遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

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きかんの章

第百三十三話:シェルニアの都

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 シェルニアの都内に住む魔族の民によって形成される『地区』。力ある魔族家一族に束ねられた集団は、一つの自治体のような組織として『地区』の勢力を周囲に誇示する。

 そんな『地区』の中でも、独立解放軍と決起軍の呼び出しに応じなかった一部の族長達と対話を行うべく、テューマが代表となって慈とルイニエナを伴い、問題の『地区』を巡った。

「それじゃあ、そういう事なのでよろしくお願いしますね」
「承知した。わざわざ御足労をお掛けして済まなかった」

 各一族の族長達と話をしてみて分かった事。
 結論から言うと、呼び出しに応じなかったのは有力一族の族長を集めて一網打尽にされる事を警戒したのが半分。
 有力一族の面子の問題も半分というところで、中には『仲が悪い一族の族長が呼び出しに応じていたので自分は行かなかった』、なんてのもあった。

「割としょーもない理由もあったけど、大事に至らなかったのは良かったよ」

 慈は、平和に話し合いで終わった事を歓迎した。

「シゲルの刃の特性が周知されていなかったら、普通に敵対行動と見做されて決起軍の武闘派魔族組織辺りが粛清に乗り出していたかもしれんな」
「だねー」

 少し溜め息交じりなルイニエナの呟きに、テューマもそれはあり得たと同意する。

「先触れが効いたのもあるかな?」
「どうだろうなぁ」

 ひとまず問題が片付いた事で、シェルニアの今後の統治において一定の懸念は拭えた。後はヒルキエラに進軍する時期や、共闘する部隊の編制も考えなくてはならない。

「シゲルの戦法なら味方の被害を最小限まで抑えられるだろうから、やはり機動力を重視した少数精鋭で考えた方が良いだろう」
「そうだね。正直、最初は軍隊同士での会戦とかどうしようって考えてたけど、今は兵士を並べてどうこうするような戦いは無しかなって思う」

 当初覚悟していたような、過酷な普通の戦いにならない現状にほっとしているというテューマ。
 街や砦など拠点の掌握には数の力が必要になるが、敵を排除して制圧するだけなら勇者の刃でさっくり片付ける慈一人で事足りる。

 テューマとルイニエナは、勇者部隊としてヴァラヌス二世に乗り、たった四人でルナタス攻略戦に臨んで成し遂げた事で、慈の力を前提にした戦略を考えられるようになっていた。

「そうすると、簡単には手出しできないくらいの大部隊を見せ餌に注目を集めて、私達はその隙を突くって感じでいいのかな?」
「ふむ、本隊を囮にするやり方か」

 堅牢な拠点に工作部隊を潜り込ませる作戦などで時折使われる手口だという。
 王宮の指揮所まで帰る道すがら、ヒルキエラへの進軍の仕方と、首都ソーマに侵入する方法について二人が色々作戦を考えてくれている。
 慈はその間、勇者の刃の更なる進化と使い勝手の向上を目指して、より繊細な制御を模索していた。

「指定する範囲をもっと限定的に――部分消去の対象と条件の組み合わせで――」

 そんな三人が、力ある魔族一族の『地区』が集中している中心街を外れて、下街に当たる通りに差し掛かった時だった。

「うん?」
「……!」

 バタバタという足音と共に、建物と建物の間を通る細い路地から、数人の人影が現れた。見た目、十歳から十五歳くらいの少年少女で、襤褸ボロを纏った身形からして、浮浪児のようだ。
 慈達の前後を塞ぐように飛び出して来た彼等は、錆びたナイフや棒切れなどで武装している。

 どんなに栄えた国でも、大きな街なら大なり小なり抱えている闇。
 魔族の国でもそれは変わらないようで、『地区』からあぶれた者達や、そもそも魔族一族の『地区』に属せない人間の住民の中でも、更に底辺の人々が寄り集まって出来た貧民窟スラムの住人達。

 そこに住む子供達は、世話をしてくれる大人が居なくなれば生きていくのは厳しい。
 環境の悪さから病気や怪我で倒れたり、飢えて餓死するのを座して待つくらいなら、犯罪に手を染めてでも生き延びようと足掻く。

「か、かねめのモノをおいていけっ!」
「……君達――」

 精一杯の威嚇をして追いはぎ行為を仕掛けて来た子供達に、テューマとルイニエナが何かを言おうとしたが、慈がこの付近一帯を超遅延光壁型設置型勇者の刃で覆った。

「ちょっ!」
「シゲル!?」

 魔族の中でもそれなりの強者であるテューマとルイニエナは勿論のこと、慈に対しても脅威になり得ないこんな子供達を相手に勇者の刃をぶっ放すのは、幾らなんでもやり過ぎではと慌てる。
 しかし、光に包まれた子供達は怪我をするでもなく、驚いた様子で固まっている。

(仲間以外の対象の手に装備された武器になり得るあらゆる物体)

 慈の設定した殲滅条件に伴い、子供達の手に握られていたなけなしの得物が塵のように消え去った。

「え……」
「っ!……?!」

(皮、布生地、金属、木製品に付着する染料以外の土、油、虫、動物のモノを含むあらゆる体液)

 さらに、彼等が纏う染みだらけで黒ずんだ襤褸ぼろから、色が抜け落ちるように汚れが消えていく。

 慈は、勇者の刃で干渉する対象を大雑把なカテゴリ的な指定から、かなり細かく選り分けた部分的な指定も試して、その効果具合を確かめた。

「うん、細かく指定すればするほど微調整も効くけど、大雑把なイメージだけでも十分こっちの意図通りの挙動になるな」

 これなら今まで通りのやり方で問題無いと、慈は満足気に頷いた。それ・・をおこなう事は可能であると分かっていたが、これまでしっかり検証した事がなかったので丁度よかったと。

 小汚こぎたなかった児童の追いはぎ武装集団が、恰好は襤褸纏ぼろまといだが身綺麗な孤児の集団になった。武器を失った事と急に身体がスッキリした事に戸惑っている子供達を横目に、テューマが問う。

「何したの? いや何したかは何となく分かるけど」
「あの子らの武器と汚れを消滅させた。あと、病気とかも消えてる筈だ」

 慈は、今後ヒルキエラに進軍して首都ソーマに入った際、カラセオスを始め穏健派魔族達が患っているという『奇病』を消し去る為の、実験と予行演習に付き合って貰ったのだと答えた。

「ついでに『闘争心』みたいな感情も消せるかの実験も並行してる」

「感情を消すなんて事が、出来るのか?」
「精神や記憶に作用する魔法が消せるんだから、応用で同じような事が出来るかなって」

 すっかり大人しくなっている子供達を見渡しながら呟いたルイニエナに、慈はそう説明する。
 体調不良の原因を取り除き、身体の健康状態を改善し、ネガティブな感情も消す事で一時的にでも不安な気持ちを回復させる。

 工夫次第で、この勇者の刃にも壊す以外の結果をもたらせられる事が分かった。その時、子供達の何人かがお腹を鳴らした。

「基本、減らす力だから、怪我や空腹まではどうしようもないけどな」

 苦笑した慈は、独立解放軍と決起軍の輜重隊が炊き出しをしている中央広場まで連れて行こうと提案する。
 それにはテューマとルイニエナも賛同した。

「そんな訳だから君達、お姉さん達と向こうの広場に行こっか」
「あ、ありがとうございます。その……ごめんなさい」

 この場では最も孤児の扱いに長けているテューマが、子供達に目線を合わせてそう諭すと、孤児集団のリーダー格らしい少年が代表で感謝と謝罪を口にした。

 彼に話を聞いてみると、この都の貧民窟にも孤児院的な施設はあったらしい。
 しかし、そこを管理していた院長が、数日前にシェルニアの都を襲った謎の光に触れて死んでしまったそうな。

 思わず顔を見合わせる慈達。
 その施設には、まだ小さ過ぎて徒党を組めなかった子供や、衰弱して動けない子供達が残されているという。

「ちょっと寄り道だな。全員で行った方がいいか?」
「そうだね……皆一緒の方が安心すると思う」

 残された子供達を回収するべく、慈達は子供達の案内で一旦その施設に向かった。



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