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三界巡行編
第三章:暁の風
しおりを挟む古代魔導文明時代。オルドリア大陸の一帯はルドルン大陸と呼ばれ、学園大陸都市という巨大な学び場の地域となっていた。現在はフレグンス王国の王都があるこの付近は、あらゆる情報閲覧が可能な書庫施設が立ち並ぶ大図書地区だったという。
その書庫施設の中でも、大規模な緊急避難用シェルターの機能を持つ施設の一部が、今も王都大学院の地下深くで稼働している事が明らかになった。
冒険者コウと共にその遺跡を探索した朔耶とエルディネイアチームは、地下に広がる公園や施設の入り口まで確認したところで探索を切り上げ、帰還した。
「ふう、無事に帰って来られましたわ」
「結構楽しかったねー」
「滅多に出来ない経験だよね」
「……色々と貴重なものも見られたな」
大学院の中央サロンにある地下倉庫まで戻って来た一行。エルディネイア達は遺跡の探索に結構緊張していたらしく、皆興奮気味に今日の体験を語り合っている。
そんな中、いつもと変わらずマイペースなコウは、ガウィーク隊やレイオス王子達にも遺跡の事を伝えに引き揚げる旨を告げた。
「じゃあボクは城のみんなにも話しに行くね」
「そうね。あたしも学院の上の人に報告したらそっちに飛ぶわ」
内心で『順番が前後しちゃったけど』と呟く朔耶は、本来なら先に大学院の上層部に報告を入れてから探索に出るべきだったと反省していた。
本当にちょっと様子を見て来るだけのつもりだったので後回しにしたが、予想以上に規模の大きい遺跡だったので、少々面食らっている。
「また後でね~」
コウやエルディネイア達にヒラヒラと手を振り、学院長の部屋に向かう朔耶。上の階に上がったところでハタと思い至る。
『あ、コウ君に馬車の手配した方が良かったかな?』
モンダイ ナカロウ
見た目通りの子供でもなければ、普通の人間でもないのだから、自力で王城まで帰れるだろうと神社の精霊は言う。むしろ一人でならこそ、気楽に街の観光でも楽しみそうだと指摘する。
『あはは、ありそう』
夕方。朔耶は地球世界に帰省中の沙耶華を迎えに、遠藤家を訊ねていた。今日は彼女がレイオス王子の魔導船団に定期訪問する日だ。
「へぇー、やっぱり見つかったんですか」
「そーなのよ、あたしもあそこまで大きい遺跡があるとは思わなかったけど」
コウの本体である御国杜京矢と同じく、飛行機事故に巻き込まれた拍子に世界を渡ってしまい、朔耶の尽力で地球世界に帰還を果たせた遠藤沙耶華。
レイオス王子の想い人でもある彼女は、一年以上グランダール国の王都トルトリュスで生活していた。コウ達の事情にも詳しい。
「それじゃあ行こっか」
「お願いします」
紺のロングスカートにシンプルな無地のブラウス姿の沙耶華を連れて、まずはサクヤ邸に転移。そこから馬車でフレグンス城へと移動する。
直接城に転移しないのは、沙耶華が一応部外者の身にあるからだ。予め朔耶の客人でレイオス王子の関係者という立場を明確に示しておけば、その後の王都内での活動もスムーズになる。
街灯に火が入り始めた夕暮れの王都。
朔耶達が城を訪れると、レイオス王子やガウィーク隊一行は客間のある四階のサロンに集まり、明日以降の活動について話し合っていた。
「やほー、沙耶華ちゃん連れて来たわよー」
「おお、待っていたぞ」
レイオス王子がソファから立ち上がって沙耶華を出迎える。相変わらずの抱擁と溺愛っぷりに、某皇帝など思い浮かべて溜め息など吐いてみたりする朔耶なのであった。
翌日、朔耶は朝から沙耶華を連れて城を訪れていた。ちなみに、昨夜の沙耶華はサクヤ邸に泊まらせた。
昨日と同じく四階のサロンでレイオス王子達と談笑する。ガウィーク隊のメンバーはまだ休んでいるらしく、姿は見えない。コウはどっかその辺をうろついているようだ。
「明日からはここの遺跡探索だ」
大学院の地下に見つかった遺跡には、フレグンスから調査隊が派遣される事が決まったそうな。ガウィーク隊やレイオス王子の金色の剣竜隊も、その調査に参加するらしい。
名目上はフレグンスの遺跡調査隊に協力する形になるが、実態は金色の剣竜隊とガウィーク隊が中心になって探索を行う。フレグンスの調査隊は、プロの冒険者集団からそれらのノウハウを学ぶのが目的のようだ。
レイオス王子は、前人未到の遺跡を探索出来るとあって大喜びしていた。先のウェベヨウサン島の遺跡での発見と合わせても、『黄金の剣竜隊』の目標である『黄金剣と竜』という、冒険者協会より発行される格付けメダルの中でも『伝説級』を謳われるメダルの入手は確実だろう、と。
「この冒険も楽しみだし、帰国するのも楽しみだ」
「アンダギー博士に話したら、オルドリア大陸まで出張しに来そう」
終始ご機嫌な様子のレイオス王子。その腕の中にシートベルトの如く絡めとられている沙耶華が呟くと、朔耶もアンダギー博士の行動力を思い浮かべながら言及する。
「それを言うなら、そろそろ(博士から)地球世界に連れて行ってくれって頼まれそう」
人工精霊ボーの制御もさらに精度が上がって来ている今日この頃。転移装置開発の一環で、博士自身が世界渡りの体験を望むのもそう遠くは無いだろう。
すると、レイオス王子がさらに踏み込んだ内容を語る。
「ここでの探索の成果次第では、自力で渡るやもしれんぞ?」
アンダギー博士を始め、他の魔導技術者達の間でも研究が続けられている転移装置。古代文明には、世界中を『転移門』で繋いだ『転移回廊』なる道が実在していた事が分かっている。
ウェベヨウサン島のリゾート施設遺跡にも、転移門があったらしいのだ。
「そっか、ここの遺跡にもあるかもしれないんだよね」
もし完全な状態の転移装置が見つかれば、アンダギー博士なら難なく解析して利用可能状態にした上で、量産体制にまでこぎつけそうである。
「そうなれば、世界中のあらゆる場所を冒険出来るようになる。夢が広がるな」
レイオス王子は楽しそうに言うが、朔耶は――
「面倒事が増えそう……ってか絶対増えるよ、間違いなく」
「そうですよねー……色んな人が行き来するようになるなら」
世知辛い事を言っては、沙耶華に同意されていた。
王都フレグンスで遺跡調査が行われる当日。朔耶は沙耶華を地球世界の実家に送ると、狭間世界のポルヴァーティア大陸側に転移してアルシアに会っていた。
「やほーアルシアちゃん、調子はどう?」
「サクヤか。よく来てくれたな」
以前よりも建物が大きくなった『勇者食堂』の厨房で、今日も魚料理を作っているアルシアは、朔耶の来訪を笑顔で迎えた。
その佇まいに凛とした空気は纏っているものの、フラキウル大陸で冒険者をやっている複製元のアルシア本体に何となく雰囲気が似て来た気もする。
「そうそう、この前サクヤも言っていたカルツィオの代表団の事だが――」
近く、ポルヴァーティアの有力組織で集まって会合を開き、今回公式に行われるカルツィオとの和平交渉とは別に、独自の交流を図ろうという動きが出ているらしく、アルシア達の組織もそれに参加する予定なのだとか。
アルシアが後ろ盾として所属しているこの組織『暁の風』は、かつてのポルヴァ信仰や執聖機関の欺瞞を知る人達が、健全なポルヴァーティア人社会の構築を目指して、大神官達の執聖機関に対抗すべく集まって出来た組織だ。
悠介が聖都カーストパレスに潜入する際、アルシアと共に協力してくれたカナンのような、二等市民の軍属だった者が幹部として組織を取り仕切っている。旧執聖機関に所属していた者も多く、組織運営のノウハウが整っているので、他の有象無象の組織に比べてかなりしっかりしている。
「へ~、じゃあアルシアちゃんはそっち側で動くって事?」
「まあ、そうなるな」
公式な外交に表立って係わる事はあまりないが、実質水面下での活動に積極的な協力を要請されているそうだ。ますます裏方としての立場が確立して来たとは朔耶の感想。
「でも水面下での活動って、具体的にどんな事するの?」
「そうだな……まずはカルツィオ側の国々と繋がりを持つ事からだな」
今回はとにかくカルツィオの代表との接触を図り、非公式に会談を行える下地を作る。その流れで人材交流も重ねて、相互理解を深めていく。
カルツィオの各国から『ポルヴァーティアの友好勢力』と認知されるまでに至れば、そこからは本格的に『ポルヴァーティアの中枢勢力』の地位を目指して大神官や他の組織と対立もしくは融和しながら勢力拡大を狙う。
「大体そんな戦略で行くらしい」
「ふむふむ、結構長期的な計画なわけね」
『暁の風』は、後ろ盾のアルシアが朔耶や悠介と繋がりがあるので、他のポルヴァーティア組織と比べても突出して優位な立場にある。
恐らく今後、大神官の『真聖光徒機関』と並ぶ二大勢力として、ポルヴァーティアの民を率いていく組織になるのだろう。
その時、食堂に『暁の風』の幹部であるカナンが入って来ると、手に持ったメモボードの書類をめくりながらアルシアに声を掛けた。
「アルシア、会合で振る舞う君の料理についてなんだが――おっとスマン、密談の最中だったか」
「別に密談ではないですよ、カナンさん」
「堂々と話してるもんね~」
顔を見合わせてクスクスと笑い合う朔耶とアルシアを見たカナンは、少し考える素振りを見せると、声を潜めつつ訊ねる。
「逢引?」
「そういう関係じゃありません!」
「なぜそっちに!」
焼けたフライパンをブンブン振りながら全力でツッコむアルシアに、思わずたじろいだカナンは「とりあえずそれを置け」と宥める。
その隣で朔耶は、狭間世界でも謎の同性嗜好疑惑が浮かんだ事に困惑していた。
気を取り直してアルシアの食堂を後にした朔耶は、地球世界の自宅庭を経由してカルツィオ大陸に渡ると、今現在、悠介達が四大国会談で滞在している『カルツィオ聖堂』に飛んだ。
湖畔の森を切り開き、すり鉢状に掘り下げられた土台の中心に建つ六角形のピラミッド型をした巨大な建造物。ここでは以前、各国の王達が集い、カルツィオの五族共和を謡う宣言がなされた。
『これも悠介君が造ったんだっけ』
タイシタ モノヨ ノ
和平交渉でポルヴァーティア大陸まで赴くカルツィオの代表を選定する会談だが、誰が行くかは既に決まっている形だけの会談らしいとは悠介から聞いている。
朔耶は会談の様子を見に行きがてら、先の騒動の時にはあまり絡まなかった二国、ブルガーデンとトレントリエッタの代表者達にも挨拶しておこうと考えていた。
『多分、国同士の難しい話とかしてそうだから、邪魔にならないようにしないとね』
サクヤニモ イケンノ シカクハ アルト オモウガ
神社の精霊曰く、件の戦いでカルツィオ側に十二分な貢献をした朔耶には、会議に出席して口添えするくらい資格はあるという。
『流石にそこまで首突っ込むのはちょっとね』
現状でも、カルツィオとポルヴァーティアの情勢にかなり踏み込んでいるので今更ではあるが、政治的なアプローチはなるべく控えるという、自分で引いた自重ラインを超えないよう気を付けると、朔耶は自身を戒める。
カルツィオ聖堂の最上階は展望テラスになっているようだが、今回は流石にいきなり屋上から入る訳にはいかないので、地上の入り口付近に着地した。
門番らしき兵士達が驚いた様子を見せるも、朔耶が来訪するかもしれない事は悠介やアユウカスからも知らされていたらしく、彼等は各国代表が集まっている会議室まで案内してくれた。
「それでは、自分達はこれで」
「ありがとー」
案内された会議室に入ると、何やら酒や料理の香ばしい匂いが漂っている。会談の厳粛な空気を想像していた朔耶は、宴会の席などに感じられる独特の騒々しくも賑やかな雰囲気に面食らう。
談笑している人々の中に、悠介もいた。
「お、都築さんちぃーっす!」
「何か酒盛りしてるんだけど……」
四大国の代表が集まる厳粛な会談はどこ行ったと戸惑う朔耶。今日はやけに困惑が深まる日なのであった。
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