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三界巡行編
第二十四章:亡命コンダクター?
しおりを挟む朔耶が目を覚ますと、時刻は丁度お昼を過ぎる頃だった。カーテンの隙間から射し込む陽の光に温かみを感じながら、欠伸と伸びをして身体を起こす。
「はふ……」
今日は珍しく家に誰も居ない。静かなリビングで一人遅い昼食をとりながら、朔耶は今日の予定を神社の精霊と相談しながら考える。
『オルドリアの方はまだしばらく急ぎの用事もないし、やっぱり狭間世界関連かな』
ウム カイニュウノ ケッカヲ タシカメルノモ ヨイ
現在、狭間世界の浮遊大陸――新生カルパディア大陸で朔耶が介入している事案は幾つかあるが、特に急いで確かめておく必要があるのは二つ。いずれも栄耀同盟に関わる問題だ。
『アルシアちゃん達が本拠地を見つけたら、あたしも乗り込むから、その時はよろしくね』
マカセヨ
もう一つは、その栄耀同盟の構成員でカルツィオ大陸のトレントリエッタ国領内に潜伏していた魔導技術研究員を、朔耶の独断でフォンクランク国に亡命させた案件。
組織に帰属意識の薄い研究者肌? な彼等の動向も把握しておかなければならない。
件の研究員から栄耀同盟の本拠地に関する情報を得て、それを勇者アルシアに渡したのも昨晩の出来事である。
『うん、ここはあの研究者さん達の様子を見にいこうかな』
流石に昨夜の今朝で本拠地の発見は難しいだろうと判断した朔耶は、昼食を終えたらシャワーでも浴びてから、狭間世界に出掛ける事にした。
「という訳で、やって来ましたカルツィオ大陸」
「うおっ!」
「なんだ突然!」
「何処から現れた!?」
昨日の研究員を目標に狭間世界に渡った朔耶は、例のコンテナハウスの中に出た。突然現れた朔耶に驚き、慌てふためく声が上がる中――
「ああ、君か」
昨夜の留守番研究員が朔耶を認めると、複数人居る他の研究員達に説明して取り成した。彼等は現在、フォンクランク国に向けて移動している最中だという。
「じゃあ亡命する事にしたんだ?」
「うむ。今朝早く、皆が情報を持って戻ったのでな。話し合って決めた」
現状、栄耀同盟のカルツィオでの活動状況を聞いた限り、この組織に先は無いと判断したらしい。 どうやら、ブルガーデンとガゼッタで暗躍していた栄耀同盟の工作員グループが壊滅した事や、ガゼッタ方面に構築されていた最大規模の支部が失われた情報も得ているようだ。
「流石、情報の伝達と共有は早いね」
「我々にとって通信具の所持は必須だからな」
ポルヴァーティアの魔導技術文明は、地球世界の現代科学文明にも通ずるような効率化が図られ、洗練されている。
カルツィオでは、遠方との通信に専門の能力者が必要になるが、ポルヴァーティアでは軍属や幹部クラスに限る制限はあるものの、個人が通信具を所持できるのだ。
(この技術差は確かに大きいわよね~)
朔耶は、悠介がカルツィオ側の技術の底上げや発展を急ぐ理由に深く納得する。
先の戦いも、自身の介入と悠介の存在が無ければ、カルツィオはポルヴァーティアが数百年の間続けて来た大陸融合と侵略の歴史の一つとして飲み込まれていただろう。
奇跡的に対等な立場となったカルツィオとポルヴァーティア。新生カルパディア大陸の行く末は、今この時代の舵取りで決まると思えなくもない。
『このまま仲よく、一緒に発展すればいいんだけどね』
アラソイハ ヒトノツネデモ アルカラナ
暫く情報交換などしつつ彼等の移動に同行する朔耶。現在はトレントリエッタ領の西側、湖沿いの街道を北上している。
なんと、このコンテナハウス研究室には浮遊装置が内蔵されており、宙に浮かせて移動させる事が出来るのだ。
推進装置は付いていないので自力での移動は厳しいが、地面から五十センチほど浮かせた浮遊コンテナハウスを、紐で繋いだ魔導獣兵達に引かせて移動していた。
「これ凄いわね」
「そうだろう、そうだろう、ふははははっ」
高笑いする研究員。本当に雰囲気があの博士に似ているなぁと、朔耶は内心で肩を竦めつつ和む。
犬ぞりならぬ魔獣ぞりの如く、十数頭の魔導獣兵が浮遊コンテナハウス研究室を引いて街道をひた走る。偶に街道を行く商隊や旅人と遭遇すると、当然ながら大層驚かれる。
慌てて引き返そうとしたり、森の中や湖に逃げ込もうとする者達の他に、護衛を連れている商隊とは戦闘になり掛ける事もあったが、その都度、朔耶が出張っては説明をして間を取り成した。
そのうち連絡が回ったらしく、フォンクランク領に入った辺りからは特に大きなトラブルも起きなかった。
個人や少人数で街道を行く旅人や行商人の反応は相変わらずだったが、大きな商隊はお抱えの伝達役も同行している。彼等は『通商協会』というカルツィオの商人達が所属する組合組織から「件の集団に危険は無い」との連絡を受けていたようだ。
そうして夕方になろうかという頃、国境近くの小さな宿場街に到着した。フォンクランク領の南東の端にあるこの宿場街から首都サンクアディエットまでは、後二つか三つほどの村や街を中継する。
「首都の方にも連絡は行ってるみたいだし、ここまでくればもう大丈夫かな」
「行くのか? 君には色々と世話になったな」
数時間を共にした短い道中で、研究員達とも随分と打ち解けられた。実際、朔耶がいなければ結構面倒な事態になっていたであろう場面が多かっただけに、彼等からも一定の信頼を得られたようだ。
浮遊コンテナハウスから下りた朔耶は、遠巻きにこちらの様子を窺う宿場街の人々を見渡すと、陽の傾いたカルツィオの空を見上げて考える。
ここからフォンクランクの首都サンクアディエットまでひとっ飛びしても然程時間は掛からないが、先にアルシア達の様子を見ておきたい。栄耀同盟の本拠地捜索に、進展はあったか気になる。
『その前にお腹空いたな……』
ハラゴシラエハ ダイジダ
神社の精霊の勧めに従い、一旦地球世界の実家に戻る。軽く何か食べてからポルヴァーティア大陸へ様子を見に行く事にした。
庭先の転移陣に現れた朔耶は、縁側から居間に上がる。
「ただいま~」
「お、朔姉おかえり」
居間では弟の孝文が、テレビを見ながら手作りポテチを食べていた。
「あ、ポテチちょうだい」
「ん」
ずいと差し出されたお皿から、山盛りの不揃いな薄切り芋揚げを数枚つまむ。市販のポテチよりも、少し厚みがあって歯応えも良い。
「ん~、これを向こうで作るのもいいかな」
「向こうって、オルドリア世界か? フレグンスにはもうあったような気がするけど」
「ううん、狭間世界の方。アルシアちゃんの料理のレパートリーにね」
「勇者っ子か」
ジャガイモに相当するような作物はあったかなと考えつつ、弟作のポテチをお土産のサンプルに数枚包む。気分と小腹も満たされたので、朔耶は再び狭間世界へと出掛けるべく庭に出る。
「今日も遅くなるのか?」
「うーん、場合による」
何事も無ければ早めに帰って来られるが、何か進展があった場合は朔耶も色々動く予定なのだ。
「流石に二日連続で朝帰りはやめとけよ?」
「う……気を付けます」
あまり両親を心配させるなよと釘を刺す孝文に、朔耶は素直に頷いたのだった。
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