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三界巡行編
第十三章:ヒトの在り方それぞれ
しおりを挟む翌日。自室で目覚めた朔耶は、寝ている間にコウから連絡など無かったか神社の精霊に確かめつつ、朝のストレッチを済ませて手早く着替える。
流石に世界を隔てての交感は繋げられないが、向こうから何かしら連絡を取ろうとすれば、世界に遍在する精霊から報せが届く。
「さー、お母さんの朝ごはん食べたら今日も一日頑張るぞー」
ウム ゲンキデ ナニヨリダ
朝一で自宅庭から異世界に転移する朔耶。オルドリア大陸はフレグンス王国の王都にあるサクヤ邸にて、今日も元気に朔耶の親友兼専属メイド兼工房助手をやっている藍香に近況報告をする。
「朔ちゃんは相変わらずヴァイタリティが限界突破でフットワークが上昇気流だよねー」
「日本語でOK」
どこぞの大きな柴のような口調の藍香に「意味が分からんわ」と突っ込む朔耶は、ここ数日の間に何か変わった事は無かったか、工房は順調かなど、留守中の様子を聞き出す。
「王都はいつも通りだよ。工房は例の投影装置がそろそろ完成するみたい」
「そう言えば、試作機の調整も終わったんだっけ。量産したら今の試作機は順次入れ替えかな」
オルドリア大陸にまだ数台しか存在しない通信具『魔術式投影装置』は、双方向に会話が可能なテレビ電話のような装置だ。
地球世界に渡って機械文明に触れたレティレスティアが考案し、朔耶が構想を練ってティルファに制作を依頼した。
フレグンスの出資で進められたこの魔術式投影装置の開発には、オルドリア大陸の四大国を始め、西方フラキウル大陸の大国グランダールで活躍する天才魔導技師や、冒険者コウも携わっている。
また運んで回らないと等と呟く朔耶に、藍香は『荷物運びくらいは皆にまかせて大丈夫だよ』と諫める。
「ん~、でも直接相手の顔見て渡すのって、結構大事だと思うのよね」
「流石は朔ちゃん――って言いたいところだけど、それほとんどの相手を恐縮させてるからね?」
相変わらず自身の雲の上過ぎる立場に自覚の薄い朔耶にツッコむ藍香は、続けて言った。
「朔ちゃんは一人で何でも抱え込みすぎなんだよ」
「そうかな? 結構丸投げで任せたりしてると思うけど」
「それでもだよ。朔ちゃんが担ってる仕事量って尋常じゃないからね?」
自身と重なっている精霊に相談出来るが故に、負担も少なく感じるのかもしれないが、実際に朔耶の活動範囲は精霊のサポート無しでは成り立たない。
ハードスケジュールどころか『アルティメットスケジュール』だと指摘する。
「なにそれ強そう」
「もぉ~、そんなんでイザ朔ちゃんの活動が止まったら周りの影響が――ハッ、まさか朔ちゃん、オルドリアの経済を掌握する為にワザと自分の超活動で依存させて――」
「いやいやいや、そんな意図ないから。ってか藍が頭良さそうな事言ってるっ!」
いつぞやの魔族や大盗賊みたいな事しやせんわとツッコむ朔耶は、藍香の妙な頭の回り方が気になった。
「……もしかしてタカ君の影響?」
「え!? 孝文君は……別に何もないよ?」
「その反応で十分だわ。そうか~タカ君にも遂に春が来たれり」
「ちょっ、違うからね! 朔ちゃん! っていうか言い方が古風!」
朔耶は、弟の孝文が藍香の事を以前から気に掛けていた事は知っていた。朔耶を追ってこの異世界に渡るべく、都築家に突撃交渉まで仕掛けて現在の立ち位置を勝ち取った藍香。
彼女がここ王都フレグンスでも一目置かれる存在でいられるのは、孝文が布いた策も大きい。
「さて、じゃああたしはお城に寄って大学院に行くね」
「あああ朔ちゃん! スルーしないで朔ちゃん! いってらっしゃいっ」
わーぎゃー騒ぎながらも御見送りはしっかりこなす藍香と別れ、サクヤ邸を後にした朔耶は城へと飛んだ。
いつものように上層階のテラスから城内に入ると、レイスが詰める宮廷魔術士長の執務室に向かう。
「やほーレイス。何か変わった事起きてない?」
「おはようございますサクヤ。今のところ特に何もありませんね、平和なものですよ」
若き宮廷魔術士長として貫禄も出て来たレイスは、緊急の用事もなく、急ぐ案件も無しで、平穏そのものだという。
「そっか。ちょっと前までバタバタしてたから、色々落ち付いて来たなら良い傾向だわね」
「ええ。ルティレイフィア様が例の魔族組織の残党関係で、各地を巡っているくらいですね」
朔耶の人探しに協力したり、危険な亡霊排除で共闘するなど、魔族組織の残党でも割と穏健派っぽい集団が以前、カースティア近郊にアジトを構えていた事があった。
一応は危険な魔族という事で、彼等の行方を追っている戦う姫様な第二王女のルティレイフィアは、今も私兵であるヴィンス傭兵騎士団を連れてオルドリア中を旅しているらしい。
行く先々で悪徳商人を懲らしめたり、盗賊を叩きのめしたり、困っている人々を助けたりしているそうな。
「ルティは世直しの旅か……ガリウスほっといていいのかなぁ」
「まあ、あの方達も一般的な王族や貴族の枠に収まらないタイプですからね」
そんなレイスの評価に、朔耶も「確かに」と納得するのだった。
その後、魔術式投影装置の完成と取り扱いについて少し打ち合わせをした朔耶は、城を後にして大学院に飛んだ。エルディネイア達チームメンバーの皆に顔見せと、近況報告をする為だ。
中庭に下りて中央サロンに入ると、いつものテーブルに向かう。
「あ、サクヤちゃん来たよ」
チームメンバーが集まっているテーブルにて、こちら向きに座っていた攻撃型魔術士のリコーが朔耶に気付いて手を振る。それにヒラヒラと手を振り返しながら、朔耶は皆に声を掛けた。
「やほ~、みんな元気?」
「ごきげんようサクヤ。今日はあまり捻りの無い挨拶ですわね」
ツンデレな公爵令嬢エルディネイアが、いつものようにチームを代表して応える。相変わらずの皮肉を効かせたツン対応だったが――
「なーに? ルディいつも楽しみにしてたの?」
「べ、別にそういう訳じゃありませんわっ」
「やだも~言ってくれれば色々考えて来てあげたのにぃ~」
「だから、違うと言ってるでしょう!」
朔耶にあっさり切り返されて、撃沈するところまでがセットであった。そのまま、やいのやいのと雑談に興じ、顔見せと交流を済ませた朔耶は大学院を後にする。
「それじゃまたねー」
「サクヤちゃんは相変わらず忙しそうよねー」
「たまには講義でもお受けなさいな」
大学院の院生として籍を置いているのに、ちっとも院生らしい大学院生活をしていない朔耶に、エルディネイアは溜め息交じりに皮肉っぽくも、心配そうに呟くのだった。
自宅庭に帰還した朔耶は、次に狭間世界のポルヴァーティア大陸に居るアルシアを目標に転移。アルシアが管理する『勇者食堂』の厨房に出た。
「やほー、アルシアちゃん」
「ああ、おはようサクヤ」
丁度料理の仕込みをしているところだったようだ。それを手伝いながら、栄耀同盟に対する各組織の動きについて話を聞く。
と言っても、協力体制を敷く話をしたのは昨日の今日なので、まだ具体的な取り決めなど含め、有益な情報は無い。
「まあ、焦ってもしかたないわね」
「うむ。ひとまず代表者が集まって意見交換をする事が決まっている」
昨日の内にポルヴァーティア中の各有力組織に『栄耀同盟』という共通の敵対組織の名を挙げて協力を呼び掛けてあるので、直ぐに何かしらの反応は得られるだろうとの事だった。
「現状で栄耀同盟に付く組織は無いと思うが、欺瞞情報で攪乱くらいはしてくるだろうな」
「それって、例えばどんな内容?」
朔耶が訊ねると、アルシアは「そうだな……」と呟いて少し考える素振りを見せる。そうして、栄耀同盟側が組織の防衛に向けた対策として打って来そうな手を推察した。
「分かりやすいところでは、やはり武力の誇示だな」
現在、ポルヴァーティアが紛いなりにも安定しているのは、邪神・田神悠介の策によって強力な魔導兵器の大半が失われているからという部分もある。
その魔導兵器を栄耀同盟が大量に所持しているかのように匂わせる事で、各有力組織を牽制し、弱小組織を配下に加えるなどの画策が考えられる。
「実際、カルツィオで暗躍している栄耀同盟の工作員は、魔導兵器を使って一国の乗っ取りを企てているのだろう?」
「そうなのよねー。まあ、向こうにはコウ君が行ってるから大丈夫だとは思うけど」
「ふむ、例の冒険者か」
コウの存在に関しては、アルシアとの交流の中でも度々名前を出していたものの、詳しい情報に触れる事は無かった。
前回の『凶星の魔王』騒動の時は、活動する世界が異世界と狭間世界に分かれていたが、今回は勇者アルシアとコウが本格的に共闘する可能性も高い。
良い機会なので、アルシアの本体とも知り合いであるコウについて、こちらのアルシアに全て説明しておく事にした。
その在り方や能力など、コウに関する詳細を聞かされたアルシアは、彼の特異性や有用性を理解して唸る。
「サクヤを知っているからそこまで衝撃は受けなかったが、無限の知識にも通ずる千里眼を持ち、異次元と行き来する事で容量に限界の無い収納を使い、あらゆる意志ある生物と心を通わせる不死なる存在か……」
「まあ改めて聞くと結構人間離れしてるわよね。ちょっと悪戯っ子なところあるけど、普通に良い子だよ」
「そんな人外レベルの悪戯っ子とかシャレにならないんだが」
アルシアは自身も人間離れした勇者の力を持っているからこそ、説明された冒険者コウの持つ力の大きさと影響力を正確に把握しており、故に畏怖を抱いたようだ。
実際に会ってみれば、そういった緊張感とは無縁のゆるキャラ感のある子供なんだけどなぁと、小首を傾げる朔耶だったが、それは精霊による絶対の守りがあるからだと神社の精霊にツッコまれた。
イゼンニモ イッタガ アレハ ヒトデアッテ ヒトニアラズ キヲ ユルシスギテハ イカン
神社の精霊は、コウに対しては初めて遭遇した時から一定の警戒を崩さない。
『ヒトであってヒトにあらず。故に、ヒトらしく在る事も出来るが、ヒト以上に割り切る事も出来る。それが本当に必要な事であれば、例え自分に好意を寄せる相手であっても手を掛ける事に躊躇しない。同じくらいに、必要とあらば自己犠牲を厭わない』
神社の精霊は、コウの事をそう評していた。
自然にああなったのではなく、偶然も重なって人為的な手段で造られた不自然な存在だからこそ、自然から生まれる精霊は警戒感を抱くそうな。
ちなみに、朔耶の在り方は精霊の恣意的な活動と朔耶の想いが重なった結果なので、異常な存在ではあるが精霊から見て自然な在り方らしい。
「なんか解せぬわ」
「? どうしたのだ、サクヤ?
唐突な謎の呟きに、今度はアルシアが小首を傾げていた。
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