異界の魔術士

ヘロー天気

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三界巡行編

第十四章:水巫女の女王

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 アルシアの勇者食堂を後にした朔耶は、自宅庭経由でカルツィオ大陸はフォンクランクの首都、サンクアディエットの中央に聳えるヴォルアンス宮殿の上層階、宮殿衛士隊員の自室に居る悠介のところへ転移した。

「という訳で、アルシアちゃんの料理のレパートリー増やす為に食材が欲しいのよ」

 食材輸出品目に乳製品の追加が欲しい旨を告げる。

「何か以前にも増して唐突感がすごいっすね」

 とりあえず昨夜のアルシアのコロッケの話から入る朔耶に、悠介はツッコみつつも要請された品目を増やす方向で了承した。
 その悠介から、フォンクランクの隣国ブルガーデンで少し動きがあるらしいという話を聞く。

「まだ栄耀同盟が絡んでるかは分からないけど、レイフョルドが調べに行くみたいなんだ」
「ふむふむ、あの自由な密偵の人ね」
「自由な?」

 朔耶のレイフョルドを評す言葉に、悠介は小首を傾げて聞き返す。

「あの人、自分の好奇心優先で動いてるところあるみたいだし」

 普通、国家に仕える密偵は優秀であるほど勝手な行動はとらないはずだが、彼の密偵レイフョルドは相当な腕利きでありながら、度々国の意向を逸脱する行いをしている。現場判断で最善の選択を見極めようとした感じではなく、本人の好みに沿ったものっぽいと朔耶は指摘する。

「それって、精霊の……?」
「あたしの精霊もそう言ってるけど、あたしもそう感じてたよ」
「ふむ、なるほど」

 朔耶と神社の精霊のお墨付きで、レイフョルドの活動原理が明かされたのは結構助かると、悠介は納得気味に頷いた。
 立場的に、彼の者レイフョルドの行動の裏には国王の思惑があるのではないかと勘繰られる場面が多かったらしく、闇神隊のメンバーを含め悠介の周りの人間は今まで割と振り回されていたようだ。

 悠介との情報交換も一段落した朔耶は、一度ブルガーデン国に出向いてみる事にした。向こうからも二人の女官に強く来訪要請を受けているし、件の密偵レイフョルドが調査に出向くほどポルヴァーティア勢の動きがあるなら、なおさら気になる。

「そう言えば、あの女官の二人が悠介君と個人的に話し合える機会が欲しいって言ってたわね」
「ブルガーデンの女官二人というと、サーシャとマーシャって子達姉妹か」

 女王リシャレウスとは幼馴染みでかなり親しく、女王が実質『籠の中の鳥』状態だった頃から、常に傍に仕えて支えていたらしい。

「向こうの女王様の側近とパイプが出来るのは悪い事じゃないな」
「じゃあ軽く予定でも決めとく?」

 向こうに行った時に伝えておくよと促す朔耶に、悠介はまずはヴォレット姫上司や仲間と相談してから決めると答えた。

「オッケイ、じゃあ会ったらその旨伝えておくね」
「よろしくっす」


 悠介と別れ、ヴォルアンス宮殿を出て空に上がった朔耶は、西に当たる方角を眺める。遠くに薄らと見える山の頂上付近に、女王が住まう古都があると聞いている。

『ここからなら十分飛んで行ける距離よね?』
ウム セカイ ワタリハ ヒツヨウ ナカロウ

 いったん元の世界に戻り、再び目標地点に向けて転移すれば、長大な距離を短縮出来る。だが、世界渡りによる移動は一日に何度も行うと体調を崩す。
 不測の事態に備えて、力の温存は常に意識するようになっていた。

『それじゃあ、あの山の頂上を目指して行ってみよー』

 漆黒の翼を広げた朔耶は、ブルガーデン国の第一首都、山頂の都コフタを目指して、フォンクランク国の首都サンクアディエットの上空から飛び立った。

 三時間程でブルガーデン国の領土の大半を占めるボーザス山の頂上付近に辿り着く。
 途中、麓の国境沿いに伸びる第二首都パウラの長城部分といわれる防壁の上空を飛び越えたが、馬車がすれ違えるくらいの広さがある壁上の道には、多くの移動店舗と行き交う人々の姿があり、もはや横に長い街といった雰囲気だった。
 ちなみに、パウラはフォンクランクとの紛争を想定して造られた要塞都市である。街の中心部は山の北側の麓に広がっているようだ。

『国境を護る壁がそのまま街になってるのって、何だか面白いわね』
イロイロト トクイナ ジジョウガ アルノダ ロウナ

 一応ステルスモードで飛んで来た朔耶は、そのまま山頂付近をぐるりと一周する。
 コフタの都は、大部分が山に掘られた坑道を利用しており、『カルツィオでもっとも高い場所にある地下都市』というユニークな特色を持った古い街だ。
 水巫女の女王と呼ばれるリシャレウスは、以前は頂上にあるシャルナー神殿を居城としていたが、今はコフタの地下宮殿で政務に励んでいるらしい。

『さて、どうやって会いましょうかね』
コノママ タズネテ ユクカ?

 側近の女官姉妹から熱心な面会要請を受けているので、普通に「来ましたー」と正面から訪問しても会えるであろうが、何となく『謁見』するのは違う気がする。

『多分だけど、私的に会った方がいい気がする』
サクヤノ オモウママニ スレバヨイ

 女王リシャレウスとは公的に会わない方が良いと判断した朔耶は、非公式。女王としてではなく、私人リシャレウスと交流するべく、ステルスモードのままコフタの都に降り立った。

 コフタの都は、山頂を下ったところにある少し開けた場所が入り口になっている。元々は隠れ里的な背景も持つらしい歴史ある古都。
 剥き出しの岩と、その岩をくり抜いて作られた窓らしき穴が目立つ洞窟といった雰囲気で、ここに街があるようにはとても見えない。だが、入り口付近には住人の行き交う姿も多く見られた。
 天井が予想以上に高かったので、朔耶はステルスモードのまま天井ギリギリを通って中に入った。

(何となく、パトルティアノーストの雰囲気に似てるかも)

 坑道を利用した街は、外からは想像出来ないほど意外にしっかりと整備されており、ガゼッタの首都である城塞都市パトルティアノーストの屋内の街並みを思わせた。

『地下宮殿はどこかな~?』
カナリ オクノアタリニ アルヨウダ

 女王の住まう地下神殿を探して、坑道の地下街を奥へ奥へと進んでいく。
 やがて、周囲の壁に人の手が入っていない洞窟のような自然の岩肌が目立ち始める。この区画に入って直ぐ、装備の立派な騎士っぽい身形の見張りが立っている大きな扉を見つけた。
 ここの一帯だけ他と雰囲気が違う。

『ここかな?』
ソノヨウダ

 神社の精霊によると、扉の奥から邪神ユースケの力の波動を感じるという。かつて悠介が恩人の為に製作して、水巫女の女王リシャレウスに譲渡された魔導具の波動らしい。
 以前聞いた話では、その魔導具『シャルナーの神器』には特殊効果がてんこ盛りに付与されているそうな。
 サークレット型のアクセサリーで、特殊効果の内訳は――
  水技増幅効果
  体力増幅効果
  体力回復効果
  治癒効果
  解毒効果
  沈静効果
  神技耐性上昇効果
  物理耐性上昇効果
  移動速度上昇効果  
 ――などの付与がされていて、装備者の傍に居るだけでも回復や沈静効果の恩恵を受ける。この神器のお陰で、リシャレウス女王はほとんど休まず働き続ける事が出来るようだ。

『精霊石使っても一つの道具にそれだけの効果を付けるのって、難しくない?』
フツウハ ムリダナ

 神社の精霊の見立てでは、悠介の知識から『ゲームのシステムを参考に模倣した精霊の奇跡』という工程を経て具現化された神器は、単純に複数の個の精霊を一つのアイテムに詰め込んでも再現するのは不可能だろうとの事だった。おそらく、『在り方』から構築されていると。
 大きな扉の前で神社の精霊とそんな話をしていると、ふいに風が吹き抜けた感じがして見張りの一人が扉に手を掛けた。
 彼等神技人の中でも、緑髪の人達が使う『風技の伝達』という通信が行われたようだ。扉が開かれると、使用人っぽい恰好の集団がぞろぞろ現れた。
 人が出入りする為にこの扉を開く時は、こんな風に中から合図が来るようだ。朔耶はこれ幸いと、扉から出て来る集団の頭上を飛び越えてスルリと潜入する。
 その時、使用人らしき若い女性の集団から微かに話し声が拾えた。

「リシャレウス様は今日もお忙しそうだったわね」
「いくら神器の力があるといっても、あんなに働き詰めだと心配だわ」

 彼女達は、そんな事を囁き合いながら去って行った。

『……ふむ』

 元は坑道を利用した施設とはいえ、宮殿と呼ばれるだけはあって中はしっかり整えられていた。高い天井には等間隔にシャンデリアっぽい照明器具が設置されていて、白く染められた壁には鮮やかな色合いのタペストリーが飾られている。
 床には絨毯が敷かれているが、端の方に見える床石は艶やかに磨き上げられているのが分かった。そんな地下宮殿の廊下を進む事しばらく。
 立派な甲冑装備の見張りが向かい合わせに四人ほど立つ、少し広くなった空間から一本だけ奥に伸びる狭い廊下の突き当たりに、ひときわ重厚で豪奢な扉があった。

『ここ?』
マチガイ ナイ

 迷路のように入り組んでいた地下宮殿の廊下を、邪神製神器の波動を辿って迷うことなく抜けて来た朔耶は、その扉をゆっくり押し開こうとする。しかし、扉はビクともしない。

『あ、これ引く方だったわ』
……サクヤヨ

 押して駄目だったので引いて開けた朔耶は、女王リシャレウスの私室へと踏み入った。

 部屋に入って直ぐの正面には、ブルガーデンの紋章が描かれた大きなタペストリー。左右に廊下が続いていて、片方は行き止まりの壁際にテーブルと花が活けてある。
 反対側の廊下を進んで角を曲がれば、小さな謁見室のような間取りの空間が広がっていた。侵入者の襲撃にも備えた造りになっているようだ。
 最奥に大きな執務机が鎮座しており、大量の本や書類が積まれている。
 その隙間から見え隠れする水色の髪。壁にでかでかと飾られたブルガーデンの旗を背に、書類の束と向かい合う水巫女の女王、リシャレウスの姿があった。
 朔耶は何となく、皇帝バルティアを思い出した。

 早目の夕食を済ませたリシャレウスは、いつものように書類の処理に励んでいた。ブルガーデンの国政に係わる重要な案件は、ほぼ全てリシャレウスが自ら目を通して裁定している。
 女王から直接指示が降りるので、現場の動きも早く非常に効率的だが、その分、リシャレウスの負担は相当なものになっていた。
 しかし、邪神ユースケの創りし『シャルナーの神器』の効果で回復力が疲労を上回る状態を維持している為、食事や排せつなど生命活動に必要な一部の生理現象を除いて、精神力が続く限り仕事をし続けられる。
 少々異常な環境だと分かってはいるが、この国と民を護り導く為には、自分が頑張るしかない。リシャレウスはそう考えていた。
 且つて、フォンクランクの介入による内乱を制し、当時このブルガーデン国を掌握していた最高指導官イザップナーから実権を取り戻したリシャレウス。
 亡き父王の側近だったイザップナーに王族の権威以外の全てを握られ、お飾りの女王として苦渋と落胆の日々を過ごした経験からか、あまり部下に頼る事をしなくなっていた。

 ふと、人の気配を感じ取ったリシャレウスが顔を上げる。視界に映るのは普段から人気ひとけの無い、執務室兼私室の見慣れた空間。今日は女官の姉妹も居ないので、いつも以上に広く感じる。
 お飾り時代からの側近であり、信頼出来る友人でもあるサーシャとマーシャは、いつも自分の事を気遣ってくれる。
 彼女達からは、休養と重要事項を決定する部下の選定を日々進言されているが、まだまだ不安定な情勢が続くブルガーデンの政務を、他の誰かに任せられる気がしなかった。

(……いえ、これは言い訳ね)

 心の奥底で本音の呟きを零したリシャレウスは、自嘲の溜め息を吐く。その時、執務机の正面に見える絨毯の模様が、ぐにゃりと歪んだ。

「こんにちは」
「……っ!?」

 その歪みから赤を纏った人影が現れた事で、リシャレウスは思わず息を呑む。しかし神器の鎮静効果で直ぐに落ち着きを取り戻し、突如現れた人物を冷静に観察した。
 そこには、紅いコートを纏い、長い黒髪をふわりと靡かせた少女が佇んでいた。

「貴方は……もしや黒翼の戦女神様?」
「あ~、ガゼッタの人達からはそう呼ばれてるみたいね」

 何もない空間から現れた突然の来訪者は、そう言って苦笑を浮かべつつ頭を掻いて見せた。



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