124 / 135
三界巡行編
第二十章:深緑に潜む災厄
しおりを挟む――気が付くと、風の街道を眺めていた。
(あれ? 今日はぐっすり眠れると思ったんだけど)
深夜、地球世界の自宅の部屋で眠っていた朔耶は、夢内異世界旅行の状態に入っていた。
特に思い残すような事は無かったと思うが、色々な情報を一気に入手したせいかもしれない。気に掛かる事は多々ある。
(せっかくだからオルドリアの方を見ておこうかな)
一応、向こうの人々にはしばらく狭間世界での活動が忙しくなると伝えてあるが、フレグンスを中心に、自身の異世界でのホームグラウンドはオルドリア大陸なのだ。
そんな訳で、いつもの巡回コースを一通り見て回ったのだが――
(異常なし)
流石に深夜帯な時間だけに、ほとんどの面子が就寝中で、オルドリア大陸は平和そのものだった。ならばと、西方フラキウル大陸の知り合いの様子も見に行ったが、こちらも大体同じ。
アンダギー博士が夜通し研究している以外は、特に問題も起きていなかった。レイオス王子達の魔導船団も順調に航行を続けているようだ。
(ふーむ、ちょっと夜遅過ぎたかな。あ、でもこの前のあれやこれは深夜だったよね)
やはり今は狭間世界がホットスポットかと、『新生カルパディア大陸』となった超巨大浮遊大陸の南半分、カルツィオ大陸側の様子を見に行く。
(ここはやっぱりコウ君かな)
睡眠を必要としないコウ少年は、深夜でも何かしら活動している場合が多い。現在はガゼッタの問題解決に協力しているので、今夜もパトルティアノーストで動いている可能性が高かった。
早速コウ少年を思い浮かべると、景色が切り替わり石壁に囲まれた暗い空間に視点が移動した。天井は高く、壁から壁までの距離もある結構広い空間。地面は砂敷きになっている。
その砂を蹴散らすように撥ね飛ばしながら、激しく戦っている幾つかの影。
(あれって……)
見覚えのある大柄な白い甲冑巨人。コウのもう一つの姿である『複合体』が、同じくらいの背丈を持つ武骨な甲冑巨人――ポルヴァーティアの魔導兵器、『機動甲冑』と戦っていた。
場所を確認する為に上空へ視点を移して見渡す。どうやら先程の空間は、パトルティアノーストを囲む防壁の内側にある、軍の訓練場施設のようだ。
城塞都市の彼方此方で戦闘が起きている様子が覗える。状況の把握にそのまま観察していると、空中庭園に見覚えのあるエフェクトが上がった。
(悠介君も来てるっぽい?)
朔耶は一瞬、自分も応援に行くべきかと考えたが、直感が否を告げた。
(そうだ、この前みたいに他の場所でも何か起きてるかも)
この状態の自分に出来る事、自分にしか出来ない事がある。思い付いた朔耶は、さっそく行動を開始した。
初めにリシャレウス女王を思い浮かべて彼女の傍に移動すると、そのまま山頂の都コフタの様子を見て回る。特に異常は感じられない。
次に先日、密偵レイフョルドの救出作業を手伝った時の、使用人とお嬢様を思い浮かべて要塞都市パウラの中心街へと移動。街の様子と長城部分も回ったが、こちらも問題なし。
(ブルガーデンに異常はなし、と)
ヴォレット姫を思い浮かべて、フォンクランクの首都サンクアディエットのヴォルアンス宮殿に移動。街全体をぐるりと見渡すも、静かなものだった。
(フォンクランクも異常なし。トレントリエッタは――ああ、あの人達にしよう)
四大国会談の時にカルツィオ聖堂に来ていたトレントリエッタの代表で、朔耶に国家戦略の方針について訊ねてきた緑髪のグラマラスな女傑ベネフョスト。彼女が仕える主人でもある、男勝りな令嬢ヴォーレイエを思い出す。
彼女達をイメージすると視点が切り替わり、何処かの屋敷の中っぽい場所に出た。まずは視点を空に上げて現在地の確認をする。
(森と岩山に囲まれた明るい街か……直ぐ近くに海、反対側には広い森、ずっと遠くに平原ね)
遠くに見える平原はフォンクランク領だろう。広大な森林はトレントリエッタの樹海。従って、真下に広がる明るい街並みは、トレントリエッタの首都リーンヴァールだと思われる。
視点を先程の屋敷の中に戻すと、大きなテーブルを挟んで向かい合っている男女の姿があった。いずれも見覚えがある。
前髪の一部が緑のメッシュになっている赤髪のヴォーレイエ嬢と、豊かな緑髪に豊満なボディが目立つベネフョスト。
彼女等の付き人として四大国会議の時にも顔を出していた、参謀っぽい青髪の男性ウェルシャ。ぽやっとした雰囲気の緑髪の女性リフョナ。それに白髪の奴隷少年オド。
部屋に使用人の姿は無く、彼等は深刻な表情で何やら話し合っている。すすすと近付いた朔耶は内容に耳を傾けてみた。
「やはり、目撃情報にあった獣の群れは、調整魔獣とみて間違いないかと」
「厄介だね……今まで何処に隠れてたんだか」
ウェルシャから魔獣の目撃談に関する報告を受け、ヴォーレイエが眉を顰める。かつて、隠れ里で静かにノンビリ暮らしていた彼等エルフョドラス一族を決起させる切っ掛けになった調整魔獣兵。
一時はカルツィオ全土を巻き込む大騒動を引き起こした元凶だ。
「ただ、兜をかぶってたってのが変だよね~」
「誰かに使役されているのかもしれない。何か起きる前に対処したいな」
目撃情報によると、その調整魔獣は頭部に兜のようなものを装着していたという。いくら普通の獣より知能が高いとはいえ、四足歩行の魔獣が頭部を護る防具を自然に身に付けるとは考え難い。
ベネフョストの見解は、かつての『風の刃』のような武装集団か、もしくは調整魔獣を作り出した旧ノスセンテス研究所のような組織が関わっている可能性を挙げる。
野生化した調整魔獣を集めて、再利用しようとしているのではないか、と。
「とにかく、速やかに報告書を纏めて上に提出し、調査隊の編制と派遣要請を出すべきだな」
そんな結論に至っていた。
(調整魔獣か……そう言えば、悠介君の暗殺未遂事件の話にちらっと聞いたわね)
悠介達は、現在ガゼッタの応援に出向いている。向こうにはコウ少年も居るので大丈夫だろう。そう判断した朔耶は、悠介達の手が回らないこちらの問題に手を貸す事を決めた。
「という訳で強制覚醒で目覚めたんだけど――流石にちょっと眠いわ……」
アマリ ムリヲ スルナ
ふわわと欠伸をしつつも手早く着替える朔耶に、神社の精霊から寝不足を諫める御小言が出る。しかし朔耶としては、騒動が起きた事を明確に知った以上、そのまま寝過ごす訳にはいかない。
深夜の自宅庭に出た朔耶は、屋敷の一室で話し合っていたヴォーレイエ達を転移目標に狭間世界へと転移した。
「こんばんは~」
「っ!?」
突如背後に現れた気配と声に、反応したベネフョストがガタッと椅子から腰を浮かせて剣に手を掛けるも、声の主の正体に気付いてほっと息を吐く。
「これは、サクヤ殿」
「びっくりした。突然どうしたんだい?」
いきなりやって来た朔耶に驚いたヴォーレイエ嬢は、肩を竦めて訊ねる。
「脅かしてごめんねー、実は今ガゼッタで――」
朔耶は先程まで自分の世界から特殊な方法でこちらの世界を見て回っていた事と、現在進行形でガゼッタに騒動が起きている事を伝えた。
「それで、応援に行く前に他にも問題が起きて無いか調べてたら、偶々ここにいる皆の会話を聞いたの。調整魔獣の調査に協力するから、詳しい目撃場所とか教えて?」
「しかし、大丈夫なのか? 調整魔獣は神技を阻害する力を使うが」
ベネフョスト達は、朔耶の申し出を有り難いとしながらも、調整魔獣の能力について危惧する。神技阻害能力に関しては、まだ明確な対策が確立されていない。
朔耶がいくら強い特殊能力を有していたとしても、それを封じられてしまうと非常に危険だ。
「悠介君には通じなかったんだよね?」
「確か、そう聞いている」
「なら大丈夫だと思う。危なそうなら直ぐ逃げるし」
そも、カルツィオ人達が使う体内の器官から発せられる『神技』の力と、朔耶が使う『精霊』の力は、割と別物なのだ。個人が吐き出す息と、大気が巻き起こす自然の風くらい違う。
そうして彼女達から聞き出した情報によれば、兜をかぶった奇妙な調整魔獣が目撃されたのは、トレントリエッタの南西に広がる樹海の奥。
その付近には以前、闇神隊に封鎖された魔獣研究施設があったらしい。
「封鎖が解けたとか?」
「いや、当時施設の中に居た魔獣は全て処理した上で、完全に封鎖したと聞いている」
構造物の詳細を把握する能力としては、並ぶ者のない闇神隊長が、ガゼッタ勢や傭兵達と共に念入りに調べて封鎖した魔獣研究施設。
万が一見落としがあったとして、水も食糧も無い封鎖された施設内で生き延びるのは不可能だし、備品も持ち出されているので、あそこで何らかの研究を続けるのは無理だという。
「ふーむ、その施設自体は直接関係ないのかも」
件の施設は使えなくとも、その場所が秘密の研究を行うなど、調整魔獣に関する何らかの活動を行うのに丁度良かったというパターンも考えられる。
封鎖された施設の詳しい場所を聞いた朔耶は、さっそく付近の調査に向かうのだった。
0
お気に入りに追加
743
あなたにおすすめの小説
異界の魔術士 無敵の留学生
ヘロー天気
ファンタジー
精霊の国フレグンスにある王都大学院。そこに、一人の風変わりな留学生がやってきた。「はーい、王室特別査察官で大学院留学生の朔耶(さくや)ですよー」地球世界から召喚されて、無敵の力と発明品で大陸中を大改革。ついには魔族組織を破った最強魔術士少女が、何と今度は学院改革を始めちゃった!? まずはキャンプの概念すらないこの世界で、『学生キャンプ実現計画』を提案。コネを使い、魔力を使い、地球の知識を使って、 計画成功への道を切り開く! 無敵の留学生が、異世界の常識を変える!? 痛快スクール・ファンタジー、開幕!
異界の魔術士Special+
ヘロー天気
ファンタジー
魔族組織との対決から2年。今もしょっちゅう異世界に出入りして、『異界の魔術士』をやっている都築朔耶(つづきさくや)。そんなある日、突然空に2つの〝幻の星〟が現れた! どうやら〝狭間世界〟という別の異世界にある2つの浮遊大陸らしい。しかも、その大陸は融合寸前。その影響で起こる魔力の奔流が、様々な混乱をもたらしていた! 朔耶は一路、〝狭間世界〟に転移! そこでは、またもや大きな戦いが待ち受けていたのだが――『大丈夫、あたし不思議パワーで無敵だから』。ヘロー天気三作がコラボレーション! 他2作のヒーロー達も交えた、魔術士少女の快進撃!
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
異界の錬金術士
ヘロー天気
ファンタジー
働きながら大学に通う、貧乏学生のキミカ。ある日突然、異世界トリップしてしまった彼女は、それと同時に、ちょっと変わった能力をゲットする。なんと念じるだけで、地面から金銀財宝が湧き出てくるのだ! その力は、キミカの周囲に富をもたらしていく。結果、なんと王様に興味を持たれてしまった! 王都に呼び出されたキミカは、丁重にもてなされ、三人のイケメン護衛までつけられる。けれど彼らを含め、貴族たちには色々思惑があるようで……。この能力が引き寄せるのは、金銀財宝だけじゃない!? トラブル満載、貧乏女子のおかしな異世界ファンタジー!
ワールド・カスタマイズ・クリエーター
ヘロー天気
ファンタジー
不思議な声によって異世界に喚ばれた悠介は、その世界で邪神と呼ばれる存在だった?
歴史の停滞を打ち破り、世界に循環を促す存在として喚ばれた若者の魂は、新たな時代への潮流となる。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。