遅れた救世主【勇者版】

ヘロー天気

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きかんの章

第百三十二話:事前準備と事後処理

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 ヒルキエラ国の首都ソーマに近い山岳地帯。深い霧に覆われたこの一帯では、良質の魔鉱石が採掘できる。
 魔導具や特殊な武具の素材に使われる魔鉱石を掘り出し、ソーマまで売りに行く事で生計を立てている岩山に囲まれた村里に、独立解放軍の別動隊が到着した。

「お待ちしておりました、タルモナーハ様」
「うむ。皆、息災だったか?」

「お陰様で。ここの生活も安定しております」

 正統人国連合に襲撃を受けたベセスホード要塞を脱出して、大遠征中の独立解放軍から派遣されたカリブ率いる救援部隊と合流したタルモナーハ族長の一行。
 彼等は中央街道を大きく外れて旧ルーシェント国領を迂回し、ヒルキエラ近郊の地元民しか知らない山道を通ってやって来た。

 里の民と軽く挨拶を交わした後、別動隊は奥の屋敷へと案内される。その道すがら、カリブはタルモナーハ族長から裏話的な話を聞いた。

「ここにリドノヒ家の方々がおられるのですか?」
「そうだ。我が一族とは水面下で長年やりとりをしていてな。我々が決起する時に備えて、こうした隠れ里に戦力を分散させていたのだ」

 タルモナーハ族長の計画では、いずれベセスホード要塞を出てこちらに来る予定だったという。そういう意味では、正統人国連合の襲撃は、実は渡りに船だったと。

「ベセスホードに移住していた魔族の民達には悪いがね」

 族長がその拠点を離れるとなれば、何事かと方々ほうぼうから注目を浴びる事になる。
 隠し戦力の存在を気取られないように合流するには、ベセスホード要塞の陥落は隠れ蓑に丁度よかったのだ。

「あっさり陥落した背景にはそんな事情が……」
「うむ、いやまあ、あっさり落とされたのは、別に裏は無かったのだが」

 普通に戦力と実力の問題だったと明かすタルモナーハ族長に、バツが悪そうな表情を見せる私兵団長。
 腕はすっかり元通りになっているが、十全に剣を振るうにはまだ少しリハビリが必要そうであった。

 そんな和気藹々とした雰囲気でやって来た屋敷の前には、フードを深くかぶったローブ姿の集団が待っていた。

「準備は出来ております。こちらへ」

 ローブ集団の先頭で頭を垂れたしゃがれ声の人物が屋敷の中へと誘う。それに付き従いながら、カリブはタルモナーハ族長に訊ねた。

「彼等は?」
「我がリドノヒ家お抱えの呪印衆だよ」

「呪印衆……?」
「さあ、これから少し忙しくなるぞ。テューマ達の進軍に合わせて我らも動くからな」

 直ぐに準備を始めてくれと促すタルモナーハ族長に、呪印衆の長は「御意」と頷いた。




 シェルニアの都を一日で制圧してみせた勇者部隊と独立解放軍に決起軍勢力の連合軍。
 慈にとっては二度目の進軍であり、時代と環境が多少違っていても、やるべき事に大差はない。敵対しない者、味方になりそうな者など、共存できる者達を残して、それ以外を消し去るだけだ。

 そんな勇者シゲルによる快速攻略はさておき。
 十分に意志の統一がされていない組織の集団でこれだけの規模の街を制圧したとなれば、その後始末が大変だ。処理すべき事務作業や発生するトラブルの数も膨大となる。

「住民同士の喧嘩にはレジスタンス部隊と穏健派魔族組織から仲裁役を向かわせよう」
「解放軍にも応援を頼め、彼等の方が慣れてる」
「警備の指揮はタイニス家の部隊から回して貰って良いのか?」
「誰かラギ族長殿に確認をとって来てくれ」

 仮の指揮所となっている王宮の一階ホールでは、都を運営していた各『地区』持ち一族を掌握する為に族長達を集めて説明会を開き、そのまま族長会議をやって貰った。

「では、『地区』の運営は基本的にこれまで通りで良いのだな?」
「我々の権利が保障されるのなら、貴殿等に従おう」
「潰えた一族の『地区』は事態が落ち着いてから振り分けるとして、どこかが面倒を見なければ」
「まあ、しばらくは現状維持でよかろう。今は『地区』外の混乱を治める方が先決だ」

 そうしている間にも、指揮所に持ち込まれる相談事や問題の確認、揉め事に派遣する兵士の管理と調整に、独立解放軍と決起軍の幹部達はてんてこ舞いであった。


 決起軍勢力の各組織を率いるリーダー達も、この大所帯となった連合軍の中で自分達の組織の立ち位置を定めるべく奔走している。

「とりあえず我々の部隊が物資の徴収に向かうから、住民票を渡してくれ」
「だからそれはウチが引き受けるって言ってるじゃないか」
「いや、民間の事なら我々に一日の長がある」

「それより族長の呼び出しを拒否している『地区』には、制圧部隊を送り込まなくて良いのか?」
「そっちは解放軍の勇者殿達が対処してくれるそうだ」

 決起軍勢力の各リーダー達には、勇者シゲルの力について一通り説明がなされていた。
 勇者が放つ光は、特定の条件を満たす敵に死を与え、それ以外には一切の攻撃性を持たない。敵と味方を明確に区別して殲滅する選定の刃である、と。

 現在、シェルニアの都に残っている魔族の住民達は、勇者が放つあの不可思議な選定攻撃を生き残っている一族なので、こちらに敵対する意思は無い筈。
 それを前提に説得して回る方針だと、解放軍側からは聞かされていた。

「伝説の勇者か。あの力を戦力に組み込んでいる限り、独立解放軍が我々の中でも頭一つ抜けている事は否めないな」
「元々この戦いを起こした中心の組織なんだ。妥当と言えば妥当の立ち位置なのだろうさ」

 ルナタスとシェルニアの攻略を通じて、決起軍勢力の各組織は、独立解放軍を自分達の上位の組織に位置付ける事を、概ね受け入れていた。
 一部、武闘派魔族組織の中には、それでも対等か優位な立場に在ろうとする者達も居たが、独立解放軍側は『テューマを正統なる魔王の後継者と認めるなら構わない』としている。


 そのテューマは現在、勇者シゲルやルイニエナと連れ立ってシェルニアの中心街を歩いていた。
 この都に移住して根付いた魔族の住民達の中でも、力ある一族を中心に寄り集まって形成される幾つかの『地区』と、それらの支配者である族長達。

 今回の戦いで魔族軍に所属せず、戦闘にも参加していなかった『地区』の族長達には、今後の統治について説明会を行う旨を伝えたのだが、何人かはこの呼び出しに応じなかった。

 そのまま放っておくわけにもいかず、勇者の刃の選定によって『敵対していない』事は確認されているので、問答無用で潰してしまうのも憚られる。
 そんな訳で、現状決起軍勢力のトップの立場であるテューマが一人一人訪ねて、直接話を聞きに出向く事となったのだ。

「しっかし、統治形態の違いでここまで手間が掛かるとは」
「人間国領なら大体一番偉い人が一人だけだもんね」

 慈のぼやきに、テューマが相槌を打つ。魔族の国では、魔王が治める首都を除いて、街に形成された『地区』の数だけ支配者が存在する。
 一つの街にほぼ同格の領主が複数居て、その都度話し合ったり抜け駆けしたりと、互いに牽制し合いながら統治運営するような、人間社会から見ると混沌とした形態が取られているのだ。

 呼び出しに応じなかった族長達は、シェルニアの『地区』の中でも強い発言力を持つ有力一族との事なので、後々トラブルを起こされないようしっかり話を通しておきたい。

「まずはここの『地区』の族長さんからね」
「どっせい」

 テューマが目的の『地区』内の中心に見える屋敷と、その周りを囲うように立ち並ぶ大小様々な建物群を指すと、慈が帯状に広がる横長光壁型の勇者の刃を放った。

「ちょっとっ!?」
「先触れだ先触れ」
「そんな殺意の高い先触れがあるか」

 いきなり何をするのかと驚くテューマに、慈は事前通告だと嘯き、溜め息交じりのルイニエナに突っ込まれた。



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