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きかんの章

第百三十七話:首都ソーマへ

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 旧ルーシェント国の王都シェルニアに集結している反ヴァイルガリン派の武装集団。進軍準備を進めている独立解放軍と決起軍の各勢力は、比較的穏やかに英気を養っていた。

 シェルニアの都に住む魔族の住人は、現魔王ヴァイルガリンの治世の側に立って決起軍勢力に反抗するような動きも無く、大きな問題は起きていない。

 もっともそれは、問題を起こしそうな存在が『勇者の刃』によって根こそぎ淘汰されている環境故の結果でもあるが。

 慈は、自身にとって二度目の魔王討伐の旅も、既に終盤に差し掛かっていると感じていた。



「じゃあカリブ達の処置はこれで大丈夫かな」
「うむ。あとは実際に様子を見るしかない」
「そうだな。動きに不自然さが出たら、その都度対処するという事で」

 カリブ達に施されている呪印は、敢えて手をつけずそのままにしておく方針で進める事になった。
 色々と検証を重ねて、直ちに命に関わるような危険な呪印は無いと判断。呪印を消してこちらが工作に気付いた事を相手に悟らせず、逆に利用する事にしたのだ。


 ルイニエナ、テューマの助言も得て勇者の刃レーダーで再検証した結果、施されている呪印の一つに、『反響』という諜報系の呪印の中でも変わり種のモノが見つかった。

 これは『思考共有』のような、被印者の意識や記憶に直接作用して読み取る系統と違い、特定の波長の魔力を対象の呪印に当てる事で、跳ね返って来た魔力から情報を読み取れる効果がある。

 『反響』の呪印を施す対象は、人に限らず無機物や特定の場所など、何でもよい。
 呪印は効果範囲内の情報を記憶し、特定の波長の魔力が当たると反射する際、その魔力に記憶した情報を乗せて魔力の発信者に返す。

 情報採取用の魔力波は被印者や被印物に影響を与えないし、よほど魔力の動きに敏感な者でもなければ、不特定多数の魔力波が飛び交っていても気にも留められない。
 秘匿性に優れた、かなり高度な呪印らしい。

 タルモナーハ族長の本家であるリドノヒ家の私兵団については、カリブ達からもあまり詳しい情報は聞けなかった。

 曖昧な印象しかないらしく、規模や戦力の傾向も不明。これは恐らく、施された呪印が関係しているのではないかと、慈達は見ている。
 呪印を施される前後の記憶に制限が掛かっているのかもしれない、と。


 そんな訳で、カリブの救援部隊は独立解放軍の中で一まとめにして、当人達にそれと気付かれないよう他の部隊とは接触させず、半ば隔離したような状態での運用が決まった。
 微妙に間違った情報を与えながら作戦に参加させる。

 間違った情報の内容は、行軍中の味方の位置や人員、戦力の内訳など、独立解放軍と決起軍に対抗する際の、戦略を立てるのに重要な部分などである。

「こっちの対策は、ひとまずこれでいい」



 そうして、最終確認の会議から三日後。
 首都ソーマの攻略に向けて準備を整えた独立解放軍と決起軍勢力は、シェルニアの都を出発して中央街道を北上していく。

 慈はこの三日間、カリブ達の呪印の検証と並行して勇者部隊のメンバーテューマとルイニエナにレミと戦闘時以外での『勇者の刃』の研究を進めて、幾つかその活用法を確立させていた。

 勇者の刃の万能レーダー化によるあらゆる存在の探知。非殺傷かつ相手に察知されない敵味方の選別。

 治癒系の魔法と併用する事で、対象者の悪い部分を消しながらの治療により、高い回復効果を得る補助的な使い方など。
 不調の原因が直接的な深い傷のような怪我以外なら、毒でも病でも魔術でも確実に取り除けるので、件の『奇病』対策もバッチリだ。

 シェルニアを発つ前に、勇者の刃による集団診療をおこなったので、独立解放軍と決起軍勢力の兵士や随行員達は、心身ともに良好な健康状態が保たれている。


 進軍は順調に進み、最初の野営予定地までやって来たのだが――

「各軍の斥候班から報告、第一、第二、第三班共に敵影無し!」

 ここまで会敵はおろか魔族軍側の偵察部隊にさえ出くわさなかった事に、独立解放軍と決起軍の上層部は違和感を覚えていた。

 街道周辺の森や林にも監視の気配すら見つからないという。
 沢山の野営の天幕と、炊事の煙が昇る様子を地竜ヴァラヌス二世の荷台の上から眺めながら、テューマはルイニエナに意見を求める。

「どう思う?」
「シェルニアの防衛までは力を入れていたようだし、シゲル勇者があまりにも規格外だった為に戦略を見直しているのかもしれんな」

 勇者降臨の噂を聞きつけてからの、魔族軍側の動きは悪くなかった。
 早い段階でレーゼム隊のような精鋭部隊を辺境の地まで確認に出向かせ、主要な街にはそれなりの戦力を置き、諜報員も正規の者からフリーの情報屋まで雇用して、多く動員されていた。

 シェルニアの都には秘密裏に第一師団の精鋭部隊を配備するなど、反乱軍への備えもしっかり対策を立てていたと言える。
 しかし、そんな真っ当な迎撃態勢を勇者シゲルが出鱈目な力で粉砕してしまった。

「あの異常な戦いの様子が正確に伝わっているなら、通常の戦力では送り出すだけ無駄だと悟ったのかもしれない」

 本拠地の護りを固め、改めて迎え撃つべく盤石の体制を敷いている可能性を挙げるルイニエナ。彼女の推測には、テューマもあり得ると同意した。

「道中の警戒はこのままで。向こうに着いてからが本番かな?」
「相手の準備次第だろう。我々が門に着く前後か、何か手間の掛かる策でも弄するなら、時間稼ぎの足止めくらいは当てて来そうだが」

 なるほど、なるほどと頷くテューマ。結局、進軍速度は維持しつつ警戒も緩めず、慎重に行く事を決起軍にも伝えて、足並みを揃える事にした。


 翌朝。
 陽が昇りきらない内から野営陣地を畳んで出発した独立解放軍と決起軍は、中央街道を順調に進んで行く。

 流石に昨日までとは違い、魔族軍側の偵察らしき部隊を遠目に見掛けるようになったが、仕掛けて来る事はなかった。

 適度に緊張感を孕んだ進軍。やがて夕闇が迫る頃、街道の先にソーマの巨大な天然防壁が見えて来る。

「前来た時はもう一日くらい掛かったけど、中央街道を真っ直ぐだから思ったより早く着いたな」
「前? って、ああ。過去の時代の事ね?」

 慈の呟きに一瞬訝しんだテューマは、直ぐに意味を理解して頷く。そのやりとりを切っ掛けに、ルイニエナが今日の進軍について思っていた事を口にした。

「それにしても、こうまで何も仕掛けてこないとはな。威力偵察くらいは予想していたのだが……」

 相変わらず周辺に敵影は無し。ここまでの道中、魔族軍側の少数部隊を見掛ける頻度こそ上がったが、勇者の攻撃を警戒してか、一定の距離から近付いて来ない。
 牽制でも兵士をぶつけて来る気はないらしい。

「まあそれで楽が出来るなら、いいんじゃないか?」

 余程大掛かりな作戦でも練っているのではないかと警戒しているルイニエナに、慈は障害も犠牲もなくスムーズに進めるなら問題無しと宥めた。


 そのまま進軍を続けた独立解放軍と決起軍は、陽が沈む頃には首都ソーマの大正門を見渡せる距離に到着。
 ここで三軍に分かれて、それぞれの攻略目標主要門に向かう。

 巨大な天然防壁に掘られた何階層もの防衛区画。内側には馬車も走れるほどの通路が張り巡らされており、武器や食料を備蓄する小部屋に兵舎も組み込まれている。

 篝火に照らされる崖岩のような防壁を改めて見上げると、籠城戦の防御力も迎撃拠点としての攻撃力も相当に高い、砦を並べて置いたような、とてつもなく強固な防壁だと認識できた。


首都ソーマの中で会おう!」

 ラギ族長が率いる武闘派魔族組織を纏めた軍が正面の大正門を睨みつつ陣形を組むと、穏健派魔族組織が纏まった軍は西門方面へ移動を始めた。

「さて、俺達も行くか」

 独立解放軍とレジスタンス部隊は、地竜ヴァラヌス二世を駆る勇者部隊を先頭に東門方面へ。
 あまり防壁に寄り過ぎると上から石の塊など降って来るかもしれないので、防壁沿いを走る道から少し外れて、安全な距離を取りつつ進んで行く。

「魔獣だ!」

 周囲を索敵していた斥候から警戒の声が上がる。
 防壁沿いの道から外れると、一定の間隔で開墾の跡が見られる森が広がっているのだが、この一帯には強化魔獣や魔物の集団が徘徊していた。番犬代わりに放たれていたようだ。

 直ちに迎撃態勢を取ろうとする独立解放軍の本隊とレジスタンス部隊に、指揮部隊からこのまま足を止めないよう指示が飛ぶ。
 そして勇者部隊からは光の刃が一閃。二閃。三閃。四閃――遠巻きに迫っていた魔獣の群れや魔物の集団が一瞬で消し飛んだ。

 素早く頑強で狂暴な強化魔獣の群れを、接近さえ許さず退けてしまう勇者の力。
 勇者の戦い方をまだ見慣れていないレジスタンス部隊からは、感嘆と驚愕に戸惑いの声も混じっている。
 独立解放軍の兵士達は、かつての自分達と同じ反応が見られて少しほっこりしていた。

 強化魔獣の群れと魔物の集団は、疎らに残った戦闘意欲のない個体が森の奥へと逃げていく。それを見送り、独立解放軍とレジスタンス部隊は進軍を続ける。

「そろそろ東門だ」
「じゃあこの辺でいいか」

 ルイニエナの合図で、勇者部隊は軍列から離れて防壁に向き直ると、慈が光壁型勇者の刃で防壁をぶち抜いて新しい入り口を作った。
 四角く刳り貫くように、向こう側まで穿たれたソーマの巨大天然防壁。一応、東門付近に向けて敵対者殲滅用の光壁型も数発撃っておく。

 大正門と西門、東門の三方向から足並みを揃えて攻めて来ると思わせておいて、想定外の場所から侵入するという作戦だ。

「指揮部隊は解放軍本隊とレジスタンス部隊を率いて東門の制圧に向かえ! カリブ隊は我々と来い! 突入!」

 勇者部隊、ヴァラヌス二世の荷台上から全軍に指示を出したテューマが号令を掛ける。
 新たな入り口と言うか、トンネルの出現に唖然としていたレジスタンス部隊の兵士達は、指示を受けて移動を始めた独立解放軍部隊に付いて東門へ向かった。

 ソーマの巨大天然防壁は、その厚みが凡そ100メートル近くある。トンネルに突入した勇者部隊に続くカリブ達の部隊が全て入ってもまだ通り抜けられない。
 勇者の刃で強引に空けた穴なので、所々崩落が始まっている。

「急げ! 崩れる前に駆け抜けろ!」

 テューマの鼓舞を受けて移動ペースが上がる。慈は超遅延光壁型勇者の刃を一定間隔で連ねて置き放ち、崩落で降ってくる岩塊を消去するようにして後続の安全を確保した。

 じりじり動く超遅延光壁型のトンネルを潜り抜け、慈達は遂に首都ソーマ内に侵入を果たす。

 こんな場所からの突入はあまりに予想外だったらしく、主要門の応援に向かうべく防壁近くの道を移動中だったソーマの防衛守備隊が、呆けた様子で足を止めている。

「え……あ……て、敵襲! 全隊迎撃――」

 我に返った彼等の指揮官が命令を発した瞬間、光の壁に飲まれた。バタバタと倒れ伏す守備隊の魔族兵達。

 殲滅条件を『交戦意欲のある者』、『敵対意思を持つ者』とやや甘めに設定してあるので、部隊の半数ほどが生き残っている。

「俺は勇者シゲルだ。敵対する者には確実な死を与えよう。戦う意思の無い者は逃げてくれ」

 慈はそう言い放って再び光壁型を撃ち出した。慈の警告に思わず剣を構えた者達が心臓と脳を失って崩れ落ちる。
 敵前逃亡していいものかと迷っていた者達は、これは戦っては駄目な相手だと悟り、武器を捨てて逃げ出した。

「安定のシゲル無双だね。――来たみたい」
「テューマちゃんも馴染んだな」

「このまま大正門を取りに行く予定だが、やれそうか?」
「問題無いよ。行こう」

 慈の戦闘と呼べないような戦闘にもすっかり慣れたテューマと軽口を叩き合い、ルイニエナの少し気遣いが感じられる問いに答えた慈は、ちらりと後ろに続く味方の部隊を見やる。

 カリブ達の部隊は問題なく付いて来ており、特におかしな動きもしていない。

 続いてテューマに視線を向けると、彼女は一瞬だけ硬い表情を浮かべて頷いた。先程の軽口に混ぜた呟き。現在、怪しい魔力がこちらに向けられているらしい。

 索敵用の探知系でもなく、攻撃魔術を誘導する魔力線でもない。意識していなければ、感知しても特に意味を覚えないほどの微弱な謎の魔力波が、断続的に浴びせられている状況だという。

 カリブ達に施されている『反響』の呪印が、その効果を発揮している。微弱な魔力波の発信源は、恐らくタルモナーハ族長の本家、リドノヒ家の『地区』からであろうと推測できた。

「どうする?」
「まずは大正門を制圧する。そこから微妙・・に仕掛けよう」
「ああ、微妙・・に、な」

 声を潜めたテューマの確認に、慈は予定通りカリブ達の呪印を逆利用する方向で、そのタイミングを大正門の制圧後に定めた。
 ルイニエナも工作開始の合言葉を返して頷いた。



 大正門前広場に敷かれた仮設防衛指揮所では、守備隊の伝令達が慌ただしく走り回っていた。先ほど東門の応援に向かった部隊との連絡が取れなくなったのだ。

 壁内通路を移動中だった兵士から『敵が防壁を貫いて侵入した』との報告も上がっており、真偽の確認を急いでいる。

 各主要門に振り分ける部隊を編成していた指揮官達は対策を練りつつ、現在ソーマ城を護っている第一師団に応援要請を出すべきか話し合う。

 その時、指揮所内の兵士が、大正門に近付いて来る大型地竜と小隊規模の集団に気付いた。

「おい、何だあの部隊は」
「ん? うちの守備隊じゃないな……っ! て、敵だ!」
「はぁ!? なんで街の方から来るんだよ!」

 タイニス家のラギ族長が率いる武闘派魔族組織軍の攻撃から大正門を護っていた防衛守備隊は、門の内側から攻め寄せて来た慈達に完全に不意を突かれて、大混乱に陥った。



 大正門は慈が門より大きい光壁型勇者の刃を四発ほど撃ち込んで無力化した。
 それにより、抵抗のなくなったラギ達は直ぐに門を突破して雪崩れ込むと、門周辺の防壁内に設けられている防衛区画を制圧していった。

「大正門の突破から防壁一帯の制圧まで見事な手際だったな」
「まったく……、光の壁が飛び出して来た時は何事かと思ったぞ」

 戦闘で高揚しているのか、やや覇気の戻っているラギ族長と大正門前広場で言葉を交わす慈達。
 これほど簡単に敵を殲滅出来るなら、始めから勇者部隊が正面突破を担っても良かったのでは? と疑問を呈するラギ族長に、慈は「まあ色々あるんだよ」と適当に濁しておいた。

 政治的判断を匂わせた返答に、ラギ族長達は理解を示している。
 実際、『勇者シゲル』が居れば独立解放軍だけでソーマの攻略も可能なのだが、それをやった場合、戦後の人間国家独立が『勇者シゲル』無しでは成り立たなくなってしまう懸念があった。

 テューマが正統なる魔王の後継者として玉座に就けたとしても、彼女に従う有力な魔族の一族が少なければ、下克上の嵐が吹き荒れて人魔共存どころではなくなるし、慈の帰還計画も破綻する。

 魔王テューマの臣下として、彼女を支持してくれる十分な勢力が不可欠であり、その勢力には他の有力一族を納得させ、大勢の魔族の民を従わせられる、相応な力と功績が必要なのだ。

「大正門の施設は任せます。ソーマ城への進軍は全軍の合図を待ってからで」
「ああ、任せろ」

「カリブ隊はここに残って東門との連絡係りをお願い」
「了解しました!」

 大正門の防衛施設をラギ族長達の管理下におく旨を伝え、カリブ隊に指示を出したテューマは、慈とルイニエナに目で合図する。
 それに頷いて応えた慈は、御者のレミに出発するよう促した。

「それじゃあ、俺達は西門の援護・・・・・に行くぞ!」

 慈達を乗せた地竜ヴァラヌス二世が、地響きを立てながら大正門前広場から西の主要門に続く防壁沿いの道を駆けて行く。


 しばらくそのまま進み、大正門が見えなくなった辺りで速度を落として脇道に入った。

「こっち見てる人いるかな?」
「防壁の内側通路に人影は無いし、この位置なら建物の陰で見つからないだろう」
「今はいい感じに暗いしな。そんじゃルイニエナはレミに道案内よろしく」

 周囲にこちらの動きを窺う視線が無い事を確認した慈達は、ルイニエナの誘導に従ってジッテ家の・・・・・『地区』に続く道を進み始めた。

 西門には一応、時間差で勇者の刃を撃ち込む予定である。

「さあ、カラセオスさんを助けにいこう」



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