遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

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きかんの章

第百四十話:解放と成長

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 首都ソーマ攻略戦。陽が落ちるのと同時に始まった戦いは、独立解放軍と決起軍勢力が三方の主要門を早々に突破し、大正門前広場で合流を果たして城攻めの準備が進められていた。

 ソーマ城までの道程は、『地区』同士を隔てる大通りを行けば半分くらいまでは真っ直ぐ進める。
 が、途中に必ず通り抜けなければならないヴァイルガリン派の『地区』があるので、市街戦に向けた部隊編成が必要だった。

 『地区』の中心に向かうほど、建物は高く大きく頑強になっていくので、全てを薙ぎ倒しながら進むようなごり押しは通用しない。
 待ち伏せや遭遇戦に備えて、優秀な斥候部隊を中心に遊撃部隊を組み上げていく。

「予定通り、斥候と遊撃は俺達の軍から編成する。そっちは本隊の護りを任せたい」
「良いでしょう。後方の陣地は独立解放軍とレジスタンス部隊にお願いします」

 武闘派魔族組織軍のラギ族長と、穏健派魔族組織軍の指揮官達は、シェルニアを出発する前に立てておいた作戦に基づいて部隊を展開していく。

「合図を出した後は、俺達だけで進んで良いんだな?」
「そうなりますな。ただ、勇者殿がどのタイミングで城攻めに参加するのか、解放軍の指揮官達も分からないとの事ですが」

「まあ、あの勇者ならいつ参戦しても問題無いだろう……で、そいつらは?」

 西門を攻めていた穏健派魔族組織軍は、勇者の光の壁による援護を受けて西門を制圧した後、飛び入り参加した武装集団を拾ってきた。
 『リドノヒ家の私兵団』を名乗る少数部隊は、勇者部隊と合流するつもりだったらしいという。

「なんだ? リドノヒ家は首都の本家もこっち側に付いたのか?」
「自分達は元々タルモナーハ様の指示で動いておりました」

 ラギ族長の問い掛けに、リドノヒ家の私兵団長はそう答えると、独立解放軍の一部隊――カリブ達に視線を向けた。
 目が合ったカリブは、「あ、どうも」とおじぎを返す。

 私兵団長はそれに頷いて応えながら、補佐役として私兵団に同行している『呪印衆』の術士に小声で訊ねる。

『どうだ?』
『……不具合は見られぬ』

 カリブ達に施した情報収拾用の呪印『反響』と、偽装用の各種呪印も問題無く稼働している。
 それらを確認した呪印衆の術士は、勇者部隊と合流する作戦が崩れたのは、『反響』の情報に漏れがあったのではなく、勇者部隊の動きに原因があると断定した。

『西門の制圧を援護して直ぐ、移動したのかもしれぬ』
『この敵だらけの入り組んだ首都内を単独でか? 一体どこへ……?』

 私兵団長と呪印衆の術士は訝しみながらも、このまま決起軍に付いて行動し、どこかで遭遇した時にでも合流するしかないと、作戦の微修正に入った。

 ちなみに、カリブ達は勇者部隊の行き先に心当たりがあったりするのだが、リドノヒ家の私兵団は彼等の事を『情報収集用の傀儡』くらいにしか考えていない。
 故に、意見を求められる事も無かったのだった。



 大正門前広場で決起軍勢力と独立解放軍が進軍準備を整えていた頃。勇者部隊は首都の中心部に広がる『地区』間を地竜ヴァラヌス二世で疾走していた。

 ヴァラヌス二世の荷台には、御者を務めるレミの隣に、味方の一族リストを睨みながら道案内をするルイニエナが並んで座り、慈は微弱な勇者の刃レーダーを放って付近一帯を索敵。
 宝珠の魔槍を担いだテューマは、目視にて周囲の様子を見張っている。

「次はそこを左に下りた先の屋敷に」
「この『地区』の族長は――支援系魔術使いの女の人?」

「そうだ、よく知っているな。……例の戦い過去の時代絡みで?」
「まあね。穏健派の主な族長さん達とは大体顔を合わせてると思うよ」

 過去の時代で共闘した穏健派魔族の族長達。この『地区』を治めているのは魔力の解析が得意な妙齢の女族長だ。

 召還術の再起動か、あるいは次元門の開発を進めてもらうにあたって、是非とも協力を頼みたい人材である。

 と、その時、路地の前方に十数人規模の魔族軍部隊が現れると、道を塞ぐように隊列を組んで陣取った。

「そこの地竜っ 止まれ!」

 この厳戒令の中、首都内で地竜を乗り回している輩がいるとの通報を受けて出動して来た彼等は、少し前に壁内勤務の兵士から発せられた『天然防壁を破った侵入者』である可能性に警戒しつつ誰何する。

「貴様ら反乱軍の――」

 勇者の光壁一閃。最後まで言わせず止まりもせず、急いでいるので細かい選り分けもせず敵対行動者は即昏倒させて押し通る。

 ヴァラヌス二世の足元が煩わしくなるので全消ししてもよかったが、丈夫な魔族なら少々踏まれても大丈夫だろうと、慈は瞬間無気力化で倒した魔族軍部隊をそのまま放置した。

 速度を落とさず駆け抜けるヴァラヌス二世に、何人か踏まれたり道の端まで蹴っ飛ばされたりして呻いている。

「あれは、死んでいないのか?」

 脳と心臓を消して殲滅するタイプではなく、生きる気力を失くすが非殺傷の勇者の刃を使った慈に、ルイニエナは違和感を覚えて訝しむ。

「この方が少しは楽なんだ」
「楽? とは?」

「なるべく生かしておいた方が、精神面の負荷を抑えられるみたいでな」
「お前……もしかして例の『反動』が出ているのか?」

 ルイニエナは、慈と共に廃都サイエスガウルから旅立ち、森で独立解放軍の斥候部隊カリブ達と遭遇するまでの間に、別の世界線となった過去の時代の話を幾度となく耳にしている。
 その中に、慈が抱える『心の負荷』についても聞いていた。

「反動はもうずっと出てるよ」

 特定の感情を消す勇者の刃の使い方を覚えてからは、自分の心の負荷もそれで対処していたと明かす慈。

 ルイニエナは、慈とは出会い方からして普通ではなかった故か、通常時の慈がどんな性格なのかをよく知らない。
 その為、慈の言動に異常が出ていても気付けなかった。

「大丈夫なのか?」
「今のところ上手く回せてるから問題無いよ」

 パルマムを攻略した辺りで一度限界が来ていたが、レーゼム将軍の石像を破壊して鬱憤を晴らした効果で少し持ち直した。
 その後はしばらく味方の選定活動など、慈にとっては休息期間のような時間が続いたので、負荷も大分軽減されていた。

「パルマムの門前を墓場にしようとしたり、雑に仕掛けていたのは反動が原因だったのか……」

 シェルニアを攻略してからは、特定の感情を消す実験を経て、付け焼き刃の悟りの境地の反動を最小限まで抑える術を身に付けたのだ。
 今も胸の奥底から湧き上がる嫌悪感や不安の感情を、一定水準以上にならないよう削りながら活動している状態であった。

「一度休息を、という訳にもいかないか」
「この状況じゃあな。もうここまで来たら最後までゴリ押すしかないよ」

 敵の本拠地に乗り込んでいる現状、のんびり回復など図っていられる時間的余裕は無い。
 慈は、朝までに味方となる穏健派一族を『奇病』から解放して回り、仕上げにヴァイルガリンを討ってこの戦いを終わらせるつもりでいる事を告げた。

「ヴァイルガリンをしたら、後は穏健派の魔術が得意な族長さん達に召還魔法の再起動を試して貰って、駄目なら次元門の再現を頼む事になるから、一応ヴァイルガリン当人に『遍在次元接続陣』の研究をやってたかは聞いておきたいな。資料もあれば確保する方向で」

 無力化というか、無気力化勇者の刃の多用はその布石でもある。
 シェルニアの孤児院施設で無頼漢相手に実験して確立した、自白効果も望める超遅延光壁型勇者の刃をヴァイルガリンにもぶつけるのだ。

「そうか……お前の中ではもう、帰還までの筋道が出来ているのだな」
「割と大雑把にだけどな」

 召還の途中でこの時間軸に零れ落ちた時から、元の世界に還る方法として考えうる最良の手段が、穏健派魔族に頼る以外に思い付かなかった。
 そういって肩を竦めて見せる慈に、ルイニエナは居た堪れない気持ちになる。

 ルイニエナが知る慈の人物像は、極めて強力な能力を与えられていながらも、その力に振り回されている様子もなく、何事にも動じず、勤勉に粛々と検証を重ねて進化していく。
 世界と時間をも渡った特別な存在。そんな、人類の救世主としての姿しか見えていなかった。

 が、彼がその超然とした佇まいの裏で、どれほどの不安や苦悩に苛まれていたかという事実に、今更ながら気付いてしまったのだ。

「一言相談してくれればと言いたいところだが、弱音を吐ける環境でも無かったか。ならばせめて、これくらいは――」

 慈が過去の時代で反動にさいなまれた時、それをどうやって鎮めていたのかも聞いているルイニエナは、隣からそっと慈を抱きしめた。

「お?」

 二人のやり取りを聞いていたテューマは、『勇者シゲル』が自分達よりもずっと年下の男の子であった事を思い出すと、感謝と労いの気持ちで罪悪感を隠し、背中から抱き着いて慰めに掛かる。

「ここはお姉さんが一肌脱がなくちゃね?」
「おお?」

 そしてテューマと同じく、今まで流されるように慈に頼り切りだった事を自覚したレミは、自分からも慈に返せるものがある事に思い至ると、御者をしながら慈の腕に身体を寄せた。

「わ、私もお姉さんなので」
「おおう」

 突然三人の美魔女?(六十代)から抱擁のおしくらまんじゅうを受けた慈は、擦り減っていた心の余裕が思いのほか凄い勢いで回復していくのを実感する。
 特に、レミに関しては何処がとは言わないが、成長著しいという感想が浮かぶ。

「人肌の抱擁って、割と効果あったんだな」

 時間の経過と共に危険が増していく筈の、厳戒態勢下にある首都ソーマ。
 味方となる穏健派一族の『地区』を巡って『奇病呪毒』に侵された族長達を次々と解放治療して回る慈達勇者部隊は、地竜の荷台でイチャコラしながらソーマの中心部を駆け抜けたのだった。


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