

 ちらりとコウを見やれば、会議室の人々をじっと観察している様子が覗える。何か問題を抱えている人が居れば、即座に見つけて対処してくれる筈だ。


 作戦開始は夜明け前になるようだが、それまでに色々と準備の変更やら各種情報の共有、装備の確認など、ギリギリまでバタバタしていそうであった。

「とりあえず、あたしは作戦が始まるまで休んでるわ。コウ君、アルシアちゃん達の事よろしくね」
「おっけー」
「色々動いて貰って済まないな。ゆっくり休んで来てくれ」

 しばらくやれる事も無いので、今のうちに一眠りしておこうと二人に声を掛けた朔耶は、アルシアに労われつつ地球世界の自宅庭に転移した。

『六時間くらい眠れるかな』
ウム タタカイノ マエダ シッカリ ヤスムトヨイ

 夜の十時頃に帰宅した朔耶は、お風呂と晩飯を済ませてベッドに潜った。もし夢内異世界旅行に入った場合は、件の本拠地施設の様子を見に行く予定である。

『オヤスミ……』
ウム


 ゆっくりと浮上する意識。休む事を意識して床に付いた為か、夢内異世界旅行に入る事も無くぐっすり眠れた朔耶は、薄暗い部屋で微睡みながら身体を起こして電気を点けた。
 シーリングライトの明るい光を浴びながらもしょもしょと目を擦り、ふんぬーと背中を捻り伸ばして眠気を振り払う。

「はふぅ……何時かな?」

 部屋の時計は[3:38]を指している。体感、今のところ狭間世界のカルパディア大陸とも大きな時間のズレもないので、向こうでも明け方前の丁度良い頃合いの筈だ。
 用意しておいた服に手早く着替えた朔耶は、残っていたオヤツのカステラをジュースで流し込んで庭に出た。寝起きの甘味摂取で覚醒した意識も冴えわたる。

『コウ君――はどんな動きしているか分からないから、アルシアちゃんのところへ』
ココロエタ

 地球世界の自宅庭から、狭間世界はポルヴァーティア大陸の囲郭都市、ポルヴァーティア人自治区の居住区画にある『暁の風』本部の中に転移した朔耶。
 今回は建物の中だった為か、アルシアの直ぐ傍に出られたようだ。段々と転移目標への座標の精度が高くなっている。

「アルシアちゃん、やほー」
「うおうっ! サクヤか」

 急にあらぬ方向から声を掛けられて驚いたらしい。一瞬ビクリとしたアルシアはしかし、朔耶の姿を認めるとホッとした表情を浮かべる。

「よく来てくれた、というか丁度よい時に来てくれたな」
「うん? 何かあったの?」

 朔耶が現れた場所は、昨晩も訪れた総司令部となる会議室だが、何やら空気がピリピリしている。昨日の喧噪と比べても、何処か殺伐した雰囲気だ。

「実は……少しマズい事になっていてな」
「アンタが連れて来た子供のお陰で、作戦の練り直しが必要になったんだよ」

 現状の説明をしようとしたアルシアの横から、『暁の風』と共闘する別の組織から来ている構成員が当てつけるように言い放った。

「おいっ!」
「事情は説明しただろう!」

 その構成員に対して『暁の風』や、更に他の組織の構成員が咎めるように声を荒げる。一体何事かと目を丸くした朔耶は、アルシア達に昨夜からの一連の出来事を聴いて納得する。
 どうやらここに集った外部組織の代表者達の中に、栄耀同盟側と繋がりのある者達が紛れ込んでいたのが発覚し、彼等を拘束、除外した事で戦力が足りなくなってしまったらしい。
 コウが早速仕事をしてくれていたようだ。

「なるほどね。昨日の違和感ってそれだったわけか」
「サクヤも、何か不審なものを感じていたのか?」

「うん、本拠地の見取り図渡した時に、ふわっとね」

 朔耶は、昨晩帰る直前に感じていた悪意の霧に関して軽く触れると、コウが居るので何か問題があれば対処してくれると判断していた事も説明した。

「実際しっかり動いてくれたみたいね」
「ああ、そこは私達も助かっているのだが、結構な数の戦闘員が抜けてしまってな」

 強襲作戦を止める訳にはいかないが、遂行に必要な戦力を欠いてしまっている。その穴埋めをどうやり繰りするかで話し合っていたらしい。

「施設の要所を押さえるだけなら、現状の人数でも対処可能なのだが……問題はそこに至るまでに想定される戦闘の方がな」

 大体四チーム分程度、三十人近い戦闘員が抜けてしまうので、施設の制圧に乗り出す前の戦闘に支障が出るという。

「あたしとアルシアちゃんとコウ君でどうにかならない?」
「私達もそう主張しているのだがな……」
「他の組織の連中はアルシアや嬢ちゃん達の力を知らないからな、信用できないんだと」

 朔耶とアルシアの話に、カナンが交じって来て端的に事情を説明する。
 『暁の風』や、同じポルヴァーティア人自治区内の組織はアルシアの力を知っているし、カナンに至っては朔耶の力もほぼ直接見た事があるので、味方にいるだけで心強い。
 コウに関しては未知数だが、朔耶のお墨付きがあるなら信頼できる。
 しかし、他の組織の代表者達は、それらを判断できるだけの情報を持っていない。
 作戦を主導する『暁の風』を始め、ポルヴァーティア勢組織の言葉だけでは、危険な作戦に仲間の命を預けられないと主張しているそうだ。

「どうすれば信用できるか聞いてみた?」
「まあ、順当に言えば力を見せろってところなんだろうが……」

 カナンは「力を見せるつってもなぁ」と、頭を掻きながら悩む。
 彼が朔耶の"力"を見たのは、かつて聖都カーストパレスの中央に聳え立っていたポルヴァーティア大聖堂の、最上階付近にあった総指令室だ。
 大神官によって映し出されていた遠見鏡の映像の中で、大攻勢作戦で出撃した神聖軍の大艦隊を、光の翼を纏った朔耶がたった一人で海の底に沈めてしまった。
 あの時の記録映像でもあれば、それを見せて説得できたかもしれなかったが、カーストパレスが改変された時に大聖堂も解体されたので、当時の記録が残っていない。

「うーん、それなら――コウ君の裏技が使えるかも。コウ君は?」
「彼なら訓練場だ。案内しよう」

 朔耶の言葉に、「何やら秘策があるらしいな」と頷いたアルシアが案内を申し出た。
 カナンには件の揉めている外部組織の人達を集めておくよう頼むと、朔耶はアルシアに連れられてコウの居る訓練場に向かうのだった。

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